四十九話 魔獣狩りのサリヴァン
「……これで大丈夫」
少女がコルネの治療を終え、そう告げる。
手際が良く、ほんの数分で治療は終わった。
「軽い打撲だったけど、回復魔法で治したらから、心配しないでいいよ」
「ありがとうございます!」
コルネが元気良く、お辞儀をする。
本当にもう大丈夫そうだな。良かった。
まぁ、それはさておき。
「あの、それで貴方達は?」
そう、さっき聞きそびれた、この男性と少女の事だ。
「あ、確かに、ちゃんと名乗ってなかったね。じゃあ改めて……こほん、私はノーラ――ノーラ・ルイス! それでこっちの物静かな人が、アグレさん!」
「……アグレ・サリヴァンだ。魔獣の叫び声を聴いて、助けに来た」
「アグレ・サリヴァン……もしかしてあんた、あの魔獣狩りのサリヴァンか?」
二人が名を名乗った後、アルベールがそう聞いた。
「凄いね、アグレさん! アグレさんの事、軍の人にも知られてるよ!」
「どうでもいい。別に名を上げようと、やってる訳じゃない」
「えぇー、折角なんだから喜ぼうよー!」
一人で舞い上がっているノーラを顔色一つ変えず、アグレが軽くあしらう。
「そ、それで、魔獣狩りのサリヴァンってのは?」
「……あ!」
コルネが少し考え込み、口を開く。
「……魔獣狩りのサリヴァン……聞いた事があります。帝国各地のギルドで、危険度の高い魔獣討伐依頼を解決しまくってるってるって……他にも、あのドラゴンを倒したって噂もある人ですよね、確か」
「……買い被りすぎだ。その噂は事実無根、それにそう名乗ったことも無い」
周りが勝手に言ってるだけ……という事か。
だが、そんな噂を流される程度には強い、それは確かだ。
「次はお前達の名を聞かせて欲しい」
「私はコルネ・アゼリアです!」
「エリカ・ライトです」
「エリカ・ライト……そうか、お前が……」
そうアグレが小さく呟く。
「え?」
「……いや、お前があの国家魔法師の娘かと思ってな」
ああ、そういう事か。
「国家魔法師って確か、帝国で一番強い魔法師だよね?」
「……ざっくり言えば、そうだ」
「ええ!? じゃあエリカも強い魔法師なの!?」
「私はまだまだですよ。足元にも及びません」
「そんなことは無いさ。エリカだって、充分に魔法師の素質はある」
アルベールがそう言ってくれるのは嬉しいが、素質があっても、それを生かしきれなければ無意味だ。
さっきも言った通り、今はまだエレナの足元にも及ばないだろう。
「それでそっちの軍の人は?」
「失礼しました。俺は帝国第五陸軍所属の、アルベール・ハーシェルです。よろしく頼みます」
「随分と若いようだが、新兵か?」
「ええ、今年配属されたばかりです」
そう言えば、何でアルベールはここに来たんだろうか。
まぁ、助かったから良いが……一応聞いておこう。
「何でアルベールは来てくれたの?」
「ああ、まだ言っていなかったな。お前達と別れた後、ここの魔獣の事を思い出してな。魔獣討伐依頼を受けたって聞いたから、万が一、ここの危険度の高い魔獣を討伐しに行ったいたらやばい、と思って来てみたら、エリカが襲われていたって訳だ」
「そうだったんだ……ありがとう、アルベール。本当に間一髪だったから、助かったよ」
「気にするな、お前が無事で良かったよ」
……変わらないな、アルベールは。
「それにしても、まだこんな魔獣の依頼があったとはな……依頼内容はどんなだった?」
「小型の鳥魔獣を討伐って依頼でした」
「あの依頼か……報酬金は高いなとは思っていたが……次からはちゃんと確認するか……すまん、お前達を危険に晒したのは自分の責任だ」
アグレはそう言って頭を下げる。
何でこいつが謝るんだ。こっちは助けて貰った側なのに……。
「アグレさんのせいじゃないよ。依頼の書き方が悪い、ギルドが悪いんだよ!」
「それはそうだが……俺が先に気付いておけば、無駄な危険は避けられたかもしれない……やはり、自分のせいだ」
「もう! そうやって何時も自分を卑下する! アグレさんの悪い癖だよ?」
アグレとノーラは言いあっている。
「そ、そんな事より、早く街に帰りませんか? お2人もオラシオンから来たんですよね?」
「あ、そうだね。皆、疲れてるもんね……」
「……そうだな、帰るとするか。歩けるか?」
アグレがそう、俺達に聞いてくる。
「はい、大丈夫です」
「私も大丈夫です!」
「そうか、なら行こう」
俺達はアグレの後をついて行き、街道を戻る。
「ノーラさんは医者の娘さんなんですね。さっきも手際が良かったのも、頷けます」
街道を歩いている途中、身の上話になった。
ノーラは王国出身で、医者の娘らしい。
「ふふ、そんな堅苦しい喋り方じゃなくていいよ。歳も近いみたいだしね。それと、ノーラで良いよ」
「うん、分かったよ。ノーラはアグレさんと旅をしているんだよね? アグレさんとは長いの?」
ノーラは冒険者のアグレと一緒に、帝国を旅して回っているらしい。
「うーん、かれこれ三年ぐらい一緒に居るかな? アグレさんが私が住んでた街に来たのがきっかけだったかな」
「へぇ……三年も一緒に居たら、そういう事もあるんじゃないですかぁ?」
「そ、そんな事無いよ! アグレさんはそういう事は興味無いし……私にも無関心だし……」
ノーラはコルネの問いに、顔を赤めながら答える。
「……止まれ」
アグレが背中に担いでいる太刀に手を掛け、急に立ち止まる。
「魔獣?」
「ああ、下がっていろ」
そう言った数秒後、狼型の魔獣が五体、近くの茂みから出て来る。
全く気付かなかった。やはりやり手だ、この男……。
「数は多いですけど、雑魚ですね! 私がちょちょいと倒してあげます!」
コルネがそう言って、長銃を取り出そうとする。
「下がっていろ!」
だが、アグレが声を荒げ、コルネを睨みにつける。
「え、は、はい……」
「……すまない……」
アグレはそう一言だけ呟き、大太刀を引き抜き、右手だけで軽々と構える。
そして、間髪入れずに、魔獣の群れへと突っ込んで行く。
「大丈夫なのか、一人で……」
「心配要らないよ。アグレさんはめっっちゃ強いから!」
ノーラの言う通り、心配無いだろう。
あの力量なら、直ぐに終わる。
その予想の通り、アグレと魔獣の群れの戦いは呆気なく終わった。
いや、予想を通り越して、凄かった。
なんと、アグレが群れに突っ込んで行き、駆けたままの太刀の一振で、魔獣五体、全てを倒した。
魔獣が一斉にアグレに飛び掛ったところを斬り殺したのだ。
気付いた時には、太刀を鞘に納め、こちらに戻って来ていた。
「す、凄い、五体の魔獣を一度で……」
「やっぱり凄いね、アレグさん!」
「相手が弱かっただけだ。行こう」
アグレは何事も無かったかのように、再び歩き出す。
それを同じような様子で、ノーラが後を追う。
どうやら、二人の間ではこれが普通らしい。
「……太刀を振ったところ、見えなかったです……」
「ああ、なんて腕だ……」
恐らく、いや十中八九、こっちの反応の方が正しいのだろうな……。
呆気に取られていた俺達も後を追う。
十分程歩いて、街に到着した。
「それじゃあ、今度こそ、俺は持ち場に戻らせてもらう。アグレさん、ありがとうございました」
「気にするな」
「はい、では……」
アルベールと別れ、冒険者ギルドに向かう。
「……はい、確かに、依頼達成確認しました。こちらが報酬金です」
ギルドの受付で三十分くらい、色々な手続きを踏んでやっとの事、報酬金を手に入れた。
「それと、この度は申し訳ございません。依頼書に不備があった事、上に伝えておきます」
「ほんとですよ! 災難だったんですからね!」
「はい、承知しております」
受付嬢は、丁寧に頭を下げる。
いや、金に目が眩んだコルネも悪いだろう。
まぁ、何にせよ、これでやっと終わった。肩を落としながら受付を離れる。
「……そっちも終わったか」
出入口付近に居たアグレ達に声を掛けられた。
アグレはそう言いながら、懐に、報酬金が入った袋を仕舞う。
彼等も何か依頼を受けていたのか。
「今日はありがとうございます。あの、この報酬金は……」
そう言って、俺はさっき貰った報酬金を渡そうとする。
依頼された魔獣を倒したのは、アグレだ。
俺達が受け取る資格は無い。
「要らない、それはお前達が受けた依頼の金だ。それに自分は、金が欲しいからやっている訳では無い」
だが、そう言われてあっさり断られた。
……まぁ、相手がそう言うなら……。
俺は渋々、報酬金を仕舞う。
「……じゃあこれで……改めて、今日はありがとうございました」
「今度からは気を付けろよ」
「はい、と言っても、これっきり受けないと思いますけど……」
「そうか」
「はい、では……」
俺とコルネは建物を出て行こうとする。
「……待て」
その時、アグレに呼び止められる。
「何ですか?」
「さっきとは別で忠告しておく。傭兵団『紺碧の月』には気を付けろ。最近ここらを彷徨いているらしい」
紺碧の月……金を受け取れば、どんな汚い仕事で引き受ける、と噂の帝国の傭兵団だ。
来ているのか、この街に。
恐らく会うことは無いだろうが、アグレの言う通り、気には止めておく事にする。
それにしても何で、それを俺達にわざわざ言ってくるんだ……?
「何でそれを私達に?」
「奴らは危険だ。近寄らない方が良い。それを忠告しておこうと思っただけだ。他意は無い。不快に思ったなら、謝る」
……どうやらアグレは善意で話してくれたらしい。
潔く、忠告を受け取っておこう。
「分かりました、ありがとうございます」
「ああ、またな」
「じゃあね、エリカ、コルネ!」
俺達は今度こそギルドを後にして、屋敷へと戻る。




