二十四話 本当のアリッサ
退院して二日が経った。
退院したその日のうちに案の定、憲兵隊に大広場での話を聞かれた。
同時に憲兵隊、主にネハルムが事の経緯、俺が気を失った後の話をしてくれた。
彼女の葬儀が事件二日後に行われた事や、奴らをテロリスト集団『ラグナロクの使徒』と正式に定め、全国指名手配した事を主に話してくれた。
その他にも「学生の身の君を巻き込むだけでなく、傷を負わせてしまってすまない」と頭を下げられた。
巻き込まれたのはどう考えても自分自身のせいなので、心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんな退院初日を終え、今日二日目になるが、これまたいつも通りと言う訳にはいかなかった。
「エリカさん、どうしてあんな無茶をしたんですか!?」
いつもの優しく緩やかな声色とは違い、荒い声色でカミラがそう言った。
学校の昼休憩の合間に職員室に呼び出され、カミラの元に行くや否や、血相を変えて怒鳴られた。
「危険だとは思わなかったんですか!? 殺人を犯した集団相手に何故あんな行動をしたんですか!?」
職員室中に響き渡る声で怒鳴るカミラに、他の教官達の視線が集まる。
だが、そんな事お構い無しに怒鳴り続ける。
「命が無事だったのはいいものの、一歩間違えたら死んでいたかも知れないんですよ!?」
カミラの言っていることは間違いなく正しいので、一言も話せないでいた。ぐうの音も出ないと言うやつだ。
「……全く、私がどれだけ心配したと思っているんですか……」
カミラは落ち着きを取り戻し始め、声のトーンを段々と落としていく。
「すみません……」
俺はそれしか言い出せなかった。
「……今後一切このような事はしないでください。こんな思いは二度……いえ、これ以上したくないので」
「……はい、すみませんでした」
俺はそう言って頭を下げる。
「……分かってくれたなら良いんです。次の授業は水泳なので、遅れずに来てくださいね」
その時にはカミラの顔は、いつもの穏やかな表情を取り戻していた。
「はい」
俺はそう頷いて職員室を後にし、教室へと戻る。
「おう、エリー、カミラ教官に絞られて来たかー?」
教室に戻り、自分の席で次の授業の準備をしていると、背後から勢い良くアッシュが肩に手を回して茶化してくる。
「う、うん……」
愛想笑いを向けながら適当に流す。
励ましてくれているのは分かるが、そこまで高いテンションで返す元気は無かった。
アッシュの明るい性格はこの時に限ってちょっと鬱陶しかった。
「お前さんの様子を見る限り結構怒られたんだな……まあ、元気出していこうぜ。この後はなんと言っても、お待ちかねの水泳の授業だからな!」
「あんたみたいなうるさい奴がいたら、楽しめるものも楽しめないわよ」
そう言って歩いて来たのはアリッサだった。
「アリッサもこいつに言ってやってくれよ。元気出せってな」
「はぁ、あんたって意外に人の心境を読むのが下手ね。こういう時はいつも通りに接する方が良いのよ」
アリッサはそう言うと俺をアッシュから引き剥がす。
「そろそろチャイムがなるわ、行きましょ」
そのまま手を引かれて教室を出る。
「……あんた、大丈夫なの?」
無言で少し廊下を歩き、途中で手を離してアリッサがそう聞いてきた。
「え?」
「水泳の授業出るんでしょ。病み上がりなのに、体動かして大丈夫なの?」
「もう大丈夫だよ。傷も塞がってるし、全然痛みも無いから」
「そう……」
アリッサはそれだけ言うと、再び無言になる。
病院で目が覚めてからずっと気になっていたんだが、アリッサってこんな感じだったか?
数日会わない内に何だか丸くなった気がする。いい機会だ、聞いてみよう。
「ねぇ、アリッサ、一つ聞いてもいい?」
「何よ?」
「アリッサって私をそんなに気遣ってくれてたっけ? 最近何かあったの?」
俺がそう言うと、アリッサが一瞬悲しそうな表情をした。
「……別に何も無いわ…………」
アリッサは少し黙った後、続きを話す。
「……あたし、久しぶりだったの。家族以外でちゃんと相談を聞いてくれたのがね」
二週間程前の依頼のことだろうか。
「ほら、あたしって自分勝手な性格でしょ? だから誰からも煙たがられるの。それに家の事情もあるから余計にね……あの時本当は断られるんじゃないかって怖かった。でもあんたはそんな事気にせず、二つ返事で聞いてくれた。だから嬉しくて、有難くて……それで……」
言葉が詰まると同時に足を止めるアリッサに釣られ、立ち止まる。
「あたしも自分に出来ることをやってあげたいと思った。それにクラスメイトを心配するのは当然だと思ったから…………だけどそんな風に思われていたのね……」
アリッサがさっき見せた悲しい顔をする。
そんな事を考えていたのか。もしかして俺はアリッサに酷い事を言ってしまったのかもしれない。
「あの……」
「ごめんね、あたしが悪いのに、あんたが悪いみたいな感じになっちゃって。さぁ、早く行きましょ!」
無理に笑顔を見せてアリッサが歩き出す。
……ここで何も言わずに終わってもいいのか?
このままアリッサを傷付けたままでいいのか?
いや、いいわけがない。何も言わないのは嫌だ。
「待って!」
俺がそう声を上げると、ピタリと足を止めてくれた。
「どうしたのよ? 早くしないと授業始まっちゃうわよ?」
「……ありがとうアリッサ、私も嬉しいよ。心配してくれて、それにこんな素敵なクラスメイト……ううん、友人がいた事に」
アリッサは大きく目を見開き、驚いた顔をする。
「友人……?」
「嫌かな?」
「う、ううん! そうじゃないの! ……あたしをそんな風に言ってくれるとは思ってなくて……その、嬉しい、あたしも……」
アリッサは微笑んでみせた。さっきの悲しい笑顔とは違い、ちゃんと心の底から嬉しそうな笑顔を。
「ほ、ほら、今度こそ行きましょ! 本当に遅れるわよ!」
「うん!」
俺達はプールがある校舎内の地下に今度こそ向かう。
「ね、ねぇ、今度二人で街に買い物に行かない? あたし良い洋服の店知ってるの!」
「うん、いいよ」
そう友人らしい話をしながら。
アリッサの事が少しだけ分かった気がする。
彼女は、何処にでもいる普通の女の子だ。
本当の自分を隠し続け、表に出せなかった普通の女の子。
俺はアリッサの事が知れて、良かったと思え、嬉しいとも思えた。




