六十五話 血濡れの宵闇
目を開けるとそこは昨日、オラシオンに来てから泊まっている宿屋の部屋だった。
「アグレさん! 起きたんだね!」
ベッドから体を起こすと、すぐ傍で椅子に座っていたノーラが話しかけてくる。
「……ああ、あれからどうなった?」
まだはっきりと覚醒しない目で窓の外を見ると、空はオレンジ色に染まっていた。
「あの後、アグレさんが持ってる携帯型通信機、だっけ? それで私が昨日会った軍の人に連絡を取ったの。あの地下水道に来てもらって、事情を話して……」
「そっちは任せて自分をここに連れて来た、と言う訳か」
「うん、アグレさんを普通の病院に連れて行く訳にはいかないからね。あ、大丈夫、ちゃんと治療したから。もう普通に動かして大丈夫だと思う」
試しに腕に力を入れてみる。
確かに力はもう戻っている様だ。
「あの毒は強力じゃ無かったからね、直ぐ処置をすれば大丈夫だったよ――それはそれとして、アグレさんっ!」
ノーラはベッドに手を着き、ぐっと顔を近付けてくる。
「なんであんな無茶したの? すっごい心配したんだよ!?」
「あ、ああ、悪かった。流石に今回は自重する」
「もー、ほんとにこれっきりにしてよね?」
「ああ、善処する」
そう言って、ベッドから起き上がり、コートを着て壁に立て掛けられていた太刀を背に背負う。
「ノーラ、戦域は何か言ってなかったか?」
「あ、そうだった! アグレさんに、起きたら第5陸軍の本部に来てくれって!」
「やはりか……よし、行くぞ、ノーラ」
「うんっ!」
自分達は宿屋を出て、東通りの帝国第5陸軍本部に向かった。
「アグレ・サリヴァンだ。戦域に繋いでくれ」
本部の受付でそう言い、数分後三階の執務室へと通された。
扉を軽くノックする。
「入れ」
そう声がしたと同時に扉を開け、中に入る。
「待っていた、アグレ・サリヴァン」
執務室には椅子に座ってどんと構えている、緋の戦域こと、グレイグ・スカーレットがいた。
「大体の事情はそのお嬢さん聞いている……災難だったな」
「悪い、リーダーのアルストロ・ロペスを取り逃した」
「気にするな……とは言えないが、奴らを見つけてくれたことに感謝する。ご苦労だった。今他の帝国軍と協力して、奴を追っている。奴は凶悪犯罪者だ、何としてでも捕まえる」
「ああ、そうしてくれ」
アルストロ・ロペス。奴と血濡れの宵闇は何十件も殺人事件を起こしている。世に出回り続けて良い人間ではない。
あそこで逃がしたのは失態だ……。
「……それはそうと、何故血濡れの宵闇は、紺碧の月を名乗っていたのだろか……」
グレイグがそう聞いてくる。
「……それは奴らの狙いが自分だからだ」
「何?」
「自分を殺すように依頼された、そうアルストロは言っていた」
「……なるほど、君をあの地下水道に誘き出す為に、紺碧の月の名前を利用したのか。自分達の血濡れの宵闇の名前を出すのは、リスクが大きすぎる……しかし、そうなると君の素性を知っている、そういう事になる……」
「ああ……奴らが知っていたのか、その依頼主から聞いたのかは分からないが……」
「ともかく、そっちの意味でも、早いところ、捕まえればならない……そう言いたいのだろう?」
「……ああ」
本当に失態だ。非常に不味い状況を作り出してしまった。
それにしても、自分を狙っている奴はどこのどいつなんだ?
そっちも調べる必要がある。
「……君はこれからどうするつもりなのだ?」
「そうだな……取り敢えず、一度あいつの所に戻ろうと思う。今回の件の報告も兼ねて」
「そうか。なら、もう一つ頼まれてくれないか?」
「ん? 何だ?」
「実はな、ここから東にある、マクハ村近辺で危険度の高い魔獣が発見されたと、報告があったのだ」
魔獣絡みか……。
「その魔獣を討伐してくれと?」
「ああ、頼めるか?」
「言われずとも、だ。魔獣はほっとけない」
「恩に着る」
「礼はいらない……マクハ村だな? 了解した、行こう、ノーラ」
後ろで黙り込んでいたノーラに声を掛ける。
「あれ、もういいの?」
「ああ、待たせたな」
「ううん、全然だよ。じゃ、行こっ」
「ああ」
そう言って、執務室を出ようとする。
……そうだった、もう一つ用があった。
「戦域、この街にあのエリカ・ライトが来ている事は知ってるか?」
「む……ああ、もちろんだ」
「知ってるのか、随分と早いな」
「いや……今日、うちの息子が戻って来ていてな。それで実は、息子がエリカ君とは級友なのだよ。その縁でこの街に遊びに来ておるのだ」
そうか。そういう訳か。
「そうだったのか……」
「それがどうかしたのか?」
「いや、エリカ・ライトはあいつの娘だ。万が一がないようにと、そっちで守ってもらおうと思ってな。」
「なるほどな……ああ、引き受けよう」
「そうか……それだけだ。こちらもマクハ村の件、任せてもらう」
「ああ……サリヴァン、用心しろ」
「当たり前だ」
今度こそ執務室を出て、本部を後にする。
「……さて、このままマクハ村に行くぞ、ノーラ」
「ええ!? 今日はもう休んで、明日にしようよー」
「何を言っている、魔獣が出ているんだぞ。今日中に村に向かう」
「はぁ……仕方ないなー。こうなったら何言っても聞かないんだから、アグレさんは。じゃあせめて、魔獣を倒した後はそのマクハ村で一息つかせてね?」
「何も無ければな」
「ほんと? 約束だよ?」
「ああ」
自分達はそのまま東門をくぐり、街道を進んでマクハ村を目指す。




