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第6話:朱塗りの鞘は月下美人

 美月ちゃんのクッキーにより野郎共はしばらく三途の川でバカンスを楽しんでいたのであるが”変態ババァ!”というヒロシの奇声をきっかけにめでたく復活。変態ババアと命名されたわりと気の毒な婦人はシキのうわ言から察するに、脱衣ババと呼ばれており、着ている衣から罪の重さを量って地獄行きか天国行きかを決める裁判官だそうだ。全員戻ってきたところを見ると

第3の選択肢:現世

を選べたようだが、野郎共の奇声、うわごと、泣き言をつなぎ合わせると赤木先輩は脱衣ババにいたく気に入られ、しばらくお茶に付き合うことになったということが分かった。これが本当の命がけのデートである。優しい先輩のことだ。断れなかったのだろう。紳士的な態度も時には考え物である。

 みんなを別世界に誘った美月ちゃんクッキーであるが、マリサが言うにはその真の恐ろしさは意識回復後に原因を忘れてしまうことだそうだ。つまりはこの間抜けな顔をして起き上がるヒロシなどは、自分がクラスのヒロインの手料理により生死の境を彷徨っていたとはつゆとも思っていないわけである。昏倒していた全員が全員、

”あれ、ここ俺の部屋じゃない”

とか

”健康ランドが消えた?”

など記憶違いと思われる目覚めの第一声を発しているのを聞けば、そのミステリーの答えを美月ちゃん本人からではなく自ら悟ったマリサがどれだけこの魅惑のクッキーを口にしていたかは想像を絶し、またその意思と友情の強さにはただただ敬服するのみである。

 一行は何事もなかったかのように料理部部室を出て、柔道場の前にいた。開かれた扉の向こうはイグサの匂いが香ばしい青畳が敷き詰められており、正面の壁には”天下無双”と書かれた大きな掛け軸が下がっている。面先生の話によれば数年前、つまり学園が男子校だったころは県大会連覇、上級生の五輪出場といった輝かしい成績を残し、県のみならず全国区でも柔道の名門として学園名を轟かせていたのだが、近年は部員数の急激な減少により存続そのものが危ういらしい。これだけ立派な道場があるのに勿体無い話である。しばらく面先生のトークに聞き入っていると教官室から誰かが出てきた。

「ワシが柔道部顧問、藤堂平八である」

としわがれた声を発したのは、漆黒の甲冑をまとい、水牛のように大きな角のついた兜を被り、右手にガッチリと日本刀を握った白いあごひげが立派な身長170cmくらいの初老の男である。日本刀は剥き身でその刃を鈍く光らせており、またこの雄雄しい武者ぶりの男はそれに勝る眼光を放っていた。確認しておく、ここは柔道部である。再度確認する、彼が顧問である。そして結論に達する、警察を呼べ。

「果し合いを望む侍は貴様らかぁ!?」

断言しよう、栄えある私立桜花学園の柔道部を廃部へと追いやる癌因子はコイツである。

「さぁ、我と思わんものは名乗りでんか!」

出るかバカモノが。その出で立ちといい、構えている刀といい、セリフといいどこまでが本物でどこまでがギャグなのか推察しかねるが、”きえい!”とこれみよがしに突き立てた日本刀がその刃を青畳に深々と沈めたあたり、日本刀は真剣であることが分かり、ついでにコイツも真性のキチガイであることが明らかになった。

もはや長居は無用である。俺たちは一人猛るこの時代錯誤者に愛想笑いをしながら出て行く。

「ま、待つんじゃ! これは冗談じゃ!」

と慌ててノーマルを主張しているがもはや色んな意味で手遅れだ。

「え〜い、こういうときに限って園田がおらんとは気がきかん!」

”こういうとき”が頻繁にあるという時点で100(ジューゼロ)であんたが悪い。美月ちゃんと同姓の見知らぬ上級生が、このどうしようもない事態の収拾を任されているなら真に気の毒な話だ。一行は藤堂先生の必死の嘆願を後ろに聞きながら柔道場を後にした。

 部活紹介はその後、ギター研究部を無視してグランドでサッカー、野球、テニスコートでテニス、そしてプールサイドで水泳と続いた。さっきの柔道(?)のインパクトが無駄に強すぎたせいか、厳しい練習とはいえ余りにも部活然とした光景はやや物足りなかった。もう少しヒネリがあればと考えてしまった俺は早くも洗脳されてしまったのだろう。一方で目を輝かせ、夢の甲子園や国体に思いを馳せている正常な男子、女子生徒諸君がちょっぴりまぶしかった。そうして部活紹介は幕を閉じ、俺達2組は今もギター研究部部室で”ファン”の来場を待ちわびている河野先生をすっかり忘れて帰路へつくのであった。俺はちゃっちゃと下足箱に向かい、

もしかしてラブレターなんかが忍ばされてないかなんて純情なことは考えずドライに扉を開けて靴を取り出すと、

「やっぱりここにいたのね」

とマリサの声がしたので振り返った。するとやっぱり廊下にはツインテールがいるわけで。何となく不機嫌そうに腕組みをしてこっちをじーっと睨んでいる。

「あ〜悪い。一緒に帰る約束してたっけ?」

という俺の親切な気遣いは思ったより的外れだったようで、マリサは腕を組んだままハァっとため息。

「それは当然でしょ? それよりキョウ、その年でボケないで欲しいわね」

当然だそうです。しかしボケとはなかなかの言われようだ。

「初日から生徒会役員会サボるほど度胸あるわけじゃなさそうだし、とっとといくわよ」

言うなりマリサは俺の手首をガッチリと掴んで連行していった。

 高等学新校舎、2階。マリサに連行されてきたこの教室で生徒会役員会議が行われるそうだ。

「すいません遅くなりました」

とマリサが扉を開けると、既に同じ役員と思われる同級生、上級生が着席していた。俺も”遅れてすいません”と低姿勢で中に入り、開いている席へマリサと並んで座った。役員は中等学、高等学の二つに分かれており、3年生を除く各学年から1組2人ずつ選ばれる。1学年は4組で構成されているので役員数は2×4×2の16人となるが、3年生が選ばれないのは彼らが高校受験、大学受験を控えていることに対する配慮だそうだ。周囲を見渡すと入学式の時に見かけた気がする同級生達がいて、逆さ向いた十字架のようなペンダントをつけていたり、丸坊主であったりと気の毒なのだが何組が特定できるのは有難い。上級生はというと、部活紹介でお世話になったアヤ先輩の横顔が見えて、隣にいる黒髪のストレートヘアの女性と話をしている。女性は後姿しか見えないのだが全身からかぐわしい美人オーラを放っていた。アヤ先輩は俺達に気付いたようでこっちに向かって”やっ”と手を挙げて向日葵のような笑顔。ここで鼻の下が伸びてしまうのは男の(サガ)だ。隣では何が面白くないのかマリサがムスっとしてるがこれは仕方ない。アヤ先輩がそれから一言二言話すと、ストレートヘアの女性が立ち上がった。驚いたのがまず髪が長い。膝頭のところまで伸びており、流れるようなそれはがやや紫がかった艶で輝き、妖しげな滝のように見えた。女性は教卓の前に立ち、こちらに姿を向ける。前髪は眉の上で切りそろえられており、顔は色白でやや表情に乏しいせいか冷たさを感じるが、和服の似合いそうなクッキリ二重の美人だった。

「これで全員揃ったようだが……」

と周りを一瞥してから

「ミヅキはいないようだな」

と耳を済ませていなければ聞こえないような声で呟いた。ミヅキってやっぱり美月ちゃんだろうか。

「私は生徒会役員代表の園田美雪だ。みんな宜しく」

と頭を下げた。サラサラサラと黒髪が肩を流れる。CMのモデルさん並に綺麗だ。園田っていう苗字や、さっきの一言、おまけにこのルックスだ。間違いなく美月ちゃんのお姉さんだろう。しかし雰囲気はあからさまに違う。どっちも美人なことに違いはないが美月ちゃんを陽とするならこちらのミユキさんは陰であり、光とするなら影であり、火とするなら氷というかまぁ自分で言っていて要領を得ないのだが、早い話が美雪さんは美月ちゃんに姉属性を加えて超クールにした感じだ。

「今日集まってもらったのは特に用事があるわけじゃなくて、ちょっとした顔合わせをしてもらおうと思ってな」

そこで初めて笑顔を見た俺であるが、カテゴリーを姉属性からお姉様属性に訂正させていただこう。

「仕事は文化祭や体育祭といった年間行事の進行が全員に共通していて、後は会計、生活指導、朝礼など役割別になっているが、詳しいことは来週に説明するつもりだ」

「遅れてごめんなさいなのです!」

突然ガラガラと扉を開けて注目を浴びているのはどう見てもここにいるメンバーとは学年の違う幼い女の子。”全力疾走して来ました”と全身で主張しながら"ハァハァ"と息を乱していた。髪はセミロングでオレンジのカチューシャスカーフを巻いており、結び目が真上にあるので花が咲いているように見える。雰囲気はまさに子猫という感じで、どのくらい可愛いかと言えばアヤ先輩が扉オープン0.05秒後に鼻血を噴出して倒れたほどだ。大丈夫だろうか、机に倒れたまま瞳はハート型。戻ってこ〜い。さてそんな罪作りな子猫ちゃんは

「あれ〜?」

と大きな目をパチクリとさせて俺達を見ている。

「美月お姉ちゃんいないからここで合ってると思ったら、今度は美雪姉様がいるし……」

と、何か衝撃的な事実を呟きながら、人差し指を口元に当ててこの小動物は自答を続けているのだ。それに”フー”っと溜息を吐いたのはミユキ先輩で

「美花。中等学の役員室は一階だ」

と告げた。ミカと呼ばれたこの子は

「あ、そうなのです! ありがとう美雪姉様! お邪魔したのです」

と深々と頭を下げて扉を閉めるとタッタッタッタっという軽快な足音だけを残していった。美雪、美月、美花。下だけ読んで雪月花。

「あ、なるほど」

ポンと手を打ったのは俺だけでなく隣のマリサもだ。お互いに顔を見合わせるとやっぱり考えは同じだったようで、どちらともなく笑ってしまった。

「はい、そこのカップル。悪いけど惚気るのは後にしてくれ」

とミユキ先輩に指摘されて

「いやいやカップルとかあり得ないですって八雲はただの幼馴」

制定カバンの角が顔面を直撃して机上で悶絶。

「すみませんうちの京太郎が無礼を致しまして」

「いや、分かってくれたら良い」

何か誤解を与えたまま場はまとまってしまった。

 顔に制定カバンの跡をクッキリとつけた俺をよそに自己紹介が進んでいく本日の役員会議。アヤ先輩やミユキ先輩の印象が強すぎるせいか、各組の投票で選ばれた猛者であるはずのメンメンもあまりインパクトはなかった。もちろん俺などがそれの最たる例であり、自分で言ってて”何てどうでもいいんだ、というような内容の自己紹介をしてしまった。10中8,9.俺の思い込みだと思うのだが、何となくミユキ先輩が熱心に聞いてくれていたように思う。そんな様子で教室を一回りし、”いよいよ期待のミユキ先輩”となった頃合だ。

「テメ〜がガキかこの野郎!!」

と何やら物騒な声がグランドから響いてきたのだ。で、窓側にいる俺が見たのは、バスケの赤いユニフォームを着たツキノワグマのような男とそれを囲んでいる40人くらいの大人数でモヒカンに学ラン、つまり武装高校の野球部である。手には鉄パイプにバット、角材、木刀とバリエーション豊かな得物を持っている。そのうち何人かがギブスや包帯やらを巻いていた。間違いなく”親っさん”にやられたものだ。するとこのシチュエーションは実に分かりやすいわけで。俺は1年分の溜息を吐いた気がした。やれやれあのクマめ、面倒なことになってるな。俺は頭をかきながら席を立って

「すいませんちょっと靴買ってきます」

と言った直後に何デンパなこと言ってんだ、と自分自身に突っ込みつつも教室を早足で抜けた。テンパってるぞ俺。

 上履きのままグランドに出て、いや〜間近で見ると怖いの何の。路地裏とかに棲息してて袋を鼻に当ててスーハーしてる目を合わせたらいけないお兄さんみたいな人達がズラズラ〜っと円陣を組んでいて、残念なことにその中央にいるのはやっぱりヒロシだった。

「テメーうちの後輩の落とし前ど〜つけんだ!?」

と言いがかりをつけてるのは、真っ金々のリーゼントヘアにサングラス、おまけに膝まで丈のあるでかい学ランを着た1世代前のチンピラだ。肩にトントンとしてる木刀がちょっとマッチしてる。

「確かに親父がしたことは大人げなかったな、というかなさ過ぎか。だけど野球部同士の問題をバスケ部の俺に言われても困るんだけどな?」

とヒロシは練習中に呼ばれたのか、額の汗を拭いながら臆した様子も悪びれる様子も無く言った。なかなかに大したヤツだ。しかしまだまだだヒロシ君。衆目にそれはかっこいいかもしれないが、相手にとってはただの挑発行為にしかならないぞ。ていうかもう入部したのな。

「いや〜お取り込み中失敬しますよ」

と俺は営業スマイルで円陣の中に入った。ヒロシの

”キョウ何してんだよ!”

というアイコンタクトも、

「何だテメーはコラ」

みたいな野次も俺は無視してリーダーの木刀に

「こいつは俺のペット(キョウダイ)みたいなもんなんですけどね、何かあなた方にしでかしたんでしょうか?」

と低姿勢で聞いてみると、案の定、相手の主張するのは支離滅裂に筋の破綻した暴論であり、俺が判りやすく言えば”とにかく親っさんにやられっぱなしは腹が立つから息子のヒロシと【俺達だけ集団】で戦わせろ”というものだ。何というか男気のカケラもない実に根性の腐った連中である。呆れてものも言えない。加えて相談して分かる相手でもなさそうだし、暴れて何とかなる人数でもない。ましてや俺なんかろくな戦力にもならん。困ったものだ。

「京太郎さん、ヒロシさんごきげんよう。この低脳そうな方々はお友達ですか?」

ややこしいのがまた来た。ヒロシは愚か、馬鹿にされた周囲のチンピラすらもこのツインテールに目を奪われている。

「すっげーまぶい」

「ありえね〜」

「こんな上玉いるのかよ」

「俺編入しよっかなー」

「馬鹿お前の学力でできるわけねーだろ」

……としばらく。

「「「「誰が低脳だコラ〜!!」」」」

遅いぞお前ら!

「あら失礼致しましたわ。社交辞令を忘れてつい本音を告白してしまいまして」

とマリサは100万ドルの笑顔。俺もグラつきそうになった。恐るべし猫かぶり。

「え〜こ、告白だってよ」

「生まれて初めてだよ俺」

「まじやっべー」

「これってメキメキってやつじゃね〜?」

「馬鹿それ言うならトキメキだっての」

お前ら単語に騙されるな。……としばらく。

「「「「本音だとクラ〜!!!」」」」

やっぱり遅いぞお前ら。一人がマリサに掴みかかろうとした時俺はとっさに間に入ってそいつの腕をヒネリあげる。実は俺もあまりヒロシの”親っさん”のことを言えない理由の一端がここにあるのだ。俺がヒロシの親父さんを”親っさん”と呼ぶように、うちの親父はヒロシに”親父殿”と呼ばれている。自分でフっておいて何だがまぁその由来は後で話そうと思う。ところで今の不本意な行動であるが、実は親父の厳命として”女に手をあげるな、手をあげるやつも許すな”というのがあって、幼少期からそれを刷り込まれたせいで今となっては例えマリサであっても反射的に体が動いてしまうのだ。実にしまった。

「ま、まぁまぁ穏便に穏便に。彼女は無関係ですから」

慌てて手を離すと折り返しに手痛いパンチを顔面にもらって尻餅をついた。あ〜痛い。実に痛いぞ。口の中にジワっと鉄サビの味が広がったが、しかしまぁ、これも知れてる。冗談にせよ親父やマリサからもらう一撃の方がよっぽど重く鋭い。ここは我慢して穏便に……その時火薬が爆ぜるような音がした。文字通りの乾いた音で、何度も校舎の壁で反響してから消えた。何があったのか見上げると、視線の先には拳を正拳の形で握っているマリサ。腕の伸び、足腰の踏ん張りもヒネリの角度も完璧。これを食らったら冗談抜きで脱衣ババの胸元に飛び込んで永遠の愛を誓うことになるだろう。そんな恐ろしい拳の先には俺の顔に一発いれたチンピラが硬直をしている。いや、よく見れば開いた口の塞がっていないチンピラの眼前には平手が差し込まれ、マリサの拳を包み込むように掴んでいた。

”マリサ渾身の一撃が受け止められた”

その事実に一番驚いているのはマリサ自身のようで、白い煙をあげている自らの拳とそれ受け止めた手を目を皿のように開いて見つめ、絶句している。その白い手の主は何とミユキ先輩だった。いつの間にかマリサとチンピラの間を正面に据えるように立ち、顔はチンピラの方を向けながらも切れ長の目端で白煙の昇る自らの手とマリサの拳を見ており

「ほー……」

と呟きながら口元に笑みをたたえていた。それから俺の方を向いて

「大丈夫か?」

と穏やかな声で聞いてくれた。俺は間抜けな格好のままただ頷くことしか出来なかった。ミユキ先輩はマリサの拳を両手で包み、そっと降ろして

「お前達は部外者のようだが、入校許可証は持っているんだろうな?」

と静寂を破った。ミユキ先輩の美しさのせいか、その突然の登場のせいか、あるいはマリサの一撃の威力か、まぁたぶん全部が原因なのだろうがミユキ先輩のセリフから武装高校のメンツが我に返るまで結構な間があった。例えば俺が立ち上がるくらいは余裕があったわけで。

「んなもんあるわけねぇだろ!」

「スカしてんじゃね〜ぞコラ!」

とようやく野次が戻る。その喧騒に一人頷き、ミユキ先輩は

「そうか」

と頬をくすぐっている髪を手で後ろへ流した。

「当学園への不法侵入及び学園生への暴行と傷害を現行犯で確認。これより学園規則第9条に則り生活指導担当委員の権限として侵入者に制裁を加える」

凛とした声でそう告げると、どこから持って来たのかミユキ先輩の手には朱塗りの鞘が握られていた。ピタっと静寂。瞬く間の出来事。”え?”と思うや否や40人のチンピラが一瞬にして吹き飛んだのだ。何が起こったのか見えなかったが、ミユキ先輩は刀身を横に薙いだような姿勢をとっており、

「制裁完了。これに懲りたら今後は許可をとって入校することだ」

と言って”カチン”と金属音を響かせて白刃を鞘に収めた。まるで竜巻か台風にでも襲われたように散り散りになってグランドで伸びているチンピラたち。ひどいやつは木の枝に引っかかったままプランとしている。そのあまりの光景に俺もヒロシもマリサも動けない。無茶苦茶だ。ミユキ先輩はこちらに向き直ってニッコリと笑顔を向けた。

「すごい上段突きじゃないか八雲。驚いたな」

と言われ、我に返るマリサ。マリサはその後、瞬発力、姿勢、構え、勇気、ツインテールなどなど最後多少関係ないことも含めて褒められて

”猫かぶった方がいいのかなぁ、素のままのほうがいいのかなぁ、貧乳でもいいのかなぁ”

みたいに恐縮そうな照れくさそうな感じで笑っていた。あと俺を念力で殺そうとしていた。

「それから……」

とヒロシの方に目を向けると

「紅枝です」

とやや不機嫌そうなヒロシの声。

「紅枝か。いい友人を持ったな。ああいう状況で仲裁に来てくれるヤツは滅多にいないぞ。大事にな」

ヒロシは黙って頷いた。表情はこころなしか暗い。普段からこういうトラブルは多い方で、いつも一暴れしてスッキリとした表情をしているようなヤツなのだが……。ああそうか、だからか。暴れる前に事態を収拾されてそれが面白くないわけだ。一人納得していると

「後宮」

と呼ばれ

「はい」

と元気よく返事。

「役員会議の最中に靴を買いに行くなんて非常識だぞ」

この予想外のセリフに”え”っと間抜けな声が漏らしてしまったが、それはミユキ先輩に届かなかったようで腰に手を当てて”ハーっ”と溜息を吐いて真顔で呆れている。いや、確かに言ったけどさ。隣ではやっぱり馬鹿なヒロシ君は額面どおりに受け取ってくれたようで

”マジか?”

っと俺の顔を横目で見ている。サケ狩りでも行って来いバカグマ。さらにこのお姉様は

「どれだけ靴が大事か知らないが、公私のケジメはキチンとつけて学園生としての自覚を……」

と俺の顔を見ながらタンタンと説教を続けているのだ。妙な誤解を招いているぞキョウタロウ君。それを解くため

「いえ本当に靴を買いに行ったんじゃなくてですね、あれば方便……」

と途中で割ると

「なに? お前、嘘をついたのか?」

目を細めるミユキ先輩。

「いえいえいえそんなまさか。すみませんでした先輩今度から放課後にナイキショップ行きます」

三途リバー行のチケットがチラついたので俺は頭を下げる。

「分かれば良いさ」

ミユキ先輩は笑顔に戻り、ヒロシはますます怪訝な顔をし、マリサも本当に俺が靴を買いに行ったんじゃなかろうかと思い始めている。ミユキ先輩、新手の天然かもしれない。

「それじゃぁ私はこれから校長に事の顛末を報告してくる。お前達はもう自由にしてくれて構わない」

と言われ

「「「ハイ」」」

と三人で返事。それからミユキ先輩は

「もしまたあの連中が何かして来たらすぐ私のところに来るといい。だいたい2年1組の教室にいるからな」

と残して新校舎の方に歩き出した、が、一度振り返ってマリサと俺を交互に見たあと

「あんまり恋人に心配をかけるなよ?」

とニッコリ笑ってから行ってしまった。とんでもない誤解を受けたものだ。後ろでは

「もうミユキ先輩ってほんとカッコイイよね〜!」

っと上機嫌に先輩を称えるツインテールの声がする。俺は頭痛のする額に手の平を当て、ズキズキとした鈍痛を払おうと首を左右に振った。溜息。するとヒロシが俺の隣に並んで

「なぁ、キョウ」

と肩を叩いてきた。全くいつまで不機嫌なんだお前は繁殖期のホッキョクグマか。そんな体力余ってるなら今から”親父殿”に言って昔みたいに稽古でも……

「靴買いに行ったってウソなんだろ?」

と予想外のようで実は予想通りの質問をしてきた。俺は説明するのも面倒なので

「いいやマジだよ。今日は新作の入荷日なんで我慢出来なかったんだ。”つい勢いでやった今は反省してる”っていうあれ。そんだけだ」

と適当に返事をしておいた。

「じゃ、わざわざ何で首を突っ込んだんだ?」

随分くどい。

「ただの成り行きだ。動物愛護は趣味じゃない。自信過剰になってんのかシロクマ」

と皮肉たっぷりに返しておいた。するとヒロシは納得いかなかったのか俺の肩をガッチリと掴んだ。否が応でも向き合うことになる。いつになく真剣な眼をしていて、本当に面倒なヤツというか何というか……。ヒロシは今自分の持っている本当の疑問というか、心情というかそういうものを言おうとしてるようで、何回か言うのを躊躇ってから意を決したように俺の目をしっかりと見て

「八雲さんと付き合ってるって本当か?」

金曜日夕暮れ放課後、俺は割りと本気でヒロシの頭をぶっ叩いておいた。


第1章:入学編:完


  


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