七十話 夜行列車の襲撃者
前にヌルッと動き、気付いたら数メートルあった奴との距離が縮まり、娘の体が目の前にあった。
そして大きな鎌が襲い掛かる。寸前で体を左に反らし、鎌の縦振りを回避する。
間髪入れずに、次は大鎌の横振りがくる。
今度は避けきれないので、太刀で受け止める。
娘は一歩身を引き、鎌の連撃をかましてくる。
それを全て防ぎ、奴の姿を見た時、後ろから靴音が聞こえ、振り返るといつの間にか背後を取られていることに気付き、間一髪で鎌の攻撃を受け止める。
一旦体制を立て直そう、そう思い、鎌を弾いて数m距離を置く。
それと同時に列車はトンネルを抜けた。
「今の攻撃に気付くとは、流石デスネ。コレは殺ったと、思いマシタガ」
歪な言葉遣いに、歪に口角が引きつった笑み。不気味な奴だ。
それに戦い方までも不気味だ。
先程の連撃の時、確かに連撃の最中はそこに居た筈だ。連撃が終わった直後も。完全では無かったが、確かに姿は確認した。
なのに、いつの間にか背後に回り込まれていた……。靴音が聞こえるまで気付かなかった。自分の背後に回った素振りさえも。
こいつが現れた時だってそうだ。通路を歩く気配も無く、靴音はあの時の一度だけだ。
空間魔法のワープムーブを使ったとしても、自分が靴音が聞こえるまで気付かないなんてありえない。
それにワープムーブとは別の感覚。どこからともなく現れた、そんな風な感覚だ。
…………やはり、こっち側の魔法、か……。
「? どうしたのデスカ?」
娘の顔を直視すると、首を傾げた動作が返ってきた。
……無理だな 。ここで奴を捕らえる事は不可能だ。
今、自分があいつに勝てる見込みは無い。
ならせめて、情報だけでも、聞き出そう。
「来ないのナラ、こっちからいきマスヨ?」
娘はそう言って、大鎌を構え直す。
「その前に一ついいか?」
「……何を言い出すかと思エバ、呑気デスネ、この状況デ」
そう言っていても聞く気はある様子だ。娘は動かない。
「…………お前、創世の騎士団、その名前に聞き覚えは無いか?」
「…………」
娘は顔を顰めて、口を閉ざす。
「いや、違うな。お前、創世の騎士団の一員か?」
「…………何の、事、デスカ……?」
娘は、不自然に知らん振りをする。
どうやら、当たりのようだ。
「そうか。やはり、そうなんだな?」
「……ククク、クヒヒ。ナルホド、そういう事デスカ。だからアノ方は……」
娘は不気味な笑い方をして、ぶつくさと何かを呟いている。
取り敢えず、こいつが創世の騎士団と言うのは間違いなさそうだ。
「ソウデスカ、貴方は我々の事を知っているんデスネ……?」
「ああ。お前みたいなちんちんくりんのガキは知らないが……一体、何者だ?」
「……私は創世の騎士団、序列十二位、死神サリル……」
序列十二位……。
「引っかかるところはあるが、お前は創世の騎士団の命令で、自分を殺しに来た、そういう事か?」
「ハイ、ソウデス」
「……その割には、本気を出していないようだが?」
こいつは自分の背後を取った事、こちらにそれを気付かせようとした。靴音を鳴らして。
最初の様に空中に現れて、鎌を振りかざす事だって出来た筈だ。明らかに手を抜いている。
自分を殺すつもりなら、手を抜く道理は無い。
という事は、こいつには別の目的がある、そう考えられる。
それに創世の騎士団がこんなに弱い訳が無い。まだこいつは隠している。本当の力を。
「……つくづく、勘のいい方デス……」
「ここは引け。今はお前達の相手をしている暇は無い」
「……確かに、その方が良いかも知れまセン。今の貴方は、本調子じゃなさそうデスカラ」
……見抜かれているか……。
「ソンナ貴方と戦っても、意味はありマセン。出直すとシマス」
娘――サリルは大鎌で列車の窓を割る。
「デハ、また会いまショウ」
そう言って、割った窓から身を放り投げた。
「……こりゃ、また一難来そうか……」
そうくだらない事を呟き、太刀を鞘に仕舞う。
「アグレ、無事か!?」
そこに丁度、拳銃を構え、血相を変えたネハルムが貫通扉を開けて、現れる。
「……あいつは、何処に行った?」
自分しかいない車両の光景を見て、慎重に構えを解くネハルム。
「悪い、取り逃した」
「そうか……」
ネハルムはこちらへ歩いてくる。
「その代わりと言ってはなんだが、奴の名前が分かった。サリルだ」
「何!? 本当か!?」
「ああ、名前だけだがな」
「いや、充分だ」
「そうか」
ネハルムの落胆している表情を見ると、気休めで言ってくれているとすぐに分かった。
自分もここで捕らえたかったが、今の戦力では絶対に捕えられない……。
……もっと強くならなければいけない。
「……取り敢えず次の駅で暫く停車だ。乗客の保護をしなくては。俺はそれを車掌に伝えてくる」
「ああ、頼む」
ネハルムは前方車両へと姿を消す。
列車は次の駅、王国南部、アトル地方の街、バスガーで安全確認、あのサリルが割った窓の補修のため、停車となった。
その間に、自分は今回の騒動を伝えるため、携帯型通信機でエレナに連絡を取った。
『……ふむ、やはりあの小娘は創世の騎士団じゃったか……』
「ああ、そいつの目的は自分を殺すのが目的だったらしいが、それとは別の目的があると感じる」
『別の目的か……それはまだ分からんのか?』
「残念ながらな」
『ふむ……』
エレナは考え込むように黙る。
「ともかく、自分達はこのまま任務を遂行する」
『ああ、そうしてくれ』
「分かった。じゃあな」
通信を切り、駅のホームのベンチで休んでいるノーラの元へと戻る。
「あ、アグレさん」
「ネハルムは戻ってないのか?」
「うん、まだ駅員さんと話してるみたい」
ネハルムは何時間程ここに停車するか、駅員に聞きに行った。
自分がエレナに連絡を取る前だから、そろそろ戻ってくる筈なんだが……。
「すまない、待たせてしまった」
と、噂をすればネハルムが戻ってきた。
「どれぐらい掛かりそうだ?」
「二時間程、だそうだ」
二時間も足止めか……。サリルの奴、厄介な事をしてくれる。
一瞬、歩いていこうかと思ったが、ここはまだ王国に入ったばかり、つまり王国最南端の街だ。
流石に列車に乗った方が早い。
それに、この夜道を戦えないノーラを連れて行くのは不用心すぎる。
仕方ない、待つしか無いか……。
「……それにしても、君はラグナロクの使徒に狙われているのか……何をしたんだ?」
ネハルムは呆れるように口を開く。
「知らん。あいつとは今日、初めて会った。恨みを買うような覚えは無い」
「本当か?」
「本当だ」
「うん、私もあんな人知らないよ」
ノーラが説得する様に、口を出してくれる。
「そうか……何にせよ、用心してくれ。君はなんと言っても、テロリストに狙われいるんだ」
「ああ」
「絶対だぞ?」
「念を押されなくても分かってる。それに好都合だろう。自分が狙われているんなら、こっちから探す手間が省ける」
「き、君なぁ……」
「……ふふ……」
そんな自分達のやり取りを見ていたノーラが、小さく笑う。
「どうした、ノーラ」
「ううん、何か私が寝てる間に、二人が仲良くなってるなー、って」
何だ、そんな事か。
……いや、別に仲良くなった覚えは無いが。
その前に仲が悪かったという事もないが。
「何かあったの?」
「いや、別に何も無いが。それに仲良くなった覚えは無い」
自分は素っ気なく、そう答える。
「ああ、普通だと思うが……強いて言えば、少しアグレの事を知れた、それくらいだ」
「へぇ……ま、仲良くなるのは良い事だよ! だってこれから暫く、一緒に行動するからね!」
ノーラはネハルムと同じような事を口にする。
「……二回目だが、別に仲良くなった覚えは無い」
「アグレさんがそう思ってても、私の目からはそう見えるんだよ」
「自分が自覚していなくても、他人からはそう見えるんだろう」
「そうそう!」
「そういう物なのか……」
「そういう物だ」
……ふむ。まあ、気まずくなるより良いかも知れない……。
取り敢えず列車が運行可能になるまで待とう。
王都に着いたら忙しくなる筈だ。
ここが丁度良い休憩ポイントだろう




