表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
E.S.P  作者: あろー
1/1

エスパー転生

「清水くんっ!」

 ぽかぽかと暖かな陽気のお昼時、ふと名前を呼ばれた気がして周囲を見る。

 右見て、左見て・・・なんだ、気のせいか。

「なんで行っちゃうの!後ろだよ後ろ!」

「あぁ・・・ごめん」

 ぼんやりしながら振り返ると、そこに立っていたのは。

「・・・・・・・・・」

 誰だっけ。いや、違うんだ、見覚えはある。

 つい先日までクラスメイトだった女子だ。

 つややかな黒髪を肩で切り揃えたボブカット。

 身長はおれより少し低いくらいだから、160あるかないかくらい。

 ちょっと太めの眉毛と大きな二重の瞳が印象的な・・・えぇと。

 そうそう、学級委員長を務めていた人だ。

「・・・な、なによ?」

 おっと、めっちゃガン見してしまった。

「いや、どしたの?委員長」

「どうしたってわけじゃないけど・・・たまたま見かけたから」

 ちなみにおれと委員長は、学校でほとんど接点などない。

 にも関わらず、わざわざ声を上げてまで呼び止めたのか?

「それは、なんていうか・・・どうも」

「えっ、う、うん・・・どうも?」

 人通りの中、ぽっかりと空いたようなスペースで、委員長と2人、お辞儀合戦。

 いや、なんだこれ。

「・・・ていうか、なんで制服?」

 そう、実はずっと気になっていた。

 委員長が着ているのは、おれたちの高校の制服。

 だがしかし、おれの記憶が正しければ、おれたちはつい先日、その高校を卒業したはずだ。

「うっ・・・ど、どうだっていいでしょ!」

 うん、まぁ、おっしゃる通りなんだけども。

 でもそんな赤面するほどのことでもないような?

「べ、べつに、間違ったわけじゃないのよ!?ただ、ちょっと、なんていうか・・・」

 いやほんとそこまで知りたかったわけじゃないんだけど、ここまで見事に自爆されてしまうと、こっちが申し訳なくなるっていうか。

「・・・うん、ごめん」

 思わず謝罪も漏れようというものだよ。

「な、なにがっ!?別になにもないでしょ!?」

「あぁ、うん・・・ごめん」

「だ、だからっ・・・!」

 いやどうしたらいいん?これ。

 コミュ障には難易度高すぎ。

 とかなんとか、内心テンパってたら、ふと足になにかがぶつかる感触。

「ん?」

 なんだろう、と見下ろせば、そこには推定5~6歳くらいの女の子。

「ご、ごめんなさい」

「あぁ、いや・・・」

 よそ見でもしててぶつかったのかな。

 ていうかおれたちがこんな所で突っ立ってるのが悪いなこれ。

「こっちこそ・・・」

 ごめん、と続けようとした、その時だった。

「危ない、逃げろ!!!」

「え?」

 突如響いた大声に周囲を見回すも、特に危なそうな物は見られない。

 ただ周囲の人たちがそろって上を仰ぎながら、おれたちの周囲を離れていく。

 同時にふっと影がさして・・・上?

「「「っ!?」」」

 おれ、委員長、少女。3人ほぼ同時に上を見上げた。

 そこには落下してくる巨大な金属製のカゴのようなもの。

 高層ビルの窓ふきとかで使うアレだ。アレが落ちてくる。

 もう数秒後には地面に到着するだろう。

 今からどんなに頑張ったところで、逃げおおせるとは思えない。

 それはいい。別におれ一人ならいいんだ。

 問題は隣に立つ委員長、そして足元に立つ少女。

 両者ともに呆然と目を見開いて、落ちてくるカゴを見つめるばかり。

 ・・・・・・・・・ごめん、委員長。

 心の中で謝りながら、おれは少女に向けて、『力』を放った。

 少女の体が人ごみの中へ飛んでいくのと、目の前が真っ暗になるのは、ほぼ同時だった。





 暗闇の中、体がゆらゆらと揺れている。

 ここはどこだろう・・・水の、中?

 とりあえず手を動かしてみるも、どうにもうまくいかない。

 腕と肩に巨大なウェイトでもつけられているような・・・いや、つけたことないけどね。

 足もほとんど同じような感じ・・・というか、とにかく暗すぎてなにも見えない。

 いったいなにがどうなったんだ?

 委員長と話してたら、いきなり上からカゴが落ちてきて・・・おれ、生きてるのか?

 いや、とてもじゃないけど、あの状況で助かるとは思えない。

 カゴはかなり大きかったし、完全に直撃コースだったはずだ。

 でも、だったらここは・・・うっ?

 いよいよ混乱も極まろうかという頃、ようやく視界に光が差した。

 求めていた光ではあるけど、いくらなんでもこれは強烈すぎる。

 かと思えばその光の先から巨大な腕が現れて、おれの両脇に差し込まれた。

 どれくらい巨大かって、二の腕がおれの頭と同じくらい太い。

 なにが起こっているのか、状況もろくに理解できないまま、おれの体は闇の中から引きずり出された。

「〇〇〇〇〇〇〇〇っ」

「〇〇〇〇〇〇っ」

 ・・・・・・・・・え、何語?

 光の中に出ても、視界はいまだぼんやりとゆがんだような状態で、ろくに見えない。

 なんだこれ?ほんとになにが起こってるんだ?


               _________


 なにがなんだかわからないまま、あっという間に3年が過ぎた。

 結論から言おう。

 おれは異世界に転生したらしい。

 現在、おれの体は3歳児。

 最初の闇は、母親の胎内だったようだ。

 いや、異世界転生って、なんか違くない?って、おれも思ったよ。

 テンプレだとこう、女神が出てきて、チート能力とかもらって、みたいな。

 ハッキリ言おう。

 そんなものはなかった。

「はぁ・・・」

 軽くため息などつきつつ、切り株に腰かけて頬杖をつく3歳児。

 なんだこれ。

 自分でも思うけど、なんだこれ。

 なぜおれが3歳にしてこんなに世をはかなんでいるのかといえば、それはここが異世界だと判断した理由に原因がある。

 なんと、この世界には『魔法』があるのだ。

 個々人に備わった『魔力』と『スキル』。

 それに応じて、ほとんどの生物は魔法が使えるのだとか。

 たとえばうちの父親は木こりだが、魔力は持っている。

 というか魔力を持たない生物はほぼ存在しないとのこと。

 さすがにこれはおれも持っている。

 そして父親は『火魔法』というスキルを持っている。

 すると父親は、自身の魔力が許す限り、火魔法を使うことができるのだ。

 しかもこの世界、『鑑定』というスキルを使えば、そういった自身、もしくは他者の能力を確認することができる。

 ゲームかよと。

 RPGゲームかよと、声を大にして言いたい。

 いや、言っても伝わらないから言わないけどね。

 さて、ここまで引っ張って申し訳ないが、こちらがおれの『ステータス』とやらだ。



名前 エルン

年齢 3

レベル 1

クラス 村人

体力 3

筋力 2

魔力 5

知力 17

敏捷 4

器用 9


 ステータス自体は、知力と器用が高めで、他は年齢相当らしい。

 知力に関してはまぁ、中身が18歳だから、こんなものだろう。

 問題は『スキル』だ。


スキル

 鑑定Lv1


 ・・・以上。

 もう1度言おう。

 魔法?そんなものなかった。いいね?

「・・・はぁ・・・」

 これを知ったのがつい先日、3歳の誕生日だ。

 それからため息が止まらない。もうエンドレス。

 父も母もまったく残念がるようなそぶりはなく、それどころか『木こりに魔法なんか必要ないしな、ははは』と言って慰めてくれるくらい。

 うん、まぁ、それはたしかにその通りなんだと思うよ。

 でもさぁ・・・魔法、使ってみたかったじゃん。

 ちなみに『鑑定』は、この世界の人間ならほぼほぼ持っている基本スキルとのこと。

 つまりおれは、チートどころか一般人ということだ。

 ・・・マジで、なんで転生したのこれ?

「ちょっと、エルっ」

「ん・・・」

 自身を呼ぶ声に振り返れば、そこにいたのは隣の家のフィーナ。

 やわらかそうな明るい茶髪を肩の上で切り揃え、大きな緑色の目でこっちをにらんでいる。

 どう見ても幼女だから、まったく迫力はないけど。

「どした?」

「どしたじゃないでしょ!?おじさんが探してたわよっ」

「あー・・・」

 そういえば、もうお昼ご飯の時間か。

「わかった、ありがと」

 つぶやいて、のんびりと切り株から腰を上げる。

「早くしてよ、わたしもお腹すいてるんだからっ」

「あー、はいはい」

 適当にいなしながら、フィーナの後に続く。

 正直おれは、この子とあんまり関わりたくはない。

 なぜかって・・・めっちゃ劣等感を刺激されるからだ。

 うちとフィーナの家は隣同士で、なんと2人は誕生日も同じ。

 同じ日に産まれ、同じ村で育った2人なのに、そのステータスにはあまりにも開きがある。

 ちなみにフィーナのステータスは、こんな感じ。


名前 フィーナ

年齢 3

レベル 1

クラス 村人

体力 29

筋力 36

魔力 48

知力 21

敏捷 27

器用 11


スキル

 火炎魔法Lv5 氷結魔法Lv5 治癒魔法Lv5 鑑定Lv1


 どう見てもチートです。本当にありがとうございました。

 知力と器用こそ同程度ではあるものの、なんとびっくり、全敗である。

 隣の家に同い年でこのステータスがいたら、そりゃ劣等感も刺激されようというものだ。

 それでもまぁ、慰めてくれる両親の存在があるから、まだ救われてるけどね。


             ____________


 おれがこの世界に生を受けて、かれこれ12年が経過した。

 ステータスも少しは伸びてきてるけど、やっぱりことあるごとにフィーナと比べられるから、まったく伸びた気はしない。

 まぁ、別に伸びたところでなにがどうなるわけでもないから、いいんだけどさ。

 でもやっぱり、ステータスの高さは将来の選択肢の多さに繋がるから、低いよりは高い方がいいらしい。

 フィーナくらいになると、将来は国お抱えの『勇者』になるのも夢じゃないんだとか。

 やっぱ勇者とかいるんだ・・・とは思ったけど、それ自体は別に羨ましくもない。

 だって国のお抱えとか、めっちゃめんどくさそう。

 そこはぜひ、フィーナに頑張っていただきたいところだ。

 比しておれはといえば、まぁ、このまま木こりになるのも悪くはないかなぁ、とか。

「エルっ」

 おっと、未来の勇者様のお出ましだ。

「んー、どした?」

「どしたっていうか・・・別に、どうもしないけど・・・」

 こっちとしては距離を取りたいんだけど、フィーナはめっちゃおれに絡んでくる。

 まぁ、ステータスの高さもあって、ほかの子どもたちからは完全に腫物扱いだし、家は隣同士で昔から付き合いがあるし、わからなくもないんだけど。

 それにしても、おれが村のどこにいても必ず発見されるのはどうしたことだろう。

 なんかそういうスキルでも取得したんだろうか?

 試しに鑑定っと。


名前 フィーナ

年齢 12

レベル 1

クラス 村人

体力 78

筋力 90

魔力 107

知力 42

敏捷 69

器用 51


スキル

 火炎魔法Lv5 氷結魔法Lv5 治癒魔法Lv7 鑑定Lv3 隠蔽Lv4 追跡Lv7


「ぶっ」

「ちょっ、き、汚いっ」

 思わず吹いた。追跡て。追跡てなによ。

 しかもLv7になってらっしゃるじゃないですか。

 あとスキルが衝撃的すぎて気付くのが遅れたけど、レベル1のステータスじゃないだろこれ。

 こんな村人がいてたまるか!

「ちょっと、エル!?」

「あ、あぁ、うん・・・いや、ごめん」

 とはいえ追及もできず、とりあえず謝ってしまった。

 この子、どんだけ毎日おれのこと探してんの・・・?

 軽く身の危険を感じるレベルだよ。

 ちなみに比較対象として出しておくと、おれのステータスはこうだ。


名前 エルン

年齢 12

レベル 1

クラス 村人

体力 19

筋力 17

魔力 26

知力 40

敏捷 21

器用 48


スキル

 鑑定Lv9 伐採Lv2 調理Lv1


 はい、すごく、村人です。

 もはやホっとするレベル。

 鑑定だけは、ほかにすることがなくて、この数年ずっと使ってたらLv9になった。

 このおかげで、隠蔽Lv4持ちのフィーナのステータスも見ることができる。

 隠蔽のレベルより低いレベルの鑑定では、ステータスを見られないんだとか。

 フィーナが隠蔽を取得してるのは、まぁ・・・ステータスの高さを隠して、友達が欲しかったんだろうなぁ。

 そう、スキルは取得することができるのだ。

 つまりおれが魔法を使える可能性はまだ残されている!

 ・・・そう思っていた時期が、おれにもありました。

 取得できるスキルは、武技スキル、技能スキルに限るんだってさ・・・

 ようするに、魔法は才能がモノを言うってことだ。

「え、エル?どうしたの?いきなり遠い目になったけど・・・」

「いや、なんでもない・・・なんでもないんだ」

 さすがにね?もうあきらめたよ。

 父さんの言っていた通り、使えなくてもなんら不自由はないし。

 実際問題、以前の世界にそんなものは存在しなかったわけだし。

 だから別に、なんにも気にしてないし・・・

「え、エル・・・?」

 おっと。

「あー、えぇと・・・今日はもう行ったの?」

 いささか強引ではあったけど、とりあえず話題の転換にかかった。

 どこへ行くのかといえば、隣の村だ。

「ううん、これから」

「そか」

 フィーナの家は薬師をしている。

 しかしこの村の周囲は木ばかりで、調剤に必要な薬草は隣村の周辺まで行かないと採取できないのだ。

 以前はフィーナのお父さんがそこまで行っていたが、彼女のステータスが父親を超えたことで、自分からお手伝いと称して立候補したらしい。

 この近隣には危険な獣や魔獣の類もいないとのことで、それはごく自然に受け入れられ、今にいたる。

「エルは?」

「ん?」

「エルはなにしてるの?」

 なにしてるのと来ましたか。

 いいだろう、受けて立とう。

「なにもしてない」

「・・・」

「・・・」

 いや、ごめんて。

 違うんだ、ニートじゃないんだ。

 ちゃんと午前中、伐採の手伝いはしたんだ。

「・・・暇なの?」

「・・・いや、別にそんな、暇っていうか・・・」

「暇なの?」

「・・・うん」

 圧が。圧がすごいよこの子。

「じゃあ、付き合ってよ」

「えー・・・」

 めんどくさい・・・

「暇なんでしょ?」

「まぁ、うん」

「じゃあ、付き合ってよ」

 いやこれエンドレスなやつだ。

 『はい』を選ぶまで話が進まないやつだよ。

「・・・はい」

「じゃ、行きましょっ」

「うぇっ!?」

 ぐいっと腕を引かれるがまま、座っていた切り株からおれという存在が引っこ抜かれた。

「ちょ、待って、行く、行くから!」

「~♪~」

 鼻歌とか歌いながら歩いてるけど、足!おれの足、浮いてるから!

 ・・・フィーナさん、腕力、パねぇ。


             ___________


 伐採の手伝いをしたり、フィーナに付き合って隣村まで行ったり、昼寝したり、ぼんやりしたり、のんびりしたりしているうち、おれは18歳になっていた。

 半分くらいなんにもしてない気がするけど、きっと気のせいだから大丈夫だ。問題ない。

 母親ゆずりの茶色の髪と、父親ゆずりのわりと高めの身長。

 前世では170センチもなかったから、今180くらいあるのは結構嬉しかったり。

 ステータスも、まぁ、一般人に毛が生えたくらいにはなってる。

 チートなんかなくても、この平和な村で暮らす分にはなにも問題はない。

 気付けばもう、前の世界とほぼ同じだけの時をこの世界で過ごしている。

 光陰矢の如しとは、よく言ったものだ。

 きっとこのまま、おれは木こりとして平和に生きていくんだろうなぁ。

 ということで、今日も今日とて切り株に腰かけて、空を眺めている。

「え、エルっ!エルっ!!」

「ん?」

 村の中心、広場の方から血相変えて走ってくるのは・・・あぁ、やっぱフィーナか。

 小さい頃よりは少し長めのボブカットをなびかせながら、一直線。

 ていうか、足、はやっ。100メートルくらい離れてたのに、2~3秒で目の前だ。

「どした?」

「どっ、どっ、どっ・・・!」

「ん?」

 いや、本当にどした?

「どうしようっ・・・!?」

 え、なにが?

「フィーナ殿!お待ちください!」

 遠くの方、フィーナが走ってきた方から、また誰かがこっちに向かって走ってくる。

 全身銀色の甲冑姿で、なんていうか、すごく、兵士です。

 彼はフィーナほど足が速くないようで、まだ到着には数秒必要そうなので、その間にとりあえず鑑定でもしておこうか。


名前 アルフレッド

年齢 24

レベル 18

クラス 王国兵

体力 51

筋力 49

魔力 32

知力 25

敏捷 30

器用 22


スキル

 剣術Lv2 槍術Lv3 火魔法Lv2 水魔法Lv2 耐久Lv2 根性Lv1 隠蔽Lv2 鑑定Lv5


 うん、兵士だ。王国兵って書いてあるし。

 そこまで確認したところで、兵士の人がこちらに到着した。

「フィーナ殿っ!」

「うぅっ・・・」

 なんだなんだ、と思う間もなく、フィーナがおれの腰かける切り株の後ろ・・・というか、完全におれの後ろに隠れた。

「・・・なんだお前は?」

 なんだと言われましても、村人ですが・・・

「えぇと・・・エルンです」

「フィーナ殿とはどういった関係だ」

「フィーナと?」

 問われて、振り返る。

 そこにはおれの背に隠れながら、めっちゃチラチラ見てくるフィーナが。

 さて、なんだろう。おれとフィーナの関係?

「うーん・・・?」

「なんで悩むのっ!?せめて友だちとかっ!」

 あぁ、それでよかったのか。

「じゃあそれで」

「適当かっ!!」

 めっちゃ怒られた。どうせいっちゅーねん。

「たかが友人風情が、王国の邪魔をするつもりか?」

 いや、そんなこと言われても、おれ、なんにもしてなくない?

 座ってるだけだよ?本当に。

 あ、座ってるのがダメなのか?

「な、なんだっ!?急に立ち上がりおって!」

 座ってるのがダメなのかと思って立ったら、兵士の人にも怒られました。

 ほんとにどうしろというのか。

「・・・どういう状況なんですかね?」

 とりあえず素直に聞いてみる。

「あ、あぁ・・・我々王国は、フィーナ殿を勇者として迎え入れるべく、お迎えにあがったのだ」

「ふむふむ」

「さきほどその旨をお伝えしたところ、突然走り出してしまってな」

「あぁ、なるほど」

 よくわかった。

 ・・・やっぱおれ、関係なくない?

「フィーナ、おい、フィーナ」

「・・・・・・・・・」

 無視ですか。そうですか。

 とはいえどうしたもんかねこれ。

 無理やり突き出そうにも、おれと彼女のステータス差は圧倒的だ。

 どれくらい圧倒的かといえば、まぁ筋力だと3倍くらいある。

 まぁ、どう見ても本人嫌がってるから、無理に突き出そうとは思わないけどさ。

「・・・なんか、嫌みたいですけど」

「なぜだ?」

「え?」

「栄光ある我が王国の勇者として迎えようというのに、なんの問題があるのだ?」

 いや知らんよ・・・本人に聞いてよ、とは正直な気持ちだが、どうにも本人は俯いてずっと震えるばかり。

「条件とか・・・?」

 とりあえずトークを継続。

「約束はできんが、十分な給与と、王都に住居が与えられるのは間違いないだろう。他の条件については陛下から追って下知があるはずだ」

 めっちゃ条件いい気がするのは、おれだけ?

 まぁ、今はなぜかおれの背中にくっついて産まれたての小鹿みたいになってるけど、ステータスだけ見たらめちゃくちゃ優秀だからなぁ・・・わからなくもない。

 ていうか昔からあったしね、そんな話。

「ちなみに、拒否すること自体は可能なんですかね?」

「・・・貴様、本気で言っているのか?」

 あ、ヤバい感じ。兵士さんの手が腰の剣に伸びちゃったよ。

 これは拒否とか現実的じゃないなぁ・・・

「あー・・・じゃあ、とりあえず今日はいったん、家族と話し合わせるとか、どうでしょう?」

「・・・・・・・・・」

 ダメかな・・・なんかめっちゃ考え始めたぞ。

 ていうか普通に考えて、家族と話し合うのは当たり前だと思うんだけど。

 逆にこの人、家族に無断で連れて行く気だったのかよ。

「せめて最後の別れくらい、させてやってくれませんかね?」

「・・・まぁ、いいだろう。たしかにいささか性急だったか」

 おぉ、わかってくれた。

 やっぱ人間、大事なのは話し合いだよね。

「では明日の朝、日の出の頃に改めて伺わせていただく!失礼!!」

 ビッ!と両手を額に当てて胸を張ったかと思えば、兵士の人は去って行った。

 なんだろ、今の・・・異世界式の敬礼的な?

 いや、そんなことより。

「おい、フィーナ、おい。もう行ったよ」

「うぅ、うぅー!エルぅー!どうしよぉー!」

 知らんがな・・・


            _________


 泣きわめくフィーナを隣の家に押し込んで。

 おれはいつも通り、ご飯を食べて、風呂に入って、ベッドに入った。

 フィーナが村からいなくなってしまうことについて、思うところがないわけでもないけど、ただの村人になにができるわけでもないし。

 あとはお隣の家庭の事情ということで、おじさんとおばさんに任せておこう。

 よし、それじゃ、おやすみなさ・・・

(コン、コン)

 ・・・いや、気のせい。気のせいに違いない。

(コン、コン、コン)

 ・・・・・・ちらりと視線をやると、窓の外、なにやらうごめく影が。

 おれは寝てる。寝てるから仕方ない。うん、おやすみ。

(ゴン!ゴン!)

「待って、ごめん、起きるからごめん」

 このまま窓を割られてはたまらない。

 あわてて窓を開けてみれば、そこには案の定、涙目のフィーナが。

「・・・・・・・・・」

 あ、怒ってますね。うん、無視したからね、そりゃ怒るよね。

「はぁ・・・どした?」

「・・・なんで無視するの」

「寝てたんだよ」

 しれっと言ってみる。

「目があったもん」

 あ、ばれてる。

「すいませんでした」

「・・・・・・・・・」

 すぐさま腰を90度曲げてみせるも、相手から反応はない。

 仕方ない、まじめに対応するか。

「・・・で、どうなったんだ?」

「・・・・・・お父さんも、お母さんも、光栄なことだって」

「あー・・・」

 まぁ、勇者だもんなぁ・・・やっぱそうなるのか。

「でも、フィーナがどうしても嫌だって言えば、聞いてくれるだろ?」

 おじさんもおばさんも、無理に娘を追い出すようなことはしない。

 18年間も付き合いがあるんだ、それくらいわかる。

「・・・言えないよ」

「・・・・・・・・・」

 そうかー、言えないかー・・・まぁ、昔からめっちゃ期待されてたもんなぁ・・・

「そもそも、フィーナはなんで勇者が嫌なんだ?」

「・・・だって、戦うの、こわい」

「あー・・・」

 わかる。ぶっちゃけわかる。

 そもそもなぜ国が勇者を抱え込むのかといえば、それはやっぱり、『魔王』がいるからだ。

 しかも1人じゃない。わりと世界中にいる。

 その討伐を国ごとに競い合っているらしく、それが国際情勢的にも結構重要らしい。

 おれなんてもともと、平和な日本で暮らしていたんだ。なんならそのへんの獣相手だってちょっと怖い。

 それが、フィーナは魔王と戦わなきゃいけないんだもんなぁ・・・

 そう考えると、たしかに同情してしまう。

「でもさ、だったらどうするんだよ?」

「・・・・・・・・・わかんない」

 だよなぁ・・・おれだってわかんないよ。

 しかし、そうは言っても時間は止まってくれないわけで。

 このまま朝日が昇れば、フィーナは連れて行かれてしまうだろう。

 そりゃ力づくで抵抗すれば別だろうけど、そんなことしたら完全に指名手配案件だし。

 あとは、そうだな・・・

「・・・今夜のうちに、逃げるとか?」

「っ!」

 なにげなく呟いたおれの言葉に、フィーナの肩が跳ねた。

 目も大きく見開かれて、こっちを見上げている。

 いや、そんな驚くことか?

「そんないい意見じゃないと思うぞ?逃げたところで行先もないだろうし、結局村からは離れることになるしさ」

 おじさん、おばさんとも離れ離れだ。

 フィーナ1人で生きていくっていうのも難しいだろうし、結局王国とやらにしたら怒るだろう。

 なんか本人めっちゃ乗り気な気がしたから、あわててそのへんを説明してみたけど、聞いてる気がしない。

「・・・エルは?」

「は?」

 ふいに聞こえた呟きに、思わず素で変な声が出た。

「エルは、来てくれないの?」

「・・・・・・・・・」

 いや、なんで行くの?とか、おれ関係ないじゃん?とか。

 まぁ、色々と頭には浮かんだけど、なぜか口からは出てこなかった。

「・・・なんで、おれ?」

 代わりに出てきたのは、我ながらこれはないな、と思うようなセリフ。

「・・・・・・・・・」

 フィーナは、答えない。

 なんにも言わず、じっとおれを見上げてる。

 前世を含めて、かれこれ36年。

 こんなに緊迫した空気は、初めての経験。

 長い長い、本当に長い沈黙の果て、フィーナが発した言葉はおれが全く想像もしていなかったことだった。

「・・・清水くんでしょ?」

「っ!?」

 文字通り、びくっと体全体が跳ねた。

「え?あ?え・・・な、なんで?」

 口から洩れるのは、自分でも意味がわからないような言葉だけ。

 目の前のフィーナがなにを言ってるのか、理解できるのに理解できない。

「・・・やっぱり、そうなんだ」

 対してフィーナは、納得したような、安心したような、不思議な笑みを浮かべてみせる。

 待って。待って待って、マジで待って。

 ちょっと本当に意味がわからない。

 なんでフィーナがおれの前世の名前を知ってるんだ?

 この世界と前の世界、なにかしらつながりがあるのか?

 いや、そんな馬鹿なことはないはずだ。だったらなんで?なんで?

 頭の中を疑問符が駆け巡る。

「エル、全然気づいてくれないんだもん」

「え・・・」

 なにを?

「・・・藤堂です」

 だれ?と思わず口にしかけて、頭の片隅に引っかかるような感覚があった。

 藤堂?どう考えても日本人だ。というか間違いなく聞き覚えがある。

 誰だっけ?マジで誰だっけ?

 目まぐるしく回転する脳みそが、ようやく答えをはじき出した。

「あ・・・委員長?」

「・・・名前、忘れてたでしょ」

「い、いやっ」

 嘘である。めっちゃ忘れてました。

 ていうか仕方なくない?

 ほとんど交流のなかったクラスメイトの名前。しかも18年経過しているときたら、忘れているのが普通だと思うんだ。


             ____________


 ところ変わって、いつもの切り株。

 あまりの衝撃に眠気も吹っ飛んだので、おれたちはとりあえず場所を移すことにした。

「はー・・・しかし驚いた。委員長、なんでわかったの?」

「だって清水くん、全然変わってないんだもん」

 そう言われても自分ではよくわからない。

 というかろくにしゃべったことなかったと思うんだけど、なんで以前のおれのことをそんなに理解してるんだろうか。

 ・・・気にはなるけど、今はそれどころじゃないから、置いておこう。

「えぇと、なんだろ、なんか困るな・・・なんて呼ぼう?」

「フィーナでいいよ。もうそっちの方がしっくりくるもん」

「了解。おれもエルでいいよ」

「うん」

 18年間も呼ばれ続けた名前だ。さすがにもう馴染んでるよな。

 それとなく息を吐きながら、見上げた夜空には紫色の月と橙色の月。

 楕円形の紫色と、いびつな五角形の橙色が仲良く並んでいる。

 もはや見慣れた異世界の夜空だけど、横にいるのが委員長だと思うと、なんだか感慨もひとしおだ。

「それで、どうするの?」

「・・・わたし、勇者なんて嫌だよ」

 まぁ、そうだよな。

 『隣んちのフィーナ』だったらどうだったかわからないけど、相手が『委員長』となると、おれの中で話が変わってくる。

 それはフィーナがどうこうってことじゃなくて、個人的な罪悪感からくる感情ではあるんだけど、放置できないほど大きな感情だ。

「よし、じゃあ逃げようか」

「え・・・」

 なんの気負いもなく、おれは自然と口にする。

 フィーナ、めっちゃびっくりしてるけど、まぁいいや。

「嫌なんだろ?逃げようよ」

「で、でも、エルは関係ないよ」

「関係なくもないんだなぁ、これが・・・」

「え?」

「いや、なんでもない」

 前世の最後。空からカゴが降ってきたあの時。

 おれは委員長じゃなくて、見知らぬ少女の命を優先してしまった。

 あの一瞬ではどちらかしか助けることができなかったから、仕方ないことではあるんだけど・・・それでも罪悪感はどうしようもない。

「いいじゃん、逃げようよ」

「・・・ありがとう」

 やめてよ。おれには、フィーナからお礼を言われるような資格なんて、ないんだから。

「・・・そうと決まれば早い方がいいね。たぶん逃げたら逃げたで追手がかかると思う」

「・・・うん、ほんとに、ありがとう、エル」

 ふんわりとほほ笑むフィーナの眦に光るものを見て、これはこれで罪悪感を刺激されるおれだった。


              __________


 こっそりと、両親を起こさないよう、部屋に戻る。

 おれはこれから、フィーナと2人で村を出る。それはいい。

 おじさんもおばさんも、さすがに逃げ出すほど嫌だったんだと理解すれば、フィーナの味方になってくれるはずだ。

 村全体も、正直やっぱ、後々圧力をかけられたりとかで迷惑はかかると思うけど、それももう覚悟の上。

 フィーナを犠牲にして、そのままおれ1人ここで暮らしていくってのは、絶対に後で後悔する。

 ただ、唯一気になるのは・・・うちの両親、だよなぁ。

 フィーナの所はまだ、勇者の両親なわけで、後のことを考えれば多少の恩赦が望める可能性もあるけど、おれはただの村人だ。

 ただの村人が、勇者を連れて逃げたってなると・・・どう考えても、両親にもかなりの迷惑がかかる。

 逃げるって決めてから、どうにかそれを避ける手段はないかとずっと考えてるんだけど、どうしても思いつかない。

「いっそ、家族全員で逃げるか・・・?」

 ぶつぶつと呟きながら、カバンに最低限の着替えを詰め込む。

 よし、あとは食糧かな。

「・・・ん?」

 タンスを閉めて立ち上がると、見慣れたタンスの上に、見慣れない箱が置いてあった。

 なんだこれ?

 自分で置いた覚えはない。自慢じゃないけど、この部屋に私物なんてほとんどないから、こんな物があったらすぐ気づくはずだ。

 軽く持ってみる・・・って、重っ。

 振ってみると、ジャラジャラ、と金属の擦れるような音が。

「・・・まさか」

 中に入っていたのは、予想通りというか予想外というか、大量の硬貨と、1枚のメモだった。

 この家に、こんなにお金があったのかと驚きながら、目を通したメモにはたった一言。

『行って来い』

「・・・バレバレじゃんか」

 やべぇ、うちの両親、超カッケェ・・・


              __________


 産まれ育った村を出て、もう何時間歩いただろう。

 とりあえず最低限道のわかる方向ということで、隣村まで歩いて、その先は2人とも土地勘がさっぱりだ。

 周囲は相変わらずの森。もう数時間で日が昇るだろう。

 数年後、ほとぼりが冷めたら村に帰ろうってことで出てきたけど、これ、帰れるのかな。

 少なくともおれ一人では帰れる気がしない。

「・・・・・・・・・」

 フィーナは、黙々と歩き続けている。

 鬼気迫る表情で、ひたすらに。

 当座の食糧やら着替えやらで結構な大荷物なのに、汗の一滴すら見られないのはやはり、高ステータスのなせるワザなのか。

 比して、おれはといえば。

「はぁ、はぁっ、はぁっ・・・」

 ゲロ吐きそう。

 もう1度言おう。ゲロ吐きそうである。

 ヤバいなこれ。ちょっとズルしちゃおうかな。

「エル?」

「おぉっ!?」

「ど、どうしたの?」

 いや、どうしたっていうか、どうにかしようとしたっていうか。

「べ、べつに?どした?」

「う、うん。休憩する?」

「する」

 即答である。

「っはぁー・・・」

 手ごろな木の根に腰かけて、大きく息を吐く。

 あっぶねー・・・マジでゲロする5秒前だったわ。

「はい、水」

「あ、ありがと・・・」

 でもごめん、ちょっと休まないと水、吐いちゃう。

「・・・今、どのへんかな?」

「うーん・・・」

 フィーナからの問いかけに、頭を悩ませる。

 そもそもおれたち、どこを目指してるのかも自分でわかってない。

 あとを追って来ると思われる王国の名前もわかってない。

 なのでもしかしてもしかすると、自分からその王国へ向かっている可能性だってあり得るのだ。

 いやまぁ、さすがに確率的にあり得ないとは思うけどね。

 それを避けるために、拓かれた道じゃなくて森の中を歩いてるわけだし。

「うちにもフィーナんちにも、地図とかなかったしなぁ」

「そうだよね・・・」

 ていうか、村中探してもあったかどうか疑問だ。

 大きくなって初めて知ったんだけど、なんと我が村には名前すらなかったらしい。

 数十人規模の村ではわりと普通のことらしいけど、個人的には結構びっくりだった。

 暮らしている人間が少ないこともあり、食糧は村の畑のみでまかなわれていたらしく、外界との交流もそれほどなかったのだ。

 例外は、たまに衣服などを持って来る行商人くらい。

 18年間暮らしてきて、村内で地図の類を見た記憶はぶっちゃけない。

「まぁ、悩んだってどうしようもないよ。とにかく別の国に逃げよう」

「・・・うん、ありがと」

 国から追われている以上、国内にとどまっていてもどうしようもないので、とりあえずの目標としては国外脱出だ。

 関所とか、身分の証明とか、他国の言語とか、心配ごとはいくらでもあるけど、どれも悩んだって仕方がない。

 今おれたちにできるのは・・・ていうかおれがしなきゃいけないのは、呼吸を落ち着けてさっさと出発することだろう。

「・・・フィーナ、ごめん、行こう」

「うん、大丈夫?」

「うん」

 腰を上げて、フィーナに水筒を渡す。

 ・・・ん、あれ?そういえばこの水筒って。

「い、行こっ!ねっ!」

「あ、あぁ、うん」

 ・・・考えないようにしよう。


          _____________


「あ・・・」

 隣から聞こえた声に顔を上げると、いつの間にか空が明るくなっていた。

 木に囲まれてほとんど見えないから、気付かなかったな。

「日が昇ったか」

「うん・・・」

 お互い口にはしないけど、考えてることは同じだと思う。

 日が昇ったということは、例の兵士の人がフィーナの逃亡に気付くということ。

 おれたちがどれくらい村から離れたのかは正直言ってさっぱりわからないけど、そう簡単に追いつかれるとも思わない。

 まだしばらくの猶予はあると思うけど・・・それでも不安は不安だよなぁ。

「あきらめてくれたり・・・しない、かな?」

「んー・・・」

 言いにくいけど・・・おそらくそれは難しいだろう。

 昨日の感じだと、こっちが従うのが当然みたいなスタンスだったし、あれをブッチしたとなると、相当怒らせることになるんじゃなかろうか。

「あ、そういえば、あの人って1人で来てたのか?」

「え?」

「いや、おれはあの人が来たとこ、見てないからさ」

「あ・・・」

 え?なにそのリアクション。

 なんか致命的なミスでも思い出したような、真っ青な顔してるけど・・・

「・・・フィーナ?」

「ど、どうしようっ!?」

 またかよ!!

「落ち着いて。なにがどうした?」

「あの、あの人、なんとか師団って言ってた!」

「・・・つまり、結構な人数で来てたんだ?」

 こくり、うなずくフィーナ。

 まぁ、でもそうだよな。

 普通に考えて兵士が1人だけで行動とかちょっとおかしいもんな。

 昨日のやり取りをもう1度思い出して、その上で相手の立場に立ってみよう。

 ・・・・・・・・・おれたちが逃げるの、バレバレじゃん?

 そうなると、絶対フィーナ、見張られてたよね?

 なんならおれも、見張られてたよね?

「やばっ・・・」


「おい、いたぞ!!!」


 早いなおい!!

 まぁ、こっちの移動ペースは村人ステ、しかもレベル1のおれの速度にあわせてだ。

 向こうは兵士の集団、当然レベルだってそこそこ高い。

 今まで追い付かれてなかったのはおそらく、集団ゆえに出発が遅れたんだろう。

 そのうえで斥候かなにかで捕捉されていたものだと思われる。

 これは・・・ヤバいな。軽く詰んでない?


             _____________


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

「そっちへ行ったぞ!回り込め!」

「エル!エル、大丈夫!?」

 大丈夫じゃないよ!どう考えても大丈夫じゃないよ!

 ちらっと後ろを振り向いてみれば、遠くの方に追いかけてくる数人の人影。

 遠すぎて何人いるのかもわからない程度だけど、間違いなくそこには追手がいる。

 もはや四の五の言ってられる状況じゃない!

「フィーナ、手!」

「え、えっ?」

「手ぇ出して!」

「は、はい!」

 差し出された手を掴んで、大きく息を吸う。

「舌噛むなよっ!」

 口早に忠告して、さっさと『力』を開放。

 同時におれとフィーナの体が地面から浮かび上がり・・・

「えっ!?え、わ、ひゃあああああ!?」

 ロケット花火みたいな勢いで、木々の葉の間を斜めにすっ飛んだ。

「なにこれ!?なび・・・っ!?」

 あ、舌噛んだな。


              __________


「はぁ、ふぅ・・・」

 膝に手のひらを当てて、大きく肩を上下させる。

 こんなに思いっきり『力』を使ったのなんて、こっちの世界に来て初めてだ。

「へ、へうぅ・・・」

 めっちゃ涙目のフィーナが、地面にへたり込みながらこっちを見上げてる。

 さっき思いっきり噛んだ舌が、まだ痛いらしい。

「だから舌噛むなよって言ったのに」

「ひひはひふひうお!(いきなりすぎるよ!)」

 まぁ、確かにそうなんだけど、でもあの状況じゃ仕方ないと思うんだ。

「とりあえずかなり距離も稼いだはずだけど、あんまりゆっくりもしてられないな。さっさと森を抜けよう」

「・・・」

 見てる。めっちゃ見てる。

 やっぱダメ?ごまかせない?

「さっきの、なに?魔法?」

「あー・・・」

 ダメかぁ・・・適当に魔法ってことでごまかしたいところなんだけど、残念ながらおれにそんなスキルが存在しないのはステータスでバレバレなんだよな。

 まぁ、いいか。

 よく考えたら別にこの世界なら、そこまで隠す必要もなさそうだし。

「・・・笑わない?」

 こっくん、と大きく首が縦に振られた。

「超能力」

「・・・・・・・・・」

 見てる。マジめっちゃ見てる。

 なに言ってんのこいつって目で超見てる。

「いや、本当なんだなこれが」

「で、でも、そんなスキルないよ?」

 あぁ、鑑定してたのか。

「それはおれにもわかんないよ。前から使えたし」

 ここで言う『前』っていうのは、『前の世界』って意味だ。

 1回死んで、転生して、それでもなぜかこの『力』は失われなかった。

 理屈とか、そもそも前の世界からこの『力』を使える理由とかもわからない。

 おれにとっては物心つく前からずっと使えた、当たり前の『力』なんだから。

「・・・空を飛べるの?」

「んー、まぁ、色々かなぁ」

 そこまで細かく検証したこともないからわからないけど。

「すごいねぇ・・・」

 と、言われましても。

「いや、フィーナだって魔法使えるじゃん」

「あ、そっか」

 少なくともおれには、炎を出したり氷を出したりはできない。

 呪文唱えて、手からファイアボール!とかやりたかったんだけどなぁ。

「まぁ、とにかくさ。ホント、さっさと行こうよ。せっかく距離稼いだんだし」

「あ、ご、ごめん!そうだよね!」

 結構な距離をすっ飛んできたし、現在は追手の影も見えない。

 さっき空から見た限り、もうしばらく行けば森は抜けられそうだから、なんとか頑張りたいところだ。


              __________


「はぁ、はぁ・・・!」

「頑張って、エル、もうちょっとだよ!」

 浮けばよかった。マジで。

 もうバレてるんだから、隠す意味もなかったじゃん・・・もう森の出口も目の前だから、今更すぎるけども。

 あと目測10メートル、9メートル、8メートル・・・ん、待って?

「・・・なぁ、フィーナ」

「・・・うん」

「これってさぁ、どう考えても・・・」

「・・・うん、取り囲まれてるね・・・」

 道理で追って来ないと思ったよ。

 どうすんのこれ。

 向こう十数メートル先に布陣する、見渡す限りの人、人、人。

 逆光で、ここまで近づくまで全然気づかなかった。

 あちらも、こっちが気付いたことを理解したらしく、銀色の集団から1人が出てきて声を張り上げ始める。

「村人エルン!早々に投降し、勇者フィーナ殿を開放せよ!!」

 投降に、開放と来ましたか。

 しかも名前バレてる・・・っていうか、自分で言ったな、そういえば。

「10数える間だけ待つ!フィーナ殿を開放すれば、貴様の命も保証してやるぞ!」

 右を見る。めっちゃ涙目のフィーナがいる。

「10!9!」

 前を見る。推定4~50人くらいの兵士の集団がいる。

「8!7!」

 後ろを見る。遠くの方に人影が見える。後ろからも来てらっしゃる。

「6!5!」

 上を見る。たぶんなんかの魔法だと思うけど、空を飛んでる兵士が数人いる。

「4!3!」

 詰んだ。これは詰んだ。

 まぁ、やるだけやってみるか・・・

「待って!待ってください!!」

 と、思ったら、すぐ横のフィーナが駆け出した。

「お、おい!」

 あわてて手を伸ばすも、例によってすさまじいスピードで兵士の集団の目の前へ行ってしまった。

「おぉ、フィーナ殿、ご無事ですか!」

「ちがっ、違うんです!わたしが!わたしが悪いんです!」

「わかっておりますとも。さぁ、馬車をご用意しております。こちらへ」

「えっ、あの、あのっ」

 ものすごい速度で兵士とおれを交互に見るフィーナ。

「・・・仕方ありませんな。おい」

「はっ」

 短いやり取りの後、別の兵士が縄を持ってこちらへとやってくる。

 ・・・あー。

 とりあえず、命だけは助かったっぽい?


              __________


 ガタゴト、ガタゴト。

 馬車が揺れるたびに、お尻へ結構な衝撃。

 この世界の技術水準はさっぱりわからないけど、少なくともこの馬車にサスペンションはついてないらしい。

 車輪も粗末な木製だし、ていうかこれを馬車と呼んでいいのか疑問だし。

「はぁ・・・」

 今おれが乗せられているのは、なんだろう、車輪がくっついた牢屋、的な物だ。

 荒縄で後ろ手に縛られ、当然フィーナとも引き離されている。

 単独での運用は考えられていないらしく、前を走る馬車と連結され、延々引きずられるばかり。

 さっきの対応を見る限り、どうやらフィーナにはお咎めなしっぽいから、それだけは救いかなぁ。

 しかしこのままでは、どう考えてもおれは投獄、フィーナは戦線投入コースだろう。

 どうしたもんかなぁ、とは思うものの、おれの立場でなにかできることがあるわけでもなく、かれこれ半日ほどこのままだ。

 ちなみに食事などというものはなかった。

 水すら与えられることはなく、喉はカラカラ、お腹はペコペコ、お尻もそろそろ限界近いしで、さすがにちょっとしんどい。

 そろそろトイレ休憩が欲しいな、とかのんきなことを考えていたところ、馬車がひと際大きく揺れて、止まった。

「おい、降りろ!」

「え?」

 気づけばいつの間にか牢屋の出入り口にあたる部分が開かれており、槍を持った兵士がその前で叫んでいる。

「さっさとしろ、この村人め!」

 この村人めって、すごいパワーワードだなぁ。

「・・・はい」

 とはいえ今反抗したところでなんの得もない。

 言われるがまま立ち上がり、牢屋馬車から降りた。

 周囲は相変わらず、見渡す限りの全身甲冑。

 銀色の川の向こう側に、大きな石造りの壁と門がある。

 いつの間にか、どこかの街の中にでも入ったらしい。

 立ち並ぶ家はどれもレンガ造りで、結構綺麗な街並みだ。

 その中をずんずん流れる、兵士の川と1台の馬車。

 おそらくあの中に、フィーナが乗ってるんだろう。

「とっとと歩け!突かれたいのか!」

 おっと、槍持ち兵士さんがだいぶお怒りだ。おとなしく流れに乗ることにしよう。


              __________


 家屋の中や陰からの視線を感じながら、ひたすら歩くこと15分ほど。

 目の前に現れたのは、見上げるほどに巨大な、まさに城!って感じの城だった。

「開門!!」

 大きな声の後、正面に見える城の門がズゴゴゴ・・・という音とともに開かれる。

 遠くの方で、馬車からフィーナが降りるのが見えた。

 兵士の1人となにやら話しながら、周囲を取り囲まれ、城へと入っていく。

 どう見てもテンパってるな、あれは。

「進め!」

「・・・」

 おれの後ろには、相変わらず槍をつきつけてくる兵士さん。

 仕方なく、フィーナの後に続いて城へ入り、前の集団が上っていった階段に足をかけたところで、ぐいっと腕の荒縄を引かれ、後ろに倒れそうになった。

「貴様はこっちだ」

 口で言ってよ・・・とか思いながらも、無言でついていく。

 真っ赤なカーペットが敷かれた廊下を歩き、階段を下りると、そこは見事な牢獄だった。

 階段を下りてきた所から左右に通路が伸びており、その通路を挟むようにしていくつもの牢屋が並んでいる。

 うながされるままに通路を右へ進んで、いくつもの視線を感じながら一番奥まで歩き、またしても牢屋の中にイン。

 中にはおそらく寝床だと思われる薄い布が1枚敷かれている他には、奥まった角にツボがポツンとあるばかり。

 ・・・あれってもしかしなくても、トイレ?

 あまりの状況に呆然としていると、後ろからはガチャガチャと音が。

 振り返れば牢屋の出入り口は閉められており、外には兵士。

「しばらくそこで大人しくしていろ」

 しばらくって、どれくらいなんですかね・・・

 とか質問をする間もなく、がっしゃがっしゃと鎧を鳴らしながら、兵士は去っていった。

「マジかー・・・」

 思わず漏れた呟きに、当然返事などあるわけもなく。

 ・・・とりあえず、用でも足しておきますか。


              __________


 あれから、どのくらい時間が経ったんだろう。

 食事も差し入れられるようなことはなく、この暗い牢屋の中だと、時間の感覚など失われて久しい。

 眠ろうにも、床は石だし布は薄いしで体がめっちゃ痛む。

 それ以前に、お腹が減りすぎて眠るのも一苦労だ。

 たぶん、丸1日は経過したか・・・?2日は経ってないと思う。それくらい。

 さすがに食事くらいはくれてもいいと思うんだけど、そのへんどうなってるんだろう。

 あと腕の荒縄をいい加減取ってほしい。手首と腕の皮がむけて血が出てるんだ。

 ほかの牢屋の中からは、時折ぴちゃぴちゃと湿った音がしたり、かと思えば、ひひひひ・・・とか気味の悪い笑い声がしたり、このままだとこっちの精神も危ない。

 フィーナは今頃どうしてるんだろうか。

 つかまった時の対応を思えば、ひどいことにはなっていないと信じたい。

 まぁ、心配したところで、おれになにができるわけでもないんだけど。

 がしゃ、がしゃ、がしゃ。

「・・・ん?」

 聞き覚えのある音の後、牢屋の前で誰かが立ち止まった。

「村人、出ろ」

 おれの固有名詞、村人ですか。

 ちょっと不満に思わないでもないけど、正直腹を立てる元気もない。

 言われるがまま、牢屋から出る。

 ぐー・・・

 おれの代わりに、お腹が不満を訴えてくれた。

「さっさと歩け!」

 ・・・訴えは棄却された。

 仕方なく、通路を歩く。

 階段を上がり、最初の赤い廊下まで戻ってくると、今度は入り口ではなく、別の場所へと向かうらしい。

 誘導されるがままに歩いていけば、たどり着いたのは屋外だった。

 背後には城。向かって左側にはフェンスが張られており、その外側には大量の人、人、人。

 まっすぐ目の前には、どう見てもギロチン。

 それに首を通せば目の前に民衆がいる、というロケーション。

 奥まった場所には布を被せられた台のような物が置かれている。

 ・・・あぁ、なるほどね。

 つかまった時は命を保証するとかなんとか言ってたけど、よく考えれば当たり前の話で、たかが一兵卒にそんな権限があるわけもないのだ。

 あの時からこうする予定だったからこそ、移動中も、獄中でも、食事すらなかったんだろう。

 妙に納得してしまった。

「止まるな!進め!」

 後ろからは槍をつきつける兵士。

 これはあれだ。いわゆる一つの、公開処刑。

 ・・・まぁ、仕方ないか。フィーナを逃がしてやれなかったのは正直残念だけど、やれるだけのことはやった。

 言われるがままにギロチンの横へ立てば、今おれたちが出てきた入り口の上から声。

「これより、勇者フィーナ殿の拉致を企てた極悪人、村人エルンの斬首を執り行う!」

 ぼんやりと見上げてみれば、そこには高そうな椅子に腰かける、白髪くるくるパーマのおっさんと、ローブ姿の人間が数人。

 そしてめっちゃ泣きながら必死に口パクしてるフィーナがいた。

 ・・・いや、なにしてんのあれ?

 あぁ、魔法か?なんかの魔法で声が出せないようにされてんのか。

 確かにこの場でフィーナがおれを弁護してしまうのは、あちらさんとしては都合が悪かろう。

 さっき声を上げたくるくるパーマのおっさん・・・たぶんだけど、あれが国王なんだろうな。

 頭に王冠乗せてるし。

 その国王が、おもむろに立ち上がり、ばっ!と腕を振りながら、再び口を開いた。

「執行せよ!!!」

 集まった民衆全員に聞こえるような大声とともに、奥の台にかけられていた布が取り払われる。

 そこから現れた『顔』を認識して。

 おれの周囲から、音が消えた。


              __________


〇フィーナ〇

 わたしのせいだ。

 わたしがエルを巻き込んだから、こんなことになってるんだ。

 それを噛みしめながらも、わたしの体はどうしても動かない。

 声を出すことさえできない。

「効果は大丈夫なのだろうな?」

 わたしのすぐ横に座っているおじさん。この国の王様が、後ろに立っているローブ姿の魔法使いに尋ねる。

 なんの効果かといえば、わたしにかけられている魔法の効果だ。

 『拘束魔法』って言ってた。

 行動だけじゃなくて、声を出すことすらできない。

 これさえなかったら、すぐにでもエルの所に飛んでいきたいのに。

「問題ありません。少なくとも明日の朝までは効果が続くはずです」

「ほう・・・」

 じろり。向けられた視線は、間違いなくわたしの胸とかお尻を見ていた。

 気持ち悪い・・・!

「・・・ずいぶんと好戦的な目をするではないか。勇者の使命から逃げ出すような臆病者が」

 勇者なんかなりたくない!使命なんか知らない!

 目の前の王様も、女神様も、どうしてわたしにそんな物を押し付けるの!?

 わたしはただ、あの村でエルとずっと暮らしていければそれでよかったのに!

「陛下、罪人が到着したそうです!」

「ふむ。手筈はどうなっておる?」

「器具の方は全て整っております。あとは執行にあたり、お言葉を頂戴いただけますと幸いにございます!」

「よかろう」

 王様の言葉からほとんど時間を置くことなく、わたしたちがいる場所、テラスみたいになってる所のすぐ下から、兵士さんに槍をつきつけられたエルが出てきた。

 エル・・・!!

 飛び降りたいのに、体は動かない。叫びたいのに、声も出ない。

 辛うじて動く唇を必死で動かすけど、エルはこっちに気付いてない。

「これより、勇者フィーナ殿の拉致を企てた極悪人、村人エルンの斬首を執り行う!」

 勝手なことを言わないで!!

 視線で人を殺したいと思ったのは、前の世界を含めても産まれて初めての経験だった。

「執行せよ!!!」

 王様の声と同時に、奥の台の布が取り払われる。

 それを見ていたエルの目が、見開かれるのがわかった。

「勇者を拉致するなど、その罪科は当人のみで償えるものではない!よってその一家も斬首の上、ここへ首を並べるものとする!」

 おじさん、おばさんっ・・・!!

 わたしのせい!わたしのせいでっ・・・!

「おい、とっとと進め!」

 エルの後ろにいた兵士が、その背中を突き飛ばす。

 あまりの衝撃に体の力が抜けたエルは、地面に両手をついて倒れ込んだ。

「手間をかけさせるな!!」

 兵士はガッ、とエルの肩に手をかけて、立ち上がらせようと・・・したんだと思う。

 その瞬間、兵士の体はすごい勢いで飛んで行って、お城の壁にめり込んだ。

「なっ・・・!?なんだ、なにが起こった!?」

 隣でうろたえ始める王様と、魔法使いの人たち。

 わたしにもわからない。

 びっくりしすぎて、一瞬涙が止まったくらい。

 今の・・・エルが?

「おい、殺せ!さっさと殺せ!!」

 王様の叫びに応じて、わたしたちのすぐ足元からたくさんの兵士が飛び出してくる。

 ゆらり、俯きながら立ち上がったエルの足元の石畳がどんどんと空中に浮かび上がって、エルの周りをぐるぐると回り始めた。

 それがびゅんびゅんと空中を飛んで、1人の例外もなく、兵士たちの頭を打ち据えていく。

 いくら金属製の兜をかぶっていても、あんな勢いで石を叩きつけられたら、無事ではいられないと思う。

「なんだあれは!おい、なんなんだあれは!?」

「わ、わかりません・・・!」

「うぉ!?おぉぉぉ!?」

 突然足元が崩れたかと思えば、わたしと王様と魔法使いの人たちは、エルの目の前に座り込んでいた。

 足場を崩して、そのまま落とされたみたい。

 ・・・ようやく見えたエルの顔には、表情らしい表情がなかった。


〇エルン〇

 やっちまった。

 父さんと母さんの生首。台の上でまだ血がしたたるそれを見て、頭のどこかがプツンと切れてしまった。

「・・・なぁ、国王さんよ」

「な、なんだ!なんなんだ貴様は!」

 目の前でへたり込むくるくるパーマ。

 王冠はどこかへ飛んで行って、立派な服も泥だらけ。

 シャカシャカと虫みたいに動いて、何人かいるローブの後ろへ隠れたおっさんに語り掛ける。

「なんで、殺したんだ?」

「あ、あ、あ、当たり前だろうが!罪人を裁くのは当たり前のことだ!」

「なんで、罪人なんだよ?」

 おれが罪人だっていうのは、わかる。

 フィーナに『逃げる』って選択肢を最初に示したのだっておれだ。

 だからおれを処刑するだけってのなら、大人しく殺されても仕方ないかなって思ってた。

 でもこのおっさんは、おれの両親をも巻き込んだ。なんでなんだよ?

「王の命に背いた者の家族を、許せるわけがあるまい!」

「・・・はぁ?」

 ごめん、意味がわからない。

 それはつまり、メンツとか、体面とか、そういうアホみたいなもののために、おれの両親は殺されたってことか?

「おい、貴様ら、さっさとこいつを殺せ!!」

「はっ!」

 ローブ姿の何人かがさっと前に出て、両手を前に突き出し、叫んだ。

「フレイムアロー!」

「アイスジャベリン!」

「エアロスラスト!」

 炎の矢、氷の槍、風の刃が次々に飛んでくる。

 悪いけど、もうおれ、殺されてやる気、ないから。

「は、はっはっはっ!よくやった!よくやったぞ!」

 煙の向こう、馬鹿笑いする国王のおっさん。

 こんなもんでおれを殺せると思ってんのか。おめでたいな。

 おれの『力』は質量を伴う。つまり壁として用いれば、直線で飛んでくる魔法なんか簡単に防げるってことだ。

「おい」

「はっ!?なっ!?」

 晴れた煙の向こう側、あごが外れるんじゃないかというくらい口を開いたおっさん。

 普段ならちょっと面白いと笑うとこなんだけど、さすがに今はなんの感慨も浮かばない。

「人を殺そうとするんだから、殺される覚悟はあるんだよな?」

「こっ・・・殺せ!!殺せぇぇぇ!!!」

 狂ったように叫ぶ国王と、再び両手を突き出したローブたち。

 何度やっても同じ結果だとは思うが、あまり時間をかけて兵士が集まってきても面倒くさい。

 ローブの1人に標的を定めて、右手を掲げ、ぎゅっと握る。

 ぶしゃっ、と響いた音と飛び散る血液に、全員の時間が停止した。

 倒れこむローブ。その頭部は、まるで巨人に握り潰されたように歪な形をしている。

 ・・・なんだ、人間の頭って、意外と柔らかいんだな。

「ひっ・・・ひぃぃぃぃ!!!」

 静かになった処刑場の中、国王の無様な悲鳴が響いた。

「次」

 右手を開いて、握る。血液が飛び散って、ローブが倒れる。

 あとはそれを繰り返すだけだ。

「おい、なにをしている!?魔法障壁を張れ!!」

「張っている!!張っているんだ!!!」

 声を裏返しながら叫ぶローブたち。

 魔法障壁がなにかは知らないけど、悪い。これ、魔法じゃないから。

 ぶしゃ、どさ。ぶしゃ、どさ。ぶしゃ、どさ。

 ものの2分かそこらで、ローブはいなくなった。

 残るは、地面に横たわってぶるぶる震える国王と、顔面ぐちゃぐちゃなフィーナだけ。

 多寡に差異はあれど、どちらの表情にも恐怖が張り付いている。

 ・・・そりゃそうだ。だからこそおれは、この『力』を隠してるわけで。

 まぁ、今更後悔したところでどうしようもない。

 せめて、しっかりとケジメをつけよう。

「おい」

「・・・・・・・・・っ」

 呼びかけても、国王は返事をしない。

「おい、国王さんよ」

「っ!な、なんだ・・・!」

 血と涙と鼻水とよだれと泥でぐちゃぐちゃになりながらも、態度だけはまだ偉そうにできるってのは、さすがと言えばいいのかなんなのか。

「フィーナは、諦めろ」

「っ!?」

 国王の横に座っていたフィーナの首が、急にぐりっと動いてこっちを見た。

 信じられない、みたいな顔をしてるけど、おれ、別に変なことは言ってないと思うんだ。

「な、な、な、なぜっ、こっ、このっ、余が・・・!」

「次は殺すぞ」

 小さく呟きながら右手を開いて、ゆるーく握っていく。

「あ、がっ・・・!?」

「諦めるよな?」

 喉を締める『力』に目を白黒させながら、国王は顔を必死でコクコクと上下に動かしてみせた。

 首がまったく動かないから、やっぱりなんかちょっとおかしな動きになってるけど。

「国民の人たちも見てくれてるんだ。約束は守ってくれよ?」

 再びの顔面コクコク。

 よし、ここまで念押ししておけば大丈夫かな。

「っぶは!はぁー・・・はぁー・・・!」

「フィーナ、行くぞー」

「えっ、あ、動ける・・・」

 ようやく拘束が解けたことに気づいたらしく、フィーナはあわてて立ち上がった。

 ついさっき、首動かしてたのに。

「ほれ、行くぞー」

 言いながら背を向けて、民衆が詰めかけるフェンスへと近づいていく。

「ま、待ってよ!」

 ちゃんと後ろからフィーナがついてくることを確認。

 右手を持ち上げ、親指、人差し指、中指をくっつけてから、親指だけを切り離す。

 きぃぃ、と甲高い音をたてて、フェンスが大きく左右に開かれた。

 これ以上なにか言っても、逆に恨みを買うだけだろう。

 フェンス以上に大きく左右に分かれた民衆の間、おれとフィーナは悠々と処刑場を後にするのだった。


              __________


 さて、どうしよう。

 街を出てすぐの草原にて、フィーナと2人、立ち往生。

 城から街の門までは来た時に確認した通り、一直線だったので、街から出ること自体はとても簡単だった。

 それはよかったんだけど、村を出た当初からの問題はいまだに解決してないんだよなぁ。

 つまるところようするに、道がわからない。

「・・・ねぇ、エル」

「ん、どした?」

 処刑場からここまで、一言も発さなかったフィーナが、ようやく口を開いた。

 あれだけ大暴れしてしまったし、なにを言われるものか、怖くないといえば嘘になる。

「これから、どうするの?」

 しかし、フィーナの口から出たのは、おれの『力』とはなんの関係もない言葉だった。

「・・・んー、どうしよっか?」

「ど、どうしよっかって」

 ものの見事にノープランなんだよなぁ。

「とりあえずどこかで服と食糧は調達しないとだなぁ」

 フィーナの服もさっきの国王といい勝負できるくらい汚れてるし、おれの空腹もそろそろ限界だし。

「その後、やっぱり国外を目指そうか。さすがにあの国王の国で暮らしたくないし」

 思いつくままに並べてみると、フィーナも異存はないらしく、大きくうなずいていた。

「・・・じゃ、行こうか。もう隠れる必要ないし、道を行けばどこかに看板とかあるんじゃないかな」

「うん」

 素直にうなずいて応じてくれるフィーナ。

 正直とてもありがたい。

 あれだけのことをやらかしたんだ。

 普通に考えて、こんな『バケモノ』と一緒に旅なんて、恐ろしくてたまらないだろうに。

 少なくとも、この国から出て、フィーナの安全が確認できるまでは、一緒にいよう。

 それからのことは・・・まぁ、それから考えればいいか。

「エル?行かないの?」

「・・・あ、ごめん」

 気づけばフィーナは、すでに歩き始めていた。

 気持ちはわかる。とっととこの国から離れたいよね。

 なにはともあれ、まずは腹ごしらえだ。

 異世界の空の下、おれたち2人を四角い太陽が見下ろしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ