五十七話 雪の森林にて
千五十八年八月七日。ユスティア帝国最北端、ヨスズテック森林。
そこで一人の少女が積もった雪に足を取られながら歩いていた。
ヨスズテック森林は極寒地帯のメンヒ山脈の麓に位置するので、夏季でも雪が積もっている。
「うぅ……寒……」
体を強ばらせて、森林を進む。赤髪の少女、ティア・ネイピアが。
「こんな格好で来るんじゃなかった……」
ティアは、極寒地帯を進むのに適しているとは言い難い服装だった。
白のコートに赤のハイネックニット、下は赤のミニスカートに革ロングブーツ。
ヨスズテック森林の気温は基本氷点下、夏場でも3℃程度、とてもじゃないが厳しい。
「あ、そうだ!」
ティアは何かを思い出した様に立ち止まり、背負っていた自分の体よりも大きなぱんぱんのリュックから、何かを取り出す。
「……よし、今日は点いた!」
それはティアが錬金術で作ったランタンだった。
ちなみに出来が悪く、点く時と点かない時がある。
幸いにも今日は点いた様だ。
「これで少しは暖かくなるかな……?」
ティアはランタンを左手に持ち、再び森を進む。寒風を受けながら。
そして歩く事数十分。
「えっと、この辺りだよね……」
ティアは赤い円が書き足されたヨスズテック森林の地図を見
ながら立ち止まる。
「確か、木の根元に生えるんだったけ……」
そんな独り言を呟きながら、近くの木の根元に這いつくばり、地面の雪を掻き分ける。
ティアはある物を探して、この森林にやって来た。
それはヨスズテックの花と言って、この森しか咲かない花だ。
ヨスズテックの花の蜜には傷を癒す効果があり、薬草として用いられている。
ティアは森の近くにある、スリート村の冒険者ギルドの依頼でその花を取りに来ていた。
「……あった!」
ようやく一本の白い花、ヨスズテックの花を見つけた。
「でも、依頼に必要な分は足りないし、もう少し探そう!」
ティアはそれからも寒さに耐えながら、なんとか一0本程のヨスズテックの花を見つけたのだった。
「……ふぅ、これで充分かな……早いところ帰ろ……」
花を麻袋に入れ、村に帰ろうとする。
だが、そこで――。
「……え、雄叫び……?」
そこで、魔獣の雄叫びを聞いた。
そして続けて鳴り響く、積もった雪を走り進む足音。それも一体では無い音。
その音の主がやがて、ティアの前に姿を現す。
「ま、魔獣……」
白毛の狼型の魔獣だ。数は五体。
「五体!? 無理だって、こんなの!」
ティアは来た道を急いで駆け戻る。
しかし、その方向からも狼型の魔獣が現れる。
「げ、こっちからも……ああ、もう! 仕方ないわね!」
背負っていたリュックから、木製の長い魔法杖を引き抜く。
「戦いは得意じゃないけど、相手をしてあげるわ!」
ティアは魔法を唱える。
「火よ、我の魔力に集え、ファイアーボール!」
小さな火の玉が一体の魔獣に襲いかかる。
魔法は直撃し、魔獣が怯む。そう怯むだけだった。
ティアが放ったファイアーボールは、一般的から見て小さく、威力も弱い。
魔法杖は魔法の威力を高める効果があるのだが、それでも弱い。
ティアの戦闘能力は、皆無と言ってもいい。
「うっそ……こんな効かないものなの……?」
呆気に取られているティアに、容赦も無く魔獣が襲いかかる。
「って、そんな事言ってる場合じゃない! 何とかしないと……えっーと……あ、風よ、我に俊敏を与えよ、ウィング!」
ウィングの魔法で瞬発力を高め、間一髪で魔獣の飛び掛りを躱す。
「ふぅ、って、また来る!」
また飛び掛ってくる魔獣を躱す。
「また!?」
躱し、躱し、躱し続ける。
しかし、それはいつまでもとはいかなかった。
ティアは地面の石ころに躓いて、盛大に顔面から転ぶ。
「うぅ……」
すかさず、顔を上げる。
その時にはもう魔獣に囲まれ、身動きが取れなくなっていた。
起き上がる事も出来ず、尻もちを着きながら、後ろに下がる。
だが、背中に木がぶつかり、とうとう逃げ場が無くなってしまう。
「……嘘……こんな……所で……」
ティアは死を悟り、目を瞑る。
魔獣はその様子を見て、もう一度飛び掛る。
今度こそ終わった、そうティアも魔獣も思っただろう。
「はぁっ!」
しかし、一人の麻のフード付きローブを着て、顔を隠した人物が現れ、魔獣を蹂躙する。炎を纏った2本の剣で。
「っ……え…………?」
恐る恐る目を開け、魔獣が死んでるのを見たティアは、信じられない、そう言いたげな表情だ。
その人物は剣を背の鞘に仕舞う。
「大丈夫か?」
困惑していると、男性の声と共に、ティアの目の前に左手が差し伸べられる。
「え、あ、は、はい……」
ゆっくりとその手を掴み、立ち上がる。
「怪我をは無いか?」
「えと……大丈夫だと、思います」
「……念の為だ、ついてこい」
男性はティアの手を引っ張る。
「え!? あの……」
ティアの返答も待たずに、ある場所に連れて行った。
そこはまだ消したばかり焚き火の後がある場所だった。
「座って待っていろ」
ティアを近くの倒木に座らし、火属性の魔法で焚き火に火を灯す。
その様子は、さっきまでこの男性がここで焚き火をしていたのだろうと伺える。
そして男性もティアの隣に座る。
「じっとしていろ……」
男性は回復魔法をティアに使う。
「……これで大丈夫だろう」
「あ、ありがとうございま――ふぇくち!」
くしゃみをしてしまったティアは、赤面になりながら「す、すみません……」と恥ずかしそうに言う。
「はは、気にするな。少しここで温まっていけ」
「は、はい、そうします……」
この人は悪い人じゃなさそう、そう判断したティアは、大人しく従う事にした。
男性は干し肉を腰のポーチから取り出す。
「食うか?」
「あ、いえ、お気になさらず……」
「そうか」
そう言い、干し肉に口をつける。何も言わずにひたすらと。
「……あの、さっきの剣って、ヒヒイロカネで作った剣ですか?」
沈黙に耐えかねたティアが、何気ない話題を振る。
「そうだが、良く知ってるな」
「あ、はい、これでも錬金術師を目指していますから」
「錬金術師、珍しいな。帝国ではあんまり見ないな」
錬金術師は技術的進歩と共に、段々とその需要が薄れてきている。
その為、帝国では滅多に見ない。
「や、やっぱりそうですよね……」
「そう気を落とすな。俺は良いと思うぞ、錬金術」
「本当ですか!?」
ティアが目の色を変え、ぐっと男性の顔に顔を近付ける。
「お、おう……そうだ、丁度いいし、砥石を作ってくれないか?」
「砥石、ですか?」
「おう、使い古してしまって、買い換えようと思っていたところなんだ。久々に錬金術も見てみたいとも思ってな」
「! はい! 助けて貰ったお礼に作ります!」
ティアは久々に頼りにされたと舞い上がる。
すぐ様、錬金術に必要なフラスコや、小さな釜等の道具一式をリュックから取り出し、セッティングする。
小さな釜を焚き火の上に置き、水筒から水を注ぐ。
「おお、中々様になっているな」
「えへへ、まだまだ未熟者ですけどね」
「材料はこれを使ってくれ」
男性はポーチから鉄の延べ棒を渡す。
「分かりました!」
釜の水が煮え滾り、沸騰していたところで錬金術を始める。
延べ棒を釜に入れ、予め用意していたフラスコに入った錬金術の薬も入れて、延べ棒で掻き混ぜる。
それからも魔力を注いだりと、様々な手順を踏み、多少危なげであったが、何とか砥石を作り終わった。
「出来ました! まぁ、多少見た目は悪いですが……」
多少では無く、かなり悪い。
「そ、そうか」
男性は複雑そうな返事をして、砥石を受け取る。
「早速、使ってみよう」
男性は剣を一本取り出し、刃を研ぐ。
「……驚いた、見た目は悪いが、中々だ。ありがとう、錬金術師」
「ほ、本当ですか!? やった!」
ティア自身も、驚いていた。
何せ、見た目は悪く、出来も悪いものしか、最近は作れていなかったから。
「これからも使わせてもらう。良いか?」
「もちろんです!」
「おう…………一つ聞くが、何で錬金術師になろうと思ったんだ?」
「え? えっと……」
唐突な質問に戸惑いながらも、ティアはしっかりと理由を伝える。
「……昔の物作りって、錬金術が主流だったんですよね。どんな国でも、どんな場所でも瞬時に物を作り出せるからって」
「でも、今は機械の方が生産効率が早いな」
「はい……しかし、今のそれに発展するまで、錬金術が世界を支えたって考えると、凄いと思いませんか? だから、私はそんな凄い、歴史ある技術に触れてみたいってそう思ったんです……あはは、すみません、勢いで村を飛び出したあたしが偉そうに言っちゃって……」
「ん? 村を飛び出した?」
「あ……」
ティアはしまった、と慌てて口を塞ぐ。
でも、こうなっては話さない訳にはいかないか、そう思い、話す事にした。
「実は最近旅に出たばかりなんです。錬金術を学ぼうって思って。イーハ村って知っていますか?」
「確か……東の近郊街に近い村だったか?」
「はい、そこに最近まで住んでいたんです。いつかは旅に出ようと思っていたんですけど、中々その一歩が踏み出せなくて……でも、ある日、幼馴染の親友が身の危険も顧みずに、ラグナロクの使徒って言うテロリストと戦ったって聞いて……もう一人の親友もやりたい事の為に村を出て行ったから……何て言うか……」
ティアはその先を言おうか迷う。
「……悔しい、か?」
「……はい、そう思いました。だから、行く宛ても無く、馬鹿みたいに飛び出して、ギルドの簡単な依頼をこなしながら、帝国最北端の辺境の村、スリート村に辿り着いて……どうしようもないですよね、あたし……」
ティアは顔を逸らす。
「……俺は別に良いと思う」
「え?」
逸らしていた顔をその一言で、男性へと向き直す。
「行く宛ても無く飛び出すのはあまり感心しないが、まぁ、そこは置いといてだな。結果、あんたは村を飛び出せた。どんな事であれ、最初の一歩を踏み出せなくては意味が無い。それに悔しいって思うのも大事だ……あんたは充分立派だよ」
「そ、そんな風に言って貰えるなんて……」
ティアは少し泣きそうになる。
両親の反対を振り切り、初めて親離れをして、心細い一人での旅を一週間してきた十六歳の少女にとって、男性の言葉は暖かかった。
「おいおい……まぁ、頑張ってるあんたに、俺が道を示してやる」
「道……?」
「おう。噂にしか聞いてないが、アルパベーラ王国に凄腕の錬金術師が居るって話だ。正確な場所までは分からないがな……つまりだ、そいつに会ってみたらどうだって話だ。上達するには、どんな事でも、その道の先駆者に話を聞くのが一番だ」
「……なるほど、それは思い付かなかったです……」
男性はずっこけそうになる。
見た目通りのドジキャラか、そう言いかけた言葉を心の中にしまう。
「ま、まぁ、そういう訳だ。それに、ついでに帝国の外を見てくると良い。何か他に発見があるかもしれない……どうだ、少しは役に立ったか?」
「は、はい…………よし!」
ティアは両手で頬を叩く。
「あたし、アルパベーラ王国に行ってみます! そして、その錬金術師を探して、色々と学んできます!」
「どうやら、決めた様だな」
「はい!」
ティアは立ち上がり、錬金術の道具をリュックに仕舞い始める。
「もしかして、もう行くのか?」
「はい、思い立ったが吉日です!」
「ふ、そうか」
荷物を仕舞い終わり、男性に向き直る。
「色々とお世話になりました!」
「気にするな……立派な錬金術師になれよ」
「はい! このティア・ネイピア、いつか立派な錬金術師になって、恩返しに来ます!」
「おう、程々に期待してるわ」
「あはは、何ですかそれ……では」
ティアは最後にお辞儀をして、村への道を歩いて行く。
「……賑やかな奴だったな……さて、俺も行くか」
ティアの背中が見えなくなった頃、そう言って焚き火を消し、森の奥へと歩いて行った。
それからティアは無事村に辿り着き、冒険者ギルドで報酬を受け取り、アルパベーラ王国行きの列車がある、近くの街を目指すのだった。
「あ、そう言えば、あの人、顔に大きな火傷跡があったけど、何してる人だろう……それに名前も聞き忘れたし……」
ティアは男性に顔を近付けた時、彼の顔を少し見ていた。
その時に分かったのは火傷跡があるだけだ。
「まぁ、何だか、いつか会える気がするから、その時聞けば良いよね……! よし、その時の為にも、立派に錬金術師になるわよ!」
そう独り言を呟き、再び決意するティアであった。




