十三話 シフィーの憂鬱
「シフィー、そっち抑えて」
鉤爪を装備して交戦しているエルが、後方に控えているシフィーに向けてそう言った。
現在グラウンドで、一年Sクラスの戦術科の授業が行われている。
エル、ユリウス、シフィー、そしてもう一人、ココアブラウン色の髪で眼鏡を掛けた男子生徒、ウィルバート・フォーミュラの四人班と、同じSクラスの生徒で構成された四人班が練習試合をしている。
「は、はい!」
シフィーがぎこちない返事をして、突撃してくる槍使いの女子生徒と交戦する。
槍の突きを剣で弾かれ、女子生徒が後退する。
シフィーは追撃しようと、敵陣に突っ込んで行く。
「シフィー君!駄目だ!」
レイピアを装備しているユリウスが、そう叫ぶ。
敵陣には相手生徒が三人おり、一人で戦線を押し上げるのは無謀な判断だった。
それを止めようとユリウスは声を上げたのだが、その声はシフィーの耳には入っていなかった。
そのまま敵陣に突っ込んで行き、案の定三人に囲まれる。
「っ…」
槍使いの女子生徒と、両手剣を使う男子生徒の攻撃を剣で受け流すが……。
「水よ、我に集いて敵を撃ち流せ、『ウォーターキャノン』!」
弓を持った女子生徒が放つ水属性の中位魔法、ウォーターキャノンの水力で押され、堪らず膝を地面につく。
「……っ!」
そこにシフィーに向けて両手剣と槍の追撃と、弓使いがウォーターキャノンを放つ。
「グラビティ! マジックシールド!」
間一髪の瞬間にウィルバートが、右手でグラビティ、左手で光属性の下位魔法のマジックシールドを発動する。
グラビティは男子生徒を無力化し、魔法を防ぐマジックシールドは無色の半透明の大盾を出現させ、ウォーターキャノンからシフィーを護った。
だが、槍の追撃は止まらずに接近する。
「殿下、後はお願いします」
「任せたまえ!」
走り込んで来たユリウスがレイピアで、槍を上に弾き、軌道を変える。
「シフィー君、立ちたまえ!」
「っ……はい!」
シフィーは少し悔しそうな表情をして立ち上がる。
「はぁ……!」
槍使いの女子生徒の懐に潜り込み、槍を弾き飛ばす。
それと同時にグラビティの効果が切れ、動き出した男子生徒が両手剣を頭上に振り上げる。
「くらいやがれ!」
両手剣がユリウスの背中目掛けて振り下げられる。
「フレイムボール!」
今度は長杖を手に持ち、長杖の先を男子生徒に向けてフレイムボールを放つ。
杖を使用したおかげで威力が増したフレイムボールが男子生徒を襲う。
「ぐはぁぁ!」
男子生徒は吹き飛ばされて、尻もちを着く。
弓使いは一旦距離を取ろうとするが、真ん中あたりで戦っていたエルが剣と小盾を装備した男子生徒の隙を突いて、足払いで転がす。
その地点から敵陣の後方まで大ジャンプをして、女子生徒の背後を取る。
女子生徒は慌ててエルに向けて弓矢を放つが、鉤爪で叩き落とし、慌てている女子生徒に近付き、左足の回し蹴りで腹を蹴る。
女子生徒は痛みで蹲る。
「そこまで。勝者、シフィー・ヴァイス・ライト達!」
そう声を上げて言ったのは戦術科の担当男性教官、ルドルフ・キャンベル。
エバーグリーン色の髪が特徴的な歳が三十代前半の男性だ。
「両者共見事な戦いだった。しかしヴァイス・ライト、あの状況での判断は間違っていた。戦場では孤立した者から死んでいく。その失敗を糧にして、これからも訓練に励め」
「っ……はい……」
シフィーが再び悔しそうな表情を見せて、俯いてそう答えた。
グラウンド中心にいた二つの班は、待機していた生徒達の元に戻る。
その後直ぐに他の班の中から、二班が選ばれて練習試合が開始された。
「シフィー、君はもう少し僕達と連携出来ないのか?はっきり言うが迷惑だ。君ばかりをカバーする僕や殿下の身にもなってくれ」
ウィルバートが眼鏡をクイッと上げて、睨みながらそう言った。
「す、すみません……」
シフィーはぎこちなく謝る。
「まぁまぁ、ウィルバート君、あまりシフィー君を責めないであげてくれ。彼女は精一杯やっているのだからな」
「……殿下がそう仰るのなら」
二人の間に割って入って仲裁したユリウスの言葉を渋々聞き入れ、不満げなウィルバートはシフィーから離れて行く。
「シフィー君もウィルバート君の気持ちを分かってあげてくれると嬉しい。彼の父は名のある軍人で、この様な事に対して少し敏感でね。君の素性を考えたら、ウィルバート君が誤って攻撃的になってしまうのも仕方ない事だ。どうか気を悪くしないでほしい」
フォーミュラ家は下級貴族に分類される男爵の爵位を与えられており、ウィルバートの父、テレンス・フォーミュラはユスティア帝国第三陸軍の大佐の任に就いている。
軍の間では、男爵家でありながらも優秀な策士と評されており、軍師テレンスと呼ぶ者も少なくはない。
ウィルバートは父テレンスを尊敬して軍人になる事を志している。
真面目な性格で基本的には礼儀正しいが、シフィーに対しては少し言葉が荒っぽくなる。
その理由はシフィーの素性に関係している。
「君も精一杯やっているのも分かっている。だがあまり気負いしないで欲しい」
ユリウスは言葉を選んで、両者共に傷つかないように仲裁している。
だが、シフィーは逆にその優しさが辛かった。
単刀直入に言うとシフィーは集団戦が苦手だった。
戦術の授業の集団戦で明らかに他三人の足を引っ張っていた。
七月下旬に期末試験があり、その中にも集団戦が含まれている。
その試験も、入学当時に決めた班の四人で受ける事になっている。
なのでシフィーは他三人に迷惑を掛けたくないという気持ちとプレッシャーで焦っていた。
「ユリウスの言う通り。シフィーはシフィーなりに頑張ればいい」
皇太子だろうが殿下だろうが関係ないというかの様に、敬称を付けずにユリウスの名前を口にしながら、エルもシフィーを励ます。
「……はい……ありがとうございます……」
シフィーは二人と目を合わさずに、俯いて礼を言った。
時は流れて、その日の夜になった。
「……はぁ……」
シフィーは寮の部屋から、雨が降っている窓の外を眺めていた。
五月下旬になり、そろそろ梅雨の季節に移り変わろうとしている。
「悪いねシフィー君、先にシャワー使わせてもらって」
洗面所の扉を開け、まだ髪が少し濡れているユリウスがシフィーに近付くてくる。
「いえ……気にしないで下さい……」
シフィーは暗い表情をしてそう言った。
「まだ気にしているのかい? ウィルバート君に言われた事を」
シフィーは黙ったまま降り続ける雨を見ている。
「やはり君は気負いすぎだ。君の父親があのスリーナイトの一人、闘神、ラドルファス卿の娘だからって、君が万能である必要は無い」
スリーナイトと言うのは、こちらも皇帝直々に選んだ三人の騎士だ。
そしてその一人、闘神と呼ばれたラドルファス・ヴァイスがシフィーの父親だ。
闘神と呼ばれる理由は戦闘能力、指揮能力共々優れた為、そう呼ばれるようになった。
ラドルファスは二十年前の諸国とのとある戦争で負傷だ。
右手を失い、スリーナイトから退役を余儀なくされて、辺境の村に隠居してから結婚してシフィーを授かった。
シフィーはこの事をこの学校に入学してから、五月中旬に初めて知った。
ユリウスが――。
「ラドルファス卿の事は残念だったね…あの闘神と謳われた人物が、あんな最期を迎えるなんて……」
と、シフィーが父親がどういう人物であったかを知っている前提で話したのがきっかけだった。
ユリウス以外にも、ウィルバートやクロウ等の一部の生徒、教官達は知っていたが、態々他界した父親の話を掘り返す真似はしない。
その為、これまでシフィーは知らなかった。
話は直ぐに校内中に知れ渡り、知らない生徒は居ない程だ。
ちなみに、スリーナイトはラドルファスが退役して以来、現在まで二人のままだ。
まだラドルファスに代わる人物は決まっていない。
「分かっています……でもどうしても思ってしまうんです。そんな立派な父の名をこのままじゃ私が、穢してしまうんじゃないかって……だからもっと強くならなきゃいけないんです。ユリウス殿下達の足を引っ張らない為にも……!」
シフィーが拳を強く握る。
「……君は立派に頑張ってるよ。それに私達に迷惑を掛けて何が悪いのだ?」
「……え……」
シフィーが目を見開いてユリウスの顔を見る。
「わ、私のせいで皆さんの評価も下がるかもしれないんですよ!? それでも……それでも構わないって言うんですか!?」
「ああ、少なくとも私は構わないな」
はっきりとそう答えたユリウスにシフィーが驚く。
「君が苦しまないのならば、成績なんて安いものだ。それが仲間というものだろう?」
ユリウスが微笑みかけながらそう言った。
「……仲間……」
「ああ、そうさ。だからそんな泣きそうな顔をしないでくれ。私は君の気持ちを受け止める。きっと他の二人も……」
その時、部屋の扉がノックされる。
「誰かな、こんな時間に……」
ユリウスがそう言いながら、扉を開ける。
扉の前には、ウィルバートとエルが立っていた。
「殿下、すみませんこんな時間に……その………」
「ウィルバートがシフィーに話したい事があるらしい」
用件を黙っていたウィルバートの代わりに、エルが用件を言った。
「そうなのかい? まぁ取り敢えず入ってくれ。入口で話しにくいだろう」
ユリウスがそう言うと、ウィルバートが「お、お邪魔します」と言ってエルと一緒に部屋に入った。
「で、用件というのは何かな?」
「その……話したいというのは……」
ウィルバートはユリウスの後ろにいたシフィーを見る。
「わ、私にですか……?」
ウィルバートは頷く。
「……」
シフィーは恐る恐る歩いて、ウィルバートの前まで来た。
「その……今日はすまなかった!」
ウィルバートが頭を下げる。
「え……?」
「身勝手に君とラドルファス卿を重ねて、君の気持ちを考えずに一方的に……本当にすまなかった!!!」
ウィルバートは頭を下げ続けてもう一度謝る。
「……それだけの為にこんな時間に……?」
「そうだ!」
「ちなみに私は、ウィルバートが私の部屋に来て『心細いから一緒に来てくれ』って言われたから一緒に来た」
「そ、それは言わない約束だろう!」
ウィルバートが頭を上げて、エルを見てそう言った。
「別に恥ずかしいことじゃない。あの時のウィルバート可愛かった。それに自分の非を認めて謝れるのは偉い」
「と、とにかく! 言いたかったのはそれだけだ! ……だからその……許してもらえると嬉しい……」
ウィルバートは顔を赤くしながらもそう言った。
「……ウィルバートさんの言う通り、私は父とは釣り合わないのかもしれません。しかし、父の名に恥じぬよう、精一杯努力します。もちろん皆さんの為にもです。ですが、それまでの間に何回も皆さんに迷惑を掛けると思います。それでも、見捨てないでくれますか……?」
シフィーが力強くそう言った。
「……シフィー……ああ、もちろんだ!」
「ん、そんなの当たり前。シフィーは大切な仲間だから」
二人も力強く答える。
「……仲間……皆さん、ありがとう……ございます……!」
今度はシフィーが頭を下げる。
「ふふ、これが所謂、雨降って地固まるってやつだね。どうだろう、この勢いでシフィー君の堅苦しい言葉遣いを変えてみるって言うのはどうだい?」
ユリウスの言葉にシフィーが「ええっ!?」と驚く。
「ん、それ賛成。同い年なんだし、敬語なのは不自然」
シフィーはエリカの一つ下の歳とは言うが、誕生日が数ヶ月違うだけで、生まれた年は一緒だ。
あの時シフィーは年齢しか言わなかったので、エレナが勘違いしたという訳だ。
「ああ、いい案だ!」
「どうだろうか、シフィー君。二人もこう言っているから、ね?」
「……分かり……ました……頑張ってみます!!」
「本当かい?嬉しいよ。なら名前を呼ぶ所から始めてみようか」
シフィーは頷き、恐る恐る口を開く。
「えっと……ウィルバート…君……エル…ちゃん……?」
名前を呼ばれた二人は頷く。
「少し不自然だが……まぁ良しとしよう。さぁ次は私だ。それとウィルバート君も」
「ええっ!? 僕もですか!?」
「もちろんさ。そうやって同年代に敬語を使われるのはなんだかむず痒くてね。だから頼むよ」
ウィルバートは渋々「分かりました……」と了承する。
「……ユリウス……これでいいで……いいか?」
ウィルバートがぎこちなく、目を逸らしながらそう言った。
「ああ、上出来だよ。さぁシフィー君の番だ」
「えっ……と……ユリウス……君、かな。これで……いい?」
シフィーは頬を赤らめながら、声をふりしぼって言葉にした。
「いいね、最高だ……では二人共これからその様に接するように」
「……仕方ない、腹を括ろう。分かった、これからは遠慮なく接しさせてもらう」
「そうだね……! 私も腹を括るよ!」
二人は力強くそう言った。
「二人共堅苦しい。もっと早く私みたいに気軽に接すれば良いのに」
「ふふ、まぁ何にせよ、こうやって話せるようになって良かった」
こうして四人は親交を深め合い、シフィーとウィルバートのいざこざは一段落ついた。




