四十四話 オラシオンへ
そして、また三日後。
俺はクロウに、実家に遊びに来ないか、と誘われ、朝7時頃に校門前に集合していた。
他にもシフィーを除いてユリウス達三人と、アリッサとオレット、そしてリディア、アッシュ、コルネが一緒に海都オラシオンへと行く事になっている。
今はまだ来ていないオレットとユリウスを待っている。
「すまない、遅れた」
そこへ丁度、オレットがやって来る。
「遅いわよ、兄貴。何やってたのよ?」
「悪い、準備に手間取ってな」
「だから前日に荷物を見直しておきなさいって言ったのに……」
「そうだな、これからはそうする」
「全く……」
これで残りはユリウスだけか……。
「そう言えば、アリッサさん、オレットさんへの呼び方変えました?」
リディアは唐突に、アリッサにそう聞く。
そう言われると、前は「おにぃ」だったのに、さっきは”兄貴”と言っていたな。
「本当だな、いつの間に変えたんだ?」
「最近だ。どうやら、子供っぽいから変えたらしい」
「へぇ……」
オレットが代わりに答えると、アッシュがにやにやとアリッサの方を見る。
「な、何よ?」
「いやぁ、お前さんにも、意外に可愛いところあるんだなぁ、って思ってさ」
「……ふ、ふん、そ、それより、殿下はまだいらっしゃらないの?」
アリッサは照れながら、無理矢理話題を変えようとする。
「そろそろ来る筈なのだが……あの人はああ見えて、時間にルーズだからな……呼びに行って来ようか?」
ウィルバートがそう提案する。
そうだな……なら、頼もうか。
「じゃあ、お願い――」
「その必要は無いさ」
ウィルバートに返事を返そうとした時、待っていた人物の声が背後から聞こえた。
俺達は一斉にそちらを向く。
「遅いぞ、ユリウス、何を――」
ウィルバートがそう言いかけた時、ユリウスを見て絶句する。
「おいおい、こりゃまた……」
「う、うん、何と言うか……」
アッシュ、クロウと続き、他の殆どの人物もユリウスの姿に困惑する。
……そりゃそうだ、ユリウスは、上はヤシの木がプリントされたオレンジ色のアロハシャツ、下は薄茶色の短パン、と言う格好をしていた。おまけに靴はビーチサンダル……。
着るのは良い、着る理由も分かる。
だが、現地に着いてからで良いんじゃないか?
それにユリウスには悪いが……絶望的に似合ってない。
ユリウス、お前はそんなキャラじゃない。もっと高貴な雰囲気の服を着るべきだろう。
ユリウスを除いては、特に言う事のない普通の私服。
だが……これじゃあまるで、ハワイに来た観光客を引き歩くツアーガイドみたいだ……。
「ん、どうしたんだい、皆?」
そして案の定、本人は無自覚。
「そうですよ、皆さんどうかしたんですか?」
……え?
そう驚愕の一言を放ったのはコルネだった。
……もしかしてこいつも気付いていないのか?
そう言えばさっき、こいつだけ無表情のままだったな……。
「あ、きっと、ユリウスの素敵な服装に驚いてるんですね!」
そんな訳ない……とは誰も言い出せる筈も無く……。
「え、ええ! そうですわ! 殿下凄くお似合いで!」
「ふふ、そうだろう? いや、今まで自分で服を選んだ事が無くてね、シフィー君に連絡して相談したら、海に行くなら涼しい格好がいいと、言ってくれてね。それで、洋服屋に足を伸ばしてみたら、目を引く良い服があってね。それがこれさ」
原因はうちの妹か……。殆どの原因は本人のセンスの無さだが。
それにしても、何でわざわざ、服を新調しようと思ったんだ。
七星祭の時に、着ていた服で良かったのに。
まぁでも、ほぼほぼ、着替えさせるのは無理。
覚悟してこのまま行くしか無い。
「さぁ、出発しよう。東門前に、迎えが待っているのだろう?」
「は、はい……じゃあ行こう、皆」
複雑な顔をして、クロウが先を歩く。
「うむ」
ユリウスは満足気な顔で後をついて行く。
「……ったく、とんでもねぇセンスの持ち主だぜ」
「ま、まぁ、良いんじゃないでしょうか、個性的で。ね、エリカさん?」
「え、うーん……ごめん、私はあんまり、服の事は分からないから……」
答えられる訳無いだろう。いきなり俺に振るな。
「まぁ、何にせよ、俺達も行くか」
「だな……置いていかれる前に」
俺達もクロウの後をついて行く。
街中を歩くのは地獄だった。
行く先々で通行人に変な目で見られ、気まずいまま、何とか東門前に辿り着いた。
「はぁ、で、迎えはどこなんだ?」
「えっと、確か母さんが馬車の前で待ってるって手紙に書いてあったけど……」
「……馬車なんて見当たらないな」
ウィルバートの言う通り、馬車は1台も停まっていなかった。
代わりにリムジンみたいな細長い動力車が停まっており、その運転席のドア前に老輩が立っていた。
服装からして執事だろう。
「エリカさん、あれ長い動力車ですね! あんなの見た事無いです!」
「そうだね、多分何処かの貴族が特注で作らせたんじゃないかな」
「そうですわね……って、あの執事の方、こっちに近付いて来ますわよ?」
リディアの言う通り、リムジン前に居た執事がこちらに歩いて来る。
「……やっぱり……」
「心当たりあるのかい、クロウ君?」
「は、はい、少しだけ……」
そうこうしている内に、執事が俺達の前に立つ。
「クロウ様、お久しぶりでございます。それとご級友の方々ですね、私、グレスティア家に仕えさせて頂いています、ルーデッヒと申します」
ルーデッヒと名乗る執事は、丁寧にお辞儀をする。
「グレスティア? おいおい、それって……」
「ええ、恐らくはイースヴェル州を治める、あのグレスティアですわ」
グレスティア家……リディアが言った通り、イースヴェル州を治めている領家だ。
公爵家の家柄で、ユスティア家の分家……つまり王族だ。
「ふむ、グレスティア家の者か」
「これはこれは……ユリウス皇太子殿下もお久しぶりでございます」
「……すまないが、貴殿の顔は……」
「構いません、私は一介の使用人でございます故、当然でございます……さぁ、皆様、こちらに……」
ルーデッヒはそう言って、リムジンの方へと歩いて行く。
「……驚いたね、クロウ君がグレスティア家と知り合いだったとは」
「はい、その、色々ありまして……」
「まぁ何でも良いじゃないですか! あんな凄い動力車に乗れるんですよ! 早く行きましょうよ!」
コルネはそう嬉しそうに、執事の後をついて行く。
「何で、あんなに平然としていられるんだ……」
「きっと知らないんだろう、あいつは」
だろうな……あんなに呑気にはしゃげるのが羨ましい。
俺達もリムジンへと乗り込み、帝都を発つ。
「わぁ、動力車ってこんなに速いんですね!」
リムジンに乗って、走り出してからも、コルネは窓の外を眺めながらはしゃいでいた。
「コルネ、落ち着いて」
エルが注意すると、コルネは「ええー」と言って、嫌な顔をする。
「そうよ、エルの言う通り、大人しくしてなさい。それにしても、あんたってこんな時まで能天気よね」
「え? そうですか? だって、イースヴェル州を治めているって言っても、王国で言ったら、大きな領地を持ってる貴族と変わりないですよね?」
「やっぱりあんた、分かってなかったのね……」
アリッサは額に手を当てる。
「あのね、確かに、王国じゃ、そういう貴族は多いと思うわ。でも、帝国じゃ訳が違うのよ。街一つ一つとその周辺を治めてる貴族は多いけど、州全体と言う大きい括りで治めてる家は、インタクアス州を除いて、四つしかないのよ。東のイースヴェル州を治めるグレスティア家。南のサウジアンド州を治めるリディアの実家のスレイプウェル家。西のウェスティント州を治めるシンクレア家。そして、北のノースフィア州を治めるレイノルズ家。スレイプウェル家以外は、五百年以上前からその州を治めてる古い家柄だわ」
「ええ、サウジアンド州の前領家、マンフォード家の当主が6年前に病死して、そこに私の家が領家として就きました。それ以外はれっきとした、昔から治めている領家ですわ」
「……王国での大きいとは訳が違うわ。それに、グレスティア家は、他の領家とも違う。ユスティア家の分家、王族なの、分かった?」
アリッサの説明を聞いたコルネは「何となくですけど分かりました!」と、元気良く返事をする。
本当に分かったんだろうか。
「でも、そう考えたら凄いですね。クロウさんって王族の人と知り合いなんですよね? 一体どういう経由で、知り合ったんですか?」
「確かになぁ……考えられんのは、クロウの親父さんの繋がりでってところか? 第五陸軍はグレスティア家の指揮下だろ?」
「……いや、違うな」
ユリウスがきっぱりと答える。
「……そうだろ? クロウ君?」
この口調、絶対に分かっているな……。
「そうですね……恐らくは殿下が思ってる通りです」
「ほう、そうか。まさか君がか……クロウ君も中々隅に置けないね」
「や、やめてくださいよ……」
クロウは恥ずかしがりながら、そう答える。
「もー、何なんですか! 理由が分かってるなら教えて下さいよ!」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ、ここで教えてしまっては面白くないだろう。時期分かる、座して待て」
どうやら、教えてくれる気は無さそうだ。
オラシオンに着けば分かるのだろうか。
そう思いながら、動力車に揺られる事、約4時間、やっとオラシオンに到着した。
「海、綺麗」
「ああ、この街の海はいつ見ても綺麗だ」
リムジンから降り、オラシオンの門前に足をつける。
オラシオンの街は、海都と言うだけあって、海に面している街だった。
潮風のいい匂いがして、街並みは白の建物が多く目につく。
そして、街北西の海に面する崖上には、帝都の宮殿には及ばないが大きな城がそびえ立っていた。
「やっと着いたぜ……まさか、四時間座りっぱなしだとは思ってなかったな……」
「仕方ありませんわ、帝国の中央から、端まで、一気に来たんですもの。動力車じゃ無ければ、もっと掛かっていた筈ですわ」
「それで、これからどうするの、クロウ?」
「えっと、今度こそ、門前で母さんが待ってる筈だけど……」
クロウは周りをきょろきょろと見回す。
「クロウー!」
「あ、母さん!」
クロウは門を跨いだところで手を振っているクロウの母親、イザベラを見つける。
俺達は、イザベラの元へと歩いて行く。
「お帰り、クロウ、元気だった?」
「うん、元気だよ……それで、母さん、何でグレスティア家のルーデッヒさんが迎えに来たの? まぁ、予想はつくけど……」
「ふふ、それはね――」
「クロウ様ー! お帰りなさいませー!」
そう言って、街の方から、走り込んで来る人物の姿があった。
そして、その走ったままで、クロウに抱きつく。
「会いたかったです!!」
その人物は、白のドレスにセレストブルー色の長い髪、月下美人の髪飾りを付けた、クロウと同じ歳ぐらいの少女だった。
「ち、ちょっと、皆の前だから、恥ずかしいよ!」
「わ、とと、これは失礼しました。勢い余ってつい……」
ドレス姿の少女は、クロウから1歩離れる。
「やはり、君だったか」
「……こほん、お久しぶりですね、ユリウス皇太子殿下」
クロウの時と打って変わって、少女は礼儀正しく、清楚に振る舞う。
「そちらの方々の話も聞いております。クロウ様の友人の皆様ですね」
「はい、そうですが……失礼ですが、貴方は?」
俺は皆の代表で受け答える。
「あ、失礼、申し遅れましたね。私はマリー・フォン・グレスティア、グレスティア家の次期当主です」




