3章の4 オレらが代わりに、言い方を工夫して言ってやるから
クモル書記長(中身スシ)からワイヤレスマイクを受け取った生徒は、静かに話し始めた。
「3年のスユニといいます。スハさん、このたびは生徒会長就任おめでとうございます。泥縄第一高校の生徒会長は近年、なかなか引き受け手がなく、生徒の間で押し付け合いとなることも珍しくないと聞き及んでおります。そんな中、スハさんが生徒会長に手を挙げられ、すんなりと決定したことは、会長選任の議論を短縮できたという点からすれば喜ばしいことであります」
クモル書記長(中身スシ)は「えっ?」と思った。スハが生徒会長に手を挙げたという事実はないように聞いていたからだ。
(クモル書記長(中身スシ)思うに、喜ばしいなら喜んでおいてよ。オレ役員席に戻りたいから、話を終わらせてマイク戻してよ)
「スユニとして、喜ばしいことではありますが、果たして中学・高校6学年分の生徒会長を1人で兼任することは、権力の独占という観点から、いいことと言えるでしょうか。それに今回は前期役員がスハさんを事実上後継指名した、と聞いています。一般生徒にとって透明な手続きとは言えない部分もあるように思えます」
体育館のステージに近い隅に長机2脚で設けられた役員席で、スハは「それであなたは何が言いたいのでしょう」という顔でスユニを見ていた。
スユニの隣で身を低くして話を聞いていたクモル書記長(中身スシ)は、スユニがやっかいなことを言い出したと直感した。
「懸念はこれに留まるものではありません。生徒会規約の上からは、生徒会長定数1と立候補者数1が同数の場合でも、信任投票の選挙をすることと決められていますが、今回選挙が行われた形跡がありません。これは問題であると言えないでしょうか」
1年生の1年間泥縄第一高校に通ったスシ(いまクモル書記長(中身スシ)化身)は、立候補1の信任投票は有名無実化して近年行われていないことを知っていた。
(今年に限って何を言い出すのさ。ああ、自分らが生徒会長になるのは嫌だけど15歳が就任するとも思っていなかった守旧勢力による、言いがかり、いちゃもんなんだろうか?)
クモル書記長(中身スシ)は、スユニの顔をじろじろ見た。本物のクモルだったら絶対しないという、じろじろぶりだ。スユニが選挙未実施によるスハの立場無効まで主張すると大変なので、クモル書記長(中身スシ)はスユニをガン見して圧をかけた。
「スユニです。今はこれくらいにしておきますが、本日の議事の進行ぶりなどを見せてもらって、生徒会執行部の運営に問題があると当方が判断した場合には、またあとで関連動議を出しますので、そのつもりでいてください」
(何それ。何予告してくれてんの、この人?)
スシは、スユニから戻されたワイヤレスマイクを持って、スハとクモヤ副会長(中身マヤ)の役員席に復帰した。
役員の「生徒総会無風」の観測は裏切られた。会場の様子からは「生徒会長が飛び級高1実質中3なのは、言っても仕方がないことだ」というムードもあるし、一方でスユニに心情的なシンパシーを抱く者が少なくないようにも見受けられた。
スハが生徒会長をやることに問題があるのかないのか。問題があるとしたら、どうしてほしいのか。議論の入り口と出口がはっきりしないまま、役員3人は波乱含みの生徒総会の荒海に投げ出された。
開会あいさつに続く議事の2番目、運動部・文化部の活動報告が始まった。トップバッターの陸上部長がステージに上がり、演台の前で話し始めた。
「陸上部長です。活動報告の前に連絡させていただきます。陸上部の男子のハンマー投げの選手が1人、秋のインターハイ代替大会に出場が決まりまして、今、生徒総会をやっているこのさなかにもグラウンドで練習をしております。生徒のみなさんがここに1か所に集まっていてグラウンドに誰もいないので、思い切り投げられて普段より練習しやすいと申しております。本来は当人も生徒総会に参加してから練習するべきなのかもしれませんが、大会直近という事情をかんがみて、何とぞ温かい目で見ていただきますようお願いします」
役員席ではスハ、クモヤ副会長(中身マヤ)、クモル書記長(中身スシ)が、スユニの発言を巡って対応を協議していた。
「ひそひそ、スハですけど。困ったことになりました。でも、わたしだって好きで高校の生徒会長になったわけじゃないんですけどね」
「ひそひそ、クモヤ副会長(中身マヤ)ですけど、なるべく会長の立場無効を持ち出されないように誘導しましょう。それでも食い止められなくて会長選出の経緯検証の動議などを出されたら『もう会長は決定済みだから、それでやっていくしかない。そもそも生徒総会で動議を出したくらいでは会長を解任できない、生徒会規約上の根拠がない』と正論で押し切ったらどうでしょう」
「ひそひそ、クモル書記長(中身スシ)だけど、毎年立候補1人でも信任投票の選挙なんて実際やってないじゃん。信任投票なんかやって、たった1人の候補が不信任で落ちたら、生徒会長が空席になっちゃうじゃん。今年に限って、自分らが認めたくない候補が会長になったとたんにそんなことを言い出すのは、アンフェアだ」
スハが、クモル書記長(中身スシ)をじっと見つめた。
「ひそひそ、クモル書記次長(中身スシ)思うに、オレらはきょう一日でお役ご免だけど、スハさんはそうじゃない。この件はスハさんの生徒会長としての正統性が揺ぎないものになるよう持っていこう。『会長を押し付けたのはそっちだろ』とか、スハさんが一般生徒に言ってやりたいこともあるでしょ? でも、立場上言えなかったりするでしょ? そういうの、オレらが代わりに、言い方を工夫して言ってやるから。生徒会規約を隅から隅まで探して、あいつの言いなりにならないで済む方法を考えるよ」
スハが、またクモル書記長(中身スシ)をじっと見つめた。クモル書記長(中身スシ)の言うことに、というより中身のスシの言っていることに感じ入っているのが丸わかりだった。
(クモヤ副会長(中身マヤ)ですけど。スシくんのこういうナイト的言動で女の子がポーッとなっちゃうの、泥縄第二の会長選挙からキラちゃんが撤退したときに似ています。あのとき以来キラちゃんはスシくんに入れあげているわけで。スシくんの彼女という立場のわたしとしては、スハさんがこんなふうなのはもちろん困る部分もありますよ。でもこういうことを一生懸命言ってしまうのが、スシくんのスシくんらしさでもあるんですよね)
スハがクモル書記長(中身スシ)に耳打ちした。
「ひそひそ、スハです。クモル書記長(中身スシ)、生徒会規約なんですけど、今の泥縄第一高校の生徒手帳には、抜粋しか入っていないから、全部見ようと思ったら資料がいりますよね? 実は後期が始まってすぐ、生徒会室の棚にあった過去の活動記録や生徒会規約の改正履歴の資料なんかを、グラウンド奥の旧校舎2階、東側の隅の空き教室に移したんです」
クモル書記長(中身スシ)がスハに耳打ちし返した。
「ひそひそ、奥の旧校舎って、泥縄第一高校の校舎が建て替えになったあとも残されて、その後も少しの間使われていたという創立以来の木造建築?」
スハがクモル書記長(中身スシ)に耳打ちし返した。
「ひそひそ、そうです。ドアは開き戸が1か所しかない教室です。もし教室に入っている間に開き戸が開かなくなっても、ドアの上の欄間に高さ15センチの縦開きの窓があります」
クモル書記長(中身スシ)がスハに耳打ちし返した。
「ひそひそ、じゃあ、いざとなったらそこから脱出すればいいんだね」
スハがクモル書記長(中身スシ)に耳打ちし返した。
「ひそひそ、いえ、人はとてもそこから出入りできませんけど、物は出し入れできるので、外の人に資料を渡すことは可能です。ドアが開かなくなって教室から出られなくなった場合、窓から1階の庇と屋上からの雨どいが見えるので脱出に使いたくなりますけど、古くてボロくて危険なので絶対に足をかけないでください。出られなくなったら窓の外からはしごを架けて救出しますから、それまで待ってください」
クモル書記長(中身スシ)がスハに耳打ちし返した。
「ひそひそ、なんでそこまで指示が具体的なの? ドアはほぼ開かなくなるの? 不吉だな。でもまあいいや。オレが旧校舎の空き教室までひとっ走り資料を取りに行ってくるよ」
スハとクモル書記長(中身スシ)が交互にポジションチェンジを繰り返しながら耳打ちし合う様子は、とても仲よさそうだった。クモヤ副会長(中身マヤ)はそれを平然な顔で目にしながら、実は心で紅蓮の炎を燃やしていた。嫉妬というあまりいいとは言えない感情からのものだが、マヤの心理のビジュアル描写は絵面だけ見ればとても華があった。
クモル書記長(中身スシ)には、クモヤ副会長(中身マヤ)の心の炎が見えたように思えて「げっ」と声を漏らした。