三十話 冥界への裂け目
家に戻ると、玄関でシフィーが出迎えてくれた。
取り敢えず一息つこうと言うことになり、シフィーがお茶を入れてくれたので食卓を囲む。
「シフィーも帰ってきたところかの?」
「はい、少し前に。それにしてもどこに行っていたんですか? 家に帰ったら誰もいなくて……エリカ姉さん達は分かるんですけど、お母さんまで……」
「ううむ……ちとな……」
エレナは何かを悩んでいるように顔を顰める。
「……丁度良い機会じゃ、シフィーにも話しておくとするかのう」
「え……何があったんですか?」
「エリカよ、今日見たことを話してやってくれ」
エレナのその口調は、俺達がどんな事を経験してきたか大体分かってるようだった。
俺は掻い摘んで、あの空間での出来事を話した。
「そんな事が……」
「やはりか…………エリカ、お主達は冥界への裂け目に吸い込まれたんじゃ」
「冥界への……裂け目……」
「そして、冥界への裂け目に続く場所が『タルタロス』じゃ」
「じゃあ俺達が行った場所は……」
「そう、そのタルタロスじゃ」
エレナがそう言うと皆は困惑しているのか驚いているのかは分からないが、エレナが先を話すまで黙っていた。
「タルタロスは通常、この世界とは切り離された場所にあるんじゃ。しかし、稀にタルタロスへと続く道が現れる……」
「それが冥界への裂け目って事ですか?」
「流石、戦域の息子じゃのう。そう、その通りじゃ。冥界への裂け目の発生条件は不明、それにタルタロスへ意図的に行く事も不可能。冥界への裂け目も何なのか分かっていないのじゃ」
「え!? じゃあ今回みたいなことが色々な場所で起こっているって事ですか!?」
アリッサは身を乗り出し、声を上げる。
「うむ、だからその冥界への裂け目を即座に閉じる必要がある。閉じるためにはタルタロスへ行き、裂け目を発生させている魔獣を倒す必要があるのじゃ。原因の魔獣は様々じゃが、今回で言うと、お主らが倒したケルベロスとか言う魔獣じゃな」
「……そんな事が起きてのか……全然知らなかったぜ」
「当たり前じゃ、大事になる前にわしが閉じているからのう」
「お母さんが?」
俺がそう聞くと、エレナは静かに頷く。
確かに偶に家を空けていた時があったが、ギルドの依頼の他にもそんな事をしていたとは思っていなかった。
「わしは冥界の裂け目が発生した時、何処に発生したか感知出来るんじゃ。この力があるから、わしは国家魔法師に選ばれたんじゃよ」
「じゃあ国家魔法師の使命は、冥界への裂け目を閉じること……歴代の国家魔法師も同じ理由で……?」
「それが全てではないが……まあその理由が大きいのう。冥界への裂け目の存在を感知出来る能力を持って産まれてくる人間は少ないからの」
「国家魔法師にそんな使命が……この事を知ってるのは……?」
「現在なら……皇帝はもちろん、帝国、王国の上層部の人間、スリーナイトや、帝国軍の将官クラスの人物じゃな。じゃからこの話は他言無用じゃ。お主らは当事者と言うことで話した。分かったな?」
俺達は無言で頷く。頷きはするのだが、殆どの者が落ち着きを見せていなかった。
一人は困惑し、一人は難しい顔をし、一人は暗い顔をして俯いていた。
そしてかく言う俺も、まだ戸惑いを隠せなかった。
タルタロスでの戦い、この世界がそのような場所に繋がっている事、国家魔法師にそのような使命があった事、全てが唐突で頭の整理がついていなかった。
そんな心境のまま晩飯を食べ終わり、風呂に入ることになった。
アッシュ、アリッサ、クロウの順番で三人が入り終わり、俺の順番が回ってきた。
洗面所で服を脱ぎ、浴室へと入る。
取り敢えず体を洗うことにし、シャワーを浴びて、手にシャンプーをつけて頭を洗う。
充分洗い終わったと思い、シャワーで泡を流し、次はリンスで頭を洗う。
その時、洗面所のドアが開かれる音がした。
「エリカ姉さん、一緒に入っても良いですか?」
そうシフィーの声が、浴室の扉越しで聞こえた。
「え?」
急だったので、そう聞き返すことしか出来なかった。
「別に大丈夫だけど……」
俺がそう言うと「ありがとうございます」と返事が返ってきて、洗面所から肌と布が擦れる音が聞こえてくる。
それを横目に頭を洗い続け、シャワーで流すと同時に、浴室の扉が開き、シフィーが入ってくる。
「すみません、いきなり。久しぶりに一緒に入りたくなっちゃって……あ、背中洗いましょうか?」
「あ、うん、じゃあお願いしようかな」
シフィーは洗体用タオルにボディソープをつけ、腰を低くして、俺の背中を洗ってくれる。
暫く無言で洗ってくれた後、シフィーが口を開く。
「……私、スリーナイトになろうと思うんです」
「唐突だね。イーハ村に帰ってくるまで悩んでいたのに」
「……今日、お父さんとお母さんのお墓に行ってきたんです。昼間、お母さんに場所を聞いて、そしたら村の公共墓地にあるって聞いたので」
そうか、昼間シフィーは彼女の両親の墓に言っていたのか。
それにしても村の公共墓地にあったのか。
スリーナイトとなれば、帝国側が用意した墓に埋葬されるだろうが、きっとエレナが墓参りに行きやすいよう、取り計らってくれたんだろう。
「どうだった?」
「お父さん達がその……亡くなった時の事を思い出して悲しくなって……涙が流れて……でもお墓に沢山の花が供えられていたんです。数え切れないくらいです」
「それだけ愛される、立派な人だったんだね」
「はい、それで思ったんです。お父さんの跡を継いで、私も立派な人間になりたいと。お父さんの代わりに私が皆さんを守りたいって思ったんです」
……そうか、さっきのエレナの話がシフィーを決心させる決め手となったのか。
「タルタロスという危険な存在も、カレン卿を殺害したラグナロクの使徒という脅威も、全部無くして、皆さんが平和に暮らせるようにする為に、私が少しでも出来ることをしたいんです」
いつも後ろ向きでオドオドしていたのに、いつの間にかそうやって考える事が出来るようになったんだな……。
それならもう、止める理由は無いか。
俺はシフィーが嫌々や、周囲に流されて引き受けるなら止めるつもりだった。
でもこれはシフィーが自主的にやりたいと言う事だ。清く背中を押して、送り出してやろう。
「シフィーがそう思えるんだったら、やってみたらいいと思う。もちろん、私に出来るだったら、サポートするから。なんでも言って」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、部活をサボっているようじゃあ、スリーナイトにはなれないよ」
「き、気付いていたんですか……」
やっぱりか……。そんな事だろうとは薄々思っていた。
「部活の先輩方が嫌味を言ってくるんです……あのルドルファス卿の娘の癖に、随分と弱いとか……」
良くあるやつか……。
何処の世界でもこう言う部分は変わらないか……。
「そんなの無視しておけばいいよ。もし酷くなるようなら私に言って。やめてくれるように頼んであげるから」
それでも止まらなかったら、カミラに言えばいいだろう。
きっと剣道部の教官に掛け合ってくれるだろう。
「ふふ、そうですね。分かりました、これからはエリカ姉さんに言います」
シフィーは頬を弛め、笑顔になりながらそう言った。
久しぶりにシフィーの本当の笑顔を見た気がする︎。
「そうだ、お母さんにはシフィーから伝える? それとも私が伝えようか?」
「いえ、私から話します。お母さんと2人っきりで話したいので」
「そっか。頑張ってね」
「はい!」
それから俺もシフィーの体を洗ってあげ、二人で湯船に浸かった。
一畳程の狭い湯船に二人は少し狭かったが、偶にはこう言うのも良いだろう。




