十八話 七星祭に蠢く影
―七月六日 七星祭二日目―
翌日、俺とアッシュはクロウからグレイグが怪我をしたという話を聞き、帝都病院にやって来た。
話によると昨日の夜、帝都美術館で怪盗Aと交戦したらしい。
今は病院の二階の廊下を歩いて、グレイグの病室に向かっているところだ。
「別に二人は来なくても良かったんだよ?」
先頭を歩いて、病室まで案内してくれているクロウが俺達にそう言ってきた。
「うん、そうなんだけど……一応昨日会ったからお見舞い位はと思って……」
「そうだぜ、見舞いくらいさせろって」
アッシュはクロウの背中を叩きながらそう言った。
「い、いや別に駄目じゃないけど本当に良かったの? 今日もその……デートだったんだよね?」
「え、デート? 誰と誰が?」
クロウは何を言っているだ。
「え、エリカとアッシュってそういう関係じゃないの?」
……そういうことか。クロウは俺とアッシュがその所謂恋仲の関係にあると思っているらしい。
「別にクロウが思ってるような関係じゃ無いよ。ね、アッシュ?」
「いいやぁ? もしかしたら俺はそう思ってるかも知れないぜ」
アッシュは悪戯っぽい笑みを浮かべる。心にも思ってないことを言って、話をややこしくしないでくれ。
こうやって冗談めいたことをアッシュはよく言う。
「あはは、本当に何も無いみたいだね」
クロウが苦笑いする。
そんなたわいも無い話をしている内に、グレイグの病室に着いた。
クロウが病室の扉を開けると、ベッドに横になっている、水色の患者服を着たグレイグと、ベッド傍の椅子に座っているイザベラがこちらを見る。
「父さん、大丈夫なの?」
クロウがグレイグに駆け寄る。
「心配無い。かすり傷だ」
グレイグが顔を逸らして言う。
「ふふ、かすり傷の割には痛がってましたけどね」
「お、おい、余計な事を……」
イザベラが強がるグレイグを微笑ましげに見る。
「貴方達も来てくれたのね」
扉前に立っていた俺達を見てそう言った。
「はい……それで、昨日の夜、怪盗Aと交戦したと聞いたんですが……そんなにも手強かったんですか?」
俺はグレイグを見てそう聞いた。
「……いや、奴じゃあ無い。戦ったのは、人形の方だ」
グレイグが病室の天井を見て、静かに呟いた。
「人形……怪盗Aが盗んだあの常闇の姫の事ですか?」
「うむ、あれは恐らく戦闘用に作られた人形……さしずめ『自動人形』と言ったところか」
グレイグが身を起こして、常闇の姫と交戦した状況を簡潔に説明し始めた。目が赤くなった瞬間、明らかに動きが良くなった事、追尾してくる槍の人工遺物事を。
「それがあの人工遺物の力……」
「……なんつーか、信じられねぇ話だな。人工遺物ってのはそんな物まであんのかよ」
人工遺物は、現代に作られた物より少しばかり発展していると言うくらいに認識していたが、その考えは改めた方が良いのかもしれない。
追尾する槍やら、完全に自我を持っている人形は今の技師、魔法では到底作り出せない。
「何で怪盗Aはそんな物を盗んでるのかな……そもそも怪盗Aの目的って何なの?」
クロウがグレイグに聞く。
「怪盗Aには共犯者がいるらしい。怪盗Aはその共犯者の指示で動いている。先程話を聞きに来た、若い憲兵がそう言っていた」
その話が本当なら、怪盗Aはただの駒でしかないということになる。
「ますます訳分かんねぇ話だな……」
一体、怪盗Aを裏から操っている奴は誰なんだ?
何が目的で人工遺物を……。
「でも、取り敢えず父さんが無事で良かったよ。何日位で退院出来そうなの?」
クロウが俺の思考を遮るかのようにそう言った。
「三日程で退院出来るって言っていたわ」
「そうなんだ……ちょっと残念だな……父さんと七星祭回るの楽しみにしてたのに……」
クロウの本当に悲しそうな想いが詰まった言葉を聞いて、グレイグが顔を顰める。
確か軍の任務が忙しくて中々会えないんだったな……。クロウの気持ちも分かるが、こればかりは仕方ない。
「んじゃ、俺らと回らね?」
アッシュがいつも話す声のトーンでさらっと、クロウにそう言った。
「いいの?」
「おう、人数が多い方が楽しいだろ。な、エリー?」
「そうだね。一緒に行こうよ、クロウ」
「……うん!」
クロウは爽やかな笑顔を向けながら力強く頷いた。
「じゃあ私達そろそろ行きますね。すみません、いきなり押しかけて」
「いや、こちらこそ態々来て貰ってすまない」
「ええ。クロウの事、お願いするわね」
「はい、では」
俺は軽くお辞儀をして、病室を退出する。二人もその後に続いて病室を出る。
その時グレイグとイザベラの方を見ると嬉しそうな表情をしていた。
それから俺達はパールストス大通りに向かう為に、病院を出でナイアル地区を歩いていた。
「お、あれってリディア達じゃねぇか?」
アッシュが不意に立ち止まり、近くにあるカフェのテラス席を指さす。
そこにはテーブルを挟んで向かい合い、椅子に座っているリディアとオレットの姿があった。
「そう言えばリディア達も七星祭を見て回るって言ってたっけ。結構楽しそうだね」
クロウの言う通り、滅多に笑顔を見せないオレットも笑っていた。
「良い雰囲気じゃねぇか。ちっと冷やかしにでも行くか」
「ちょ、駄目だってアッシュ! 僕達が行ったら水をさしちゃうよ」
二人に向かって歩いて行くアッシュをクロウが慌てて腕を掴んで止める。
「冗談だって。俺もそこまで不粋な事はしねぇよ」
アッシュは半笑いでそう言いながら、再びパールストス大通りの方へ歩いて行く。
「いや、冗談には聞こえなかったんだけど……」
クロウと俺もアッシュの後をついて行く。
俺達はやがてパールストス大通りに出た。
そして大通りを北に抜け、帝都北部にあるロノン大広場にやって来た。
「大きな城だね。あれが確かラバンディエ宮だったよね?」
俺はロノン大広場から北に伸びている橋の先にある城を見てそう言った。
その城はこの国の皇帝が住む、皇城ラバンディエ宮だ。
「ああ、あれがラバンディエ宮だぜ。でっけぇよな」
ラバンディエ宮までかなり距離がある広場中央から見ても、それの存在感は圧倒的だった。
「そうだ、明日この広場で皇族の人が演説するんだよね。確か名前は……」
「カレン・フォン・デルヴィーニュだろ?」
アッシュがそう言うと、クロウが「そうそう!」と頷く。
カレン・フォン・デルヴィーニュ、皇妃の妹の娘、つまり姪に当たる人物だ。
デルヴィーニュ家は元は平民の家柄だったが、皇妃オリビアが、皇帝セオドリク・フォン・ユスティアと婚約した事で公爵の位を与えられた。
公爵になった後、オリビアの妹がデルヴィーニュ家を継いで結婚し、その間に産まれたのがカレンという事だ。
しかしカレンの両親、そしてオリビアはもう既に亡くなっており、デルヴィーニュ家はカレンが継いでいる。
「そのカレン卿が演説をやるんだよね」
「らしいな。ま、どんな内容かは知らねぇけど」
アッシュは興味が無さそうに答える。
「おや、エリカ君達じゃないか」
背後から声が聞こえ、振り返るとそこにはユリウス、エル、ウィルバート、そしてシフィーの姿があった。
「君達も七星祭を回ってるのかい?」
「はい、特にこれと言った目的は無いですけど」
「はは、それはこちらも同じだよ。ところでさっき義姉さんの名前が聞こえてきたんだけど、何かあったのか?」
カレンの事だろう。
「いえ、明日ここでカレン卿が演説をするって話を聞いて、どんな内容なのかって話していたんです」
「ああ、明日の演説か。聞いた話だと、何やらセルフレア博士に関係する話らしい」
村を出る時に世話になったあの老人か。もしかしたら例の動力車の件か。そろそろ外来的に発表される頃だろう。
あの動力車はこの世界に革命を起こすような物だ。それなら皇族が関わるのも頷ける。
「なるほど、それは楽しみですね。あのセルフレア博士に関わるのなら、きっと驚くような事でしょう」
「そうだね、彼の発明にはいつも驚かされる。今回も何か活気的な物じゃないかと期待してしまうね」
やはりアイン・セルフレアという人物はかなり評価されているのか。
「エリー、もう行こうぜ。ここはもう見ただろ」
アッシュは露骨に嫌な顔をしてそう言った。アッシュはやはりユリウスの事が苦手なんだろうか。
仕方ない、アッシュを無理に付き合わせるのも気が引ける。
「アッシュ……うん、そうだね。すみません、ユリウス殿下、私達これで失礼します」
俺はそう言ってお辞儀をする。その後に続いて、慌ててクロウもお辞儀をした。
「やっぱり、アッシュ君には嫌われているみたいだね……そうだね、私もアッシュ君には嫌な思いはして貰いたくは無い。これで失礼するよ」
そう言うとユリウスは大通りの方へと体を向ける。
「……失礼する」
ウィルバートが静かにそう言い、ユリウスの後をついて行く。
「あ、えと……エリカ姉さんも、楽しんでくださいね」
シフィーがぎこちなくそう言い、去って行く。
「あ、エリカ」
最後に残ったエルも去ろうとしたが、何かを思い出した表情を見せて立ち止まる。
「どうしたの?」
「面白い話がある。部長とアリッサが公園でデートしてた」
……何を言い出すかと思えば……。
と言うかあの二人、いつの間にそんな約束をしていたんだ?
「へぇ、あのブラコン女をねぇ……あの先輩、中々やるじゃねぇか」
アッシュはさっきと打って変わって、明るい声でそう言った。
「……それで?」
「それだけ」
「それだけ?」
「ん、一応部の問題だと思って報告した、以上」
エルは今度こそこの場を去って行く。
いや、それはプライベートの範囲だろ……。
……まあ、そっとしておこう。
「意外だね……あのアリッサが……」
「うん……」
俺達は微妙な雰囲気になりながら、その後も七星祭を見て回った。
◇◇◇
「ロバーツ大尉、本当に申し訳ありませんでした!!!」
帝都病院、三階病室でベッドに下半身を寝かせ、上半身を起こして、患者服を着たネハルムにクロエが深く頭を下げた。
「もう良いと言っているだろう。それにここは病院だ。あまり大きな声を出すな」
「す、すみません……」
気を落とすクロエを見えネハルムがため息をつく。
「それで、怪盗Aの足取りは掴めたか?」
「いえ……まだ何も……」
あの事件からずっと怪盗Aを捜索しているが、一向に手掛かりは掴めずにいた。
「分かった。引き続き怪盗Aを捜索しつつ、明日の大広場で行われる演説の警備の準備を進めろ。それと……」
その時、病室の扉が力強くノックされる。
「開いてるぞ」
ネハルムがそう言うと、扉が勢い良く開かれて一人の憲兵が入って来る。
「ロバーツ大尉、大変です! 怪盗Aからの予告状が!」
「何!? 今回は何処だ!?」
「それが……」
憲兵が近付いて行き、予告状を渡す。
『明日、大広場で行われる演説にて皇族の命を頂戴する。怪盗アルセーヌ』
「先程、カレン卿から直々にこの予告状が届いたとの報告がありました」
「これは……」
クロエが予告状を覗き込む。
「……この予告状、どう思いますか?」
「恐らくだが、怪盗Aが出したものでは無いと思う。しかし、予告状があった以上、明日の警備は厳重にしろ」
「はっ!」
憲兵が病室から出て行く。
「トレス伍長、明日は陸軍と連携を取り、何としてもこれを食い止めろ」
「了解です!」
その頃、帝都内のある建物の屋根の上で怪盗Aとヒスイが話していた。
「ねぇ、あれ、あんたが出したの?」
「まさか、我は依頼された物しか盗まない。それにあれは人工遺物ですら無い。間違っても協力者が求める物では無い」
「そ、なら良いけど。流石に皇族を襲うなんて事、めんどくさくてやりたくないわ」
ヒスイは横髪を人差し指に巻きつけながら、無表情でそう言った。
「いや、今回も貴様には働いてもらう」
「はぁ……何をすればいいの?」
「この我の名を語った不届き者を潰す」
怪盗Aは冷徹な目をして、静かにそう言った。
まるで獲物を探すかの様に。




