六十話 朝霧病
港通りに着いた二人は、騎士団が封鎖している現場へと入る。
「あ、あそこが遺体が浮かんでいた場所です」
ジゼルが港通りの防波堤から、すぐ傍の水面を見下ろす形で指さす。
「近いな……この防波堤で殺害されて海に放り込まれた、そういう事か?」
「は、はい、その証拠がここに……」
今度は防波堤の地面を指さした。
そこには凝固した血液が染み付いていた。
「ふむ……現場で手に入る情報はこれぐらいか……次は第一発見者に会いに行こう。案内頼む」
「は、はい、こっちです」
二人は第一発見者が住んでいる近くの民家へとやって来る。
ゼノが扉をノックし、少ししてから50代ぐらいの男性が出て来た。
「うーい……って、また騎士団か……朝の事件の件か?」
「ええ、すみませんが、お話を聞かせて貰えませんか?」
「ああ、いいよ。立ち話も何だ、中に入りな」
男性に案内され、二人は民家の中に入って行く。
「早速ですが、遺体を発見した時、どんな状態でしたか?」
「うつ伏せで海に浮いていたな」
「……それだけですか?」
「ん、ああ。それ以外は特に何も無かったと思う」
「そうですか……ありがとうございます」
ゼノは席から立ち上がる。
「あ、おい、ちょっと待ってくれ」
そのタイミングで、男性が声を掛ける。
「いや、一つ確認したいんだが……死んでたのって、教会のシスターさんか?」
「……そうです」
「そうか……よく市場に魚を買いに来てくれていてな……教会に立ち寄ったら、いつも笑顔で接してくれて、本当に良いシスターだったから本当に残念だ……絶対に犯人捕まえてくれよ?」
「……言われるまでもありません。必ず捕まえますよ」
「ああ、ありがとう」
「…………」
二人は言葉を返さず、男性の家を後にする。
「……こ、これからどうしますか?」
「そうだな……遺体はそっちで引き取ったのか?」
「は、はい、色々と調査しないといけないので……」
「それじゃあ、俺も遺体を調べてみたい。可能か?」
「も、もちろんです! 騎士団の詰所に案内しま――」
そうジゼルが意気揚々と返事をしようとした時、彼女の腹の虫が大きく音を立てる。
「す、すみませんっ……! 仕事中なのに……!」
案の定、ジゼルは赤面になり、ゼノに何度も頭を下げる。
「気にするな。近くに知り合いの店がある。騎士団の詰所に行く前に、寄っていこう」
「え、いや、さっきも言った通り、まだ仕事中ですし! そ、それに私、持ち合わせが……」
「さっきみたいに、あんたの腹の虫が鳴ったら、こっちまで恥ずかしい。それに、金の事も問題無い。元々奢ってやるつもりだったからな」
「…………ほ、本当に……い、いいんですか……?」
「ああ、だから早く行くぞ」
「は、はいっ!」
それから二人はうみねこ亭へと向かった。
「いらっしゃいませ! って、ゼノ!?」
うみねこ亭へ入ると、ミンディが血相を変えてゼノに話し掛ける。
「そ、その、テッサさんが殺されたって……」
「……ああ、知っている。その事件を調べているからな」
「そ、そっか……もしかして、騎士団からの依頼?」
ミンディは、ゼノの後ろにいるジゼルを見ながらそう言う。
「ああ」
「そう……それなら聞き込みで来たの?」
「いや、そうじゃないんだが……まぁ一応聞いておくか。港通りって夜は人通りは少ないのか?」
「そうだね……港通りは酒場って言っても、ここぐらいしか無いし、ここも十一時には閉めるからね。他に人が集まりそうな場所も無いし、全くって言っていい程、人通りは無いね」
「そうか、ありがとう」
「え、それだけでいいの?」
ミンディは拍子抜けする。
「ああ、そっちはそれだけで良い」
「そっちは?」
「朝食を食べていく。席に案内してくれ」
「ほんと? 珍しいね、ゼノがうちで食べるなんて。 分かったよ、今テーブル席に案内するね」
「喫煙席だぞ?」
「はいはい、分かってるわよ」
空いているテーブル席に通され、ゼノとジゼルは互いに向き合う形で席に着く。
「じゃあ注文は?」
「そうだな……なら、これとこれと……」
ゼノはメニューに載っている物を適当に指さして、ミンディに伝える。
「おっけー、十分ぐらいで出来るから、それまで寛いでて」
そう言うと、ミンディは厨房の方へと消えて行く。
「あ、あの、ゼノさん、一つ聞いてもいいですか……?」
「ん、なんだ?」
ミンディが居なくなったのを見計らった様に、ジゼルが口を開く。
「さ、さっきの方と随分親しげに話していた様ですけど……」
「ああ、ミンディの事か。あいつとは幼馴染でな、一緒に日曜学校に通っていたんだ」
「日曜学校……と、言うことは、あのシスターさんの……」
「そうだ。だから、ミンディもきっと悲しいはずなんだよな……俺の様に」
「ゼノさん……」
「……次はあんたの事を聞かせてくれないか?」
「え……?」
ジゼルはそんな事聞かれるとは思ってなく、首を横に傾げる。
「わ、私の事、ですか?」
「ああ。あんたは何で騎士団に入ったんだ?」
「えっと……その……お金が必要だからです……」
「金に困ってるのか?」
「は、はい……わ、私、弟が居るんです。と、言っても、故郷にですけど……そ、それで二年前、弟が重い病に掛かって、それを治す為に、莫大な額の治療費が必要なんです……」
「……出稼ぎって事か。両親はどうしているんだ?」
「……もう居ません、母は私が幼い頃に亡くなって、父は去年……」
「そうか……それで騎士団の給料を殆ど、そっちに回してるから、満足に飯を食えてないのか?」
ジゼルはこくんと頷き、再び顔を赤くする。
「ちなみに、その重い病ってのは?」
「……朝霧病です」
「……そうか! 二年前……と言う事は、あんたの故郷はエレピオス地方か?」
再び、ジゼルは頷く。
「……二年前、王国北部のエレピオス地方に蔓延した病気か。ある日の朝、朝霧の様に何処からか人体に影響を及ぼす霧がかかったのが原因の病気、だから朝霧病と呼ばれている……症状は頭痛や腹痛から様々……最悪死に至る……治す薬は直ぐに開発されたが、その霧の出処、何故発生したのかは分かっていない……だったな?」
ゼノは煙草に火を点ける。
「よ、良く知っていますね……」
「何万と人が亡くなったんだ、忘れる筈が無い。それに、今も大勢の人がその病で苦しんでるからな……」
「…………」
ジゼルは俯く。
「……下手な事は言えないが、希望を捨てるな」
「え?」
「あんたの弟さんは生きてるんだろう? だったら、まだ希望はある。最後まで諦めるな。後悔しない様にな……」
「そう、ですね……私頑張りますっ!」
ジゼルはぐっと拳を握る。
「……すまないな、本当に下手な事しか言えなくて」
「い、いえ! その気持ちだけで充分です!」
「そうか……」
それから二人は朝食を取り、会計を済ませて店を出ようとする。
「……っ……ゼノ!」
ミンディが声を上げて呼び止める。
「なんだ?」
「その……頑張って……」
「ああ、ありがとう、ミンディ」
そう小さく言い残し、ゼノとジゼルはうみねこ亭を後にする。




