百二十三話 リブリーラ城攻略戦 六
「そんな話はどうでもいいんだよ。君達は彼を助けに来たんでしょ? だったら――」
ウィルバートの言葉を断ち切ったアシェルは、一本の剣を取り出す。
「やる事は一つだ。掛かって来なよ」
戦わずしてレジーの解放は不可能と言う事か。
「僕はエリカとラルフの相手をするから、他は任せても良いよね、帝国軍の大将さん?」
「無論だ。引き受けよう」
オーウェンは地に刺していた大剣を引き抜く。
そんな彼の行動に背中を押される様に、俺達も戦闘態勢に入る。
「んじゃ、行こうか二人共」
アシェルの言葉と共に、俺とラルフの足元に魔法陣が浮かび上がる。そして、彼の足元にも。
それは、あの時屋上で見た同じ魔法陣だった。
「……転移魔法か」
「悪いけど、ここじゃあ分が悪いから場所を変えさせてもらうよ。拒否したら、分かってるよね……?」
アシェルはにっこりと笑いながら、レジーの喉元に剣を突き付ける。
大人しく従う他無いか……。
次第に魔法陣が強く光出し、アシェルが人質であるレジーを、雑にオーウェンへと投げ渡したと同時に、俺達は別の場所へと転移されられた。
行先は――リブリーラ城の玄関ホール。
「うん。ここなら充分な広さがあるし、問題無いよね。じゃあ、始めようか……!」
アシェルがパチンと指を鳴らすと、瞬く間に再び魔法陣が現れた。
「おいで――デウス・エクス・マキナ!」
そう言い放つと、魔法陣からある物がゆっくりと顕現する。
それは、女体を象った鉄の塊だった。
白銀に光る鉄の体。手の代わりに両腕から生えた鋭い刃。
言わばこれは――。
「――傀儡」
俺の代わりにラルフがそれを声にした。
そう、だ。
傀儡とは、各地の遺跡で見つかっている人工遺物に部類される物。
人伝や授業で見聞きはしていたが、実物を見るのは初めてだ。
「結構、新しい物のようだ。今まで見てきた人工遺物よりも年季が入っていない」
ラルフはそれを観察しながらそう言った。
どうやらこいつは数え切れない程の人工遺物を見てきているようだ。
「――ラルフ・ハワード。やり合う前に一つ聞かせなよ」
アシェルは剣を取り出しながら、静かな視線をラルフに向ける。
「何、ちょっとした確認さ。君がそこに居るって事は、僕達を裏切った――敵って事で良いんだよね?」
「いや、違うな。元からお前達の仲間になった覚えは無い」
「はは、そうだったね。じゃあ手加減は要らないか――デウス・エクス・マキナ!」
アシェルの言葉と共に、機械仕掛けの体がギギギ……と音を立てながらゆっくりと動き出す。
「俺はあの傀儡の相手をする。エリカ、お前はアシェルの相手をしろ」
「……分かった。そっちは任せる……!」
俺は刀を引き抜き、アシェルを標的に定める。
「僕の相手は君なんだね、エリカ。まぁ僕は戦闘が得意な方では無いから、手加減してくれると嬉しいかな」
「――手加減、すると思う?」
タンッ、と踏み出しアシェルへと駆ける。
「おっと――」
そして戦闘の火蓋を切るように振り下ろされる俺の刀を、アシェルは軽々と躱した。
「へぇ……? 中々速いじゃん。その髪の色が変わった事と何か関係があるのかな?」
アシェルは余裕そうにニヤリと笑い、手招きをして挑発してくる。
……その挑発、乗ってやろう。
「夏初月っ!」
素早い斬撃。しかし放った先で、彼の剣がそれを受け止めていた。
「速い……!」
刀を引いて構えを変える。
素早い雀の構えは先制攻撃向き。だが失敗した今はそれは適切では無い。変えるべき構えは、火力に特化した虎の構え。
「秋水!」
頭部を狙った刀を下から上へと振り上げる。
「甘いね」
アシェルは顔を後ろに逸らして躱す。
それは想定済みだ。天井を向いていた刃を床に向け直して追撃に移る。
「『秋風』!」
虎の構えの剣技、秋風。秋水から最速で移行出来る技だ。
両手で力を込めて、上から下に振り下ろす剣技だ。シンプル故に使い勝手が良い。
「はっ……!」
しかしこれも剣で弾き返される。それも余裕そうに微笑む顔を一ミリも崩さずに。
「もっと打ってきなよ。そんな物なの、君の実力ってやつは」
再び安い挑発を吐くアシェル。本当は乗りたくは無いが、自分の実力を省みれば、そうも言ってられない。
待つだけでは駄目だ。攻撃して相手の隙を作らなければ。
俺は刀を振り続けた。何度も何度も――。
しかし攻撃は当たる事は当然、隙を作る事すら出来ない。ただひたすらに、刀を振り続ける俺の体力だけが減っていったり
「……強い……」
このまま攻撃をしていても無駄だと思い、攻撃の手を止めて距離を取る。
その際に横目でラルフを見ると、傀儡との激しい戦闘を繰り広げていた。
彼もまた苦戦を強いられているようだ。
「あれ? もう疲れちゃったの?」
息が上がり始めていた俺を嘲笑いながらアシェルは言う。
一方アシェルは、幾度の攻撃を対処したのにも関わらず、少しも息を荒らげていない。
『あの男、相当な手慣れね。闇雲に攻撃しているだけじゃ勝てないわ』
この状況を見兼ねたヴァレが語り掛けてくる。
ああ、奴が息を荒らげていないのは、回避や防御に無駄な動きが無いからだろう。
戦闘が苦手とか言っていたが、普通に強いじゃないかこいつ……。
『それにしても、自分からは一度も攻撃してこないわね、あいつ』
恐らく体力を温存しているんだろう。こちらの体力を一方的に削らせ、バテたところを一気に叩く算段だと思う。
『なるほどね。じゃあその前に勝負を決めなきゃいけないわ。久遠、ここは魔法を織り交ぜて攻めるべきよ』
ああ、言われなくてもそうするつもりだ。
再び距離を詰め、攻撃を仕掛ける。
「ふ、ワンパターンだね」
当然アシェルはそれを躱した。
だがこれで良い。俺の目的はこいつに近付く事にあった。
「――闇よ、彼の者の光を奪え『ブラインド』!」
闇属性の中位魔法ブラインドを唱え、アシェルにその魔法を掛ける。
「う……なるほど、考えたね……」
ブラインドはその名の通り相手の視界を奪う魔法。掛かった相手は少しの間、視界が闇に閉ざされ何も見えない状態になる。
俺の姿が見えないのなら攻撃を当てるチャンスはある筈だ。
でもただの攻撃では駄目だ。
連撃――素早い連撃で無ければ駄目だ。まだ完全には習得してないが、あれをやるしかない。
「雀の構え――驟雨っ!」
カミラのような速さ、正確さは無い。しかし、今の俺に出来る最大連撃の剣技はこれだ。
一発だ。一発でもかすりさえすれば好機は見える――。
――だが、無駄だった。
「……でも、やっぱりまだまだだね」
「はぁ……はぁ……な……んで……」
全て、いなされていた。剣で受け止められていたのだ、全ての連撃を。一撃残らず。
確かにまだ拙い技だが、それなりの速さはあったと思う。
それを暗闇の中で全て受け止めたの言うのか……信じられない。
『いえ、貴方の今の攻撃は中途半端な物じゃ無かった。さっき言っていたように彼女には届かなくとも、視界を奪われた相手を仕留めるには充分な熟練度だったわ』
じゃあ、やはりこいつが化け物並の手慣れって事か。
『そう考えるのが正しい……と思うけど……私にはあいつがそこまでとは思えないの』
どう言う事だ?
『雰囲気よ。確かにこいつは強いけど、ただそれだけなのよ……えーと、何て言えば良いのかしら……そう、あの
浮遊城で戦った双槍の奴が放ってた圧倒的強者感ってのが無いのよ』
圧倒的的強者感……何だその抽象的なのは。
『仕方ないじゃない。それ以外の言葉が見つからないのよ。と言うか、貴方は私の考えてる事が分かるんだから、理解出来るでしょう?』
まぁ何となくだが理解は出来る。言うに、視界が閉ざされた中で、あれ程の連撃を完璧に受け止めれるとは思えないって事だろ?
『そう、そう言う事よ』
……それには同意だ。
こんな威厳の欠片も無く、言動がふざけた奴が本当にそこまで強いのか。疑問はあった。
「いや、良い線行ってたよ。暗闇からの連撃。普通だったら対応は難しいんじゃないかな」
暗闇から復帰したであろうアシェルは、再び嘲笑いながらそう言った。
とにかくこの手はもう使えないだろう。次はどう攻めるか……。
『さっきの話は置いといて、今までの攻撃は全て見切られているわね、完全に。まるでそこに攻撃が来るのが分かっているかのように、剣を置いたり躱したりしてね』
――今、何か引っ掛かった気がする。
…………まさか。
『有り得るわね。最初の二連続の攻撃、今思えば有り得ないくらいに先読みしていたわ。貴方の刀が振り上がる前にもう躱す動作をしていたように見える』
俺の考えを読んだヴァレが同意した。
そうだとすれば、ヴァレが気付いた感覚に説明がつく。
だがまだ憶測の域を出ない。これを正しいと言う事を裏付けなければ。
問題はどうやってそれをするかだが。
『私に考えがあるわ』
――俺はヴァレの作戦に乗った。
「……創世の騎士団、こんなに強い連中が他にも居るんだ……」
「僕はその中でも弱い方だよ? こんなもので根を上げてちゃ、この先戦えないよ? この道を行くなら他の団員達が立ち塞がるだろうし。それとももう降伏する? 僕は別にそれでも良いけど、何だか拍子抜けだなぁ」
「……すると思う?」
「する訳無いか。だよねー」
俺は魔法を詠唱する。
「雷よ、雷槍となり敵を穿て――」
「へぇ、次は魔法で攻める気か。良いね、そう来なくちゃ」
もう一つだ。
「水よ、我に集いて敵を撃ち流せ――」
「お、ダブル詠唱! ふーん、そこまで出来るんだ」
アシェルはそれを対処する為に、こちらに視線を集中する。
――よし、今だヴァレ。
『行くわ。しっかり目に焼き付けるのよ』
そして魔法は放たれた。
「サンダーランス!」
雷属性の中位魔法、サンダーランスを放つ。雷を槍の形にして攻撃する魔法だ。
しかしそれは正面からでは無く――アシェルの背後からだ。
魔法は通常、術者が立つ方向からでしか発動出来ない。
これはヴァレの力を借りて出来た発動方法、彼女曰く転移発動と言うらしい。
「転移発動か! まさかそんなのまで出来るとは驚いたよ。でも残念だね、それも想定内だ」
アシェルは当然それを剣を背後に回して弾いた。それも、何の焦りも無く、背後も見ずに。
これでやっと合点がいった。
「……いや、残念なんかじゃない」
「ん?」
不思議そうな表示をするアシェルにニヤリと笑って言い放つ。
「そのままそっくり返す。想定内だよ」
これはヴァレが提案した作戦。
まずアシェルの注意を引き、通常では他方向の攻撃を反応出来ない状態に持ち込む。実際は魔法を一つしか発動する気しか無いのに、二つ同時に発動すると見せ掛けたのもそれの一環だ。
そしてヴァレの力を借りて、背後から転移発動で魔法を放つ。防がれる想定でだ。
何故そんな事をしたのか。それは一つ確かめたい事があったからだ。
そしてこれで確認が持てた。
「……どうやら、何かを探っていたようだね」
アシェルはこちらの考えを読んだように言った。
「アシェル……貴方は今、完全にこちら側に意識が向いていた」
「うん、そうだね」
「言い方はちょっと悪いけど、戦って分かった。貴方は今の攻撃、絶対に反応は出来ないだろうって。そこまでの手馴れじゃ無いだろうって」
「悪いも何もその通りだ。続けて?」
「でも反応出来た。それはそう攻撃する事を分かっていたから。最初から。あの事前に。予測不可能な攻撃を」
これはこいつの能力を暴く作戦だった。
「アシェル。貴方は『未来が視える』んじゃないの?」
――少しの沈黙の後、アシェルは大笑いして答えた。
「あははっ! 流石だ、エリカ。こんな短時間でそれを暴くなんてね!」
……やはりこいつには視えているんだ、未来が。




