百七話 開戦
『――準備は良いかしら?』
ああ、何時でも。
『じゃあ、行きましょう――』
――パリーン。俺の中に居るヴァレが魔法を唱え、体の自由を奪っていた枷を破壊する。
『扉も壊すわ。手を伸ばしなさい』
牢の扉へと右手を伸ばす。
『爆ぜなさい』
小規模な爆発を魔法で起こし、牢の扉も破壊する。
「何の音だ!?」
その直後に足音が近付いてくる。
やはり見張りが居たか。
ヴァレ、もう少し静かに破壊出来なかったのか?
『ここは敵陣の真っ只中、どうせ見つかるわ。だったら、初動くらい派手に行きましょう?』
ふふ、と悪戯に笑うヴァレ。
やれやれ……。
「お前! 動くな! どうやって拘束を解き、扉を破壊した!?」
牢の見張りであろう兵士が、俺に銃口を向ける。
『強行突破しか無い様ね』
誰のせいだ、誰の。
魔法アイテムボックスから、愛刀を取り出し、鞘から引き抜き――。
「――雀の構え、夏初月!」
相手の懐に潜り込み、銃を弾き飛ばす。
「はっ!」
そして回し蹴りで兵士を怯ませ、その僅かな隙を突いて牢獄の出口へとひた走る。
「待て! 逃がすか!」
すぐ様体勢を立て直して追ってこようとするが、気にせずに逃げる。
『何とか自由の身にはなれたわね』
走る最中も、脳内にヴァレの声が響く。
いや、この空中に浮かぶ皇城、審判の槍から出るまでは自由とは言わない。
とにかく、作戦通りに屋外に出れば良いんだったな。
そう、俺の中のヴァレに語り掛ける。
『ええ、厳密に言えば、空が見える場所ね。でも窓を突き破って屋外に出る、みたいな方法は辞めて欲しいわ。少し準備が必要だから』
分かった、取り敢えず一階へ行こう。
俺達はそれからも兵に追われながら、地下を脱出した。
何とか一階まで来たが……。
『城門はどうかしら……って、そう簡単にはいきそうに無いわね』
「止まれ! 脱走者!」
前方に兵士達が立ち塞がる。そして後ろからも追っ手が。
『袋のネズミね……仕方ないわ、そこの階段を上りましょう』
階段を上り、二階へと足を踏み入れる。
だが、その判断でかなりの遠回りをする事になった。
二階に上がってからも追っ手に追われ続け、道を塞がれるの繰り返し。遂にはあの王の間付近、つまり城の最上階へと辿り着いていた。
『執拗いわね、まだ追ってくるなんて。出口から真反対の最上階まで来ちゃったじゃない』
……いや、逆に好都合かもしれない。
確か王の間にはバルコニーがあったは 筈だ。
『成程、確かにバルコニーなら十分だわ。そこへ向かいましょう』
俺達はバルコニーへ出るべく、王の間へと向かった。
『追っ手が直ぐにやって来るわ! 早くバルコニーへ出て!』
ああ、分かって――。
「――待っておったぞ、エリカ・ライト」
王の間に入るや否や、槍の突きが飛んでくる。
俺は何とかそれを刀で弾く。
「ほう、今の奇襲を防ぐか。ただのうのうと学生生活を送ってきた訳じゃ無いんじゃな」
王の間には彼らが居た。スリーナイトの一人、双撃のジャックス・ロックハート。そして、この世界の幼馴染であり、友人、アルベール・ハーシェルが。
アルベール……。
『待っていた、と言う事は……』
……ああ、俺達はまんまとここへおびき出されたらしい。
「ここはもう行き止まりじゃ。外の廊下も兵が包囲しておる。死にたくなければ、大人しく投降せい」
っ……スリーナイトの一人との戦いか……無事に済む相手では無さそうだ。
「引く気は無い、そう言う事か?」
刀を構える俺を見て、ジャックスはそう言う。
「はい、こんな所で諦める訳にはいきませんから」
勝てる見込みは無いに等しい。でもやるしか無い。
「何故だ……何故エリカ、お前は抗い続けるんだ……!」
そう言ったのはアルベールだった。
「相手は帝国軍の大半だぞ!? 何でお前はそんなのに立ち向かえる!? 何故だ!?」
アルベールが怒涛を上げる。
……正直分からない。俺の決意が、アルベールの言った様に帝国軍を敵に回す決意に値するのか。それは傍から見ればちっぽけなものかもしれない。
でもそれの大小を決めるのは他人じゃ無い――俺自身だ。
だから俺ははっきりとアルベールに伝える。俺が戦う理由を。
「殿下の仇――そして、アリッサを止める為、引き戻す為だ!」
その為だけに、今は戦い続ける。例えどんな大きな壁が立ち塞がろうとも。
「……逆に聞くけど、アルは何でそこで戦ってるの? そんな嫌な顔をしながら」
「……! お、俺は、嫌なんて……だ、第一何でお前にそんな事が分かるんだ!?」
「分かるよ、だって幼馴染なんだから! 昔のアルだったら、この状況を見過ごす筈無い! 出来ない! 今だって本当はそう思ってるんでしょ!?」
アルベールの確信を突いたのか目を大きく見開く。
『随分と彼に固執するのね』
紛いなりにも十年以上の付き合いだ。アルベールとは成る可く戦いたくは無いからな。
「……アル、軍の命令に仕方なく従ってるんでしょ? 教えて、本当の貴方は何の為に今を戦いたいの?」
「俺は……」
暫く黙り込んだ後――。
「――すみません、ジャックス卿……これ以上は……エリカとは戦えません」
「ほう……?」
アルベールはゆっくりとこちらに歩いて、隣に並び立つ。
「それが貴様の答えか、ハーシェル」
そして槍を構える。ジャックスの方を向き。
「ええ、やはり間違ってます。反逆者に手を貸すなんて。そう思ったんです」
「アル……」
「エリカ、ここからは一緒に戦う。この城を生きて脱出するぞ!」
「うん……!」
俺は力強く頷き返す。
「良かろう……ならばこのわしに示して見るが良い! 貴様らの決意を! ハーシェル、言っておくが、手加減は要らぬ。全ての力を使い、向かって来い!」
「……! 分かりました、全力で戦わせて頂きます……!」
アルベールはそう言って、左手を胸に当てて目を瞑る。
「――この身に刻まれし神の力よ、真の姿を見せよ――」
「アル――え?」
アルベールの背後に何かの大きな模様が、半透明に光を帯びて浮かび上がる。
『これは……何かの詠唱、かしら……?』
詠唱? 何のだ?
『分からないわ。でも、とてつもない魔力を感じる……』
魔力……。
模様は段々と姿がはっきりしていき、白く光り輝く。
「――――顕現せよ、《刻印》!」
「う……!」
遂に完全に模様がはっきりと顕れ、アルベールを中心に突風が吹く。
こ、これは……凄い威圧感だ……。
それに、アルベールの目の色が黄色に染まっている。
「……お見事だ、ハーシェル」
「ありがとうございます、ジャックス卿――エリカ、この状態は長く維持出来ない。速攻で行くぞ」
アルベールは何事も無かった様に、戦闘態勢に入る。
何なんだ、このアルベールの状態は……。
『今は取り敢えず、目の前の敵に集中しましょう。それにしても、魔力だけで無く、とてつもない力を感じるわね。元の彼と比にならないくらいに』
ああ……だが、あのスリーナイトの一人に勝てるかどうか……。
『そうね、じゃあこっちも出し惜しみ無しでいきましょうか。これは成る可く奥の手として置いておきたかったけど……久遠、ちょっと意識をこっちに持ってきてくれるかしら。大丈夫、現実の体感時間で数秒だから』
? ああ、分かった。
俺はヴァレが居る精神世界へと意識を移す。そうは言っても、ただ単に集中するだけだ。
「来たわね」
「それで何をするつもりだ?」
ヴァレは何も言わずに、両手の掌を俺の方へ向ける。
「手、貸しなさい」
「ん? ああ……」
困惑しながらも、ヴァレの両手に掌を合わせて握る。
「で、ここからどうするんだ?」
「キスしなさい」
「キスか、分かった――は??」
こいつはこんな時に何を言っているんだ?
「おい、こんな時に冗談はよしてくれ」
「冗談じゃ無いわ。と言うか、それくらい分かるわよね? 貴方と私は一つなんだから」
確かに、何となくでこいつの感情なんかは伝わってくるが、流石に疑うくらいはしたくなる。
「因みに下心は一切無いわ」
「そんなのも分かってる……取り敢えず、お前にキスすれば良いんだな?」
「ええ……大丈夫よ、ここでしたキスは、この世界の現実のファーストキスには入らないから」
「定義はよく分からんが、そんな事俺が気にする訳無いって知ってるだろ。ほら、口閉じろ」
俺はヴァレに顔を近付ける。
「照れてる?」
キスをする寸前でヴァレが聞いてくる。
「どうだかな。俺の感情でも読み取ってみたらどうだ?」
「ふふ……不粋な真似はしないわ」
ヴァレと唇を合わせる。
「な、何だ!?」
すると光に包まれ、膨大な力を感じた。
体が震え、全身が燃える様に熱い。堪らず、現実へと意識が戻る。
こ、これ、は――。
『――どうやら上手くいきそうね』
ヴァ、ヴァレ……これは、一体……。
『説明は後! リミットを解除するわ! 行くわよ、久遠!』
うぅ……ああ……!
『リミット解除!』
――ドクン――ドクン。心臓が大きく跳ねる。
何だろう、俺が俺で無くなる様な感覚。ヴァレに全て飲み込まれそうになる。体、記憶、意識、全てを。
だが、この僅かな空気が流れる感覚。人の気配。地に足が着いている感覚。そして、俺の中に蠢く膨大な魔力の流れ。
全てを感じ取った時、痛い程に飛び跳ねる心臓の鼓動が心地良い――。
『条件クリア! 行くわ、オーダー 零式解放!』
――ヴァレの言葉が脳内に響いた時、とてつもない力を支配する感覚を感じる。
「―――――おおおおおおおお!」
「エ、エリカ!?」
周りの目を気にも止めずに吠える。獣の様に。
やがて力は体に溶け込んでいく。胸の高鳴りも心臓の鼓動も。全てが元から起こっていた様に――。
『――成功よ!』
――そっと目を開ける。
「な、何が起こって……」
思考が追いつかない。俺に一体何が……。
「エ、エリカ! その髪は……」
「髪?」
アルベールに言われた通りに自分の髪を見てみると、元の黒色に白のメッシュが加わっていた。
「な、何で……急に色が…………!?」
体の変化はそれだけでは無かった。見えない水面下で変化があった。
――分かる。体が強化されている。身体能力、思考、魔力。あらゆる面で。
『――良かったわ。ちゃんと実感出来ている様ね』
ヴァレ、これは一体……。
『説明は後って言った筈よ? ほら、さっさと彼を倒してこの城を脱出しましょう』
……何が何だか全く分からない。
でも、今の俺なら――俺達なら、双撃のジャックスに勝てそうな気がする……!
「行こう、アル!」
「ふ……よく分からんが戦えるんだな?」
「ああ……何でも来いって感じだ……!」
俺は刀を構え直す。
「ほう……中々楽しませてくれそうじゃ……スリーナイトが一人、双撃のジャックス・ロックハート――参る!」




