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第7話:我輩は猫である。名前は園田

常日頃無一文です。


これより第2章がスタート致します。すいません。ようやく本編です。第1章はキャラと設定の説明に終始してしまって読み物としてそれはもう”あちゃぁ”な部分がいっぱいでしたが、それでも辛抱強く読んでくださった皆様のためにこそ捧げたい第2章であると思っております。

それでは宜しくお願い致します。<(_ _)>

 やれやれこんなことになるなら後10分早く起きるべきだった。と言いつつも平日の早朝10分の睡眠時間がいかに甘美で貴重かつ代え難いものかは君達には分かって頂けると思う。例えその代償として桜陵と誉れ高い学園のこのハードな坂道を全力疾走で駆け上がることになってもだ。隣のヒロシ君とね。この短距離走が開始されたのは立山駅の改札を抜け、正門の前で日本刀を手にしたミユキ先輩が

「今日は朝礼があるぞー。歩いてるヤツは走れー」

の号令がかかってからだ。先週の一件であの一振りが伊達でないことは俺もヒロシも重々承知している。ここでまだ歩くヤツは自殺志願者かバカかのどっちかだ。全力疾走開始。しかし金曜日の帰り道でマリサに朝礼のことはしっかりと聞いていたのに俺もヒロシもすっかり忘れていたのだ。全く使えないクマだ。

「「おはようございます!」」

と二人息のあった挨拶をミユキ先輩にかけると

「おはよう後宮、紅枝。もう皆グランドに集まってるぞ」

と笑顔で返事。俺達は

「はい! お疲れ様っす」

と元気よく校門を通過した。

「あーっあー。ルエビザ教典創刊号は1280円」

と何かの宣伝を兼ねた校長のマイク音量チェックが聞こえてきた。絶対いらん。

「ワレ! ちんたら歩いんとんちゃうぞボケ! コラ!」

怒声に振り帰ると親っさんがバットを頭上でブン回しながらバイクで噴煙巻き上げていた。どんな出勤だよ。ていうかもう”お勤め”果たしのか親っさん。朝から暴走行為に励むこのチンピラは俺たちを追い抜きざまに

「よーキョウ坊、ヒロシ! ええ天気やのう!」

と軽快に挨拶をし、脇見運転が原因でそのまま正面の池に突っ込んでいった。言い忘れたが中等学の校舎と高等学の校舎に続く二つに別れたこの道をどちらにも行かず直進すれば周囲長300mの大きな池がある。体育や運動部には”池周”と呼ばれるランニングがあるのだが、それはこの池の周りを走ることを意味する。マメ知識だ。

「誰じゃ俺にこんなことをさらしたんわ! ボケ!」

と池から親っさんの怒声が響いてきたが、間違いなくあんた一人の自爆だ。心の中で突っ込みつつも2組の並ぶ列へと駆け込んだ。

 到着。朝からいい運動になった。座れないので所定の位置で両手を膝について息を整えていると、眼前にピンクのハンカチ。見上げると隣の美月ちゃんが笑顔でそれを差し出しているのだ。

「おはようキョウ君。ほら、これで汗ふいて」

ともう有り得ないくらい可愛い笑顔なわけで。神よキョウタロウは再びここであなたに感謝致します。一度は儚く消えた美月ちゃんの桜色ハンカチゲットの奇跡をこうしてまた……。

「もうバカねキョウは生徒会役員は朝礼台に集合って昨日言ったでしょホント人の話を聞いてないんだから」

こうして名作”京太郎と桜色のハンカチ”は突然のバッドエンドを迎え、俺はマリサにブレザーのカラーを掴まれてズルズルと引きずられていくのだった。神よ地獄に堕ちるがいいわ。

 朝礼台の周りには俺、マリサ、アヤ先輩などを含めた役員と個性豊か教師陣が並んでいる。学生達と向かい合うように並ばされているのでちょっと緊張した。これから遅れたらみっともないことになるな、気をつけよう。とか思っていたらズブ濡れで頭に藻をくっつけたもっとみっともない親っさんが何事もなかったかのように教師陣の列に加わり、ついで坂道をかけあがって来る数人の学生が加わり、最後にミユキ先輩が俺の隣にきて朝礼は始まった。アヤ先輩が真黒なローブを着た校長にマイクを渡すと校長は朝礼台にあがり

「おはよう諸君」

と第一声。”おはようございます”とお約束の挨拶が返ってくると笑顔で頷き、

「入学式に続いて本当に、良い天気に恵まれました。学園の桜もこの気温のお陰で……」

と眠たくなるようなトークが始まった。バラエティ番組ならカットだ。内容は今日から授業や部活が本格的に始まること、最近学園の周りが物騒であること、先週に起きたあのグランドの一悶着のことを話していった。例の事については

「生徒会役員代表の園田さんが迅速に対処してくれました」

と話すに止まり、朝礼は終わった。校長と入れ替わるように裏山先生がマイクを手にしてあがり

「それでは本日の朝礼はこれで終了します。創刊号は1280円(税込)」

と解散を命じた。それを合図に生徒達は一斉に下足箱の方へ向かうのであるが途中で上級生達は

「またしてもユキたんの制裁が発動したのか!」

とか

「え〜私もユキたんの居合見たかったな〜」

とか

「私まだユキたんが月下美人抜くの見たことな〜い」

とかユキたん、ユキたんとザワついていた。そうかミユキ先輩のアダ名はユキたんか。すげーギャップ。ユキたんユキたん。

「ハハハ」

笑ってしまう。

「何かいいことあったのか?」

と隣のミユキ先輩は笑顔。

(いえいえ、それでは先輩失礼いたします)

「じゃーねユキたん」

ピキっと聞こえないはずの空気が割れる音が聞こえた。何だろうか気温が絶対零度(-273℃)にまで下がってるような。

「お前、今何て言った?」

見ればミユキ先輩が顔を真っ赤にして肩をワナワナと震わせている。うわ、赤面したミユキ先輩ってスッゲー可愛い! とか思っていると俺はようやく先ほど、脳内セリフとリアルセリフが逆転していたことに気付いた。背中に特大の氷柱を突っ込まれたような心地じゃないか。さぁ次のセリフは生死を分けるぞキョウタロウ君。俺は素敵な笑顔で涙目の先輩に

「いえいえそんな別にユキたん萌え萌えだなんて口が裂けても申しておりませんあっはっはっは」

死んだな俺。

「制裁ー!!!」

ナイスキック! とか思った俺は上空を突き抜け遥か彼方、脱衣ババの胸元に突っ込むのだった。月曜日の1時限目:現代国語。後宮京太郎欠席。

 「気がついたようだな」

目の前には端正なミユキ先輩の顔があって、どうやら俺はベッドに寝転んでいるようだ。OK、状況を整理しよう。確か深い霧に包まれた丘を川沿いに進んでいたら和服を着たやたら厚化粧のババアに出会い、道を尋ねるや否や

”ブレザーげっちゅモケケケケ”

と言いながら迫ってきたので死に物狂いで逃げていたはずだ。場所も位置も状況もカオスな中ひたすら上着を要求してくる変態ババア、もとい脱衣ババアに追いかけられていた俺がどれほどの恐怖を感じていたか察していただけると有難い。とにかく一目散に走っていると途中で聞き覚えのある声がして、一も二もなく声のする方へ走っていたら、いつの間にやらここにいた、というのが今現在の状況である。

「ひどいことをしてしまったな。すまない後宮」

と哀しげな表情をする先輩、思わずキュンとなる。その憂いを帯びた目は反則だ。

「いえいえそんな」

と逆に謝る俺。未だ記憶があやふやであるが、もし二人に何らかのトラブルがあったとするなら100%俺に非があるはずだ。ミユキ先輩が悪いことするワケが無い。断言。俺はベッドから上半身を起こし、頭痛のする頭をさすりながら周りを見た。保健室だ。先生の趣味か、それとも勝手に入り込んだのか分からないが、真っ白な床の上、日当たりの良いところで三毛猫がスヤスヤと寝息を立てている。ミユキ先輩はカーテンと窓を開け、部屋に柔らかな光と風を取り入れた。それから窓際に両手をついて外を見回し

「さすがは桜花学園。この季節、日本全国どこの桜の名所と比べてもひけを取らないんじゃないか」

とそんな景色すらもかすむ様な笑顔で言った。長く艶のある髪を桜の香気を含んだ風にゆっくりとなびかせている。しかしスタイルの良い後姿だ。夏には是非水着姿を拝見したい。薄い桜色の花びらが一枚舞い込んで俺の掛け布団の上にヒラっと落ち着く。時折窓の外を流れていく花びらが一つ寄り道でもしたのか。風流じゃないか。そういえば今は……

「何時でしょうか?」

と聞けばゆっくりと振り向いて、

「ちょうど2限目の中頃だな。事情は先生やクラスの皆に説明しておいた。1限目と2限目の分のノートは美月に頼んであるからそこだけは心配しないでくれ」

と苦笑しながら答えてくれた。流れ的に俺は被害者のようだが、何だか申し訳ない気持ちで一杯だ。

「ど〜もお手数かけました」

とペコリと頭を下げると

「しかしだ」

と言って腕組みをするお姉様。

「後宮も悪いぞ?」

ムっとこっちを睨んできた。怒った顔も良いなぁ。というか美人は喜怒哀楽どれをとっても絵になる。

「親しみを込めたつもりか知らないが、上級生に対してあんな呼び方するヤツがあるか」

頬を染めてそこでそっぽを向く。何か無性に可愛いこと言ってるような気がするのだが。しかしあのクールな先輩をここまで変貌させるような魔法の言葉を俺が発したというのか。至極残念だが思い出せない。う〜むとアゴを摩ったり、腕を組んだりしてみたがダメだった。

「えっと、俺何て呼んだんですか?」

と言うと

「そ、それは」

言いよどむ先輩。オドオドしてて可愛らしいことこの上ない。スーハと息をする先輩。

「ユ、……たんだ」

気合入れた割りにゴニョゴニョと口ごもったミユキ先輩。よく聞こえない。”はい?”っと言うと先輩は耳まで赤くして

「だから! ユ、ユキ…たんだ」

まだだ。まだ聞こえないぞ!

「何ですか? ちょっとよく聞こえなかったんでもっと大きな声で」

「ユ、ユキたんだ!」

涙目になってる先輩。あかんクセになりそう。

「ユキたん聞こえないですもう一回」

「お前、ワザと言ってるのか?」

”キンっ”と鞘から親指で鍔を起こすミユキ先輩に

「滅相もありません園田先輩」

と即答。調子に乗ると今度こそあの脱衣ババとゴールインしてしまう。気をつけようぜ。

 というようなやり取りをしていると、俺はフとあることを思い出した。入学式の時に美月ちゃんが呟いた”お父さん”という一言、そして自己紹介の時に”ここで父が働いているからです”と言ったこと。名字的に3組のハゲリンコ園田先生が美月ちゃんとミユキ先輩の父上だと思ったのだが、周知の通りそれも自己紹介の時に否定されている。すると誰がいったい美月ちゃんのお父様なのかということだ。そのあたりのことをストレートに聞いてみると

「ああ、確かに父は学園で働いているが1年担当の園田先生とは別人だ」

という答えが返ってきた。それから

「教員ではなく、見回り担当ということで雇われている」

と続けて、ミユキ先輩はベッドの足元の方にフワリと腰掛けて足を組んだ。見回りという仕事に何となく納得してしまうのはミユキ先輩の握る一振りのせいか。

「けど本職は立山駅から2駅登ったところにある神社の神主だ。自分で言うのも何だが結構寂れていてな」

苦笑いするミユキ先輩。それから休日や放課後に手伝いとして巫女をやっていること、祭っているのは五穀豊穣の神様だということを教えてくれた。神事についてあまり詳しく知らないが、八百万とか道祖神とか、そういうローカルな神様だろうか。しかし神社の神主に巫女か。それもまた妙にしっくり来てしまうな。と、一人頷いていると俺の方を流し目で見て

「まぁ、聞かれたから答えるが、信じる信じないは後宮次第だな」

と意味ありげな前ふりをして

「父は少し変わった能力を持っていてな、それが理由でこの学園の見張りを任されているのだ」

ミユキ先輩の剣術もたいがい特殊じゃないかと心の中で突っ込んでおいて

「どんな能力ですか?」

と聞けば

「実際に父に聞いてみるといい」

と何故かニコニコと日向ぼっこをしている三毛猫の方を向いた。意味を測りかねて首を傾げていると猫が目を開けて、

「そろそろ2限目が始まりますよ。何もお前まで授業を抜けることなかろうに」

と猫が言っ……はい? 三毛猫は後ろ足で器用に耳の裏を掻いている。いや、幻聴だよな?

「いや、私には後宮の様子を見守る義務があるじゃないか」

頼むから俺の幻聴と辻褄の合うことを言わないでくれ。変な汗が出てきた。そんな俺を見てフフフと先輩は笑ってから

「さてっ」

とベッドから立ち上がった。こちらを向いて

「私はそろそろ戻ろうと思うが、もう大丈夫か?」

しばらくあっけに取られていたが、先輩が返事を促すように軽く首を傾げると俺は我にかえって

「はい、もう動けます」

とやや棒読みで答えた。それに先輩は頷いて答え、保健室の扉をガラリと開けた。そこで立ち止まって

「さっき言ったとおり、信じる信じないはお前の自由だ。今のところはまぁ、せいぜい空耳だと思うことだな」

開けられた隙間から三毛猫がノソノソと出ていく。俺は左右に揺れるその尻尾をただ見ているしかなかった。

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