六十六話 ヌルズ湿地帯
翌日。八月二十四日、午前六時。
あれから自分達は、途中で野宿をしながらもマクハ村に到着した。
「んー、やっと着いたぁー!」
ノーラがぱっーと両手を上に広げる。
「流石に少し疲れたな……だが、休んでいる暇は無い。行こう」
「行くって何処に?」
「この村にある、第五陸軍の支部だ。恐らくは戦域が話を通してくれているだろう。そこで魔獣の情報を聞きたい」
「あ、なるほど。確かに、何処に魔獣がいるか、まだ聞いていないね。よーし、じゃあ魔獣の居所を聞き出して、魔獣をぱぱっーと倒して、宿屋で休もう!」
そう出来ると良いんだが……。
取り敢えず、村中央の第五陸軍支部に向かった。
「アグレ・サリヴァンだ、魔獣の討伐に来た」
支部に入って、受付をしている兵にそう告げる。
「ああ、貴方が。話は聞いております。ちょっと待っていてください、少尉を呼んできます」
受付の兵は奥の部屋へと消え、直ぐに1人の男を連れて戻って来た。
「マクハ村、帝国第五陸軍支部責任者のアーチー・ラードナー少尉だ。魔獣討伐の協力に感謝する、アグレ・サリヴァン殿」
アーチーはそう言って、敬礼をする。
「前置きはいい、魔獣の居場所を教えろ」
「は、はは、大将から聞いていた通りのお人だな……まぁいい、こちらも早く対処してもらいたい」
そう言って近くの机の上に、この近辺の地図を広げる。
「標的の魔獣は、この村の近くの湿地帯を住処にしている」
アーチーはこの村から北の湿地帯の位置をとんとん、と指で示す。
「ヌルズ湿地帯か……」
「村の傍だね……早く倒さないと……!」
「だな……魔獣の特徴は?」
「二足歩行の獣の魔獣だ。身長は二メートル越え。気性が荒く、その魔獣が持つ両手の鋭い爪で暴り、付近の魔獣を襲い回っている。いつこの村を襲うか分からない状況だ」
その上、軍でも手に負えない魔獣か。
「分かった、早急に討伐しよう」
「恩に着る……すまない、軍の我々が冒険者の君に頼ってしまって」
「気にするな。自分も魔獣は放っておけない」
「ああ……」
「それじゃあアグレさん、早速行く?」
「当たり前だ、行くぞ」
「よろしくお願いする……くれぐれも気を付けてくれ」
「ああ」
自分達は支部を出て、ヌルズ湿地帯へと向かう。
「ねぇ、アグレさん」
村を歩いている時、そう言ってノーラが立ち止まる。
「道すがら、あそこの市場見ていかない? 私お腹すいちゃった」
村の中央広場には店が幾つか出てる市場があった。ノーラはそこを少し見てみたいのだろう。
何を悠長な事を……そう言いたいが、自分達は朝食がまだだった。
腹が減っては何とやらと言う……ふむ……。
「……少しだけだ」
悩んだ末に、ノーラの意見に賛同することにした。
「やった! ありがとう! アグレさん!」
満面の笑みではしゃぐノーラを連れ、店がごった返す市場へと入る。
「色々な店があるな」
「そうだね! 果物屋さんに魚屋さん……それに、骨董屋さんなんてものまであるよ!」
村にしては、色々な店が出てるな……。
「えっ! カエルの串焼きだって……」
……しまった……。
「アグレさん、あれにしよ! 美味しそう!」
「…………」
何でこんな物が売っているんだ……。それも、人目が多い市場で……。
「絶対あれを食べよ! ねっ!」
……実はノーラは、こういう変わった物を好む、ゲテモノ好きだ。
こう言い出したら、何があってもおさまりきらない。
「分かった、分かった。取り敢えず落ち着け」
ったく、ノーラのゲテモノ好きには勘弁して欲しい。
渋々とその店で金を払い、カエルの串焼きを買う。ちなみにノーラには五本買ってやった。
そしてそれを食べながら、ヌルズ湿地帯へと向かう。
……実に不愉快だ。何故こんな物を金を払ってまで食わないといけないのか……。
それに……。
「それにしても、さっきはびっくりしたね。私とアグレさんが親子だなんて!」
カエルの串焼きを頬張りながら、そう言ってくる。
……店の奴が「嬢ちゃん、お父さんと買い物かい?」等と抜かしやがった。
自分はまだ二十四なのだが、そんなに老けて見えるのか……。
「そんなに私って子供っぽく見えるのかな。せめて、きょうだいだよねっ!」
そういう問題ではない気がするが……。
「まぁ、それは置いといて。このカエルの串焼き、美味しいね! 私の目には狂いは無かったよ!」
「そうだな。中々の美味だと思う」
心に思ってもないことを言い、カエルの串焼きを食べる。
やっとの思いでそれを完食した頃には、ヌルズ湿地帯に着いていた。
「着いたね! それにしても、広いねー。目的の魔獣を探すのに苦労しそう……」
「その分、見晴らしが良い。奇襲には対応しやすそうだ」
とは言っても、ノーラの言う通り、魔獣を探すのは骨が折れそうだな。
もう少しアーチーに詳しい場所を聞いておけばよかったと後悔する。
だが、そんな事を言ってても仕方ない。早速この湿地帯を進もう。
ぬかるんでいる草原を歩く。
「足場が悪い。ノーラ、転ぶなよ」
「転ばないよ! 全く、私そんなに子供じゃ――」
そう言った矢先、ノーラは土に足を取られ、転びかける。
それを見てすぐさま、ノーラの手を掴み引き戻す。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
転びかけたのが恥ずかしかったのか、ノーラは顔を赤くする。
「今のは尻から転ぶところだったぞ。今度は気を付けろ」
「わ、分かってるよっ!」
ノーラはすがすがと、もう一度転ぶ勢いで先頭を行く。
ったく、言ったそばから……。やれやれ……。
「全然、魔獣が居ないね」
暫く湿地帯を歩き、落ち着きを取り戻したノーラがそう言った。
「討伐対象の魔獣が殺し回ってるせいだろう」
「その肝心の魔獣が見つからないねー。もうどっかに行ったのかな?」
「……いや、どうだろうな」
「え?」
その時距離が離れ、小さく見えるそれが正面から、猛スピードで近付いてくるのが見えた。
それは段々と大きく、はっきりと姿を認識出来るようになる。
「ノーラ、下がって――」
「うん、分かってる。あれだよね?」
「ああ……」
ノーラは後ろに下がり、自分は太刀を引き抜く。
それはそのままスピードを落とさずこちらに来て、剛腕の爪を振り下ろす。
軽々とその攻撃を太刀で受け止め、巨体を弾き返す。
「……これが討伐対象の魔獣か……」
それは黒灰色の毛皮の二足歩行の魔獣だった。
アーチーの言っていた通り、2本の腕から鋭い、凶悪な爪が生えている。爪は魔獣の血と思えるものがべったりと付いていた。
魔獣の口からは熱い息が零れ続けていた。
息の生臭さがつんと鼻をつく。
魔獣は今にも飛びつきそうな勢いで、こちらを睨む。
「だいぶ気が立っているな……良いだろう、来い」
魔獣は雄叫びを上げ、飛び上がって襲いかかって来る。




