七十四話 オリバー・アークライト
「ん?」
廊下を歩いている時、上着のポケットに入れていた携帯型通信機が、通信を受信して音が鳴る。
「悪い」
ジゼルに一言断ってから、立ち止まって通信を取る。
『アグレ、今大丈夫か?』
相手はネハルムだった。
「ああ」
『こっちは、騎士団から大体の情報を聴き終わったところだ。それで、そろそろ合流したいんだが……』
もう聴き終わったのか。
「悪い、もう少し待ってくれ。まだ用が済んでいない」
『まだなのか? もう昼だぞ。何をやっていんだ君は……』
返す言葉も無い。何事も無く殺人事件の情報を聞いて、こいつらと合流する手筈だったんだがな……。
『しょうがないな。出来るだけ直ぐに済ませてくれ』
「ああ、分かった。終わったら連絡する」
そう言い残し、通信を切る。
「あ、あの、それってアークライト博士が作った、携帯型通信機、ですよね……?」
ジゼルは自分が手に持っている携帯型通信機を指さして問う。
「ああ、そうだが」
「す、凄いですね。騎士団でも持っているのは、元帥くらいなのに、アグレさんが持ってるなんて……」
……しまった。ここで通信を取ったのはまずかったか……。
ここは、本当の事を言うしかないか。
「……実は、王国に戻って来たのは、帝国の憲兵隊とある事件を追ってなんだ」
「ある事件ですか?」
「王国で怪盗アルセーヌとラグナロクの使徒の目撃情報があったらしいんだ。知ってるか?」
「あ、はい。ラグナロクの使徒の方は詳しく教えて貰っていませんが、怪盗Aの方は王都で目撃情報があったんです。なので、王都に居る騎士団は、怪盗Aの捜索を命じられて……もちろん私もです。殺人事件の片すがらですけど……」
王都で目撃情報があったのか。でも、ただ目撃情報があっただけ。帝都と同じように盗みはやっていない、か。
怪盗アルセーヌは何をしようとしているんだ?
「も、もしかして、アグレさんもその事件を?」
「そういう事になる。何故だか知らないが、依頼を受けてな。その捜査に協力してくれと」
「あ、だから、アグレさんが携帯型通信機を持ってるんですね」
「そうだ。何時でも連絡を取れるように、と」
「そ、そういう事だったんですね。ただの冒険者のアグレさんがそれを持ってるのがびっくりしちゃって……あ、す、すみません!」
「気にするな。事実だ」
逆にあの変な二つ名で祭り上げられなくて気が楽だ。
「それにしても、凄いな。この携帯型通信機は。こんな小型なのに、ちゃんと通信機としての役割を果たしている」
怪しまれないようにいかにも、最近初めて使った様に話す。
「た、確かに。いつかはそれが主流になる時が来そうです。流石はアークライト博士ですね。医学の道にも精通していらっしゃって……」
ジゼルの表情が曇る。恐らくは、朝霧病の事を思い出したんだろう。
実は朝霧病の特効薬を作ったのは、他の誰でもないオリバー・アークライトだ。
彼は七年前帝国から王国に渡り、王国の経済発展に貢献してきた。
特効薬に使う材料が希少らしく、特効薬は高価でジゼルの様に手に入らない人々も居るが、朝霧病に苦しむ多くの人を救った救世主となった。
あのいい加減な爺さん、帝国の天才発明家アイン・セルフレアと並んで、王国の天才発明家オリバー・アークライトと呼ばれる様になった。
「そうだな……これからも、あれはこの国に貢献するだろう……」
そこで会話は途切れ、自分達は廊下を歩き出す。
「……ここで大丈夫だ」
家の玄関でそう告げる。
「わ、分かりました……あの、やっぱり、ノーラちゃんとはまだ会わなくて大丈夫です……」
「急にどうしたんだ?」
「その、アグレさんも事件で忙しんですよね? それなのに、今も私のせいで時間を取らせちゃって……その上、私の私情の為に時間を割いて貰うのは……」
そんな事、気にしなくても良いんだが……。
「そうか」
「べ、別にノーラちゃんと会いたく無い訳じゃないんです! 本当は今直ぐにでも会いたいんです……」
「分かっている……ただ……」
「?」
「ただ、ノーラがお前に会いたい。そう言い出した時は会って貰うからな。問答無用で」
こいつは、他人に迷惑がかかると分かっている事は、自分から進んで絶対にしない。
ならこういう言い方をするしかない。
「……! は、はい……!」
ジゼルは今日初めて笑顔を見せる。
まったく、律儀すぎるのも困ったものだ。
「そ、それじゃあ、私はもう戻りますね……アグレさん、今日はありがとうございました……!」
「ああ、じゃあな」
「は、はい!」
ジゼルは貸家の奥へと消えて行った。
……さて、自分も今度こそ本来の目的の場所へ向かおう。
「あの! ちょっと、良いですか!?」
貸家を出て、歩き出したその時、後ろから大声で呼び止められる。
はぁ、次は何なんだ。そう溜息をつきながら、振り返る。
そこには、茶髪でルーズサイドテール、ハンティング帽を被って手に手帳とペンを持った、満面の笑みを浮かべた若い女がいた。
「今さっき、この家から出てきましたよね!?」
女はそう言って、ジゼル達が借りている家を指さす。
「ああ、それが?」
「いやー、貴方が家を出る前、あの公爵家の出で34歳と若くして騎士団元帥! ルーベン・リア・ベリサリオ、その人が入っていったのを見ましてね。それだけでもスクープ物なんですけど、あの家、かの有名な探偵、ゼノ・サンチェスが住んでるって話じゃないですか! いやぁ、この家に張り込んでて正解でしたよ! こんなスクープが手に入るなんて!」
何かと思えば、新聞記者か。面倒臭い。
「そこで、あの家から出てきた貴方に、あのお2人の関係を聞きたいんです! ついでに貴方とゼノ・サンチェスの関係も!」
「知らん。取材なら他を当たれ」
そう言って、女を避けるように歩こうとする。
「そう言わずに!」
だが、目にも止まらぬ早さで前に立ち塞がる。
「……って、貴方! よく見たら、あの魔獣狩りのサリヴァンじゃないですか! 絶対そうですよね? ね!?」
ちっ、ますます面倒臭くなってきた。
「急いでるんだ、退いてくれ」
「良いじゃないですか! 少しぐらい!」
どうやら食い下がる気らしい。
「はぁ……とにかく話す気はない。本当に今は急いでる」
「むむむ…………まぁ、良いです。今回は諦めます! ですが、その代わり、貴方を記事にします! あの魔獣狩りのサリヴァンが王都に現る、って!」
「……勝手にしろ」
「ええ! 勝手にしますとも! あ、そうだ! 名刺渡しておきますね! 何か面白い話ががあったら、名刺に書いてある住所に来てください! 魔獣狩りのサリヴァンが持ってくる話なら、聞いてあげない事もないですから! では!」
女は名刺を渡して「スクープだぁ!」と叫びながら、去って言った。名刺には、アルパベーラ新聞、アイヴィー・ノルベルトと書かれていた。
アルパベーラ新聞と言えば、王国で1番名の知れた新聞会社じゃないか。
そんな会社にあの女は所属しているのか。
……まぁ、どうでもいいか。新聞会社なんてそうそう立ち寄る事はない。
気にせず目的地へ向かおう。
今日何度目かは分からないが、今度こそ本来の目的の場所へ歩き出した。




