百十三話 接触
「お前は……あの時の……」
少し後ろを見る。やはりあのフードの男だ。屋上に現れた……。
「大人しくついてこい、さすれば危害は加えない」
くっ、どうする……。
『今は従いましょう。反撃のチャンスを伺うのよ』
……そう……だな……。
『大丈夫、貴方はあの時の貴方じゃ無いわ。自分の事を信じれないなら、私の事を信じなさい』
――お前が居て良かったよ。おかげで冷静さを失わずに済む。
「そっちだ、歩け」
男に言われるがままに歩き、人気の無い裏路地へと辿り着いた。
「……こんな所に連れてきて、どう言うつもり?」
「一つ勘違いしている様だが、お前に対して敵意は無い」
戯言を。
「じゃあこの背中に突き立てている物は何?」
「こうでもしないとお前は大人しくならないだろ」
確かに今の所危害を加える素振りは見せてないが……。
『どっちにしろ、油断出来ないわね』
ああ、その通り。
「貴方の目的は?」
「話がしたいだけだ――単刀直入に問おう。俺と手を組め」
手を組め、だと……? そんなの当然――。
「お断りだ」
「……そうか、なら――」
男の握る剣が僅かに動く。
『今よ!』
ああ、ここがターニングポイントだ!
「タイムストップ!」
男に時魔法のタイムストップを掛け、動きを止める。
その一瞬の隙を突き、瞬時に刀を抜いて振り返る。
「くっ!?」
「ここだ!」
動き出すと同時に男の剣を弾き、飛び退く。
『貴方を殺そうとした時に隙が出来たわね。上出来よ』
勢いをつけて刺す動作をしたのか分からないが、一瞬背中から剣の鋒が離れた。そこを突き、魔法タイムストップを発動した。瞬時に発動出来ていなければ死んでいたが。
「無詠唱……流石は彼女の娘だ」
「最後の最後で隙を見せたね」
男に刀を向ける。
「――良いだろう、そちらがその気なら付き合ってやる」
男はもう一本、剣を装備する。右手に一本、左手に一本と。
「二刀流……!」
「こちらも引く気は無い。こうなったら力ずくでも従ってもらう……!」
「――いえ、その戦い、私が預からせて貰います」
その場に居る何者でもない声が聞こえた。背後から。聞き覚えのある声だ。
「本当に貴方は、問題ばかり起こしますね。尻拭いする私の身にもなって欲しいのですが」
この声、まさか――。
その人物はコツコツ、と靴音を鳴らしながら、俺の隣に並び立つ。刀を構えて。
「――でも仕方ないですね、私は貴方の先生であり、師。最後まで面倒見ますよ、エリカさん」
「……カミラ……教官……!?」
その人物は意外にも、学校の教官であり、剣の師匠、カミラ・フローレンスだった。
「カミラ教官、何故ここに!?」
「話は後です。今は目の前の敵に集中を」
そうだ……今はこの男をどうにかしないと……。
実力は未知数。だが、カミラが居れば、何とかなるかもしれない。
「……引き際か」
「……え?」
意気込む俺とは裏腹に、男は剣を鞘に収める。
そして、背を向けて、逆方向に歩いていく。
「逃げるのですか?」
「生憎、こちらは事を大きくして構えるつもりは無い。だが、そちらが向かってくると言うなら無論――」
「!?」
男が去り際に見せたギラりと殺気立った眼。戦意を失った、怖気付いた者が見せる者では無い眼。それを見て、俺達は追いに追えなくなった。
「……分が悪いみたいですね。エリカさん、積もる話はありますが、それは後です。今は何処か落ち着ける場所に行きましょう」
「そうですね……それなら――」
俺達は集合場所の宿屋の部屋へと向かった。
カミラは先に戻っていたアルベールと自己紹介を交わした。
そして、彼女に今までの事情を説明した。ヴァレの事や、俺の魔核についての事を伏せて。アルベールと相談して、あまり話さない方が良いとなった為だ。
「――話は分かりました。その辺りの話については何も言うつもりはありません。しかしエリカさん」
「はい……」
分かっている。カミラの言いたい事が。彼女の顔は怒りに満ち溢れている。
「何故、勝手に行動したんですか? 彼女の正体を見抜いた洞察力には賞賛を送ります――ですが、それからの行動です。何故、自分達だけで動いたのですか!? あの広場で戦った事を覚えてないのですか!? あの時あんな結果になったのに、何で同じ結果を招く行動をしたんですか!? 私言いましたよね、今後一切こんな行動はしないで欲しいと! 貴方はそれに頷いた筈ですが?」
俺達でアリッサを止めたかった、そんな事言い出せる訳が無かった。
「……すみません……」
謝る事しか出来なかった。
「謝って済む事では無いです。貴方は取り返しのつかない事をした……でも――」
カミラは俺の頭を撫でる。
「貴方が無事で良かったです」
「カミラ……教官……」
「ごめんなさい、先ずは貴方の無事を喜ぶべきでしたよね。でも……」
「いえ……私が悪いですから……それに教官の気持ちは痛い程分かります……すみません……」
カミラが怒りは道理だ。俺は彼女の気持ちを踏み躙った行動をした。今になって思い知る、事の重大さを。俺が止めていれば、ユリウスは……。
「過去の誤ちはどうやっても正せません。これから何を成すのか――それが重要だと私は思います。だからエリカさん、行動で示してください。私が傍で見ていてあげますから」
「……はい……」
強く頷いた俺にカミラは微笑み返す。
「……カミラ教官は何故この街に?」
「そうですね……あの日、私はサウジアント州に行っていたんです」
「サウジアント州に?」
「ええ、あそこには私の故郷があるんです。帝国領地の最南端に位置する、サウィート村が」
「里帰りって事ですか?」
「うーん、少し違いますね……その村には私の剣の師匠であり、四方一刀流の開祖の方がいらっしゃるんです。エリカさんから見れば、大師匠ですね。その方にエリカさんを弟子にした事や、ここ半年の事を報告していたんです」
成程、そう言う事か。
「偶然にもその日に帝都は占領され、あの空飛ぶ城が現れた……そこで私はここ三ヶ月、戦況を把握する為に、帝国各地を旅していました。大体の貴族が反乱軍に付いていたのは分かっていましたからね。そして先日、この街に訪れ――」
「今日、こうして私達と会った……そう言う事ですか?」
「話が早くて助かります。しかし、焦りましたよ。エリカさんを尾行していたら、先程の男が現れて――」
……は? カミラが俺を……?
「カミラ教官が私を……尾行……?」
「ああ、すみません。一先ず、様子見と言った形でつけさせて貰ったんですが。状況等を把握する為に。今は不意に接触は出来ませんからね」
いや、そう言う事では無くてだな……。
「さ、酒場には!? 酒場には入ってきたんですか?」
「流石に室内の尾行は勘づかれる可能性があるので、入っていませんが……まさか、やましい事でも?」
「い、いえ、特に……」
「それにしても、度々こちらを気にしているようでしたので、バレたのかと心配でしたよ」
ど、どう言う事だ……。
『そうね……あの女、何者かしら?』
ああ、どちらにせよ、気に止めて置く必要がある様だ。




