十一話 立夏
―5月―
あれから約一ヶ月が経って、五月に入った。
気候も段々暖かくなり、後一ヶ月で夏に移り変わろうとしていた。
「えー、では……アッシュ君……アッシュ君?」
カミラが教室全体を見渡し、アッシュの名前を呼ぶ。
今は歴史担当のカミラが行う授業の最中だ。
「アッシュくーん、聞こえてますかー?」
カミラは授業の問題で答える人にアッシュを指名して、名前を呼んでいる。
しかし、アッシュの返事は無い。
それもその筈。俺の横の席に居るアッシュは、机の上にうつ伏せになって居眠りをしている。
「……私の授業で寝るなんて……いい度胸しています……ね!」
俺の左横をヒュンっと、何かが高速で飛んで行った。
「――!? いっっってぇぇ!!」
それはアッシュの額にスパーン、と激突してアッシュはその痛みで起き上がる。
「な、何だぁ!?」
アッシュは額を手で押さえながら、辺りを見渡す。
「アッシュくーん? 目は覚めましたかー?」
カミラが半分に割れたチョークを持ちながら、そう言った。
そう、アッシュの額に当たったのは、カミラが投げたチョークだった。
「……ああ、暴力教師のおかげでな……」
まだ額を押さえながら、悪態をつく。
「ふふ、それは良かったです。そこでそんなアッシュ君に問題です。今は現西暦何年でしょうか?」
痛がっているアッシュに容赦無く、問題を出す。
「ああ? 千五十八年だろ?」
アッシュは見事に正解を口にする。
「では、このユスティア帝国は建国何年でしょう?」
これも簡単だろう、と思った俺はアッシュの顔を見る。
そうしたら何と、困った表情をしていた。
「……エリー……」
アッシュは俺に助けを求めてチラッとこちらを見る。
はぁ、仕方ない助けてやるか。
俺は板書を書き写す用の紙の左下端にペンで小さく、答えを書いた。
「……千九百二十四年」
アッシュは書いた所をガン見しながら言った。
下手くそ過ぎるだろ、カンニングが。
「正解……と言いたい所ですが……エリカさん、教えたら駄目ですよ?」
ああ、やっぱりこうなるのか……。
前にもこうやってアッシュに教えた事があったが、その時もこうやってバレて、俺が咎められた。
「まぁ、良いでしょう。アッシュ君が言ってくれた通り、今年で千九百二十四年になります」
カミラが黒板に文字を書いていく。
「このユスティア帝国は前西暦、つまり千年前の戦争以前からあったんです」
この世界の西暦は前西暦、現西暦の二つに分けられる。
「では、何故前西暦と現西暦に分けられるのでしょうか、エリカさん答えて下さい」
俺を指名したのは恐らく、さっきの罰とでも言いたいのだろう。
俺は席から立ち、答える。
「千年前に起こった戦争で世界が変わり、その戦争で生き残った第十四代皇帝、マテアス・フォン・ユスティア皇帝とアルパベーラ王国初代国王、リーバ・ド・アルパベーラ国王が終戦、世界変動の節目として、現西暦に変えたと言われています」
答え終わり席に座る。
「はい、正解です。偉大なる二人の王は、世界の技術滅亡と同時に暦もリセットした、と言う訳ですね」
カミラが再び黒板に文字を書いていく。
「皆さんここまでは良いですね?」
俺達生徒の方を向き「こほん」と咳払いをして、授業を続ける。
「次は、戦争を帝国側の勝利で収めた神の話です。一人は二人の王、そして戦争から民を護ったとされる、守護神ノア・アヴァロン。そして皆さんご存知の七星神エンイア・ペンドラゴンです」
教室中がざわめく。
七星神エンイア、守護神ノアを信仰する者は多いらしい。
帝国が信仰する神だから当たり前と言ったところだろうか。
「守護神ノアは民を護りましたが、そう多くは護れませんでした。その数少ない生き残りの民が、私達のご先祖さまという訳ですね」
カミラは淡々と話を続ける。
「守護神ノアがどうやって民を護ったのか、どんな戦争だったのかは、語り継がれていません。それを見た者が少なかったと考えられています」
所詮は伝説か、不確定な部分が多い。
「七星神エンイアの武器は有名ですね。セブンスカリバーという、帝国が所有していた七本の神剣の力、火の神剣レーヴァテイン、水の神剣アロンダイト、雷の神剣アスカロン、風の神剣ミスティルテイン、光の神剣クラウ・ソラス、闇の神剣カーテナ、そしてセブンスカリバーの器となった無の神剣カラドボルグの力を併せ持つとされている、伝説の聖剣です」
器という事は、元は七本に分かれていたと言う事だ。
「つまり、火、水、雷、風、光、闇の六本の神剣の力をカラドボルグが吸収したのが、聖剣セブンスカリバーという事です。ちなみに、レーヴァテイン、ミスティルテイン、クラウ・ソラスは、元は帝国が直接神から授かった神剣では無いと推測されています」
ならその三本の神剣は何処から出たんだ?
神剣の話はアルベールやティアから聞いた事があったが、その話は聞いた事が無い。
少し、質問してみるか。
「カミラ教官、質問があります。いいですか?」
俺は右手をそっと挙げた。
「ええ、もちろんです。何ですか?」
カミラはこちらを向いて、そう言った。
「その帝国由来の神剣では無い三本は、元は何処にあったんですか?」
カミラは「良い質問です」と言い、手を叩く。
「これも確定では無いのですが、戦争前は現代と違い、様々な大きな国がありました。それ等の国との戦争に勝利し、その国の神から神剣を授ったんじゃないかと推測されています」
なるほど、その三本は戦争の戦利品か。
「他の国にも神が居たという事ですか?」
カミラは「ええ」と答えた。
「なら、敵国だったアルパベーラ王国にもですか?」
俺は更に質問した。
「ええ、その頃はまだアルパベーラ王国は建国したばかりでしたが偉大な神、主神オーディンが居ました。オーディンはアルパベーラにグングニルの槍を与え、圧倒的な力を持つ帝国と戦う力を授けたんです」
当時のユスティア帝国も今と同じく、他の国と比べてかなりの技術力を保有していたらしい。
「アルパベーラ王国は今でもオーディンを信仰しています。共和国は戦争後に建国された国が、協定を結んで出来上がった国なので帝国と同じく、守護神ノアを信仰しています」
カミラが俺の質問を土台に、授業を進めていく。
「しかし、現代ではそう言った神等の存在はあまり重要視されていません」
カミラが先程言った、ノアやエンイアにしても、セブンスカリバーにしても、存在していなかったとも言われている。
それらが実在していたと言う証拠も無く、あくまで神話という扱いだ。
実際カミラが言った様に戦争についてや、ノアがどうやって民を護ったかも明かされていなく、セブンスカリバーや神剣、グングニルの槍の形状も明かされていなく、神と謳われている者達の容姿も分からない。
「神達は戦争終結後、聖剣やグングニルの槍等と共にこの大地から姿を消したと言われており、実態は誰にも分からないんです。実在していたのかさえも」
神話は何処まで行っても、神話という事なのだろう。
「では次は……」
そこで授業終了のチャイムが鳴る。
「今日はここまでですね。オレット君、号令をお願いします」
オレットは席から立ち「起立」と言い、その言葉で俺達も席を立つ。
「礼」
俺達はお辞儀をしてから、再び席に座った。
「はい、これで今日の授業は終わりですね。皆さん今日も一日お疲れ様でした。今日は特に連絡事項は無いので、これで解散とします。皆さんまた明日会いましょう」
カミラはそう言うと、教卓に広げらていた教科書を閉じ、それを持って教室から出て行った。
「ったくよ、あの教官、少しくらい見逃してくれてもいいだろ……」
アッシュは頬杖をつき、そう言った。
「アッシュは毎回寝てるでしょ? そりゃ教官も怒るよ」
そう言いながらクロウとリディアが、隣の席からやって来る。
「そうですわよ。まぁお気持ちは分かりますが……」
リディアはそう言いながら、小さく欠伸をする。
意外とリディアは不真面目なのかもしれない。
「リディア、生徒会に行くぞ」
そう言いながら、オレットもこっちに向かってくる。
二人は先に生徒会に入っていたユリウスに誘われて、二人揃って生徒会に入った。
「あ、はい……それではまた後で」
リディアはそう言い残し、鞄を持ってからオレットと共に教室から出て行く。
「あの二人、仲良くなったよね」
クロウが二人を見ながらそう言った。
確かに、人というものはあんな小さな出来事でここまで変わるものなんだな。
あの二人の場合は、元の関係に戻っただけなのかもしれないが。
「と、そうだ、僕も部活行かなきゃ、じゃあね二人共!」
クロウも鞄を持ち、教室から出て行った。
クロウは美術部に所属している。
美術部の生徒達の絵を見て、感化されて入ったと言っていた。
「あいつも部活かぁ……そう言えばエリーは入る部活とかは決めたのか?一週間位前から悩んでるだろ?」
アッシュの言う通り、どの部活動に所属するか悩んでいた。
ざっと数えて二十個弱、生徒会等の委員会を含めれば三十個弱ある中から、決めるのは中々悩ましい。
「まだ決めてないよ。アッシュは?」
俺は教科書やペンを片付けながら、聞いた。
「何処にも入んねーよ。めんどくせぇからな」
アッシュは席から立ち上がり、鞄を持つ。
「ま、精々良い部活に入れよ。知り合いとして陰ながら応援してるぜ」
アッシュは教室の出入口に向かいながら、ひらひらと手を振りながら、去って行く。
取り敢えず、もう一度部活動を廻ってみるか。
もう四、五回は見回ったが、めぼしい部活動は無かった。
これで見つからなかったらアッシュと同じ様に、帰宅部でも良いかもしれない。
俺は鞄を持ち、教室を出て行く。
もう一度一通り廻り終わったがやはり興味が湧くような部活動は無かった。
俺は一息つく為に、中庭にやって来た。
「はぁ……」
溜息をつき、ベンチに座る。
運動系の部活動はテニス部や水泳部、アーチェリー、剣道等があったが、あまり興味は湧かなかった。
あちらの世界で訳あって剣道をしていたが、運動が苦手だからこの世界でも特別入りたいとは思えない。
文化系の部活動は、新聞部、吹奏楽部、文芸部、料理部、技術部、チェス部等があった。
他にも色々な部活動が複数あったが、挙げ始めるとキリが無い。
「ふぅ……」
校舎内を歩き回ったせいか、喉が乾いた。
俺は校舎一階に購買で、飲み物を買おうとベンチから立ち上がろうとする。
「……どぞ」
その時目の前に綺麗な手に握られた、缶ジュースが差し出された。
「君は……」
俺は缶ジュースからその人物に視線を移す。
目に映った姿は小柄な体型と、水色の髪を右サイドテールにしている、物静かそうな女子生徒だった。
「ども」
その女子生徒は俺の視線を感じ、小さくお辞儀をした。
「確か君は……」
その女子生徒を見た事はあるが、直ぐには思い出せなく、少し考え込む。
「……エル、だったっけ?」
女子生徒は「ん」と頷く。
彼女はエル・ノスタウィ、1年Sクラスの生徒だ。
前に彼女がシフィーと一緒にいた所に出くわし、軽く紹介された。
ちなみに、シフィーとは同じ班だ。
「隣、いい?」
エルは俺が座っているベンチの、空いている右側を見て聞いた。
「うん」
エルはベンチに座った。
「どぞ」
二本持っていた缶ジュースの内1本を再び、差し出してくる。
「ありがとう、幾らだった?」
俺は鞄から銅貨だけが入っている麻袋を取り出そうとする。
「いい、シフィーには何時も世話になっているから」
エルはそう言いながら缶ジュースを開け、ごくごくと飲む。
それなら、お言葉に甘えてご馳走になるか。
俺も封を開けて、ジュースを飲む。
「シフィーのお姉さんは、ここで何をしていたの?」
エルはこちらを向き、そう言った。
「エリカで良いよ、同い年なんだし」
エルは「ん」と、再び頷いた。
「入部する部活動を探してたんだよ。でも中々、入部したいって思える部が見つからなくてね」
俺がそう言うと、エルが目を輝かせる。
「部活動、探してる?」
顔を近付けてそう言ってくるエルに少し、戸惑う。
「え?う、うん、そうだけど……」
この流れは……。
「だったら良い部活動がある。くる?」
やはり、明らかに部員の勧誘という感じだ。
まぁ行くだけ行ってみるか。興味が湧かなければ、断ればいいだけの話だ。
「じゃあ、お願いしようかな」
俺がそう言うとエルがベンチから立ち上がり、俺の手を引いて早足で、校舎の中庭側にある方の出入口に向かって行く。
「ち、ちょっと、何処に行くの!?」
無理矢理引っ張られ、困惑する俺を横目にエルは校舎内に入って階段を上って三階、新聞部部室の隣にある教室前まで俺を連れて来た。
確かここって空き教室じゃ無かったか?
「ここ?」
エルは頷き、空き教室の扉を開ける。
空き教室の中は殆ど物がなく、あるのは黒板位だった。
「ただいま、部長」
エルが視線の先には、窓から外を見ている人物が目に映った。
「遅いぞ! 助手!」
その人物はそう言いながらこちらを勢い良く振り返り、外見が顕になる。
その人物は鼠色の髪をした男子生徒だった。
「例の物は買ってきのか?」
男子生徒がエルに聞いた。
俺達は空き教室に入り、扉を閉じる。
「例の物?」
どうやらエルは心当たりが無いようだ。
「飲み物だ! 飲み物! さっき頼んだだろ!?」
飲み物……もしかして……。
「……あ」
エルは思い出した様な表情を見せる。
「もしかしてだか……」
男子生徒が恐る恐るそう言った。
「ん、エリカと一緒に飲んじゃった」
ああ、やっぱりこいつが渡してきたやつか。
だからさっき缶ジュースを二本持っていたのか。
この男子生徒に頼まれて、買いに行った時の帰りに俺を見つけた、と言う事か。
「またかよ! ……ってエリカっていうのは誰だ?」
男子生徒はエルから、隣に居た俺に視線を移す。
「もしかして、そいつの事か?」
男子生徒が聞いてくる。
「ん、そう。それでね、エリカが入部してくれるって」
エルが嬉しそうに答える。
いや、入るとは一言も言っていないのだが……。
そもそも何をする部活かも分からない。
「本当か!?」
男子生徒が声を上げ、聞いてくる。
「え、いや……」
俺は答えようとするが、男子生徒の声で遮られる。
「フフ……ハハハハハ! 遂に来た! 遂にこの時が……!」
男子生徒はその後も、部屋中に響き渡る高笑いをしていた。
何なんだこいつは。
その時、廊下からドタドタと足音が聞こえ、この教室の扉が勢い良く開かれた。
「うるっさいわね、隣の部屋まで丸聞こえなのよ! その気持ち悪い笑い方を辞めろって言ってるでしょ、この馬鹿!」
男子生徒以上に大きい声でそう言ったのは、苺色の髪でショートカットの女子生徒だった。
こいつは、新聞部の部長だったか?
名前は確かフィオナ・ラミレル、三年Bクラスの生徒だ。
「馬鹿とは失礼だな! このパパラッチ部!」
「新聞部、よ!!」
男子生徒とフィオナが睨み合う。
「ふん、どうせ我ら探偵部を新聞のネタにしようと来たんだろ。この探偵部の部室にな!」
この学校にそんな部あったか?
それにこの世界でも、探偵と言う職業はあるのか。
「あんたの部活は人数が足りなくて、まだ出来てないでしょ! それにここ、ただの空き教室なんだけど」
この学校では部員が3人以上いたら、正式に部活動として扱って貰える。
つまり俺が入ればその探偵部とやらは、晴れて正式に部活動となる訳だ。
「いや、人数は足りる。そこの助手二号が居るからな!」
男子生徒はそう言い、俺を指さす。
「あれ、さっき部室に来てくれた子だよね?入部する部活動を探してた……」
フィオナがこちらを向いてそう言った。
「確かエリカ……だったかしら? この男に騙されちゃ駄目よこんな変な奴が仕切ってる部活に入るぐらいだったら、私の新聞部に入らない? 今なら副部長の座を与えるわ!」
「部員が少ないだけだろ」
「規定人数も集まってない部に言われたくないわよ」
男子生徒の言葉で二人が再び睨み合う。
これじゃあ埒が明かないと、俺はそう思い、口を挟むことにした。
「あの……探偵部って何をするんですか?」
「ふふ、良くぞ聞いてくれた!探偵部とは、生徒から依頼を受け、それを解決する部だ!」
「まだ活動すらしてないでしょ」
「とにかく、貴様が入ってくれれば、この探偵部は正式に活動出来る。後生の頼みだ!俺達と一緒に探偵部を築き上げてくれ!」
さて、どうするか。
確かに探偵部というのは面白そうだとは思う。
しかし、まだ発足もしていない部に入部してもいいのか?
だが断ったとしても、他に入りたい部活動もない訳だが……。
「……分かりました。入ります、探偵部」
俺は悩んだ末にそう答えを出した。
「本当か!? なら貴様は、今日から助手二号だ!」
舞い上がる男子生徒を横目に、フィオナは「はぁ……」と溜息をついた。
「エル!そうと決まれば職員室に乗り込んで、探偵部を作りに行くぞ!助手二号!また明日ここで待っている!」
男子生徒はエルの返事も待たずに、教室を飛び出していく。
「おー」
エルはそう言いながら男子生徒の後に続き、教室を出て行く。
「ま、精々頑張りなさい。あいつは傍若無人だから、苦労すると思うけど」
フィオナがそう言い残し、教室から出て行く。
あ、そう言えばあの男子生徒の名前、聞き忘れたな……。
まぁ明日聞けばいいか。
俺はそんな事を思いながら、教室から出て行った。
その後俺は何もやる事が無いので、一か月前の事を調べる為に、廃寮前に来ていた。
既に日が落ち始めていた。
「……」
あれから南京錠と鍵を調べたが、特にめぼしい収穫は無かった。
分かったのは刃物類で、斬られて壊された事ぐらいだ。
やはりアリッサが鍵を壊して廃寮に入った、その線が妥当だろう。
それはそれで良いとして、この廃寮の事が気になる。
廃寮の中を調べられたら良いんだが、あの事が起こった翌日には鍵は新しい物に取り替えられていた。
これじゃあ入る事は叶わない。
絶対にダリオスやカミラは何かを隠している。
だが、何も手掛かりが無いのならお手上げ状態だ。
……仕方ない、部屋に戻るか。
俺はそう思って廃寮前を後にした。




