五十六話 そして――
それからは自由行動となり、一人で会場を回っていた。
ふむ、有名どころの貴族も少数だが来ているのか。
新聞で見た事ある顔がちらほら見える。
「そこのお嬢さん」
会場を歩いていると、そう男性の声で呼び止められる。
声の主を見ると二十代ぐらいのキザな野郎だ。
「一緒に話でもしないかい?」
またか、そう喉まで出かかっている言葉をぐっと飲み込む。
さっきからこういう奴に、何人からか声を掛けられている。
もう勘弁して欲しい。
「すみません、連れがいますので」
お手本みたいな断り方をして、その男性の横を素通りしようとする。
「少しくらい良いじゃないか」
だが、腕を掴み強引に呼び止めてくる。
……ったく、面倒くさい……。
「……離して下さい」
手を振り払おうとするが、逆に引き寄せられ、肩に手を回される。
「まぁまぁ、そんな嫌がらずに、ね」
……いい加減にしろ。そう思って、男の手を掴み、肩から引き剥がそうとしたその時。
「すみません、俺の連れに何か用ですか?」
そう声がして、男の肩に後ろから手が置かれる。
アルベールだ。
「ん? 何だね、君は」
「失礼しました、帝国第五陸軍所属のアルベール・ハーシェルです」
アルベールはポケットから、第五陸軍の紋章と顔写真が付いた軍隊手帳を見せる。
「……ちっ……軍人かよ……」
「まだ何か?」
「……いいや、何も」
男はアルベールを睨みつけながら、その場を去って行った。
「大丈夫か、エリカ」
「うん、助かったよ。ありがとう」
本当にアルベールが来てくれて助かった。
どうやって逃げようか考えていたところだ。
「どうやら、わしの出る幕は無かったようじゃな」
「あ……すみません、見苦しい姿を見せてしまって。ジャックス卿」
アルベールの背後からジャックスが歩いて来た。
「気にするでない。大丈夫じゃったか、えーと……」
「そう言えば、名乗っていませんでしたね。私はエリカ・ライトです」
「エリカ……そうか、お主が魔法師殿の娘、それに雷帝の若造が育てているって言う弟子の義姉か! いやぁ、1度会ってみたいと思っていたが、こんなところで会えるとはなぁ! 改めてよろしく頼むぞ、エリカ」
ジャックスは握手を求め、右手を伸ばしてくる。
「はい、私もあのスリーナイトのジャックス卿と会えて光栄です」
俺はジャックスと握手を交わす。
「噂は聞いておる、あの大広場での一件で自分の身を顧みず、戦ったそうじゃないか。どうだ、お主もスリーナイトに入らんか? それにそろそろ、わしも弟子をとらんといけない時期じゃからな」
「いえ、私は到底ジャックス卿には及びません。私を選ぶなら、もっと良い人材がいますよ」
俺はアルベールに視線を向ける。
「ほう……?」
「え、俺……か……?」
「うん、昨日、アルが助けてくれた時のあの槍の一撃、凄かったから」
「そんな、俺はまだまだだ」
「確かに、今はまだまだだとは思うけど、ちゃんと磨けば、きっと将来は有望だと、私は思うよ」
アルベールのあの一撃は素晴らしい物だった。心からそう思う。
「ふむ、エリカがそこまで言うなら、気になるの、確かアルベールと言ったな? もう少しお主の話を聞かせてくれ」
「え、は、はい! 喜んで!」
アルベールは嬉しそうな表情をする。
きっと、彼はジャックスに憧れて槍を使い始めたんだろう。
良かったな、アルベール。
「エリカ、お主もどうじゃ?」
「いえ、私はもう少し会場を回ってみます」
「そうか、ではまたな」
二人の会話に水を刺しちゃ悪い。早いところ退散しよう。
そう言えば、他の皆はどうしているんだろうか。
少し探してみよう。
まずは……クロウを探してみるか。
そう思い、再び会場を回ってみる事にした。が、すぐにクロウの姿を見つけた。
会場のバルコニーで、グレイグと嬉しそうに話をしていた。
きっと、昼間の件について話していたんだろう。ついでに、あの嬉しそうな表情を見る限り、無事に許しを貰えたんだろう。
「ふふ……嬉しそうですね、クロウ様」
クロウとグレイグの姿を遠目で見ていると、いつの間にか隣にマリーの姿があった。
「マリー卿は知っていたんですか? クロウが画家の事について悩んでいたのを」
「ええ、昔からクロウ様は絵を描くのが好きで、今と同じ様に夢を追っていました。でも、グレイグ様にそれを打ち明けようと、その1歩が踏み出せなかった……エリカ様、クロウ様の背中を押して頂き、感謝します」
「気にしないで下さい、私はただ、クロウの夢を終わらせたくはなかった、それだけですよ」
「優しいのですね、エリカ様は。これからもクロウ様の良き友人でいて下さい。ただし、それ以上の関係になるのは許しませんよ?」
はは、変わらないな、この人は。
「安心して下さい、そんな気はありませんから」
俺はそう言い残して、マリーと別れる。
さて、次は誰を探すか……。
「エル! そんなに料理を取って食べれのか?」
「大丈夫、いざとなったら、ウィルバートにも食べてもらうから」
そう言った会話が聞こえてくる。
ウィルバートとエルの声だ。
俺は声の元へと近付いて行く。
「ぼ、僕に食べさせる気なのか……」
どうやら、エルが皿ぱんぱんに料理を盛り、それに対して、ウィルバートが頭を抱えている状況らしい。
「あ、エリカも食べる?」
エルは料理を頬張りながら、こっちに目線を向ける。
「エリカ、君も何とか言ってやってくれ。この量は流石に取りすぎだろう!?」
「あ、あはは、確かに……程々にしておきなよ、エル」
「大丈夫、ウィルバートの分も合わせてだから」
「いやだから、僕もそんな量は無理だ!」
何か楽しそうだし、他の場所に行くか……。
次はリディア辺りを探そう。確か、リディアの父親も来ているんだったか。なら、どっかで父親と話をしているだろう。
父親のエイダンにも会ってみたいし、探してみるか。
会場を歩き回る事数分、リディアの姿を見つけた。
それに他にも三人、姿があった。
アリッサとオレット、それに金髪の男性……リディアの父親、エイダンだ。
……見るからに、険悪な雰囲気を醸し出す面子だ。
俺は恐る恐る、リディア達に近付くと、案の定、エイダンの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「リディア、どういう事だ? 何故この不届き者のブライド家と一緒にいる?」
「…………」
「どうした、何故黙っている!?」
不味い空気だ……周りからの視線も集まっているし、止めに入った方がいいだろう。
リディア達に更に近付こうとする。
だが、再び足を止める。
「……お言葉ですが、お父様。六年前の事を未だに引きずるのはいかがなものかと思います」
「何だと!?」
「確かに、ブライド家がやった事は許される事ではないと思います。ですが、それを六年も擦り続けて……それに、オレットさん達は関係無いじゃないですか! お二人は何も……何も悪い事をしていません!」
「リディア……お前……」
……良く言ったな、リディア。勇気を振り絞って。
「たとえそうだとしても、ブライド家の人間と関わっていれば、家の名に傷が付くのだ! 折角手に入れた名誉を無駄にするつもりか!?」
「私は、友人達を蔑んでまで、そんな物を欲しくはありません。私が欲しいのは、オレットさんとアリッサさんと一緒にいる、今のこの時間です!」
「ぐ……お前がそんなに馬鹿だったとは……失望したぞ!」
「何とでも言って下さい……行きましょう、オレットさん、アリッサさん」
「あ、ああ……」
「……そうね……」
リディアは戸惑っている二人を連れて、エイダンの元を離れて行く。
エイダンはそんな三人をずっと睨みつけていた。
まさか、リディアがあそこまで啖呵を切るなんて……驚きだ。
それにしても、あれがエイダン・リース・スレイプウェルか。
思ったよりも、言動が荒い人物だった。
「エリカさーん!」
そんな時、コルネが俺の名前を呼びながら、駆け足で近付いて来る。
「どうしたの、コルネ?」
「凄いんですよ! あの皇帝陛下とアッシュさんがチェスで勝負してます!」
「……は?」
俺は一瞬、コルネの言葉が理解出来なくて、思考停止した。
……待て待て、何だそのカオスな展開は。
「な、何でそんな事になったの?」
「なんか、皇帝陛下が余興でチェス勝負を提案して、そこでアッシュさんが名乗り出たらしいですよ! 審判を務める事になっていたユリウスの後押しがあって、二つ返事で了承したらしいです!」
自分から名乗り出た……度胸が有り余っているのか、ただの馬鹿なのか……。
取り敢えず、見に行ってみよう。
「見に行こう、コルネ」
「はい!」
俺はコルネに案内され、人が集まっている所へ連れていかれた。
最初にマリー達が話をしていた舞台前だ。
人混みを掻き分け、最前列へと到着する。
「おお、エリカ君、それにコルネ君も見に来たのか」
最前列に行くと、審判をしていたユリウスが話しかけてくる。
「今は、どんな感じですか?」
「まだ、序盤さ」
ゲーム版を見るとユリウスの言う通り、ゲームが始まったばかりだった。
「今はどっちが優勢なんですか?」
「えっと……若干アッシュが優勢かな」
「おお! 凄いですね!」
「まだまだ分からないよ、さっきも言った通り、ゲームは序盤だ。さて、これからどうなるか……」
それからはゲーム中盤は淡々と進み、皇帝側の圧倒的優勢で終盤に差し掛かった。
「不味いな……アッシュ君が押されている……」
「ええ!? 大丈夫なんですか?」
アッシュ側の番だ。さて、どう動く……。
アッシュはパッと見、ほぼ意味の無い場所にピジョップの駒を進める。
ここでその手を使うのか……?
「え!? あれじゃ取られてしまいますよ! あんなの意味無いですよ!」
「いや、あれは意味がある行動なんだ。サクリファイスと言ってね、自分の駒を犠牲にして、優勢になる様にする作戦なんだ」
「なるほど……」
「……でも、この劣勢でそれを使うのは……」
ああ、ほぼ意味が無いと言ってもいい。
サクリファイスは通常、引き分けの時や、最後の一押し等で使う事が多い。
こんな劣勢で使っても…………いや、なるほど、そういう事か……!
「いや、良いんですこれで」
「ん?」
「殿下、皇帝陛下側の駒を見て下さい」
「……これは……」
「ええ、そうなんです。一見劣勢に見えても、皇帝陛下の残っている駒の大半がポーンなんです」
それに対して、アッシュの駒は、ポーンの数が少なくとも、クイーン、ビショップ、ルーク辺りが全て残っている。
アッシュは相手の駒を強い駒を優先的に取っている。
まさか最初からこれを狙って盤面のコントロールを……?
「……ここでサクリファイスをしたのも、父上のクイーンの駒を取るため……」
「そう考えるのが、妥当かと」
……ここまで勘づかれずに、綺麗に盤面を進めるなんて、信じられない。
「え、えーと、つまり……?」
「アッシュの方が優勢って事だよ」
「へ、へぇー……訳が分からないです」
安心しろ、俺も状況がまだ、読み込めていない。
こんなどんでん返しのゲーム、見た事無いぞ……。
それからもゲームは進行し、最後はアッシュがチェックメイトを取り、ゲームを終わらせた。
「勝者、アッシュ・クレセント!」
ユリウスがそう勝敗を告げると、周りの観戦者達がざわつく。
「陛下が……」
「何だったんだ、このゲーム……いつの間にかあの若者が勝ってて……」
「ええ、劣勢だった筈の……」
他の観戦者達も信じられない様だった。
「ふふ、見事だった、アッシュ・クレセント君」
「いや、たまたまだ……」
アッシュはセオドリクと握手を交わす。
「勝者のアッシュ君に拍手を!」
セオドリクがそう言うと、一斉に拍手が鳴る。
「さぁ、次は誰が相手になってくれるのかな?」
だが、誰も名乗り出ない。
まぁ、当然だ。あんな勝負を見せられた後じゃなぁ……。
「……では、父上、僭越ながら、私が相手を努めさせて頂きますよ」
「ほう、久しぶりだな。良い、かかって来るがいい、ユリウスよ」
そういう訳で、ユリウスとセオドリクのゲームが始まった。
「ふぅ……」
そこに溜息をついて、アッシュが近付いて来る。
「アッシュさん、凄かったです!」
「うん、見事な作戦だったよ」
「あ、ああ……そうか……?」
何だ、アッシュにしては歯切れが悪いな。
もっと喜ぶものだと思っていたが……流石に緊張して、それどころじゃないのか?
「な、なぁ、俺って本当に勝ったんだよな?」
「え、そうだけど……」
「そうか……」
アッシュは最後にそう呟いて、口を閉じる。
ん? おかしな奴だな……。
それからは何事も無く社交界は終了し、アッシュの屋敷へと戻って来た。
風呂に入り、部屋に戻って、寝る準備をする。
暫く、皆で社交界であった事を話し合い、11時半頃に寝床へと入った。
「エリカさん」
皆が寝静まった頃に、コルネが話しかけてくる。
「社交界、楽しかったですねっ!」
そう、嬉しそうに。
「うん、そうだね」
「明日は何しますか? 折角だし、海に入りましょうよ」
……まぁ、明後日には帰るし、最後くらいは入ってもいいか……。
「……いいよ。でも、本当に泳げないから、その、教えてくれる?」
「もちろんです! 私が手取り足取り、すっぽりと教えてあげます!」
そ、それは勘弁だな……。
「あは、楽しみですねっ!」
「……うん」
俺は頬を緩め、小さく頷いた。
そして数分、深い眠りに落ちた……。
◇◇◇
翌朝。
「…………」
朝の日差しで目を開ける。
体を起こし、部屋を見渡すと、殆どの皆は眠っていた。
だが、隣に寝ていたコルネの姿だけ無かった。
まだ皆が寝てるという事は、六時前後だろう。
コルネがこんな朝っぱらに起きるなんて事はこの半月で1度も無かった。
……何か、嫌な予感がする。
「ん?」
廊下の方から、どたばたと足音が聞こえ、しまいには部屋の扉が勢い良く開かれる。
「エリカさん……って、起きていましたか!」
慌てた様子のコルネが駆け寄って来る。
「何かあったの?」
「これ、聞いて下さい!」
コルネはラジオを俺の目の前に出す。
「え、何?」
「いいから!」
「…………うん」
コルネの慌て具合で、ただ事では無い事を悟り、静かにラジオに耳を傾ける。
ラジオからは、男性の声が聞こえた。朝のニュース番組の様だ。
『――――もう一度、お伝えします。今日早朝、オラシオンの宮殿に宿泊中だった、セオドリク皇帝陛下が――』
それはとんでもないニュースだった。
『何者かにより、殺害されました――――』
こんなニュース、誰が予想していたのか。
少なくとも、俺は予想出来なかった。
「……え……」
そして、そう驚愕しているという反応を示す事しか、出来なかった――――。
一部 学校生活編~完~




