百三話 《S》の正体
同時刻、ログレス士官学校 学校寮。
――皇帝殺害事件から二日が経った。
未だに世間の混乱が続く中、俺は学校の寮へと戻ってきた。人気が少ない寮に。
九月一日が二学期の始業予定だったが、当然の如く延期となった。
その事と事件が重なり、寮に残っていた大半の生徒は実家へと帰省していた。勿論それはオラシオンに行っていた面々も例外では無い。
クロウはそのまま実家に残り、リディアとウィルバートは実家からの招集が掛かり、エルは両親が心配だからと帰省した。猫のルナを連れて。
ブラウト兄妹にも実家から招集が掛かったが、アリッサはそれを何故か頑なに断り、兄のオレットだけが帰省した。
つまりここへ戻ってきたのは、アッシュ、アリッサ、コルネ、ユリウス。遠征から帰ってきたシフィー、そして俺を含めて六人だ。
「アッシュさんは実家へ帰らなくて良いんですか?」
「そう言うお前さんこそ、帰らねぇのかよ?」
「帰りたいのは山々なんですけど、何故か今朝から王国側が通行規制をしていて帰れないんですよぉ。何か大きな事件があったのかもなんです」
寮の自室でそんな話をしているのは、アッシュとコルネだ。
「そうだね、情報規制もされてるから詳しくは分からないけど、何かあったと見るのが妥当だね」
俺も二人の話に入る。
「これからどうなっちまうんだろうな……」
アッシュが天を仰ぐ。
どうなってしまうか――決まっている、何かが動き出している。皇帝殺害事件に重なる様にアルパベーラ王国の入国、出国拒否。明らかに何かある。
なのに俺達はこうして、気軽に雑談をしている。
その理由は二人を待っているからだ。
「――すまない、待たせたね」
「ごめんなさい! お待たせしてしまって……」
――丁度待っていた二人、シフィーとユリウスが部屋に入ってきた。
二人は今朝から王宮へ行っていた。ユリウスはこの国からのこれからの方針についての話し合いに出席する為。シフィーはその護衛。
「悪いね、無理に待って貰って」
「いえ。殿下、話し合いの方はどうでしたか?」
「うん、暫くその辺りの事はラスペリア宰相に任せる事にしたよ」
サディアス・ラスペリア宰相か……確かに彼なら安心かもしれない。
「……それより、彼女は?」
「……はい、今朝話していた通り、校舎の屋上に呼び出しました。きっともう先に来ているかと」
「分かった――では皆、行こう」
全員、ユリウスの言葉に頷き、部屋を出る。
俺達は今から、その動き出している何かに立ち向かおうとしている。これがその初動だ。
――俺達は今から、彼女の正体を暴きにいく――ラグナロクの使徒、Sの正体を。
だが、その前に一つ確認したい人物がいる。
「……待って、ちょっとだけ良い?」
俺は昇降口で、その人物にこっそりと声をかける。
「どうしたんですか、エリカさん?」
いつも通り――コルネは礼儀良く接してくれた。
そう、コルネに一つ聞きたかった事がある。
それは。
「コルネ、貴方一体何者?」
聞きたかった事はただそれだけだった。
「……」
コルネはその問いに黙ったままだった。
「何であんな嘘をついてまで、私に接近したの?」
痺れを切らして、続けて問いを投げ掛けると、コルネは口を開いた。
「……ごめんなさい、まだそれについてはお話出来ないです」
「何で?」
「まだ話すな、そうあの人から命令されているからです。でも信じて下さい、私は貴方の味方です」
そんな都合の良い――とはならなかった。
俺もそこは理解していた。こいつが敵じゃない事くらいは。
「分かった。でもこの一件が終わったら、話して貰うから」
「はい、今は彼女を止めましょう」
そうだ、今はそいつを止める事が最優先。きっとあいつは何かとんでもない事をしでかそうとしている。
そっちには行かせないぞ、絶対。
あの言葉の真意についても教えて貰う、絶対。
◇◇◇
校舎屋上。相変わらず重い扉を開く。
そこにそいつは居た。
そいつは俺達を見た途端、いつもの尖った態度で遅い、等と悪態をつく。
炎の様に赤い髪とは正反対に、凍りつく様な冷たい表情で。
「――貴方、だったんだね、Sの正体は」
俺は前置き無しにそう言った。
「――――いつから気付いていたのかしら?」
「……!」
否定、しなかった。それどころかその発言は事実を認めていた。
「……裏路地での戦いの後。あそこを通る事は、あの場に居た私達以外で貴方しか知らなかったから」
「――やっぱりあれは悪手だったわね」
――何故、否定しない。
「本当はあいつらをけしかけようとしたんだけど、何か変なのが彷徨いてたから――」
何故――。
「まあ、結果から見たらあいつらも失敗してただろうし――」
――否定しない。
「サリルが居れば勝てたかもしれないけど――」
何故!
「何故否定しない!?」
「エリカは否定して欲しいの?」
……! そんなの決まっている!
「当たり前だよ! あの時友達と言ってくれた貴方が……」
『う、ううん! そうじゃないの! ……あたしをそんな風に言ってくれるとは思ってなくて……』
「あの時どんな気持ちで貴方は……」
『その、嬉しい、あたしも……』
「ずっと騙していたの? あの言葉を言ってくれた最初から!」
『友達だと、思っている、わ……』
「……どうして……」
俺はこいつがSじゃ無ければ良い。ここに来るまでずっとそう思っていた。
でももう引き返せない、彼女は――。
「――答えろ! アリッサ・ブラウト!」
目の前に立っているのは、アリッサ・ブラウト、Sの正体。
「――そうだな、騙していた。私はそんなちっぽけな友情なんかよりも、達成しなければならない目標があるからだ」
だが、もう元のアリッサは居ない。俺達が暴いた。
アリッサはアリッサ・ブラウトから、ラグナロクの使徒リーダー 《S》へと染まっていた。




