六十三話 地下水道
八月二十三日 ユスティア帝国イースヴェル州 オラシオン
「ねぇねぇ、次はどうする? また依頼受ける?」
オラシオンの大通り、冒険者ギルド前で、元気でやかましい小娘、ノーラ・ルイスがそう自分に話し掛けてくる。
「お前はどうしたい。一件終わったばかりで疲れていないか?」
「私は大丈夫。だからアグレさんが決めていいよ」
む、そうか。ならあっちの方の用事を済ませる事にするか。
「分かった。それならこの街の地下水道に向かおう」
「もしかして、さっきエリカとコルネに言ってた、こ、こんぺい……?」
「紺碧の月だ」
「そうそう! その紺碧の月絡み?」
気付いていたか。
普段は騒がしく口を開き、馬鹿っぽいんだが、妙なところで頭が回るんだ、こいつは。
「恐らくは……最近、この街の地下水道に怪しい奴らが出入りしているとの情報がある」
「それが紺碧の月かもって事?」
「そう言う事だ。まぁ、手早く終わらせるぞ」
「うんっ!」
自分達は地下水道への入口がある、大通りの裏路地へと向かった…………。
「これが地下水道の入口?」
地下水道の入口は、鉄格子扉によって仕切られていた。
「……ん?」
入口の傍に、南京錠と無惨にも粉々に破壊された鎖が落ちているのを見つける。
この扉を封鎖していたものだろう。ここに勝手に出入りする輩が増えて、鎖付きの南京錠を取り付けたと言っていた。
こうなっては”戦域”から預かった鍵も役に立たない。
「鍵、開いてる……あ、壊されてるって言った方がいいかな?」
「……どっちでもいい。入るぞ」
そっと鉄格子扉を押し、ぎぃっと音を立てて開ける。
そしてゆっくりと地下水道に足を踏み入れて行く。
中は薄暗く、殆ど何も見えない。カビ臭く、ちょろちょろと水の流れる音がする。
鼠や蝙蝠と言った、小動物の鳴き声、虫がそこ等中を這う音も聞こえてくる。
「うぅ……絶対何か居るよぉ……」
ノーラは身を縮ませながら、自分の後ろを歩いている。
「鼠かなんかだ、心配する事は無い」
「ね、鼠!?」
……安心させようと言ったつもりが逆効果だったのか、更に身を縮ませてしまう。
「……他にも、虫が居るな」
「え、ええ!?」
これも逆効果か。
「それなら――」
「も、もう良いよ! 無理に言わなくて!」
「む、そうか」
「もう、相変わらず口下手なんだから、アグレさんは……でもちょっと安心出来たかな、魔獣は居ないみたいだし。ありがとうね」
そういう風に捉えてくれたのか。だが……。
「いや、魔獣も居るだろう。それとは別の物音がする」
「そ、それを先に言ってよ! 安心しきっちゃうところだったじゃん!」
ノーラの大声が地下水道に響く。
「静かにしろ、物音が聞こえない」
「むー、元はと言えば、口下手のアグレさんのせいだよ?」
「分かった、分かった」
頬を膨らますノーラの小言を軽く流しながら、先へと進む。
「……止まれ、ノーラ」
暫く歩いたところで、道を塞ぐ物陰を発見する。
「どうしたの? って何あれ……」
後ろから覗き込むノーラはげんなりする。
「何かぬめぬめしてるよ、あれ……」
「どうやら、魔獣の様だ」
それは腐った緑色をしたゲル状の魔獣だった。手足や目や口等は無く、代わりに触角が生えている。体は丸く、大きさは約1m程。
「……六、いや七か」
数を確認して、背の鞘から太刀を引き抜く。
「ここで待っていろ」
「うんっ! 蹴散らしてきて!」
歩いて魔獣へと近付く。
魔獣もこちらに気付き、ぬめぬめとした体を引きずって、ゆっくりと低速度で這い寄って来る。
動きは機敏ではないようだ。一気に畳み掛けよう。
「疾影大太刀流一の型、閃雷!」
たん、と右足から前に踏み込み、一気に魔獣へと駆けて太刀を振り、刃で七体の魔獣をなぞる。
魔獣はぼとぼとと音を立て、地に崩れ落ちる。
「む、まだ動くか……」
斬って小さくなった魔獣の体は、うねうねと動き足掻いていた。どうやら生命力は高い様だ。
それならば、焼いて灰にしてしまおう。
魔獣達の体だったものがある地面に、炎を発生させる。
焼かれてもまだ動いていたが、段々と動きを止めて、最後には跡形もなく、灰へと姿を変えた。
……終わったか、流石にもう動き出さないだろう。
「おお、お見事」
ぱちぱちと拍手をしながら、ノーラが歩いて来る。
「先を急ぐ、離れずについてこい」
「おっけー」
太刀を鞘に仕舞い、再び地下水道を進む。
暗く、道と怪しき道を進み、やがて開けた場所に出る。
「行き止まり? ってことは最奥なのかな?」
「恐らくはな」
「誰も居なかったね。無駄足かぁー」
「…………いや、どうやらそうでも無いらしい」
「え?」
再度鞘から太刀を引き抜き、天井の石で出来た梁柱を見る。
「居るんだろう。いい加減姿を現したらどうだ」
自分がそう言うと、梁からフード付き黒ローブ姿の人間が飛び降りて来る。
「ヒヒ、流石は魔獣狩りのサリヴァン。やはり気付いていか」
そう男のダミ声で挑発的に言い、フードを脱ぐ。
すると、やせ細った顔で、カールがかかったオレンジ色の髪をアシンメトリーにした男の風貌が顕になる。
不快に笑みを浮かべ、こちらを見ている。
「一人じゃないんだろう。隠れんぼはもう良い。他も出てこい」
そう言うと、自分達が来た道から数人、同じローブ姿の人間が五人程度、現れる。
やはり、後ろからつけられていたか。
小動物や虫、魔獣以外にも気配を感じていた。
だが、通路は狭く戦いに向いてないと判断し、泳がせていた。ここなら充分間が確保出来る。
「ア、アグレさん!」
それに驚いたノーラが、自分に擦り寄ってくる。
「分かっている……一つ聞かせろ、お前達が紺碧の月か?」
ノーラから目線を逸らし、ローブの男の方を見る。
「ああ、そうだ」
「そうか……ここから立ち去れ。ここは立ち入り禁止だ」
「ヒヒ、随分と甘っちょろいんだなぁ。問答無用で斬り掛かると思っていたが?」
「別に自分はお前達を殺せとは言われていない。ただ、地下水道に不法侵入している奴らを叩き出せとしか言われていない。お前達を意図的に攻撃する理由はまだ無い」
「ヒヒ……まだ、ねぇ……いいぜ、出て行ってやるよ……但し、お前らを殺してからなぁ!!」
男はローブを脱ぎ捨て、鉤爪を装備した両手で構える。
背後の奴らもローブを脱ぎ、武器を取り出す。
「……どうやら、荒事が好きな様だな」
「おうよ……覚悟しな、魔獣狩りのサリヴァンさんよぉ!!」
「……来い、紺碧の月……!」
「ヒヒ……いいねぇ……!」
男はそう言い、背後の奴らと同時にこちらへと突っ込んでくる。




