百十一話 戦況
千五十八年十一月二十四日 帝都近郊
「――うん、良いわね、似合ってるわ」
あれからアルベールが言っていた村に到着した俺達は、この格好じゃ目立つと思い、取り敢えず村の服屋へと行った。
服を調達した俺達は、服を着替える為、今後の事を話し合う為にこの村で一泊する事にした。
そんな事があって今はその宿の部屋、俺は服を着替えている。
そして今、丁度着替え終わった。
「ほら、見てみなさい?」
同室に居るヴァレが姿鏡を見る様に促してくる。
「――確かに、変な所は無さそうだ……お前が選んでくれて助かる」
白のトップスに黒のコート。ボトムスは紺のスカートと言った服装をベースに、ヴァレが戦闘服にカスタマイズした軽装だ。
「本当はもっと派手にしたかったんだけど……」
「やめてくれ、出来るだけ目立たずに行動したい」
「状況を考えたらそうよね……まぁ、貴方の雰囲気的にもそう言うミステリアスな服装も似合ってるし、悪くないけど」
ヴァレはそう言うと、座っていたベッドから腰を上げる。
「さてと、私の見立てた服が貴方に似合ってる事も確認出来たし、そろそろ戻るわ」
そして、また俺の中へと戻った。
……ふぅ、こちらも外で待っているアルベールを呼びに行こう。
「――エリカ、着替え終わったか?」
その必要も無かったか。
「うん、大丈夫だよ」
扉を挟んで返事を返すと、アルベールが中に入ってくる。
「おお、似合ってるじゃないか」
「ありがとう。アルのその外套も良い感じだよ」
アルベールは帝国軍人と隠す為に、黒の外套を身に着けた。
「……さて、これからどうしようか……」
俺の言葉で本題に入る。
「アル、今の帝国について教えて貰える?」
三ヶ月も寝ていたんだ、分からない事が多い。だが、状況は芳しくない事だけは分かる。
何せ、あの審判の槍……皇城が今も尚、占領され続けているからだ。
「ああ……今の内戦の情勢は反乱軍と正規軍に分けられる。先ずは勢力の詳細についてだな。お前の友じ……ラグナロクの使徒が筆頭の反乱軍。帝国第一、第二、第三、第四陸軍がそちらに属する。その他にも外部の組織の介入がある」
「外部?」
「アルパベーラ王国軍、傭兵団紺碧の月だ」
「!? 紺碧の月!? それに王国軍って……」
紺碧の月だと……?
「紺碧の月が反乱軍に……もしかしてあの時オラシオンに現れた噂は本当だったって事?」
「知っていたか……恐らく、紺碧の月はその時点でラグナロクの使徒に雇われていたんだろう。だからあのオラシオンに現れた」
「皇帝陛下を、殺害する為に……でも、そうなると……」
「ジャックス卿も、その時点であちら側だった……」
紺碧の月が皇帝殺害に動いたとなると、ラグナロクの使徒らがあの日、あの社交界に皇帝が現れる事を知っていた事になる。
それを意味するのは少なくとも皇帝直属の部下ジャックスと繋がっていた、その事実が浮き彫りになる。
いや、それよりもだ。
「紺碧の月……そっちは何となく分かるけど……王国軍が何で……帝国と王国は平和協定を結んでいるんじゃないの?」
「それが……分からないんだ」
分からない?
「王国の領地は今、謎の障壁で切り離されている」
「謎の……障壁?」
「ああ、王国の領地を囲う様に、真っ白な障壁が球体上に生成されて、入ろうとすると物理的に弾かれてしまう。入る事も、恐らく出る事も不可能だ。勿論中の状況も確認出来ない」
何だそれは……。
『聞いた感じ、魔力的なものかしら?』
何にせよ、今の帝国の状況と無関係とは思えない。
「反乱軍の仕業と考えるべきだね」
「ああ、それは間違いないだろう。タイミングがタイミングだからな。話を戻すが、当然大半の公爵家も反乱軍に属している」
公爵家はそれぞれ、帝国軍の各軍を従えている。
第二陸軍は北のノースフィア州を治めるレイノルズ家。
第三陸軍は西のウェスティント州を治めるシンクレア家。
第四陸軍はサウジアント州を治めるスレイプウェル家。
そして第五陸軍は東のイースヴェル家を治めるグレスティア家。と、この様に軍分けがされている。
例外として、グレスティア家は海軍も従えている。
第一陸軍はスリーナイト直属の軍だ。元はスリーナイトと同じで、皇帝が従えていると言っても良い。
「レイノルズ家、シンクレア家……スレイプウェル家が反乱軍……じゃあ正規軍は……」
「第五陸軍、それと海軍と憲兵隊だ。グレスティア家を筆頭に、イースヴェル州の州都、オラシオンを拠点に置いている」
「イースヴェル州以外は……」
「反乱軍に占領されてしまっている」
まぁ当然か……。
「……ステラ卿は? 今までの話だと反乱軍?」
「いや、分からない。帝国に帰って来てから、ある事件の調査で王国に赴いてそれっきりらしいが……」
王国にか……。
『偶然なのか、それとも狙ったのか……気になるところね』
ああ、もしかしたらステラは反乱軍には属していないかもしれない。
「……それとエリカ、実は……エレナさんが行方不明なんだ」
「え?」
エレナが……行方不明……?
「どういう事? 本当なの?」
「ああ、この三ヶ月姿が目撃されていない。お前が拘束された日、彼女の身柄を拘束する為に、ジャックス卿に連れられて村にも行ったが、行方が分からない」
「そんな……じゃあ、もしかしたら王国に……」
「その可能性は大いにある……兎に角、今の俺達に出来るのは、オラシオンへ行く事だろう」
「そう、だね……今は一刻も早く、正規軍に合流しなくちゃいけない」
エレナ……無事だと良いが。それにシフィーやアッシュ達も。
それに今すぐ帝都へと行きたい。だがそれは身の程知らずと言うものだ。
考え込んでいると、アルベールが間髪入れずにこれからの事を話す。
「何にせよ、このまま帝都を突っ切ってオラシオンに行くのは危険すぎる。帝都付近は勿論の事、帝都とオラシオンの間はかなり戦闘が激化していて反乱軍も多い。そこでだ、手薄な北のノースフィアを経由して、オラシオンへと向かおうと思うんだが……どうだろうか?」
北のノースフィア州を経由して……。
「……南は駄目なの?」
南、即ちスレイプウェル家が治めるサウジアンド州。
『なるほど、友人の事が気になるのね?』
そう、リディアの事が気掛かりだ。あいつはどちら側何だろうか……そもそも無事なのか……?
「……気持ちは分かるがサウジアンド州は危険すぎる。彼女はどうか分からないが、スレイプウェル公はこの戦争に積極的だ。かなりの戦闘体制を敷いている。それに引き換え、レイノルズ公は消極的、サウジアンド州を通るよりは幾らかマシだ」
「……分かった……ごめん、我儘言って」
……悔しいが、今の俺達の状況では無茶がすぎる……。
「いや……友を心配するのは当然だ……兎に角、行動は成る可く早い方が良いだろう。出発は明日の朝で大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ……」
その日はそれで解散となった。俺は一日中、部屋で色々な事を考えていた。
そして夜。
「…………」
俺は眠れずに、月明かりだけが射し込む薄暗い部屋から、空を眺めていた。
「あれだけ寝てばかりだったのに、大事な旅立ち前日は眠れないのね」
その声と共に、ヴァレが隣に顕れていた。
「ずっと寝てたからこそしれない」
欠けた月を眺めながら、冗談交じりに言葉を返す。
「……昼間の事ね?」
そうか、こいつは俺の考えている事が分かるんだったな。
「私じゃなくても分かるわよ。顔に書いてあるもの。今のは心を読んだけれどね」
「……心配なんだ、あいつらの事が」
「ええ、そりゃそうでしょうね」
ヴァレは薄く笑い、肯定する。
「エレナやシフィー、ティア。アッシュ達の事……あわよくば……いや……有り得ないが……ユリウスの事も……無事なら良いと……そう思い始めたら落ち着けないんだ」
「そうよね、実は貴方、意外にそう言う熱い男だったわね。あ、今は女? と言うべきかしら?」
自分でも驚いている。いつからだったか忘れたが。
「記憶を見た限り、昔は違ったみたいね。これも、貴方を一度殺した彼女のおかげかしら?」
「彼女、か……久しぶりに思い出した。そこそこ長く居たと言うのに。不思議なものだ」
これも、この世界に溶け込んでいる証拠なんだろうか。
「それはさて置き、それだけ?」
心を読まれるってものは本当に厄介だ。
「……それと、アリッサの事も。無事とかそう言う話じゃない。動機についてだ」
「動機、ね……」
「ああ、しっくりこないんだ。家が失脚しただけでこれ程までの事をするだろうか……ましてや失脚した理由は自業自得、そこはアリッサも分かってる筈だ。スレイプウェル家についてもだ、恨んでいるなら何故反乱を起こした時点で殺さない? 味方につけているのは変だ……何と言うか、ピースが欠けている……まだ全貌を見通せていない気がするんだ」
「それで、帝都に乗り込んで本人に聞くか……憲兵隊本部に行って、その事件を調べ直そうって事? 極論ね」
六年前の事件にはまだ何か隠されている気がする……スリーナイトの刻印とやらが隠蔽されていた様に。
憲兵隊の事件ファイルを調べれば、何か分かるだろう……。
「……でもそれは今は無理だ……ありがとう、話を聞いてくれて。少し楽になった」
「分かった様ね。そう、確実に一歩ずつ行きましょう。先ずは体制を整えるところからよ」
「ああ、少し焦りすぎていたみたいだ。冷静さを欠いていた……」
そうだ、一歩ずつ、一歩ずつ行こう――。




