第2話 魔王とスインシー
「勇者到達まではまだ数日はかかるだろう。
それまでに戦力の補填を頼むぞ。ベウコレーシャ。」
今さら魔物を増やしたところで無駄だろうが一応言っておく。
「はっ。お任せを!」
「俺…いや我はしばし休息をとる。浴場の準備をしてくれ。スインシー。」
「はーい♡」
尻尾を振りながら広間を出ていくスインシー。
水を操ることのできる彼女の仕事の一つは湯沸かしだ。
魔王になって唯一の楽しみが入浴なので、大変ありがたい。
魔族は食事や娯楽に興味がないらしく、俺にとって魔王城の居心地は悪い。
こう考えると、やっぱり中身は人間なんだなぁ。俺。
人間の異世界だろうが何だろうが、人間の社会で生きたい…。
元の世界で死ぬまではそんなこと思った試しはなかったが。
程なくして準備ができたと呼ばれ、俺以外の誰も使うことのない風呂に浸かる。
「お湯加減どうです? 魔王様。」
扉の向こうからスインシーの声が聞こえる。
ああ、ちょうどいいよ。と答えると
「スインシーも一緒に入っていいですか? お背中お流ししますので!」
「! ?」
いや、それはまずいのでは!?
「もう来ちゃいましたー」
と、スインシーは勢いよく中に入ってくる。全裸だ!
「ちょ…! 待って、まだ俺たちそういう関係じゃ…。」
前を隠しながら俺が慌てると、
キョトンとした顔でスインシーが首を傾げる。
「魔王様のお世話をするのは配下として当然のちゅとめです。」
……それもそうか。
いきなり玉座に座らされ、権力を実感しないままゲーム感覚で魔王をやっていたけど、
一応俺って王様なんだよね。
だからこの魔族っ娘を好きにしても…。
「じゃ、じゃあとりあえず一緒に入ろうか。お風呂。」
「はい♡ 失礼します♡」
チャポン、と俺のすぐ横に凹凸のしっかりついた体が浸かる。
「!」
やわらかい!
肘に胸の膨らみが触れ、とっさに体を離してしまった。
「魔王様、どうしました?」
顔を覗き込まれ、首ごと目を背ける。本当は食い入るように見つめたいけど。
俺が美少女と混浴してる…!
部屋でゲームばかりしていたあの頃では考えられなかったことだ。
ドキドキドキ…心臓が痛いほどに脈打つ。
今までで一番生きてるって気がする。俺がここにいるのって夢じゃないんだ…。
この異世界が現実のものでないなら好きにしてしまえという感覚と、
嫌われないよう慎重に行動せよという心の声が喧嘩し、体が硬直する。
すると細い腕が、鍛えた覚えのない俺の逞しい腕に絡んでくる。
「魔王様、何か悩んでいらっしゃいますか?」
いつもより少しトーンの落ち着いたスインシーの声。
「まだ、この世界には慣れませんか?」
「え?」
あれ、今のって…俺が元々ここで生まれたわけじゃないって知ってる?
「魔王様もスインシーも、ここに本当に存在しています。
この身体でよければ、迷いを晴らすためにお使いください。」
押し付けられた胸から、トクントクンと小さな振動が伝わる。
考えることが多くなりすぎて、刺激的すぎて、頭がショートしそうだ。
「魔王様…。」
俺の首筋に柔らかい唇が触れた。もう何も考えられない。
「スインシー!」
水しぶきをあげながら、スインシーに抱きつく。
だがその時、ダダダダッバン! …と、
廊下を走り浴室の扉を開け放つ音が聞こえた。
「魔王様、失礼致します!!」
ベウコレーシャだ。
「な、何事だ!」
咄嗟にスインシーをグイっと後ろに隠して叫ぶ。
「勇者めが飛空挺を手に入れ、予定より到着が早まったとの連絡があり…その…」
やや言いづらそうにベウコレーシャは続ける。
「すでに城に侵入されました!」