2章の2 スシ先輩、誰かに気イ遣ってませんか?
「実はわれわれの泥縄第一高校に重大な危機が訪れようとしているのです。ズバリ、また生徒の人数が少なくなって、統合基準を割り込むかもしれないんです」
「えええっ!」
スシは、びびった。
泥縄第一と泥縄第二の生徒にとって、生徒数維持は最重要テーマだ。「どちらか一方でも生徒数が下限を割り込んだら統合」というのが学校経営側から突きつけられた条件なので、相手の学校の生徒数にも無関心でいられないのだ。
隣同士の2県に離れている両校の生徒は、長年「生徒減をきっかけにムリヤリくっつけられるかも」「校舎が遠くなったほうの生徒は隣県まで通えと言われるかも」「2校を1校にくっつけると一方の校舎に全員入りきらないかも」という不安にさらされ続けていたのだ。
泥縄第一は3月、スシの転校で生徒数が一度下限を割りそうになり、泥縄第二生徒会執行部がクロハを身代わりに送り込んだ。半年間かなり頑張って、やっと統合を回避したと思いきや、泥縄第一にまた生徒減の危機が訪れるとは。
「やっと無理な統合がなくなったと思ったのに、ぬか喜びなのか」
スシは力が抜けかけた。
「スハ思うに、泥縄第一高校生徒会だけでは、とてもこの危機に対処できません。でもきょう見せてもらったような、みなさんの高度の化身技術のお力添えがあれば、立ち向かえます」
「ああ、なるほど。危機は危機だけど、まだやりようはあるんだね。よかった。化身の技術があると対応できるということはやっぱり、泥縄第一の足りない人数を泥縄第二の人間が化身で補って、なんとかしようということかな?」
「そうです。スシ先輩、話が早い」
スハは、スシをわくわくした目で見た。
「また誰かを出向させないといけないのかな?」
「1日だけですから、出向までしていただかなくても大丈夫。出張で十分処理できると思います。その代わり、今回は化身していただくかたが2人必要です」
「2人か。で、それはいつなの?」
「泥縄第一の生徒総会がある、来週の火曜です」
スシの表情が曇った。
「火曜はこっちも生徒総会なんだけど」
スハの口ぶりに、必死さが増した。
「どなたか2人でいいので。貸していただける役員のかたは、生徒会長でなくても構いませんので」
スシは一生懸命なスハを見ながら、ふと別なことが頭に浮かんだ。
「ああ『生徒会、ないしょの欠員2』の『2』って、そういうことなのか。シリーズのパート2というだけじゃなくて、ほんとに欠員も2になるのか」
「1日だけですけどね」
前作の「生徒会、ないしょの欠員1」の「1」も、欠員1人というだけでなくパート1という意味も込めてあった、ということにさせてください。前作終了と今作開始の間にそれを考えたから、後付けですが。
「スハさん、どういう事情で化身の役員を貸してほしいのか、説明してもらえるかな?」
スハは話が長くなるのに備えて勝手に着席した。そこはスシの隣、いつものマヤの席で、マヤの方が気を使ってほかの席に座った。
「泥縄第一の3年女子の役員2人が、別の用事と重なって生徒総会に出られなくなったのです」
「用事と重なったのなら、生徒総会を欠席すればいいのでは」
「いえ、そう簡単ではないんです。2人はアイドルのオーディションの最終選考に残ったんです。最終選考の日が生徒総会と重なったんです」
「へえ、芸能人になるかもしれないの。そりゃすごい。有名になったらでいいから、サインもらえるとうれしいです」
「スシ先輩、ちょっと小市民的な反応ですね。それでスシ先輩、泥縄第一がアルバイト禁止なのはご存知ですよね?」
「うん、オレも1年生のときそっちにいたから、わかるよ」
「アイドルのオーディションは、わたしたちは就職活動の一環ととらえていますが、学校経営側がもしアルバイトの一形態ととらえると、2人を処分する理由ができます。統合を考えている学校経営側にとって生徒の人数が減る方が好都合でしょうから、停学で済まさず退学に持っていこうとするかもしれません。なので、2人は外見的には生徒総会に出席したことにしつつ、オーディションに挑む必要があるわけです」
「つまり、こっちの人間が泥縄第一に行って化身するのは、一般生徒でなくて3年女子役員なのか。役員というのは目立つだろうけど、大丈夫かなあ?」
「幸いオーディションは『参加の秘密は固く守られます』という前提で東京で行われるので、化身人物の重なりの問題は回避できます」
「スハさんも秘密を固く守ってね」
「スシ先輩もね」
「オレが『化身が大丈夫か』と言うのはね、身長、左右の眼球間距離、耳たぶの位置と形状、顔の輪郭、前歯の歯並びなどが似ている人間に化身するんでも相当気を使うから、それらが全然違う人でも大丈夫かなあ、ということなんだ」
「こっちの役員2人は2人とも、左右の眼球間距離、耳たぶの位置と形状、顔の輪郭、前歯の歯並びなんかは、そっちのキラ先輩を除いた役員のみなさんと大差ないです。身長は167・5センチです。1・5センチくらいの違いなら何とかなりますよね? 髪形を再現するためのウィッグも、オロネ先輩化身用が流用できそうだということです」
「へえ。オレらにそんなに近い人が、あと2人もいたの。オレは泥縄第二の正規・非正規役員に身長169センチ、左右の眼球間距離や耳たぶの位置とかが近い人が5人いるというだけでも、身の回りに宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がそろうより珍しいんじゃないかと思ってた」
「スシ先輩、めったなこと言わないでください。それはどう考えても宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がそろうほうが確率低いでしょ? スシ先輩のボケで、スハの憂鬱」
「あれ? 2人なのに、2人とも身長以外はオレたちと大差ないの? そんな都合よくいくかしら?」
「いくんです。2人は双子なので。声も同じと言っていいですから、泥縄第二からこちらへ派遣される役員のかたも、声色は1人分できればOKです」
「へえー、え?」
スシは普通に返事をしつつも、あまりの都合のよさに少し困惑していた。
「3年女子の役員は2人とも、スシ先輩のこと知ってるって言ってましたよ」
「えっ!」
クロハとマヤとキラとオロネが、同時にスシの方を見た。
スシは4人の視線に気づかないふうを装って話を続けた。
「う~ん。スシ思うに、2人は受かったとしたら、デビューまでレッスンやらなんやらで、ちょくちょく東京に行くでしょ? 高校生徒会で役員が3年生というのもあまり聞かないし、ここは役員を別な人と交代した方がよくないかい? 生徒総会の前に偽の理由で役員を交代して、偽の理由で学校を休んでオーディションに行く方が」
「その役員をずっと泥縄第二から出してくれるんだったら、それでもいいですけどね」
「えっ」
スシはスハにすごまれて、びびった。
「わたしは2人に頼んで拝んで、やっと役員になってもらったんです。芸能人を目指している事情がありながらも、引き受けてくれたんです。うれしいじゃないですか。こっちとしては、交代させる気は毛頭ありません」
「どうして3年生に頼もうと思ったの?」
「2人は、クロハ先輩に身体的特徴が似ているからッス。2人にもし学校を抜けられても、いざとなればクロハ先輩にまた戻ってきてもらえばいいやと思って。クロハ先輩なら、双子に1人で化身してくれるとかも、やってくれそう」
クロハは「あはは」と愛想笑いをした。
「双子に1人で化身するのは、そりゃあやってできなくはないとは思うけど、できればそんなムチャはやめて泥縄第二からもう1人派遣してほしいわ(汗)」
「役員がクロハ先輩に似ていれば、マヤ先輩やオロネ先輩にも化身してもらえるし、泥縄第一の方も秘密化身室のような設備が整えば男子のスシ先輩にも化身してもらえるし、オロネ先輩以外の女子の声色が不得手なカニ先輩でも、しゃべらなくていいときなら化身いけるし、ばんばんざいだと思ったッス」
「スシ思うに、そんな都合を優先して役員人選していたとは驚き。あと、いつの間にかスハさんの後輩口調が復活した」
「もちろん、オーディションを突破すると在学中から芸能活動がスタートします。アルバイト禁止ですから、たとえ嘘が嫌いでも、芸能活動は偽の理由で学校を休んでもらうしかないでしょう。でも少しの嘘で、生徒会役員とアイドルの卵は両立できるんです。それを証明したいんです。そりゃあ役員を交代させれば簡単ですよ? でもそれで終わりたくないんです。わたしのためにも、2人のためにもなりません。今回だけです、泥縄第二のお2人のお力を1日だけ借りられれば、なんとかなるんです」
「うん」
「泥縄第一生徒会執行部としては、役員2人の夢を壊したくないのです。3年生で学校生活もあと半年だし、これまでの出席の貯金も十分あります。同窓会報、生徒会報などの媒体に記録が残る生徒総会さえ化身で乗り切れば、あとは学校経営側にないしょで芸能活動を続けても、学業を全うできると見ています。ですから今回だけ! なにとぞ今回だけ! 泥縄第二高校の役員の皆様のお力を、ぜひ貸していただきたいのです! お願いします!」
平身低頭のスハだった。
スシは、ほかの役員の顔を見回した。
(力を貸してあげる、で、いいよね?)
ほかの役員は誰も口にこそ出さなかったが、「いいよ」という空気を醸し出していた。
スシはスハに向き直った。
「お話はよくわかりました。こちらとしては系列校生徒会執行部の苦境に、見て見ぬふりはできないよ。こちらが化身しやすそうな人をあらかじめ役員に選んであるという、先見の明にも感服します。そこまでやってくれているのに、泥縄第二執行部が助けないなんてことはありません」
「ではやってくれるんですね? スシ先輩とクロハ先輩で」
スシはギョッとした。
「ちょっと待って? さっきスハさん『生徒会長でなくても構いませんので』って言わなかった?」
「言いましたよ。でも、こういうのは生徒会長が率先してやってくれれば、スムーズでしょ? よっ、大統領!」
「えー」
「それに、泥縄第二には影の生徒会長もいるから、スシ先輩がいなくても生徒総会くらいビクともしないとも聞いています」
「影の生徒会長!」
「知ってますよ、スシ先輩。泥縄第二生徒会執行部に代々受け継がれている『会長の証しのネックレス』は、クロハ会長(中身マヤ)として前期の会長を務めていた名残で、今でもマヤ先輩が着けているそうじゃないですか」
スシは苦々しい顔になり、マヤは当惑した。
「それは、オレがマヤさんに着けていてくださいと頼んだから。男子向けのデザインでないので、オレが着けるのもナンだから(誰だよ、このことをスハさんにバラしたのは?)」
クロハがスシの背後へ歩き、両手をポンとスシの両肩に置いた。
(クロハさんか)
スシはスハに相当軽く見られているのがわかって、しゅんとした。しかしやられっぱなしはまずいと思って言い返した。
「ほら、女子2人に化身するミッションなんだから、普通は女子2人を派遣しようとなるでしょ? 化身の実力から言っても、男女一緒に入れる秘密化身室がない泥縄第一の設備の都合からも、その方がいいでしょ?」
「なに弱気なこと言ってんだスシ先輩! こっちは生徒会長が頼んでいるんだから、そっちも生徒会長が受けてくれてもいいじゃないか! 決断せよ! スシ先輩!」
「話を受けるのと、実際に誰を出すかは別問題でしょ? こっちの化身エース3人を差し置いてオレが出るというのは、非現実的だ」
「エースって言いながら、3人ですか」
「化身3本柱」
「言い直しても、やっぱり3人。スシ先輩、誰かに気イ遣ってませんか? クロハ先輩、マヤ先輩、オロネ先輩の3人に序列をつけないようにしてませんか?」
「それは、どうでもいいでしょ?」
「泥縄第一と同じ日に、泥縄第二も生徒総会なんですよね?」
「うっ」
「うちが2人借りた残りで泥縄第二の生徒総会をやるとなると、女子の声色はオロネさんしか出せないカニ先輩は、同じ男子のスシ会長(中身カニ)に化身させるのが得策なんじゃないですか?」
「いや、カニくんも、一般生徒に聞かせるレベルではオレの声色はできないんだけど」
「カニ先輩を声色のできるオロネ非正規役員(中身カニ)に化身させるとすると、オロネ先輩を別の化身シフトに入れないといけませんよね。でもオロネ先輩もスシ会長(中身オロネ)の声色は使えないから、カニ先輩よりスシ会長の化身に向いているわけではありませんよね。だったらカニ先輩をスシ会長(中身カニ)化身にして生徒総会の間じゅう黙らせておいて、オロネ先輩は泥縄第一に派遣される女子役員の穴埋めの化身シフトに入れるのが、2人を生かす一番いい方法じゃないですか?」
「うっ」
スシはスハの指摘に、たじたじとなった。さすが学業優秀、名目上とはいえ高校に飛び級進学しただけのことはある。スハに「まったくその通り」なことを言われたスシだが、当事者より先回りして作戦を考えてくれているスハに、やや反発を覚えた。
スシとスハの話に、カニが割り込んだ。
「カニも、スシ会長(中身カニ)があまりしゃべらなくても生徒総会をしのぎきれると思っているよ」
「えー? 会長なのに、化身がしゃべらなくて平気かなあ?」
「もちろん最初の会長あいさつは必要だろうから、そこだけ事前にスシくんに録音してもらって、スマホで再生すればいいんじゃないか。それで十分なんじゃないか」
「会長なのに、それで十分なの?」
「スハですが、十分です。オロネ先輩には、クロハ書記次長(中身オロネ)に化身してもらうと」
「スシだけど、その化身シフトはスハさんが考えたの?」
「クロハ先輩にアドバイスされたッス」
「思い出したように後輩口調にしなくてもいいよ」
化身シフト設定のやり方に妙に詳しいスハ。入れ知恵していたのがクロハとわかり、スシはクロハの方を「ちょっとクロハさん、どうなってんの」という目で見た。
「カニとしても、オロネが化身したクロハ書記次長(中身オロネ)またはマヤ副会長(中身オロネ)が進行すれば、生徒総会はできてしまうと思う。オロネの力量があれば」
スシはカニとオロネを、少し嫉妬が混ざった目で見つめた。
(また何げに、カニくんのオロネさんに対する全幅の信頼を見せられた)