1章の6 スシくんにヒントあげてたつもりだったのに
「クロハはね、200円くらいの細い缶」
「ああ、エナジードリンク系か。じゃあ、クロハさんにはそういうの買ってくればいいんだね」
「は《わ》、やめて。自販機だと130円くらいの、普通のにして」
「?」
スシは、クロハの顔をじっと見てみた。
(クロハさんの「普通のにして」は、妙に素っぽかったぞ?)
クロハはバツが悪そうな顔をした。次は机に腰掛けたオロネが答えた。
「オロネはね、スシくんが買ってきてくれたものなら、真夏でのどが渇いているときのアツアツのコーンポタージュ以外は全部飲むよ」
「真夏にそれを探してくるほうが大変そう」
スシはオロネをじっくり見てみた。オロネの態度には、揺るぎない自信のようなものが感じられた。
(オロネさんが言うのは、ホントっぽいけどなあ)
オロネは、スシが目をそらしたのを見計らって、舌をぺろっと出した。スシはそれに気づかなかった。
「箱の中の人はね、お金はいつも自分で払う。高校生になってから、自販機で物を買うときに人にお金を出してもらったことはない。人というのは、家族も含みます」
箱の中の人は、キラの声で答えた。
スシは回答を聞いて「この人はマヤさんではない」と直感した。
箱の中の人はキラの声を出している。キラ本人かキラ書記長(中身マヤ)であることが濃厚だが、キラの声を使う以上はキラの人となりに合わせて答えなくてはならない。キラ本人が自分のエピソードを基に「人にお金を出してもらったことはない」と答えるのは簡単だろうが、キラの声色を使ったキラ書記長(中身マヤ)だとしたら、そう答えるのは簡単ではない。他人であれば、キラが高校生になってから自販機で家族にすらお金を出させていないなどと、普通はわからないからだ。
(箱の中の人がマヤさんであれば、いくらキラさんについて何かしら嘘を言わなくてはならないとしても、キラさん本人の生き方を否定しかねない危険なエピソードを捏造してまでブッこんで来ないだろう)
「キクハ教諭はね、コールドのミルクティーでお願いします」
「失礼ですが先生には聞いていません」
キクハ教諭はまた、しゅん、となった。
ひとつ思うけど、スシくんはマヤの好みを知った上で、この質問をするべきだったね。
残る質問はひとつ。スシは、マヤについての質問をぶつけて勝負に出た。
「では最後、質問3です。マヤさんは、今どこにいますか?」
生徒会室は「おお~」という空気に包まれた。「スシが初めてまともな質問をした」という反応と、「なかなかの質問じゃない?」という反応が混ざった。
スシには目算があった。
(誰か1人は真実を答える。逆に1人しか真実を言うことはできない。マヤさんが箱の中にいるなら、1人は絶対に「箱の中」と答えなくてはならない。すなわち、誰も「箱の中にいる」と答えないイコール「マヤさんは箱の中にいない」となる)
箱の中にいるのが化身していないキラと断定できれば、正解に大きく近づく。
(そうなれば、化身はオロネ非正規役員かクロハ書記次長に絞られる。また、誰かから「マヤさんは生徒会室にいる」という答えが出れば、マヤさんが生徒会室で誰かに化身していることが確定する。マヤさんならクロハ書記次長(中身マヤ)にもオロネ非正規役員(中身マヤ)にも完璧に化身できるけど、オロネ非正規役員の太ももの感じと、クロハさんを隠そうとするのがオレを惑わすためと考えられることから判断して、マヤさんが化身しているのはオロネ非正規役員(中身マヤ)の方だろう)
クロハとオロネは、どちらが先に質問に答えるか、目くばせでやりとりを続けていた。
「カニだけど、ついにスシくんから本質に迫る質問が出たね。では、女子チームのみなさん、どうぞ」
質問に先に答えることになったのは、クロハだった。
「クロハです。マヤは安土桃山城に行った。マヤは最近、城に興味があるって言ってた」
「クロハさんの言う安土桃山城って、安土城のことか。滋賀県か。ここから遠いなあ、と1回乗っておいて」
「うん」
「安土城はここから遠いという以前に、現存せんわ! 本能寺の変のときに焼かれたわ!」
「ぐはっ!」
クロハは、矢を食らって倒れる小芝居をした。
「だいたい、マヤさんは歴女でもないでしょ! クロハさんフェイクニュース決定!」
「スシくん、さすがマヤの彼氏だけあって、マヤが歴女じゃないことはちゃんと知ってたのね」
「うん」
「いや、念のために言っておくけど、わたしは安土城が現存しないの知ってたからね? ネタだからね?」
スシは、クロハのおちゃめな一面を見た気がした。
オロネが「待ちきれない」というように質問に答えた。
「オロネがスシくんにマヤちゃんの居場所を教えたげます。マヤちゃんは、泥縄第一高校の生徒会長に出すためのお菓子を買いに行ったね」
スシはオロネをじろじろ見た。
(これは、回答としてはとてもホントっぽいが)
スシは、オロネが本当に嘘をついていないか確認しようと、さらに観察してみた。
(なんかオロネさん、ちょっと目が泳いでいるかなあ?)
質問2「買ってきてくれるとうれしい飲み物」の回答のときは「信念の人」みたいだったオロネが、今度はそうでもない。
スシがう~ん、と考え込んでいると、箱の中の人が勝手にしゃべりだした。
「箱の中の人がマヤちゃんの居場所を言います。体育館ステージ下の秘密化身室です。マヤちゃんは以前から、キーキー音を立てる秘密化身室の入り口ドアをなんとかしたかったの。体育館に一般生徒がいるときにもステージ下秘密化身室は使うから、そういうときに音がするのはよくないし。マヤちゃんは開け閉めがスムーズになるよう潤滑スプレーを持っていったの」
「スシ思うに、やたら背景説明とディテールが細かいな。潤滑スプレーで音がしないようにするというのは、よくできた嘘な気もするし、気配りのマヤさんがいかにもやりそうにも思える」
「でしょ?」
「でも、オレとの勝負がかかっているときに、マヤさんはわざわざそんなことしに行くかな? いつでもいいんじゃないかな?」
箱の中の人は黙った。
スシは「結論に近づいた」という顔をした。
(最後の質問に、マヤさんが箱の中にいると言った人はいなかった。マヤさんは箱の中にいないのがはっきりした。マヤさんが生徒会室にいると言った人もいなかった)
スシがカッコつけて「わかりました」と名探偵のような決めセリフを吐こうとしたところへ、スシの隣に座っていたキクハ教諭が割り込んだ。
「キクハ教諭は思うんだけど、マヤさんは副会長なんだから、会長のスシくんの隣にいるもんじゃないの?」
キクハ教諭のポヤーンとしたセリフに、前のめりだったスシは勢いをそがれた。
「今は先生がオレの隣ですけどね」
「そうね」
スシは気を取り直して立ち上がり、カッコつけたふうなポーズをしてみせた。
「キクハ先生、オレの答えは出ました。この勝負、オレが面白いように勝つところを見ててください」
「キクハ教諭は、『面白いように勝つ』という言葉の意味はわからないけど、とにかくすごい自信ね」
審判のカニが「もういいかな?」という顔をして、生徒会室の全員の顔を見回して異論がなさそうなのを確認してから、仕切った。
「カニです。ではスシくん、答えをどうぞ」
と言ったきり、カニは生徒会室から出て行ってしまった。
スシは「あ」と思った。カニがこういう行動を取るときは、たいてい女子の、というよりマヤの、人目をはばからないスピード最優先の派手な化身解除があるのだ。
だがスシは、カニがなぜここでそんな行動に出たのか、全然わからなかった。
勝負はクライマックスを迎えたが、進行役がいなくなり、女子チームのメンバーはおずおずしだしたので、答えを聞かれた立場のスシが自分で仕切った。
「カニくんはどこかへ行ってしまいましたので、スシが発表します」
一同は、スシに注目した。
「この中で化身している人は、」
一同は、さらにスシに注目した。
「後期初の化身をしている人は、」
一同は、一層スシに注目した。
「グレートでナチュラルな化身をしている人は、」
スシの引っ張りすぎで、オロネとクロハがブーブー言い出した。
「ブーブー言われましたので、発表します! 化身していたのは、オロネ非正規役員(中身マヤ)さんです!」
スシは「マヤは安土城に行った」というクロハの答えは、マヤの口からは絶対に出ない性質のもので、それはたとえマヤがクロハ書記次長(中身マヤ)に化身をしていても変わらない、変えられないと考え、クロハは本物と断定した。スシはすごく自信満々だった。
「オロネだけど、ブー! はずれ!」
「え!」
オロネはなぜか、またスカートをぐわっとたくし上げた。いきなりだったので、スシはびびった。
「ほら、スシくん、見覚えない?」
オロネはスカートをたくし上げたままスシに歩み寄り、左太ももの内側にある小さなホクロを見せた。
「あ、」
スシの脳裏に、後期生徒会長選挙のときオロネと2人で秘密化身室に入り、下着姿のオロネに化身を手伝ってもらったシーン(「生徒会、ないしょの欠員1」6章の7)がフラッシュバックした。その映像を振り返ってもスシは正直、オロネの左太もものホクロはわからなかったが、ホクロがなかったらオロネがそんなことを言うわけないので、素直に認めた。
「オロネとしては、スシくんにヒントあげてたつもりだったのに。スカートちょっと上げて、あたしは本物だよって」
スシは、ガックリ崩れ落ちた。
「あなたはオロネさん。本物です」
スシにとって、解答を間違ったことも痛かったが、本物のオロネのことをマヤの化身だと言ってしまったことも、相当なショックだった。
どんよりするスシと対照的に、キクハ教諭がやたらはしゃぎだした。
「キクハ教諭だけど、わあ、スシくん残念! 自信たっぷりだっただけに、痛々しい。でもなんだか、知的エンターテインメントみたいで面白かったわね」
クロハがコホン、と咳払いをした。
「まあスシくん、そう落ち込みなさんな。セカンドチャンスをあげよう!」
「え? いいの?」
「今度はちゃんと答えてね」
スシは「もうけた!」という顔をした。
(誰が化身か、オレは確率五分五分のところまで絞れたはずだから、もう一方を答えればいいだけじゃんか)
スシは再び態度が大きくなった。
「じゃ、じゃあね、さっきのはナシで、もう1回答えを言います。この中で化身している人は、クロハ書記次長(中身マヤ)さんです!」
スシを除く全員が「それでいいの?」という顔をした。
「クロハだけど、ブー! はずれ!」
「え!」
クロハは、オロネの後ろからスシの目の前へと踊り出た。自分が着ていたブレザーのジャケットを脱いでそのままスシに羽織らせ、自分は左足のつま先を軸にゆっくり1回転。いつもと同じ169センチ、いつもと同じ肩幅、いつもと同じクロハの肢体をスシに見せつけた。
スシはまたガックリ崩れ落ちた。
クロハは生徒会室の隅に移動して、スシに手招きをした。スシはおろおろとクロハのところまで歩いた。クロハとスシは一同に背中を向けて、並んで立った。
クロハはシャツのボタンを上から二つ外し、少しはだけるようにして、スシからブラが見えやすいようにした。
「クロハさん、クロハさんってば。もうあなたがクロハさんだというのはわかったから! そこまで見せなくても!」
「身長で『キラちゃんがわたしに化身していない』と証明できるけど、『マヤがわたしに化身していない』というのは、こうしないと証明できないから」
なるべくクロハの方を見ないようにしていたスシだが、クロハがしつこくブラを指さすのと、このままでは話が先に進まないのとで、おそるおそる見てみた。
クロハが身に着けていたのはノーマルの3/4カップブラ。カップもめくって見せてもらって、バストサイズの細工が一切されていないこともわかった。Dカップのマヤがクロハに化身していないことの証明終了。
スシはまたまたガックリ崩れ落ちた。連敗。
スシは倒れそうになりながらも、声を絞り出した。
「あ、あなたはクロハさん。本物です」
スシにとって、解答を2度間違ったことも痛かったが、本物のクロハのことをマヤの化身だと言ってしまい、マヤに関して2度も間違ってしまったのは相当なショックだった。
クロハはブラを整えてから、シャツのボタンを元に戻した。
「クロハだけど、さあスシくん、ラストチャンスをあげよう!」
「えっ、いいの? もう残り1人なのにいいの?」
スシはバラ色の笑顔になった。