五十二話 邂逅
「あれは……」
少し進んだところで、人影を見つける。
「ん、珍しいわね、ここに人間が来るなんて」
そう言って人影が振り返る。
それは、白の日傘を差した女性だった。
風貌は白髪のインテークロング、白のゴシックドレスを着ている。
魔獣……いや、とてもそうとは思えないな……。
取り敢えず、名前を聞いてみるか。
「……貴方は?」
「人に名前を聞く前に、先ずは自分から名乗ったら?」
「あ……」
……そうだな。少々無礼だった。
そう思い返し、名乗ろうとする。
「冗談よ。真面目に返そうとしなくていいわ」
俺の考えを読んだかの様に、くすくすと笑う。
「私はヴァレリア」
「……え? それだけですか?」
「そうよ。貴方達人間と違って、姓はないわ。ただのヴァレリア。ヴァレって呼んで頂戴。それと敬語も要らないわ。肩苦しいのは嫌いだから。次は貴方の名前を聞かせて貰えるかしら?」
「私はエリカ。エリカ・ライト」
「エリカね、記憶したわ……へぇ……」
ヴァレリアはにやりと笑う。
何だ……?
「?」
「いえ、人間にしては魔力の量が多いと思ってね」
「分かるの?」
「ええ、私にはね」
他人の魔力の量を見ただけで分かる人間なんて聞いたことが無い。
普通は専用の機械を使って魔力の量を測る。
やはり、このヴァレリアと言う女性は人間じゃ無いのか……?
いや、今はそれどころじゃない。
一刻も早く、あいつらのところに戻らないと。
でもどうする……こいつに出口の場所でも聞いてみるか……?
「あの、ヴァレリア――」
「ヴァレって呼んで」
「……ヴァレ。ここから出たいんだけど……出してくれる?」
「ええ、出来るけど……」
……歯切れが悪いな。
やはり、そう簡単には出してくれないか……。
「ああ、別に帰らせないって訳じゃないわ。ただ、帰る前に、私と少しお話して欲しいのよ」
「……え?」
予想外の要求だ。何を企んでいる?
「どうして、そんな事を?」
「暇なのよ、私。ずっとここに一人で居るから」
「暇つぶしって事?」
「そういう事。どうかしら?」
どうって言われてもなぁ……。どっちみち、俺には選択肢が無いだろう。
ここから出るには、こいつの要求を飲むしかない。
「分かった。それぐらいなら」
「決まりね」
ヴァレリアがそう言って指をぱちんと鳴らすと、目の前にテーブルセットが何処からともなく現れる。
「っ……」
「どう? 驚いた?」
ヴァレリアはそう言いながら、椅子に座る。
魔法の類……いや、こんな魔法見た事も聞いたことも無い。
俺も恐る恐る、もう一つの椅子に座った。
「おっと、忘れるところだったわ」
ヴァレリアが再度指を鳴らすと次はテーブルの上にティーセットと、クッキーが入ったバスケットが現れた。
「紅茶でいいかしら?」
「う、うん……」
ヴァレリアがカップに紅茶を注いでくれて、俺の前へと差し出した。
「さてと……それじゃあ貴方の事、聞かせてくれるかしら?」
俺はヴァレリアに士官学校の事、シフィやアッシュ達の事を軸に話した。
「へぇ、賑やかそうで良いわね。1度会ってみたいわ」
「……次はこっちから聞きたいんだけど……ここってタルタロスだよね?」
「ええ、そう。紛れもなく、ここはタルタロスの一部に存在する場所よ。その様子だと前に来た事があるのね?」
「うん、こことは全く雰囲気が違ってたけどね。魔獣も居たし」
前はもっと禍々しい場所だった。
それにここは見たところ、魔獣も居ない。
こんな場所もタルタロスにあるって訳か。
「それって三つ頭がある犬?」
「え? どうして知ってるの?」
「私は魔獣の反応を感じ取れるのよ。最近、その魔獣の反応が消えたからもしかしたらと思ってね」
魔獣の反応を感じ取れる……ますます人間じゃ無いな、こいつ。
「……もう一つ聞いていい?」
「ええ、良いわよ。幾らでも聞いてちょうだい」
「じゃあ遠慮無く……ヴァレ、貴方は何者?」
「ふふ、私はただのヴァレリア。それだけよ?」
「答える気は無いって事?」
「あるわよ。ちゃんと、ね」
ヴァレリアはにやりと笑う。
この調子じゃあ、これ以上話は聞けなさそうだな。
そろそろ話を切り上げるか。
俺はそう思って席を立つ。
「あら、もう帰っちゃうの?」
「うん、急ぎの用事があるから」
「そう……残念だけど仕方ないわね。今出口を開くわ」
ヴァレリアが指を鳴らすと、あのブラックホールの様な物が現れた。
「ここに入ったら帰れるわ……って、一度来た事あるんだし知ってるわね」
「うん……ありがとうヴァレ、紅茶とクッキー、美味しかったよ」
「こちらこそ、付き合って感謝するわ。じゃあねエリカ」
「うん」
俺はそれに入ろうとする。
「……待って、エリカ。これあげるわ」
その時、ヴァレリアに呼び止められ、何かを差し出してくる。
「これは……リボン?」
それは紫色のリボンだった。
「ええ、感謝の印よ。受け取って」
リボンか。使う事は無さそうだが、貰っておくか。
俺はヴァレリアからリボンを受け取る。
「ありがとう。それじゃ、今度こそ行くね?」
「ええ、また会いましょう、エリカ」
俺はそれに入り、この場所を後にする。
前と同じ様な感覚に襲われ、気付いた時には元いた裏路地に立っていた。
「エリー! 無事か!?」
早々、アッシュが駆け寄ってくる。
それに続き、他の三人も。
「Sは?」
「お前さんが消えてから、直ぐに帰ってった」
そうか、やはり……。
「ったく、どうなってんだ。何であいつがこの街に居るんだ?」
「分からない……でも、何か目的があったのは確かだと思う」
「目的?」
クロウが聞いてくる。
……そう、目的だ。
今なら分かる筈だ、Sがこの街に来た目的が。
「何でSが態々、私達の前に現れたと思う?」
「それは――あ……もしかしてだけど……」
「まさか、この中の誰かを狙って……そう言いてぇのか?」
「うん……私達五人の中の誰かを殺す、攫う……それがSの目的だったんじゃないかと思うんだ」
「……それは恐らく、エリカさんですね。エリカさんが消えてから居なくなりましたし」
ああ、コルネの言う通り、狙いは俺だろう。
何で狙ってるかは断定できないが。
あの時の仕返し……いや、それは考えにくい。
こんな”大きな手掛かり”を残してまでやるとは思えない。
「ま、待ってよ! 僕達がこの街に来たのは偶然で、Sは知らなかった筈だよ!」
「ううん、知っていたんだよ。Sは」
「え?」
ここまでの推理で、ある真実が見えてくる。
それは――。
「……エリカさん、もしかして、こう言いたいんじゃないですか? この街に来る事を知っていた人物……つまり、私達の誰かがSにそれを伝えた」
「ええ!? それって……」
「うん……私はSの協力者、それかS本人が私達の中に居る、そう思っている」
……いや、思っているじゃない。確信しているんだろう。今の俺は。
今ある情報を組み合わせると、それしか答えが出てこない。
「……取り敢えず、戻ろう、屋敷に」
「そう、だね……」
俺達は裏路地を引き返し、屋敷へと戻る。
重たい空気のままで。




