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第5話:魅惑の手料理

 「じゃ〜、後でな」

と爽やかにヒロシが手を振っているのは、皆が食堂に行ったり、弁当を机で広げたりする昼休みに、目下テンションだだ下がり中で机でグッタリとしている俺にである。今日も午前中で行事が終わると俺の脳内で予定が勝手に改変されていたことが原因だ。早い話が昼飯がないのだ。もう少し早く気付けばシキ、ヨードーなどにおすそ分けを頼んだのだが、ヨードーは午前の部活紹介が終わってもまだ演劇部部室に残り、シキは役員の関係で戻るや否や図書館に向かったのだ。そして最後の頼みのツナであるテディベアのヒロシはというとなかなか友達甲斐のあるヤツで

”それならお前の代わりに食堂で食って感想を聞かせてやるぜ!”

と親指を立てて躊躇無く教室を出て行った。やだな、泣いてないよ? とにかくそういうわけで俺は今ここで崇高な断食を行っているわけである。果報を待ってるわけではないがここは寝るより他は無い。いつもヒロシがそうしてるように机に突っ伏していると、

”カタリ、コン”

と何かが机に置かれた。ハシである。

「これキョウのね」

ボソっとした声の主はマリサだった。ガバっと起き上がる。

「ちょっと失礼しますね」

とズズズっと机を移動させて俺の机とドッキングさせたのは美月ちゃん。そしてマリサはシキの椅子に座って俺達と向かい合わせ。美月ちゃんがおもむろにカバンから取り出したのは明らかに一人で食べるにしては大きな桜色のお弁当箱で、次にマリサが取り出したのもそれと同じくらい大きな白色のお弁当箱だった。事態が飲み込めないままでいると二人は弁当箱の蓋を開け、あらわれた御馳走という言葉が実にフィットする料理の山を

「すごいこのタコさんウィンナーって八雲さんがカットしたの!?」

とか

「まぁ、私どれだけ頑張っても大根にその色が出せませんのに!」

と互いに褒めている。餓死りそうな俺には目の毒であり喉から5本は手が出ている。ちなみにマリサが洋風で、美月ちゃんが和風だ。

「では頂きます」

と美月ちゃんが小さな手を合わせる。マリサも合わせて、いまだ呆然としてる俺に

”あんたもやんなさい”と目配せをされ、

「えっと、頂きます……」

と呟いた。プチ放心状態。すると二人は何の気兼ねも無くお互いの弁当をつつき始めた。

対応の仕方に困りながらも渡されたハシを握っていると美月ちゃんは

「京太郎さんも遠慮なくどうぞ」

とニッコリ。そうは言われても女の子のお弁当に男の俺が箸を突っ込んでいいものか? いや良い訳が無い。そんなことをしたら死刑制度のないメキシコでもタコスで殴り殺されるだろう。意図したわけではないがマジマジと美月ちゃんの顔を見てしまう。窓から入ってくる爽やかな春の風が美月ちゃんの大きなリボンとポニーテールの間で戯れている。今日も無茶苦茶可愛いじゃないか。

「あの、もしかして和食はお嫌いですか?」

と小鳥のように首を傾げる美月ちゃん。そんなわけあるか! 

「いやもちろん和食大好きだよ俺! 和食最高! 頂きます!」

”ごめんなさい見惚れてました”とは言えないので二度目の挨拶をし、美月ちゃんの不安と腹の虫を抑えるためにハシを伸ばしてみっともなくパクつく俺である。

「まだまだたくさんありますからね。今日は私も八雲さんも作りすぎちゃって」

と水筒を取り出し、暖かいお茶を入れてくれた。うまい。あまりにうまい。趣味が料理どころか仕事が料理と言われても疑わない。地元にこの料理が食える店があれば週七回のローテーションで食いに行くであろう。さて、ここは普段のお返しということでマリサのお弁当もしっかり頂いておこうか。

”そのハンバーグいただき!””パスタもゲット!””ムニエルは予約”

とがっついていく。これはこれでマジでうまい。白い服着たコックさんがこの料理を皿に盛って

”お味はいかがですか?”

と問われれば

”パーフェクトだシェフ セテ デリスィュー!”

と賛辞を送って”後半意味分からん”とか言われるだろう。ちなみに仏語でごちそうさまだ。ん? 何やら殺気を感じる、ちょっとやりすぎたか? っていやむしろ食いすぎた! あんな大きなお弁当箱二つがもうほとんど空じゃないか!? モゴモゴと頬をフグのように膨らませながら見上げると、マリサは机に肘を立てて手を組み、その上に子顔を乗せて心底嬉しそうに微笑んでいた。

「相変わらず食欲は旺盛よね。ほんと幼稚園から進歩ないんだから」

そう言って俺の頬に付いた米粒を取ってパクっと食べるマリサ。なんかやたら恥ずかしいんですが。間違いない。マリサは今喜んでいる。ツインテールが嬉しそうにピコピコしている。するとこの殺気の発生源はまさか美月ちゃん!? そんな訳もなく美月ちゃんは俺に3杯目のお茶を注いでくれていた。

「今日は材料切らしてたので間に合いませんでしたが、次はデザート期待してて下さいね」 

今度も食べられるのか!? 何だこの神フラグは天空神ゼウスの加護なのか!? 俺が感動の涙をこらえていてふと気付いた。見渡すとクラスに残った野郎共がこちらに黒紫の凄まじい呪詛の念を送っているではないか。

”これか殺気の原因は!”

いや、考えるまでも無く当然である。美月ちゃんとマリサはクラスは愚か、学年で見ても美少女コンテストみたいなのがあれば美人ぞろいのこの学園でも確実にトップからの2枠を占めるであろう二人だ。そんな二人のお弁当をそれも一緒に食べられるなんてどこをどう間違っても踏み入れないルートだ。さて俺はどう間違ったのだろうか?

「こ、この裏切りものめ……」

振り返るとヒロシがワナワナと血涙を流していた。その手にはおそらくは俺への差し入れであろう購買のカレーパンとコーヒーの入ったビニール袋が握られていた。もちろん無碍にするわけにはいかない。俺はありがたくもらっておくことにした。

 天にも昇るような一時を過ごした俺であるが、我らが仮担任、面先生が入ってくるとことによってそれは終わりを告げ、午後の部活紹介が始まった。再び桜花ホールに向かう最中、俺は美月ちゃんとマリサの間に入って話を聞くことになる。両手に花? いやいやそんな控えめな表現では収まらない。二人が話している内容というのは中学時代のことだ。お互いの知らぬ過去を話して親睦を深めているのかと思えばよくよく聞けば違う。なんと”二人の思い出話”を語らっているのだ。なんでも大阪聖女学院という超エリート校にいた美月ちゃんはその中でも5本の指に入る成績を残し、その成績のお陰で、アメリカの姉妹校であるアテナ女学院へ1年間留学を許可されたそうだ。そしてその時に美月ちゃんのチューターを担当したのが、何とマリサだと言うから驚きだ。いやはや運命とは分からない。いったい二人はどんな風に中学生活を送っていたのだろうか、その間ずっとこのツインテールは猫を被っていたのか、彼氏はいたのか、あの馬鹿げたパワーを身に付けたのはいつなのか、など俺の疑問は尽きないわけであるが

「だけど八雲さん、いいえもうマリリンでいいかな?」

「ってちょっと美月! ここじゃ恥ずかしいってば」

というようなやり取りを突然合間に入れられると、どうやら美月ちゃんも子猫ではあるが被っていたことが分かる。赤くなったマリサに肩を叩かれてクスクスと笑う美月ちゃん。どうやら二人は随分と前から親友だったらしい。俺は自分のことではないが何だか嬉しかった。

「しかしマリリンね、フ」

と生暖かく見守る視線に”ドゴ”っと突如飛んできた制定カバン。おおおお〜! 目が〜! 

「あらごめんあそばせ京太郎さん」

何で部活紹介にカバン持って来てるんだこの妖怪猫かぶりツインテール! ぐうう。美月ちゃんは人ごとだと思ってニコニコと笑っている。いやこの光景は微笑ましいコメディではない。

涙無しには語れない悲劇だ。実際に主演の俺が大泣きしてるのだ間違いない。

「でもマリリンって、本当にキョウ君と仲良いよね」

「ば、バッカね! ただの腐れ縁何だから!」

とそっぽ向くマリサ。冗談ではない。トラブルメイカーならまだしもトラウマメイカーなのだぞ。え? キョウ君? 美月ちゃんが俺に近づいてきて耳打ち。わぁ顔が近い……。

「だってね聞いてキョウ君。私とマリサが一緒にお昼食べるときって必ずキョ……」

「ほ、ほらほら美月! もう料理部についたわよ!」

マリサに言われて気付いたが、もう一行は部室の前に来ていたようだ。ガラリと扉を開けると部屋の左半分には白のクロスがかけられた丸テーブル1台と椅子4脚をセットにしたものが三つ。右半分はステンレスの鈍く光るどこかのシステムキッチンのような調理設備になっていた。エプロンをつけた先輩方がトントンとまな板を叩いて野菜をみじん切りにし、フライパンから炎をあげている。中華料理だろうか?

「え〜っと、実はここの顧問をしてるのが僕です」

と振り返ったのは面先生。料理上手とは意外や意外。

「でも食べる専門です」

コケそうになった。むしろ食べられる専門だと思ってました。ともかく面先生は運動部に負けないくらいの設備と食材の良さを語りだし、それを美月ちゃんはお祈りするように手を組んで”感激オーラ”を発散させていた。これはピッタリだ。一通りの説明を語り終えると面先生は

「今から体験実習としてみんなで料理を作ってみよう」

とややハイテンションに提案した。

「今回は手軽に作れるクッキーです」

反応は賛否両論マチマチなのだが、背筋に何かを感じて振り向くとマリサがアイコンタクトを送っていた。

”間違っても美月のクッキー食べちゃダメよ?”

その表情は鬼気迫るものだ。俺はアイコンタクトを返す。

”何でだ? あんなにうまい料理出来るのにそれは酷な話じゃないか?”

”お願いキョウ! 言うことを聞いて?”

”いやいや、だって”

”お願いだから!”

極めて納得しかねる内容なのだが、マリサとは言え幼馴染がそうまで言うなら俺は逆らえない。溜息一つ吐いて

”はいよ”

と頷くとマリサはホっと胸を撫で下ろしていた。後になって俺はその意味を知ることとなる。

 しかしながらボウルに入れた卵とバター、その他粉砂糖などをシャカシャカと泡立てている美月ちゃんのエプロン姿が可愛いこと。こんな子の手作りクッキーが食えるなんて千載一遇のチャンスなのにな! 

 ”チーン”

っとオーブンがクッキーの焼き上がりを知らせる。美月ちゃんが香ばしい匂いのするプレートを取り出すと上には黄金色のクッキーが。

「え〜っと、食べて下さる方は……」

「「「「「は〜い!!!」」」」」

言い終わる前に瞬く間に完売御礼。ああ無情。俺も欲しかった。ちくしょ〜!! すぐ隣で数少ない幸運を手にしたヒロシが万感の思いでクッキーを味わっている。

「うまい! く〜〜〜!! 美味過ぎるぜ!」

文字通り感涙。ガッツポーズ。そりゃ美味いだろう。俺がさっきの昼休みに確認済みだ。それに何てったって美月ちゃんの手作りだぜ? これが美味くないとかどこの……っとヒロシの動きがピタリと止まった。まるで剥製のヒグマの様に静止している。どうしたんだ?

「あの、紅枝君、お味はどうでしょうか?」

と少し顔を赤らめて感想を伺う美月ちゃん。それに

「いやぁ、もう最高っすよ!」

っと親指を立てて笑顔で答えるヒロシ。いや俺には分かる。ヤツは目が見えていない。瞳の奥には宇宙が大爆発を起こしている。ああ、手が震えている。妙な発汗を起こしている。ヒロシよツキノワグマのヒロシよどうしたというのだ。彼は息も絶え絶え俺のほうに焦点の合わない目を向けてアイコンタクト。

”やばいぜキョウ。これはタダものじゃない……”

俺は瞬時に理解した。

”早く口のものを出せヒロシ! 死んじまうぞ!”

”バカヤロウ。美月ちゃんの手料理にそんなマネ出来る訳ねーだろ”

ゴクンっとヒロシの喉がなる。次の瞬間”ガク”っとテーブルに突っ伏した。彼は星になった。そしてそれを境にドミノのようにテーブルに突っ伏していく野郎共。幸運の女神に微笑まれし者達が天へと召されていく。

「いや〜参ったなぁ。僕日本銀行券しか持ってないですね」

と意味不明なことを言ってるのはシキだ。彼も数少ない【幸運】を勝ち取った者だ。やっぱり焦点が合ってない。

「最近は円高ですので、1000円もあれば充分だと思うんですが……6文銭でしたよね?」

三途の川の渡り賃! ダメだシキ渡っちゃダメだ!

「あ、先輩こんにちわ。奇遇ですね」

ダメだ向こうで赤木先輩と再会してる! つか先輩まだソッチにいるのか!

「ふふふ、俺はタダ乗りだぜ? レッツ向こう岸!」

ああああ〜〜ヒロシが生死の境でも割と最低なこと言ってる!!

「先輩! 俺達も泳いでいくぜ! おうお前ら根性みせろや!」

「「「「「お〜!」」」」」

ダメだみんな! そんなとこで青春してどうすんだ! 戻ってこ〜い!

「ごめんね、キョウ君にも食べて欲しかったんだけど無くなっちゃった」

と可愛く笑ってる美月さん。アハハハハ。乾いた笑いを発する俺。

「さ、出来たわよ」

タイミング良くプレートを出してきたのはマリサだ。上にのった動物を象ったクッキーに

「わ〜、やっぱりマリリンには適わないな〜」

と感激している美月ちゃん。それに100万ドルの笑顔でマリサは応え、

「【3人】で食べましょう」

と周りでおこぼれに預かろうとしていた”八雲様ファンクラブ”のメンバーに聞こえるように言ってからクッキーを皿に並べた。甘くてクリーミーなクッキーとローズマリーの紅茶を楽しみながら

”ありがとなマリサ”

と今までで最高の感謝を込めて言った。心の中で。

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