四十三話 意思
「エリカさん、腰が抜けてますよ!」
そう喝を入れて、カミラが木刀を振り下ろしてくる。
「くっ……はぁ!」
それを間一髪のところで、木刀で受け止め、押し返す。
「やりますね、なら、これは受け止められますか……!」
「っ!?」
瞬時に懐に飛び込んでくるカミラに、慌てて木刀を構え直す。
完全に受けに入っていた。でも、予想もしていない方法で防御は崩された。
木刀を逆手持ちにし、柄の方で鋒を受け止め、鋒で柄の方を突き上げる。
俺の木刀は宙を舞い、一回転して、カミラの背後に、からんからん、と音を立てて、訓練所の床に落ちる。
また、負けた。
「……参りました……」
「まだまだですね、エリカさん」
カミラはさっきの真剣な表情が嘘みたいに、優しく微笑みながら、そう言う。
くそ、やはり簡単には勝てないか……。
……何で俺とカミラが手合わせをしているかと言うと、それは、今から三日前に遡る。
リリーの一件から、一週間後、俺は再び、カミラに職員室に呼び出された。
そこで、改めて礼がさせて欲しいと、申し出られた。
リリーの事件に向き合えたのは貴方のおかげ、と付け加えられて。
それで俺は、カミラが使う、四方一刀流を教えて欲しいと頼み、この三日間、彼女の空き時間にこうやって手合わせをしてくれている。
だが、自分の流派の技を教えると言う事は、弟子をとると言う事。そんな易々と承諾はしてくれなかった。
そこで、一本でも、カミラから取れたら、弟子にしてくれると、言う条件が出された。
なのだが……その一本すらも取れない、状況が三日間続いている……。
「ふぅ……これでは、私が弟子をとる日が遠くなりそうですね……」
「…………」
「……エリカさん、何故私に剣を教えて欲しいと頼んだんですか?」
「それは……」
「もしかして、一ヶ月前みたいな事が起こった時に対処する為……なんて事は考えてませんよね?」
……図星だ。
あの時、俺がもっと強ければ、奴らを捕らえれていたかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくなる。
それに、ユリウスと約束した。奴らを捕らえると。
そうなると正面激突は不可避だ。
もっと強くならないと……。
「その表情、どうやら当たりみたいですね。だったら、私から一本を取ったとして、私は貴方を弟子にとるつもりはありません」
「っ…………」
「……一日、よく考えて下さい。明日、改めて答えを聞きます」
カミラはそう言い残し、訓練所を出て行った。
……弟子をとるつもりはない……か。
やっぱり、俺には剣の道は無理だったのか……。
まぁ、あっちの世界でも、半年程しかやってなかったしな……。
それにカミラは腕云々より、何故弟子にして欲しいか、その理由の方を重要視しているみたいだしな……。
そもそもこの学校に入学した理由だって……。
「お疲れ、その様子じゃ、今日も教官に勝てなかったか」
その時、クリスが訓練所に入って来た。
「はい……すみません、無理言って、この場所を譲って貰っているのに」
「気にするな。うちの馬鹿が、とんでもない事をやらかしたみたいだしな。まぁ、流石のあいつもこれで懲りただろう。二学期始まってから、二ヶ月間の停学処分……そう言う話はいいか。どうだ、一つ、手合わせ願えるか?」
「……はい」
俺はクリスと手合わせをした。
結果は俺の完敗。手も足も出なかった。
「……基本的な立ち回り、技術なんかは、下の中と言ったところだな。ま、そこら辺は大きな問題じゃない。これから学んでいけばいい話だしな。問題は……剣が軽い事だ」
剣が軽い……。
「ライト、お前の太刀筋には力が篭って無い。まるで、練習用の人形に一方的に剣を打ち続けているみたいな感覚だ。はっきり言うと……剣にかける意思が無い、そういう事だ」
……前にシフィーが言っていた事を思い出す。
剣は心を映す……馬鹿馬鹿しい精神論だと思っていたが、あながち間違ってないようだ。
「このままでは絶対に教官には勝てない。俺はそう思う」
「そう、ですよね……」
「……すまん、少し強く言い過ぎたな……俺はもう帰るが、どうする、お前も帰るか?」
「……いえ、もう少しだけ、います」
「そうか。なら、戸締りを頼む」
クリスは訓練所の鍵を渡し、訓練所を出て行った。
静かに、床に座り込む。
「意思が無い、か……」
そりゃそうだ、俺には何も……。
「おっーす! 調子はどうだエリー……って」
また、誰かが中に入って来る。
今度はアッシュだ。
暇だから、俺の様子でも見に来たんだろう。
「こりゃ、随分落ち込んでるな……今日もカミラ教官にきっちりボコられたか?」
アッシュは半笑いでそう言い、隣に座ってくる。
「ん、今日はやけにテンション低いな……どうした? 何かあったのか?」
「…………」
俺は、自然とアッシュに今日の事を話した。
「なるほど……意思が無いねぇ……」
「……言われた時、その通りだと思った……時々思うんだ、何でこの世界で生きてるんだろうって。何でこの世界で存在してるんだろうって……」
そう、剣のことだけじゃなく、この世界で生きてる理由も、中途半端な物だ。
ただこの世界で生きてるから、生きてる。そんなちっぽけな……。
「……なぁ、エリー、生きてるのに、特別な理由がいるのか?」
「……え?」
「ここで生きてるから、生きてる。存在してるから、存在してる、それで良いじゃねぇか。何で特別な理由を探してるのか、そっちの方が俺には分かんねぇよ」
…………そう、か…………何で俺はそんなしょうもない事を考えて……。
「きっと、エリーは焦ってんだよ」
「焦ってる?」
「ああ、このまま、何も残せず、ちっぽけな存在のまま、生きて行く事にな。多分、本当はこう思ってるんじゃねぇか? 『自分だけの生きてる居場所が欲しい』って」
「自分だけの……生きてる居場所……」
「そう、そんな理由で良いんだよ。生きてる……生きる理由
なんてさ。誰かに認められたい、偉くなりたい、それで良いんだよ」
……そっか……そんなしょうもない、身近な理由で良いのか……。
「剣の事だって一緒だ。エリー、お前さんは何でカミラ教官にそう頼み込んだ? 大きな理由じゃねぇ、もっと根本的な、小さな理由だ」
「……強くなりたい……」
そうだ……元を正せば、強くなりたいって理由だ。
「それで良いんだよ、それで。カミラ教官は、誰かの為じゃねぇ、エリーにとっての自分の為の理由を求めてたんじゃねぇかな」
……そうだ、俺はこの世界に来ても誰かの為、誰かを助けよう、そんな事ばかり考えていた。
自分の事を考えずに、あの時も……。
……もしかして、一ヶ月前、カミラが怒ったのも、そういう理由だったのか……?
他人の為に、安易に自分の命を放り出すな、そうも言いたかった……。
「……ありがとう、アッシュ、道が見えた気がする」
「へへ、気にすんな……よし、おまけに、いっちょ、俺もお前さんに稽古を付けてやるぜ!」
アッシュは勢い良く、立ち上がる。
「ほら、立てよ」
「……もしかして、剣の?」
「当たり前だろ、それ以外に何があるってんだ」
「出来るの?」
「任せろ、知り合いから、教わった事がある。ま、少し、かじった程度だけどな」
アッシュは俺を引っ張り上げる。
「……じゃあ、お願いするね……あ、言っておくけど、私、本当に弱いから」
「そんなの百も承知だ。半年、同じクラスで、同じ班でお前の事見てるんだぜ?」
「……ふふ、そうだったね」
「んじゃ、早速始めんぞ!」
俺達は日が暮れるまで、剣をぶつけ合った。
稽古もくそもない、ただの打ち合い。
でもそれが何故か、自然と楽しかった。
……そして翌日。
俺はまたカミラと共に、訓練所へとやって来た。
「……ではエリカさん、改めて聞かせて貰います。何故貴方は、剣を振るうのですか?」
……そんなの決まっている。
「強くなりたいからです。誰かの為じゃない、誰かを捕まえる為じゃない。ただ自分自身の居場所を探す為に」
「…………」
ほんの数秒、間が生まれる。
そして、ゆっくりとカミラが口を開いた。
「……合格です。エリカさん、貴方を弟子として認めます」
「あ、ありがとう……ございます! じゃあ後は、カミラ教官から一本取るだけですよね?」
「あ、それはもういいんです」
え? そっちはもういい?
「ど、どういう事ですか?」
「簡単な事です。端から、私から一本を取れるなんて思ってないですから」
……ああ、そういう事か……。
「……もしかして、私にそれを気付かせる為に……?」
「はい、私の目に映ったエリカさんは、自分の事がどうでもいい様な様子をしていました。何とかしてあげたいと思いましてね」
まんまと掌で転がされたって訳だ。
そう思うと、腹が立つ。
「まぁ、何にせよ、これからエリカさんは、私の弟子……四方一刀流を受け継ぐという事になります。覚悟は出来ていますか?」
「はい、無論です」
「では……こほん、エリカ・ライト、貴方を四方一刀流、初伝として、皆伝、カミラ・フローレンスが認めます……私の稽古はキツイですよ? ちゃんとついてきてくださいね?」
こうして俺は、カミラの弟子として認められた。




