六十八話 アルパベーラ王国へ
そして翌日。八月二十五日、午前六時。
「……え……?」
「……何だと?」
自分達は、宿の部屋で備品のラジオを聞いてその内容に絶句していた。
それは信じられない報道だった。
『――――もう一度、お伝えします。今日早朝、オラシオンの宮殿に宿泊中だった、セオドリク皇帝陛下が、何者かにより、殺害されました』
……皇帝が、オラシオンで……。
『現在、帝国軍が全総力を上げて、犯人を追っているとの事です。情報が入り次第、お伝えします』
そこで報道が終わったので、ラジオを切る。
「こ、皇帝って、あの帝国の皇帝だよね? その人が殺されたって事!?」
「……ああ、どうやら、そうらしい……」
どうなっている……オラシオンで、という事は、犯人はあの血濡れの宵闇か……?
いや、奴らは自分が狙いだった筈……。
それにしても、皇帝がオラシオンに来ていたのか。そんな話聞いていない。
「……?」
その時、携帯型通信機が鳴っているのに気付き、通信ボタンを押し、耳に当てる。
『アグレ! 今大丈夫か!?』
「ああ、丁度、自分からかけようと思っていたところだ」
通信機からは、国家魔法師、エレナ・ライトの慌てた声が聞こえた。
「皇帝の件だろう?」
『……知っておったか』
エレナは落ち着いてそう返事をしてきた。
「さっき知ったところだ……皇帝が殺されたのは確かなのか? それもオラシオンで」
『……うむ、わしも今さっき、あやつの付き添いでオラシオンに来ていた、双撃の若造からの連絡で知ったのじゃが、どうやら、本当の様じゃ……』
双撃…… ジャックス・ロックハートもオラシオンに……。
いや、今はそれどころじゃない。
「そうか、自分達はどうすればいい?」
『今どこにおる?』
「マクハ村だ。戦域に魔獣討伐を頼まれてな。このまま、もう一度オラシオンに向かえばいいか?」
『いや、そっちはジャックスらに任せておけば良い。お主らには、別に頼みたい仕事がある』
「別? この件より、重要なのか?」
『……うむ、ある意味な。とにかく、イーハ村に戻ってきてくれ。詳しくはそこで話す』
「分かった。今日中にそっちへ行く」
そう言い残し、通信を切る。
「アグレさん……」
ノーラの方を向くと、不安そうな顔でこっちを見ていた。
「聞いていたか? イーハ村に戻るぞ」
「う、うん……これからどうなっちゃうんだろう……」
「分からない。ただ、ここからは波乱の幕開け。それは確かだ」
「そう、だね……」
不安を拭い切れないノーラを連れ、宿を出る。
村の中は昨日とは大違いで、騒がしかった。帝国軍の奴らがドタバタと走り回り、村人達は不安の声を上げていた。
「……皆、慌ててるね……」
「皇帝、帝国を仕切る人間が殺されたんだ。当たり前だろう」
「うん……」
「……イーハ村へ向かおう」
自分達は西出口からマクハ村を出で、イーハ村に向かった。
イーハ村に到着したは、午後3時の事だった。
「……こっちの村も騒がしいね……途中で立ち寄った街や村も……」
「ああ……」
こんな状況なのに、別の用件とは……エレナは何を考えているんだ?
……いや、考えていても仕方ない。そう足を動かし、エレナの元へと歩き出す。
数分後、目的のエレナの家に着き、玄関の扉をノックする。
「待っておったぞ、二人共」
直ぐにエレナは出て来て、自分達を家へ招き入れる。
自分達はリビングの椅子に座る。
「……エレナ、どういう事だ。こんな状況で別の仕事とは?」
「……一か月前、アルパベーラ王国の港街ナムカで起きた、事件、覚えておるか?」
エレナは静かにそう言った。
いきなりの事で一瞬言葉に詰まったが、直ぐにそれを思い出す。
「ああ、直接お前に聞かされたからな……あいつらが殺されたんだったか」
「うむ、それで約一週間前、今度は王都エルドラドで二人の腐乱死体が発見された」
……まさか……。
「……そっちもか?」
エレナは無言で頷く。
「……なるほど、その事件を調べろ。そう言う事か?」
「ああ……帝国の皇帝が殺害された、そう騒いでいる場合では無いじゃろう?」
「それはそうだが……」
例え、そうだったとしても、この件も重要だ。自分としては、今すぐにでもオラシオンへ向かいたい。
「……そう心配せんでいい。オラシオンへは、あの雷帝の小娘も戻ってくる予定じゃ。予定よりも任務が早く片付いて、明日にはな。それに帝国軍の彼等も。それに、まだ若いが、こっち側の人間も一人おる」
……確かに、自分達が行っても、出来る事は少ないかもしれない。
それにスリーナイトの二人が居れば、万が一でも大丈夫な筈……。
「……王国に行く前に皇帝殺害事件の状況を教えてくれ。犯人の最有力候補は誰なんだ? 血濡れの宵闇か?」
「……いや、ラグナロクの使徒じゃ」
ラグナロクの使徒だと……?
「正確に言えばラグナロクの使徒、リーダー格のSじゃな。あやつもオラシオンに来ていたみたいなんじゃ」
「何? 目撃証言でもあったのか?」
エレナは首を横に振る。
「目撃証言どころか、人を襲いよったわ……エリカ達をな」
「……そうか。目的はやはり、あれか?」
「恐らくじゃがな……そこで、今回の件である事が確定した」
「ある事?」
「うむ、それは……」
エレナは戦域から聞いたと言う話をする。
話によると、Sはエリカ達と共にオラシオンに来ていた級友の中の誰からしい。
「……誰かまでは分かってないのか。エレナ、もう一人くらい付けた方がいいんじゃないか?」
「いや、大丈夫じゃろう。それにSより、重要なのが居る」
「あの鎌を持った奴だな?」
「そうじゃ。だからそれも兼ねて、お主らにはアルパベーラ王国に行って欲しいのじゃ」
どういう事だ。そう言おうとしたが、少し考えて止めた。
「……居るのか? 奴らが王国に?」
「うむ。まだ不確定じゃがな。それに怪盗アルセーヌと言ったかのう? そのこそ泥も居るらしいんじゃ」
「怪盗アルセーヌ? ああ、確か人工遺物だけを盗んでいた奴か」
なるほど、話が見えてきた。
ついでにそいつらも追え。そういう事か。
「確かに、そっちも放っておけないか……分かった、自分達は王国へ向かう。帝国の件はそっちで任せる」
「ああ、頼んじゃぞ。あ、それと、お主らはある人物と行動を共にして欲しいんじゃ」
「ある人物?」
「うむ、そろそろ来る筈なんじゃが……」
その時、この家の玄関がノックされた。
「お、来たようじゃな」
エレナは椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
そして、直ぐにある一人の男を連れて、戻ってくる。
「紹介しよう、帝国憲兵隊、大尉、ネハルム・ロバーツじゃ」
帝国憲兵隊、大尉……?
「ネハルム・ロバーツだ、よろしくお願いする」
ネハルムと名乗った男は、敬礼をする。
「……エレナ、少し来てくれ」
自分は、不思議そうな顔をしているネハルムを横目に、エレナを連れ、奥の部屋へと入る。
「どういう事だ? 何で普通の軍人を自分達に付ける?」
「あやつは怪盗アルセーヌの事件を担当していたから、何かとお主らの助けになるかと思ってのう。それにあの大広場にも居ったからの」
「そういう事を言っているんじゃない。こっち側のの人間じゃない奴を巻き込むつもりか?」
「今更じゃろ。ノーラも、元は普通の何も知らない人間じゃ。それを巻き込んだのはお主じゃろ?」
「それはそうだが……」
「とにかく、奴も連れて行って貰うからの?」
何を言っても駄目な様だ。
「分かった。だが奴はなるべく、殺害事件の件には巻き込ませない、それで良いな? あくまで怪盗アルセーヌ、そしてラグナロクの使徒の件の協力者だ」
「ああ、そのつもりじゃ」
「よし」
自分達は部屋を出て、リビングに戻る。
「待たせて、悪いのう」
エレナは、そうネハルムに言う。
「いえ……それで、私はこの方達と共に、怪盗A、そしてラグナロクの使徒を追えば良いのですか?」
「王国でな」
「……分かりました……」
ネハルムは不安そうな顔をする。
「そう心配するな。こう見えて、こやつは腕が立つ。巷では魔獣狩り、なんて呼ばれておる」
「魔獣狩り……もしかして、アグレ・サリヴァン……ですが、もう一人はまだ若い娘……」
「まあそやつはただの小娘じゃ。アグレのお供らしいがよく知らん」
ノーラはエレナの紹介に不満そうな顔をする。
そんな事は気にしないと言う風に、エレナは自分に耳打ちしてくる。
「お主らはわしに腕を見込まれて、憲兵隊の捜査に協力する、と言う設定にしといたからな。辻褄合わせ、頼むぞ?」
自分は黙って、小さく頷く。
「アグレ・サリヴァンだ。それでこっちがノーラ・ルイス。戦えないが、治療の腕は中々だ。力不足かもしれないが、憲兵隊の捜査に協力させてくれ」
ネハルムに近付いて、握手を求めて右手を伸ばす。
「ああ、こちらこそ協力に感謝する」
ネハルムは自分の右手を握り、握手に応じてくれた。
「よろしくねっ、ネハルムさん!」
ノーラもネハルムに握手を求める。
「ああ」
二人は握手を交わす。
「うむ、挨拶も済んだようじゃな。それじゃあ三人共、よろしく頼んだぞ?」
「ああ……」
こうして、自分達はアルパベーラ王国へと向かう事となった。




