百十六話 突破
「近寄らせはしない! 防の陣!」
アルベールが刻印の力を発動させ、俺達の周りに障壁を顕現させる。
「刻印持ちか。気を付けろお前ら! 下手な攻撃は通用しない」
団員の一人がそれを察知すると、全員が攻撃しようとしていた手を止める。
「エリカ! 今の内にあれを!」
アルベールがあれを使えと叫ぶ。
『こっちはいつでもいけるわ。使いなさい久遠!』
ああ! 頼むヴァレ!
『行くわよ――オーダー零式、解放!』
――身体が、ヴァレの力で満たされていく。
「はあああああ――!」
行ける。このまま――。
『――成功よ。思う存分暴れてやりなさい!』
ああ!
「……エリカさん、その姿は……」
解放状態になった俺の姿を見て、カミラが疑問と驚きが混ぜ合わさった表情を見せる。
それともう一人――ラルフもそれに反応を示した。
「なるほど、どうやら未知の力を保持している様だな」
「未知の……一体それは……」
「説明は後でします、カミラ教官。ラルフも」
またあの感覚だ。この状態だったら負ける気がしない。
「……面倒なのが紛れていたか」
ヴェインは大剣を構え、その鋭い目で標的を見定める様に視線を向けてくる。
「後ろの敵は任せろ。その間にエリカ達はあいつを倒せ」
そう言ってアルベールは、背後の敵の前へと歩み寄る。
「俺も手伝おう。お前だけでは荷が重いだろうからな」
「ふん、言ってくれる」
彼に便乗し、それにラルフも加わる。
「エリカさん、行きますよ!」
「はい――アル、防壁を!」
「行くぞ!」
アルベールが防の陣を解いた瞬間、俺とカミラはヴェインへと攻撃を仕掛ける。
「雀の構え、夏初月!」
戦いの火蓋を切ったのは、素早いカミラの先制攻撃。
ヴェインはそれを当然の様に大剣で受け止める。
「驟雨っ!」
カミラは間髪入れずに、雀の構えの中伝技、驟雨を放つ。
それは的確に攻撃を当てる技術、素早く刀を振る技量が要される剣技。
彼女の得物から、一瞬にして目で追えない無数の斬撃を繰り出される。
「軽い……!」
しかし、ヴェインはそれも軽々と受け止め続ける。
守りが硬いか。なら!
「エリカさん!」
「はい!」
言われなくとも分かっている!
「虎の構え、秋水!」
カミラがヴェインの動きを止めてるうちに、攻撃を仕掛ける。
素早さで崩せないなら、火力特化の虎の構えの剣技でだ!
「はあああああ――!」
「くっ……」
下から斬り上げる秋水で、見事ヴェインの大剣を打ち上げる事に成功する。
よし、守りは崩した。今なら!
「まだだ!」
だが、驚く事にヴェインは大剣を追う様に飛び上がり、そのままそれをがっしりと掴む。
「はあ!」
そして、掴んだ得物を空中で振り下ろす。攻撃しながら着地する気らしい。
避けるか……いや、ここはあの技だ。
「武の構え……冬隠!」
刀を納刀し、ヴェインが着地すると同時に、再度刀を引き抜く。
刀を大剣に当て、攻撃を受け止める。
「っ……重い……!」
大剣の重量、ヴェインの腕力、急降下での加速、全てが重なった一撃の威力は計り知れない。
だが今の俺なら――。
「返せない程じゃ無い! はああああ!」
攻撃を押し返し、ヴェインに握られた大剣を弾く。
通常の俺なら手も足も出ない攻撃。ヴァレの力があったから出来た事だ。
「ちっ……」
一歩後ろによろめくヴェイン。それをカミラは見逃さなかった。
「雀の構え――」
タン、と一歩前に踏み出すと――姿が消えた。
いや、消えたんじゃ無い。移動したんだ。一瞬でヴェインの目の前に。
「――朝凪!」
そして、綺麗な水平の斬撃がヴェインの横腹を斬り裂く。
「ぐっ――!」
傷口からぽたぽたと血の雫が流れ落ちる。
「この程度ですか?」
カミラは刀に付いた血を振り払いながら、静かに言い放った。
「……く……くくく……!」
一方ヴェインは驚く事に、小さく笑みを浮かべていた。
「何を笑って……」
俺は唖然としながら訊いた。この状況下で愉しげに笑っているヴェインの異質さを目の当たりにして。
確かにその傷は致命傷にはなり得ない。ましてや、回復魔法で治す事が容易いだろう。
だが、自分の腹を斬られて笑っていられる奴はまず居ない。
「いや、何……まさか本物だとは思って無くてな。こいつが」
ヴェインはカミラに視線を向ける。
本物……そう言えばさっき、公の場で見たとか何とか言っていた。
それが関係しているんだろうか。
「あら、半信半疑で剣を交えていたんですね。てっきり私の正体を知って、覚悟の上で戦っていたと思っていましたが」
「ああ……こうなる事は覚悟していた。こんな大物相手だ、傷の一つや二つ負うだろうと……元スリーナイト候補、カミラ・フローレンス。お前が相手なら」
彼の口からは信じられない真実が飛び出していた。
カミラがスリーナイト候補……だと……。
どう言う事なんだ一体……。
「本当なんですか……カミラ教官……」
「……はい、彼の言っている事は真実です」
……知らなかった。カミラがスリーナイト候補だったなんて。
それも元スリーナイト候補……。
「それでどうしますか? まだ戦うつもりで?」
「いや、そのつもりは無い。この戦い方では、我々に勝機は望めない。お前相手ではな」
「そうですか。こちらとしてもその方が助かります。道を開けて貰えるのなら、願ったり叶ったりです」
確かに、俺達の目的はウィルバートを助け出す事。深追いするつもりは無い。
しかし、案外あっさりと引くのかこいつらは。
「撤収だ、お前達」
ヴェインが号令を掛けると、彼等の足元に魔法陣が現れる。
あの魔法陣……そうだ、あの日校舎の屋上で見た魔法――転移魔法だ。
「通りたくば通れば良い……だが、また剣を交えるだろう……」
そう言い残し、紺碧の月は姿を消した。
「なんだ? 敵が消えて……引いたのか?」
「ああ。少々拍子抜けだが」
アルベールは困惑し、ラルフは大体の事情を把握している様子だ。
「とにかく、今は一刻も早く先へ進みましょう。いつここに増援が来てもおかしくありません」
カミラがそう提案すると、俺達は先へと進む。
色々聞きたい事はあるが、それは後にしよう。




