1章の7 女子の結束とスシくんの彼女という立場の板ばさみに苦しみました
「じゃあね、最後の答えを言います。この中で化身をしている人は、消去法で簡単。箱の中の人です」
スシを除く全員が「それでいいの?」という顔をした。
スシくん、それでいいの? 誰も「マヤは箱の中にいる」と言わなかったから、きみ、箱の中の人は化身でないと結論付けていたでしょ?
(そんなこと言ったって、もう消去法よ、消去法)
いきなり箱のフタがドカーンと開いて、中からキラが飛び出した。
「うわー!」
「キラだけど、ブー! はずれ!」
スシはびびりまくった。
「箱の中にいたのはキラ1人。化身してないから、はずれ!」
スシは、今度は崩れ落ちなかった。
「そんなバカな! カニくんだって本物だし! オロネさん、クロハさん、キラさんが全員本物って、じゃあ、部屋の中の化身って一体誰だったのさ! 最初から誰も化身はいなかったの? この勝負、そんなんでいいの?」
「キラだけど、スシくん、そう興奮しないで」
「説明を求めたい! この企画の内容を、もう1回スシに説明してください!」
スシの隣に座っていたキクハ教諭が、そっと席を立った。
「え」
「スシくん、惜しかった! じゃじゃじゃじゃーん、正解はね、」
スシは息をのんだ。
「スシくん、正解はなんというか」
スシはこけそうになった。
「あああキクハ先生、そこで引っ張らないでください」
キクハ教諭はブラウスのボタンを二つ外し、隙間に指を2本入れて、器用に肩ストラップレスのフロントホックブラを抜き取った。
ふるふるん
キクハ教諭は左足のつま先を中心にして、バレリーナのように1回転した。ブラウスのボタンを元に戻した。アップの髪を、クロハが準備していたヘアブラシと蒸しタオルで、いつものストレートに戻し、前髪を七三に整えた。
「正解は、キクハ教諭(中身マヤ)に化身していたマヤが、化身だったんですよお!」
マヤは、慈愛に満ちたまなざしでスシを見つめた。
スシは、最終的に崩れ落ちた。完敗だった。意識が遠のきかけたスシを、マヤが優しく抱き起こした。
スシはフヌケになったまま、会長席へと戻された。
役員一同は、勝負の感想を述べ合ったり、和気あいあいと談笑した。マヤは、フロントホックブラを後ろ手に持ち、付け直すタイミングを計っていた。
「キラだけど、あたしはスシくんが果たし状を読んだとき『部屋には本物3人もいる』ってちゃんと言ったでしょ。化身1人と本物3人、女子役員が4人にならないまま勝負が終わることはないと、読んでくれなくちゃ」
化身もせず、勝負への貢献度も高いと言えないキラだが、女子チームが勝負に勝ったのをいいことに絶好調だった。スシは反論することもできず、うなだれていた。
「マヤとしては、音楽準備室でサンダルをフラットシューズに履き替えるのをスシくんに気づかせなかったことで、いけると思いました。本物のキクハ先生だったら、あそこでハイヒールを履かないと、スシくんと同じ背丈にはならないんですよね。生徒会室に来てしまえば、椅子に座るし机があるから足元は見えにくくなるしで、こっちのものだなと」
会長席のスシが、フニャフニャと話し始めた。
「質問に対して1人だけ真実を言うというのは、キクハ教諭(中身マヤ)も含めて考えないといけなかったんですね。カニくんがルール説明で『ボクが聞いたとき生徒会室にいる人の中で、誰が化身かを当ててください』と言ったのは、化身している人が最初は生徒会室にいないという意味だったんですね。そういうのを何一つわからず、それなのにオレは自慢気に。恥ずかしい」
「マヤですけど、こっちは寄ってたかってやっていて、それをスシくんは1人で受けて立ってくれたのですから。立派です」
「今回の作戦を立案したのは誰なんですか?」
「そうですねえ、クロハでしょうか」
「そう言われたクロハだけど、オロネちゃんかな?」
「そう言われたオロネだけど、マヤちゃんだったり」
「スシですけど、誰か1人は真実を言っているわけですね?」
マヤは愁いをたたえた目で、窓の外を見やった。
「マヤとしては、女子の結束とスシくんの彼女という立場との板ばさみに苦しみました」
「と言うことは、作戦はマヤさんが考えたんですね?」
マヤは「バレてしまいました」という顔をした。
「マヤさん、板ばさみに苦しんだと言いつつ、けっこうニコニコしてますね?」
「苦しんだのは本当です。でもマヤ個人として、相手がスシくんだからこそ真剣に戦いたかったのです。決してスシくんが憎かったわけではありません。それはわかってください」
「憎いとか憎くないとか、そんなこと思いませんて。オレ、自分でキクハ教諭(中身マヤ)を生徒会室に呼び寄せたから、キクハ教諭(中身マヤ)が女子チームの一員だと気づかないままでした。でも、もしオレがキクハ教諭(中身マヤ)を生徒会室に呼ぼうとしなかったら、マヤさんの作戦は崩壊したとも思えますけど」
「スシくんは、自分が勝ったことの証人が欲しいから、絶対キクハ教諭(中身マヤ)を生徒会室に誘うと思っていました」
「ぎゃふん」
「それに、誘われなくてもわたしは何か口実をつけて、勝手に生徒会室に移動するつもりでした」
「参りました」
スシは、やっぱりマヤには勝てないと思った。だんだんすがすがしくなってきた。
スシの質問に、真実を答えた1人がそれぞれ誰だったかは、以下の通り。
①みなさんはいま、化身していますか?
オロネ「オロネは、化身してるね」→ × オロネは本人だったので嘘。
クロハ「クロハは、化身してるよ」→ × クロハは本人だったので嘘。
キラ「箱の中の人は、化身していません」→ ○ キラは本人だったので真実。
キクハ教諭(中身マヤ)「実は女子じゃなくて、カニくんやスシくんが化身だった」→ × カニとスシは本人だったので嘘。
②デートでパートナーが買ってくるとうれしい飲み物は?
クロハ「クロハはね、200円くらいの細い缶/は、やめて。自販機130円くらいの、普通のにして」→ ○ クロハは「デートのときにエナジードリンク系は、人前で何か違う意味を感じさせそうでイヤ」とのこと。真実。
オロネ「オロネはね、スシくんが買ってきてくれたものなら、真夏でのどが渇いているときのアツアツのコーンポタージュ以外は全部飲むよ」→ × オロネは「スシが買ってきてくれたものなら、たとえ真夏でのどが渇いているときのアツアツのコーンポタージュでもありがたく飲むよ。冷ましてから」とのことなので嘘。質問されたとき舌をペロッと出したのは「あたしはなんでも飲むのに」という意味だそう。
キラ「箱の中の人はね、お金はいつも自分で払う。高校生になってから、自販機で物を買うときに人にお金を出させたことはない。人というのは家族も含めてね」→ × キラは継父に自販機飲料のお金を出してもらったことがある(「生徒会、ないしょの欠員1」3章の3)。嘘。
キクハ教諭(中身マヤ)「キクハ教諭はね、コールドのミルクティーでお願いします」→× キクハ本人は「わたしはそういうときハーブティー系がうれしいかな」とのことなので、嘘。「コールドのミルクティー」は、キクハの好みを知らないマヤが単に自分の好みを言っただけ。マヤはクロハが真実を答えたので嘘を答えなければならなかったが、偶然キクハの好みと重ならなかったので結果オーライ。スシくん、マヤのこの答えは覚えておいて実際デートするときに役立ててね。
③マヤさんは、今どこにいますか?
クロハ「安土桃山城に行った」→ × マヤが城に興味があるというのも含めて嘘。
オロネ「マヤちゃんは、泥縄第一高校の生徒会長に出すためのお菓子を買いに行ったね」→ × お菓子は前から準備してあるので嘘。
キラ「箱の中の人が言います。体育館ステージ下の秘密化身室」→ × 単なる嘘。
キクハ教諭(中身マヤ)「キクハ教諭は思うんだけど、マヤさんは副会長なんだから、会長のスシくんの隣にいるもんじゃないの?」→ ○ マヤはスシの隣にいたキクハ教諭に化身していたので、真実。
カニが生徒会室に戻って来たので、クロハが勝負イベントの閉会宣言を始めた。
「クロハからスシくんへ。わたしらが勝ったので、これからスシくんに要求をします」
「スシとしては、勝ったあとに要求を発表するというのも、どうかと思うけど。あと出しジャンケンで、めちゃめちゃ要求が増大しないといいけど」
「まあ、そんな生殺与奪の権を与えろとかの要求じゃないから。マヤを除く女子役員から一つずつ要求します」
スシは「マヤさんは要求しないでいてくれるのか。やっぱりマヤさんは鬼でなく天使だ」と思った。マヤはスシの彼女という立場から、周りの尻馬に乗ってスシに要求することを控えただけで、言いたいことが全くないわけではなかった。
「クロハから。まもなく化身が再び必要になる事態が訪れます。スシくんは『もう化身しなくてよくなった』と緩みすぎです。危機に備えて、常に牙を磨くことをおろそかにしないでください」
「スシですけど、もはや予告と言ってもいいフリですね? 化身はまた必要になるんですか? そういうことなら、オレも気をつけてやっていこうと思いますけど」
スシは「クロハさんは、オレのことをいろいろ考えてくれているんだなあ」と感動した。
マヤ・クロハ・オロネの前髪は、あまり手のかからない七三と真ん中分けのツーパターンしかない。女子役員相互の化身をやりやすくするためと、スシは聞かされていた。ところが化身の日々が終わっても3人は前髪をシンプルなままにしているので、スシは不思議に思っていた。
スシは、3人が再び化身の日々が始まることに備えてのことと気づき「3人ともオレと違ってなんて立派なのだろう」と感服した。
「オロネから。スシくん、スピードが求められる局面では、スシくんがある程度考えて、役員に先んじて行動するようにしてください。役員全員の意見の一致を見てからでは、身動きが取れなくなる恐れもあります。リーダーシップを持ってください。今のスシくんはたるみすぎです。あたしはこんなたるんだ人を、後期会長選挙で死ぬ気で応援したのではありません。それに、スシくんは後期会長選挙でクロハちゃん、マヤちゃん(クロハ会長(中身マヤ)として立候補)、キラちゃんを下したわけです。その3人がスシくんにどうやってほしいかも考えるべきです。より一層の奮闘を望みます」
スシは、選挙戦でオロネがしてくれた、握手会やキスマーク入りチラシばらまきなどの常軌を逸した応援を思い出して、あらためて感激した。
「オロネさん、厳しい言葉でオレを励ましてくれているんですね。ありがとうございます。オロネさんの思いは無にしません。あの、オレにリーダーシップを持てということは、オロネさんはオレがこうしろって言ったらしてくれるんでしょうか?」
「時と場合によります。変な決定を勝手にしたら糾弾します。まあ、スシくんがあたしに抱っこしてほしいときは、抱っこくらいまでならしてあげます」
マヤが「え」という顔でオロネを見た。
「キラの要求は次の通りです。あたしが化身の習得に努力するのを笑わないでください。あたしは役員全員に化身できるようになれないかもしれないけど、誰か1人にでも化身できる実力がついたら、化身の仲間に入れてください」
「キラさんは化身に一生懸命なんだね。『早めに別の道を』とか言って、オレが悪かった。キラさんはもう生徒会の仲間だから、当然化身の仲間でもあるよね。秘密も知っているんだし。誰か1人にでも化身できるようになったら、すごく助かるよ。頑張ってください」
「はい!」
うれしそうに返事をしたキラだが、さっきからマヤが後ろ手にブラを持ったままなのが気になっていた。
「キラさん、どうしたの?」
「うん、その、」
キラはチラッチラッとマヤを見た。マヤは髪と顔の化身解除はしたものの制服には着替えず、キクハから借りた私物ブラウスのままだ。マヤがそのまま何気なくスシに歩み寄ろうとしたところ、キラは慌ててマヤとスシの間に体をねじ入れた。無理に入ったので、スシとキラが接触スレスレの位置関係になった。
「ちょっと、キラさん、どうしたの?」
「・・・」
マヤは、ブラウスのボタンを二つ外しただけでブラを引き抜くことができたわけだから、当然インナーを着けていない。キラはこんな薄手のブラウスでノーブラのマヤを、スシの視線からブロックしようとしたのだ。
(あぶないあぶない。マヤちゃんの透けバストトップが見えちゃうのもまずいし、それでスシくんがポワーンとなっちゃうのもイヤだし)
スシが後ろに下がってキラと距離を取り、マヤもキラから少し離れた。
(え、えーっ!)
マヤのブラウスの両胸にニプレスが浮かび上がっているのが見えて、キラは愕然とした。
(マヤちゃん、何そんなの貼ってるの! それってブラ外すことを計算に入れて、あらかじめ備えてたってこと?)
スシの彼女の座を狙うキラにとって、マヤは目の上のたんこぶ。それゆえキラは心の中で「マヤちゃん、スシくんへの大胆攻撃。でもちょっとやりすぎじゃないの?」と毒づいてみたが、ブラを外すことを前提に化身の衣装を考えるマヤに、第一線のコスプレイヤーとしての気概を見ないわけにいかなかった。
(キラ思うに、オロネちゃんの彼氏のカニくんは、マヤちゃんがこうすることがわかっていて生徒会室を出て行ったのね。紳士だわ)
マヤがキラを「キラちゃん驚き終わりました? もう何か言ってもいいでしょうか?」みたいな顔で見た。キラは苦笑いをした。
「マヤです。わたしからスシくんに特に要求はないですが、スシくんがわたしに頼みたいことはありますか?」
スシは目を輝かせた。
「スシですけど、それじゃあぜひ『いつものやつ』をやってください」
マヤは「え? あれをやるんですか?」という戸惑いの表情を見せた。
スシは「いつものやつ」を激しく期待して、すでに頬を紅潮させている。
マヤはそんなスシを見て、何も言わずに「いつものやつ」をやることにした。
「わかりました。『いつものやつ』をやります。やるとして、うーん、では何をスシくんに押し付け、いえ、頼むことにしましょうか」
「後期の生徒会長を勤め上げてほしい、みたいなのでどうですかね」
マヤは前期、しょっちゅうクロハ会長(中身マヤ)に化身して会長不在の穴を埋めていた。立場上スシに頼みごとをする機会も多かったが、マヤの姿でなくクロハ会長(中身マヤ)の姿で頼むときはだまし討ちやむちゃぶりで有無を言わせず、マヤ本人として頼むときは丁寧な手順を踏んでいた。中身は同じ人間なのに、スシに頼む内容も大差ないのに、どうしてなのだろうか。
スシもまた、同じようなことでもマヤが頼めば一も二もなく引き受け、クロハ会長(中身マヤ)だと文句を言ったり他を当たるよう主張したりして、すんなり引き受けなかった。
スシもそのあたりはヘンといえばヘンだった。
マヤの「いつものやつ」というのは、マヤがスシにものを頼むときの、丁寧なお願いのやり方を指している。
「スシくん、長めと短めと、どっちがいいですか?」
「マヤさんが大変じゃなかったら、長めで」
「わかりました。いきます。スシくん、生徒会長を引き継いで18日たちましたね。スシくんが後期の生徒会長を勤めていくにあたっては、ときには傷つき、ときには傷つき」
「あのう、マヤさん、どっちかは『ときには喜び』では?」
「そうでした。ときには喜び、悩み、驚き、怒り、苦しみ、腐り、もう1回傷つき」
「マヤさん、すごいネガティブ単語の羅列になってます」
「そうですね。ちょっと尺を楽に稼ごうとしてしまいました、すみません。続きです。そして、スシくんが道のりをどう歩んでいけばいいか、迷うこともあるかと思います。でも心配しないでください。スシくんはひとりではありません。スシくんには仲間がいます。前期執行部で経験を積んだ仲間。そして、前期は別の分野で活躍していて新たに加わった仲間。合わせて5人の素晴らしい仲間が」
「新たに加わった仲間っていうのが、キラさんなんですね」
「困難が待っているかもしれません。でもそれを乗り越えて、後期の生徒会長を勤め上げてください。お願いします」
「はいっ!」
スシが元気よく返事した。
オロネとキラが拍手した。
キラが、再びマヤとスシの間に割って入った。
「はいはい、よかった、よかった。これで、マヤちゃんの『ブラ引き抜きスピード化身解除』と『いつものやつ』という、泥縄第二高校生徒会執行部の2大名物を見せてもらったわ。名物といっても片方は化身関連だからトップシークレットなのよね。でもスシくんは『いつものやつ』が出ると、本当にガラっと変わるのね」
「スシとしては、『いつものやつ』をやってもらうと調子出るというか、あるとなしでは大違いなんだよ」
キラは「スシくんって、けっこう単純だなあ」という顔をした。
誰言うともなく、円陣の態勢になった。
「後期、生徒会長になりましたスシです。よろしくお願いします! クロハ再選のその日まで! おっと、これは前期の決めゼリフでした! 後期は、うーん、何を言いましょうか。おいおい考えるとして、とにかく泥縄第二高校後期生徒会執行部、頑張っていきましょう! オー!」
「オー!」
円陣が解けてスシは「いい汗かいた」と、ほっこりした。
泥縄第二高校、後期生徒会執行部。
新しい化身メンバーも加わった。
一度は終わったと思った化身の日々が、いま再び幕を開けようとしていた。
スシは、仲間を見つめた。
(ここらへんで、オレが作った泥縄第二高校校歌を脳内再生。♪ガラス越しの君の瞳~、んでもっていい感じに。・・・。あれ? そういえば、泥縄第一の生徒会長さんって、結局来ないの?)
スシは、何気なく別区画秘密化身室の方に目をやった。
バーン!
激しい音とともに、いきなり別区画秘密化身室の扉が開いた。
「わー! いったい何ごとだ!」
スシはみっともなくうろたえた。
中から人影が現れた。
「生徒会、ないしょの欠員シリーズ」挿入歌
泥縄第二高校校歌
作詞作曲・生徒作品
(というのは劇中設定。ホントはキュー山はちお作詞作曲、局乙来造(キュー山の別名義)編曲)
ガラス越しの君の瞳
どこかせつなげで
何か手伝えることないかと
言い出していた
違う人になれはしないけど
君思い ひた走ってた春の日
泥縄第二高校
風が君のまぶたなでる
どこかはかなげで
何も言われなくても
わかる気がしてた
ずっとごまかせはしないけど
君思い むちゃぶりこなした夏の日
泥縄第二高校
違う人になれはしないけど
君思い 歌った秋と冬の日
泥縄第二高校
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