百五話 審判の槍
――あれからどれ程時間が経っただろうか。
少なくとも一時間以上は経っている頃、俺は意識を取り戻した。
最初に目に飛び込んできたのは、血の様に赤い色をした絨毯だった。頬に押し付けられる絨毯の肌触りは、最高級と言っても良い程のものだ。
どうやら今まで、この絨毯の上で眠らされていた様だ。体を縛られたまま。
動作を制限された体を起こし、辺りを確認する。
だだっ広い豪華な内装が施された室内。薄暗く、真上に吊るされた大きなシャンデリアの明かりだけがゆらゆらと揺れている。
何処かの貴族の屋敷だろうか。それも最上位クラスの。
「――随分と早いお目覚めだ。もう少し気を失ったままだと思っていたが」
不意に声が聞こえた。彼女の、アリッサの声が。
俺は必死に探すと、彼女はそこに居た。
俺がへたれ込んでいる赤い絨毯が道の様に長く伸びていたその先。数段の小階段の上の玉座。
そこにアリッサは居た。金の玉座にお誂え向きな華麗なドレスを身に纏って。
「これで舞台は整った。今度こそ始めようか」
アリッサがふんずり返る玉座の背後の壁には、帝国の紋章が掲げられていた。
……もしかしたらここは……。
ここが何処なのか、何となく見当がついた。
だとしたら、お前がそこに座っているのは気に食わない。
「……そこはお前の座じゃない」
そこは……。
「ふ、ならば誰の席だと言うのだ?」
そこはあいつの……。
「――そこはお前の席じゃない! ユリウスの席だ!」
俺の答えにアリッサは小さく笑う。
……ここは皇城ラバンディエ宮の王の間。つまり、ユスティア帝国の心臓部だ。
「何を呆けた事を。彼は死んだ、私達の手によってな」
っ……。
「今やこの玉座、国さえもこの手の中だ!」
「……まだだ、まだ帝国は死んでいない! 私達が取り戻す! お前を――止めて!」
そうだ、この国の皇帝はユリウスだ。
「そんな無様な姿で何が出来る?」
「私達だけじゃない、帝国軍、スリーナイトだって……!」
例えどんな理由があったとしても、こんな勝手許される訳が無い。
「――何ともまあ、目出度い考えだ。入れ」
アリッサがそう言うと、俺の背後の扉が開かれ、ぞろぞろと人が入ってくる。
「え――」
俺はその人達を見て驚愕した。
「おう、いよいよ始めるのか?」
「ああ、待たせたな――ジャックス・ロックハート」
――スリーナイトの一人、ジャックスだった。
「な、何で……」
それだけじゃ無い。彼は後ろに帝国軍の兵を連れていた。
「手立て無しに国家転覆等する訳無いだろう。言った筈だ、舞台は整った、と」
まさか前々から準備を……。
「……何で、ですか。何でそっち側何ですか、ジャックス卿!」
ジャックスはそれには答えなかった。
「ふ、彼だけでは無い。殆どの帝国軍はこちら側だ。残るは第五と憲兵だが、それは時間の問題だろう……ああ、そうだ、お前の幼馴染もこっち側だ、そうだろう? アルベール・ハーシェル」
え……?
「……エリカ、すまない……」
軍人に紛れていたアルベールが姿を現す。
「アルまで……何で……」
「何も……聞かないでくれ……」
何で……何で……。
「貴賓室の様子はどうだ?」
「特に変わっとらん。捕虜は大人しくしておる。それより少し面倒な事が……」
「ああ、それは問題無い。予定通り、お前達は帝都を占領しろ」
「……了解じゃ。行くぞ、お前達」
ジャックス達は部屋を出ていく。
「エリカ……」
アルベールは最後まで俺の方を見つめていた。
「さて、私達も行こう。エリカ、立て」
「アリッサ……」
アリッサに連れられ、暗い廊下を歩く。
「アリッサ、何で皇城を?」
「今に分かる。口を閉じてついてこい。分かっていると思うが、妙な動きをしたら殺す。こちらはお前が死んでいても生きていても構わないのだからな」
死んでいても構わない? どういう事だ?
校舎の屋上でも同じ様な事を言っていたが……。
とにかく今は大人しくついて行くしかない。だか、隙を見つけて脱出しなければ。
俺は諦めない、絶対に……!
アリッサの後をついて行くと、行き着いたのは皇城の地下だった。
そこから不自然に空いた穴。恐らく、意図的に壁を壊したのだろう。そこから奥へと進み、開けた場所に出る。
そこは、この世界に相応しくない場所。SFチックな部屋だった。
多くのコンピュータが並び、中央には何かを置く台座。まるで何かの研究所みたいだ。
「待ってマシタ。愈々決行するのデスネ? 準備は出来てイマス」
その場所には、校舎の屋上に現れた奴らが揃っていた。
「あの男は?」
「手を引きました。この場所を見たら満足だと仰って。後はそちらでどうにかしろ、だそうです」
「ふ、そうか。最後まで腹の底が見えない奴だ」
アリッサとBが何やら話をしている。
あの男とは誰だ?
「――始めますか?」
「ああ」
Kの言葉に頷いたアリッサは、俺の方を向く。
そして、俺の右胸へと手を伸ばす。
「……何?」
「じっとしていろ」
「え――――――――がっ……!」
右胸に何かが抉り込む感覚と、激痛が全身を襲う。
――アリッサの手が俺の体内に入り込んでいた。
「な、何、を……」
「――見つけた」
「え――――あがっ……!」
一気に手を引き抜かれ、更なる激痛が電撃の様に全身を走った。
俺は堪らず倒れ込む。
「そ、それは……」
アリッサの手には何かが握られていた。小さな菱形の黒い物。
「も、もしかして……魔核……」
菱形で右胸の心臓と対になる場所、左胸にある物。それしか思い付かなかった。
「ご名答。サリル」
サリルはそれを受け取り、中央の台座に置く。
「よし、K」
「お任せを」
Kはコンピュータを操作する。
「状態、正常。出力、問題なし。何時でも!」
「起動だ!」
Kが何かのボタンを押すと同時に地響きが起こった。
暫くした後地響きは治まった。
「外の映像を映し出せ」
再びコンピュータを操作すると、驚くべき事が起こった。
「な、何これ……」
「ほう、これは見事な絶景だ」
この部屋の壁、床が夜空と、空から見下ろす帝都の景色に変わった。
変わった、と言うか、透けた、のか?
壁や床が透明になり、外の景色が見える様になった、と言うべきだ。それに、大きな大砲の様な物が見える。床下に。
いやそれよりも……!
「な、何で……さっきまでは地下だったのに……」
「浮いたのだよ、城が。今は空を飛んでいる」
「そ、そんな事って……」
さっきの地響きは、この城が起動して空中に飛び立つ時に発生したものだったのか。
「ふふ――あははははは! これこそ、この城の真の姿、《審判の槍》だ! この半年探し回ったかいがあった! まさか、空中に浮かぶ城がそれだったとは予想外だが……ククク……」
審判の槍……うぐ……くそ、意識が……。
「景気付けに一発、帝都にくれてやれ!」
床下の大砲が真下の帝都に、照準を合わせる。
「ま、まさか!? ぐっ……!」
「――撃て!」
大砲から紫色の閃光、ビームが発射され、帝都の大通りが――。
そこで意識が朦朧とする――。
「ふふ……見事な威力だ……! エリカ、礼を言う。私達――新生ユスティア帝国の第一歩を築いてくれたのだからな――」
「アリッ、サ……そ、こ……まで……」
俺の意識は再び、そこで途切れた――。




