第4話:いいえ、男の子です?
新校舎の入り口に向かって左手側、そこに大きな2階建ての体育館がある。一階は空手道場、バスケットコートがあって2階には卓球場とバトミントン用のコートがある。元々が男子校であることと学園の方針が学力より体力に重点を置かれていたこともあってスポーツ系の設備は県内でも1,2位を争う充実度合いらしい。ウソか本当かはさておき、面先生にそんなような説明を受けながら着いたところは体育館一階、空手道場前。上履きを脱ぎ、ガラリとスライド式の扉を開けて入ると檜の床が足にヒヤリとした。そして
「オス!!」
と気合を入れて挨拶をしてきたのが空手胴着をまとい、年季を感じさせるクタクタの黒帯をぎゅっと結んだ上級生だった。体格はガッシリとしていて背は180cmほど。頭は丸ボウズだがこれは本人の意思によるものか顧問である園田先生のスタンダード”ハゲリンコ”によるものかは分からない。彼の後ろには黒帯をした先輩方が20人程いて、組み手や腕立て伏せ、兎跳び、型の稽古などそれぞれ汗を流していた。
「新入生のみなさん、こんにちわ!」
と挨拶をすれば
「こんにちわ」
と皆がややバラけた返事を返す。
「自分は桜花空手道部で主将をしている赤木と言います。よろしく」
それから赤木先輩は後ろでせっせと練習に励んでいる部員について、例えば型の解説や組み手のルールなんかを一通り説明し、続いて一日の練習量や主な大会の成績などを熱く語ってくれた。
「とまぁ、うちはこんな感じです。今の時点で入部希望とか興味持ってくれた人はいるかな?」
サっと手を挙げたのが二人でヒロシとマリサ。ヒロシはまぁ良いとして皆はマリサが手を挙げたのが意外だったようでザワザワとまでいかなくともヒソヒソとした声があがった。俺は事情を知ってるからさもあらんと言う事なのだが。
「さっそく二人も興味持ってくれたのか。よし! それじゃぁサービスにデモンストレートを」
と赤木主将はニコニコと二人を見た後、”シッ!”と気合を入れるように短い息を吐き、腰を落として胸を張る。
「さ、どこでも良いから一発、殴るなり蹴るなりしてください」
マリサとヒロシが顔を見合わせる。
「これはどんな角度からの打撃でも姿勢が崩れることの無い優れた構えで、三戦と呼ばれています。さ、遠慮なく」
昔から喧嘩っぱやいヒロシだ。こういう挑発をされたら乗ってくる。
「あの〜先輩。これでもし俺がマグレでKOとかしちゃったらどうするんですか?」
とかなり好戦的な発言。これに対して先輩は涼しい顔で
「いや〜参ったな。さすがに主将の私が新入生にやられたら看板降ろさないといけないですね」
と返した。これは見ものだ。ヒロシは格闘技の類は習っていないが親父さんが”親っさん”なだけに半端ないほど鍛えられている。技術的なことはともかくとしても純粋な力と瞬発力に関してはトップアスリート並だ。ヒロシは
「それじゃぁ遠慮なく」
と軽く腰を落とし、スっと息を吐いてから鳩尾を踏み抜くように前蹴を放った。ドスっという鈍く低い音。それはもう後ろで練習に集中していた部員が手を止めて振り向くほどだ。姿勢からして全体重が乗っているだろう。普通の人間ならここでまず嘔吐が始まる。しかし主将は微動だにとは言わないものの、足は床に根を張ったように離れていなかった。
「さすが主将ですね。俺の完敗です。生意気言ってすいませんでした」
そう言ってヒロシは頭を下げた。主将は
「いや、かなりこたえたね。素晴らしい逸材だ。ぜひうちの部に入ってくれ」
とヒロシの手を取った。クラスの皆が拍手をもって賞賛を送る。そこへ
「あの〜すみません赤木先輩」
とツインテールが男による男のための男の感動シーンに水をさした。
「私も記念に一打、宜しいでしょうか?」
「八雲様俺にも一発!」
「ぜひ俺にもお叱りを!」
「俺にも愛のムチを!」
勘違い野郎どもの志願が入る。望んでもいないのにもらった俺の身にもなってもらいたい。主将は
「もちろん、約束だからね」
と爽やかスマイルで、女子だからと馬鹿にした様子もなくさっきと同じように腰を低くして真剣な面持ちで構えた。俺は赤木主将をすげー良い人だと思った。マリサは猫被ったままオドオドと歩み寄り、
「それじゃぁ、私は平手打ちで」
と可愛くはにかんだかと思えば破裂音、主将を道場の端まで叩き付けた。昨日マリサが言ってた”時速80kmでダンプにはねられた”っていうあれ。交通事故である。誰もが一部始終を目撃しながら誰もが事情を全く理解できない状態。クラスメイトも部員も先生までも、道場の隅で水揚げされたタイのように痙攣する主将をただ眺めることしか出来なかった。
「え〜っと……」
マリサはその沈黙を破って振り返り、100万ドルの笑顔を皆に向けて言った。
「マグレですわ」
「「「「ですよね〜!!」」」
馬鹿お前らは!!!
こうして空手部は廃部になった。
さて一行は体育館内を巡って、バスケットボール部、卓球部、バトミントン部と見学していった。どれも人気スポーツだけあって大勢の生徒達の関心を引いた。コートの広さ、トレーニング器具の多さやシューズ、ラケット、ボールなどの各種備品も素人の俺が見ても上等なものだと分かった。前を先導する面先生の言っていた”充実した設備”には、なるほど、納得のいく環境だ。もちろん設備だけではなくそこで練習に励む先輩方も道場の隅で今も三途の川を越えようしているであろう赤木主将同様、素晴らしい人たちだった。その気質がもし天性ではなくこの学園の教育による賜物であるならば、俺は教育に対する見方を改めなくてはならない。だってあの先生達だよ? とにかくここで3年間汗を流せばきっと素晴らしい思い出が出来るに違いない。
ところで入学前から空手部を希望していた隣のヒロシ君は今現在いつも通りに見えるのだが、マリサの”マグレ”によって不運にも廃部となった空手部に代わって第2希望のバスケ部に落ち着きそうだ。果たして先ほどの一般人には信じがたい光景がどのような解釈を持って彼の脳内に記憶されたのかは神のみぞ知るところだろう。
次に案内されたのは中学校舎の隣にある円筒の形をした桜花ホールと言われるピンク色の建物だ。もともとはこの学園の設立者である小野寺先生にちなんで”オノデラホール”と名付けられていたのが”それってベタじゃねぇ?”という意見が教師間で出たことによって”桜花ホール”と改名されたそうだ。しかし”桜花ホール”は”桜花ホール”で実にベタなネーミングである。君の代わりに突っ込んでおいた。桜花ホールは三階建てで一階は柔道部と演劇部、二階はギター研究部と料理部のそれぞれ拠点となっており、三階は大きな視聴覚室が一部屋どっしりと構えている。用途は演劇部やギター研究部の発表の場であったり、卒業式などの様々セレモニーを行うことだ。まぁ多彩と言うか、まとまりがないというかとにかく色んなエッセンスが詰まった建物であることに違いない。
「ここが演劇部になります」
と部屋に通されると中は所狭しと大道具、小道具が無造作に置いてあった。そしてそれらに囲まれた部員達は中世ヨーロッパを連想させるような衣装に身を包み、台本を片手にセリフ合わせの真っ最中。
「や〜。ようこそ演劇部へ」
そう言ってにこやかに出迎えてくれたのは青い縁のメガネをかけたショートヘアーの女性だ。
衣装は纏っておらずセーラー服。レンズの奥に見える目はパッチリと大きく、おっとりとした表情だ。カテゴリーは癒し系。
「あたしは部長の加納綾と言います。よろしくね」
と愛想良く小さく手を振る。釣られてこっちも手を振りそうになるほどナチュラル。
「え〜っとそれから、そこで所在なげにしてるシキのお姉さんです」
と名指しされ、注目されたシキはアハハと困ったような照れ笑い。あ〜そういえば似てる。お人よしそうなとことか特に。ここの学園は美人が多いのに驚かされるが、目の前でニコニコとしてるアヤ先輩も例外ではない。ちなみに背は160cmくらいでスタイルはグラマーである。
そんなアヤ先輩は自己表現としての演劇の魅力をたくさん話してくれた。本当に心から好きなものを語る場合、話術という小手先のテクニックはかえって余分なものだと気付かされるのだ。実際アヤ先輩はどちらかといえば口下手な感じなのだが、クラスメイトみんな少し前のめりになって聞いていた。女子生徒達は知らず知らずにウンウンと頷いており、最初は興味なさそうにしていた男子生徒達も結局は腕組みさせられて首を縦に振っているのだった。あと美人だから(ここ重要)。
「じゃあ、ちょっと簡単なのをやってみようかな」
とアヤ先輩はあれでもないこれでもないと道具箱を漁って、やがて目的のものを見つけたのか四角い箱を手にして戻ってきた。
「これ使います」
先輩が皆に見えるよう手をかざして持ってるのは水色の敷物で包まれたお弁当箱だ。
「それじゃぁ、お相手は……」
と先輩が生徒一人一人、主に男子を見て
「じゃぁ君ね」
っと俺の手をとった。マジか!? その柔らかくて暖かな感触に心拍がハネあがる。続けざまにカーっと頬がほてるのを感じた。俺は恋愛に憧れているくせに全く免疫はないのだ。握られた手は早くも汗ベッタリ。
”あ〜先輩ごめんなさい”
とか思えば思うほど心拍はあがる顔は赤くなるの悪循環で
「あははは、そんな緊張しないで」
と無邪気に先輩に笑われ、クラスメイトにも笑われ、マリサに視線で殺され、まぁ散々。でも至福。皆の前に来て先輩と向かい合う。目の前でアヤ先輩はニコニコとしてる。だめだ目を合わせられない。
「それじゃぁお名前を聞かせて下さい」
と言われて
「後宮京太郎です」
と噛まずに言えたのは奇跡だ。
「後宮君ね。宜しくお願いします」
とぺこりとお辞儀。俺も慌てて頭を下げる。アヤ先輩は皆の方に向き直って
「それでは今から女の子が、男の子のために作ったお弁当を渡すっていうシーンをやってみますね」
「オー……」
と期待の歓声。あ〜夢にまで見て憧れまくったよそういうシーン。演劇とはいえ相手がこんな美人だと俺は幸せ過ぎて死ぬかもしれん。生き残ってもマリサに殺されるかもしれん。
「本当はあたしが先輩ですが、ここはあえて後輩役をやります。後宮君が先輩ね。こうやって立場を入れ替えることができるのも演劇の魅力なんですよ」
と言いながら先輩はメガネを外して小道具のテーブルの上に置き、
「ちょっとおめかしです」
と軽くサッサと手櫛で前髪を整える。そしてクルリと俺に向き直った。断言しよう。女神がそこに微笑んでいた。メガネ美人も悪くないと思っていたがメガネ美人がメガネを外すとこんな奇跡が起きるとは予想だにしなかった。ダメだ逆に視線がそらせない。
「じゃぁ、いきますね」
と笑顔のアヤ先輩はお構いなし。
「3,2,1.アクション」
と言うと、サっと空気が変わった。何だろうかこの静寂は。さっきまでの明るい雰囲気はどこへやら。いや、ここに来てやっと、やっとだ。俺は気付いた。あの明るい朗らかな雰囲気は全てアヤ先輩が一人で創造した世界だったのだ。これは演技力や場の空気といった技術ではなくもはや魔法だ。いやそれともこれが本当の演劇なのか? この静かで、胸が高鳴るような雰囲気も先輩が……。と前を見たのが運の尽きだった。キュっと緊張でつぐんだ小さな口は健気にも笑顔を作ろうとし、小刻みに震えている肩は思わず抱きしめたくなるような衝動にかられた。そして受け入れてもらえるかどうか不安に満ちた上目遣い。その中でそっと両手で差し出された水色のお弁当箱。中はきっとアヤちゃん(脳内では部活の後輩)が一生懸命、不器用ながらも努力して作ってくれた愛情一杯の料理で満ちているはずだ。
「あ、あの先輩……」
小さな口から紡がれた消え入りそうな声。大丈夫、勇気を出してアヤちゃん!
「私、一生懸命作ったんですけど、その自信持てなくて、えっと」
ジワリと瞳に涙が浮かんでいる。大丈夫毒でも食うから! 勇気を出して!
「その、ごめんなさい」
ああ、やっぱり自信が持てなかったのか、アヤちゃんはお弁当箱をゆっくりと降ろし……とっさに俺はお弁当箱を掴んでいた。
「はい、お弁当受け取ってくれてありがとうね後宮君」
あれ? アヤちゃん? ニコニコと微笑んでいるのは緊張で押しつぶされていたはずの可愛い後輩であるアヤち……そこで周りから拍手が起こって俺はようやく現実に戻された。
「セリフなかったけど、後宮君、主演男優賞ものだったよ」
ポンと背中を叩かれたとき顔から火が出そうになった。周りの拍手の中俺はただ小さくなって定位置に戻るのだった。
「それじゃぁ後一人、今度、俺、私もちょっとやってみたいなって人?」
とアヤ先輩は手を挙げて皆を見回す。右手がムズムズとしてあげそうになる。これもまさかアヤ先輩の……魔法に負けて手を挙げたのはヨードーだった。見つけるなりアヤ先輩は大はしゃぎ。
「キャ〜こんな可愛らしい女の子がいたなんて!」
ナイス勘違いだ先輩。弁解する間もなくガッシリと手首を掴まれて引っ張られていくヨードー。
「あの先輩ワシは……」
「へ〜、君って自分のことワシって言うんだ! あ〜もうギャップ萌えよね! お名前は!?」
「えっと、山之内陽動です」
「ヨードーちゃんね! お姉さんしっかり覚えたんだから!」
とやっぱり弁解する暇を与えてもらえないヨードー。そして皆の前に連れてこられるとヨードーは鼻先がくっつく程マジマジと覗き込まれ、額に青線を入れていた。
「あ、あの先輩。ワシはだから……」
「決めたわ!」
何かが決まったそうです。ガシっと急に肩を掴まれてビクっと飛び上がるヨードー。
「ヨードーちゃんを超キュートにおめかししちゃいましょう!」
「「「「え〜〜!?」」」」
俺は聞き違えていない。野郎共があげたのは意外ではなく期待の雄たけびだった。
「いえ、あの先輩ですからワシは……」
「もうそんな照れないで良いの! 全部お姉さんに任せなさい! うちはメイドに猫耳、バニー、ナース、婦警、ロリはゴスも甘口も完備なんだからウフフフ」
と非常に興味深いことを呟きながらヨードーを更衣室へ引きずって行く鼻息の荒いアヤ先輩。バタンと扉がしまって静寂。ああ神様、このほとばしる熱いパトスをお許しください。
「わっちょっと先輩まっ……!」
「はいは〜い上着脱いでね。カッターもサラっと」
パサ……。
「あっ!!」
「もうそんな照れないでも大丈夫よ!あ、胸を気にしてるの? 大丈夫すぐに大きくなるわ、まだ一年生じゃない。それに今でも充分可愛いし」
「ありがとうござ……ってそうじゃないんです! ワシはだから」
「はいはい下も脱いでっと」
「ってちょっと!待っ……」
スルスル
「キャ〜!!!!」
「あ、ブリーフはいてるのね。うん、何でも経験しておくのは良い事よ? 演劇では役になりきるために下着までちゃんと変える人もいるんだから!」
「ううう〜、ワシもうお婿にいけない……」
「お嫁の間違いでしょ。それにお婿って言うならお姉さんがもらってあげるんだからウフフフ」
「だ、だから違うんですって…ぐす」
「まぁ綺麗な脚ね! 生脚も良いけど、脚線を強調するためにはやっぱりストッキングよね」
サワサワ
「ひ〜!!」
「ま〜スベスベ! スカートは短めが良いかな? フリフリにしてさりげなくモモが見えたほうが……」
漏れ聞こえてくる禁断の花園を脳内に思い描き、男子の3分の1が鼻からの出血多量による危篤状態。俺はマリサのカカト落しを食らって別の花園でまったりティータイム。ああ、赤木先輩が見える。先輩渡っちゃダメだよ、それはナイアガラより危ない川だ。渡り賃なんて交渉してる場合ではない。帰って来い空手部主将。
「お待たせしました〜!」
と勢いよく扉を開けて出てきたのはまずアヤ先輩。そしてアヤ先輩に腕をガッチリと掴まれて皆の前に引っ張られて来たのは……。想像を超える変身を遂げたヨードーだった。サナギが蝶へと羽化した瞬間。もはや誰一人として言葉を発さない、発っせない。なんだこの色っぽいメイドさんは。白と黒がベースカラーのエプロンドレスを着ていて、肩から鎖骨にかけては露出。細く白い腕には大きな黒の付け袖、首には黒のリボンが蝶々結びで付けてあった。脚は膝頭の上までタイトに黒のストッキングが覆い、白のスカートは下着を隠すだけの申し訳程度の長さでついつい目がいってしまう。そして頭には猫耳を象ったカチューシャが飾られていた。ヨードー自体がもともと飛び切り美人なこともあってもはやこれは芸術と言っても良かった。
そんな極上のセクシーメイドさんは無言ながらも集中する視線に耐えかねて頬をピンクに染めてうつむいている。仮にメイド喫茶行ってこんな子がコーヒーの一杯でも入れてくれたら普通の男なら迷わず福沢諭吉を手渡すことだろう。
「それじゃぁヨードーちゃん。お姉さんがさっきお願いしたことやってみて?」
「え……でもワシ」
と握り拳を口元に当ててるヨードー。何をお願いされたんだ!? 何をお願いされたんだ!?
不安そうなヨードーの視線にニッコリと大きく頷いて応えるアヤ先輩。それに安心したのか観念したのか、ヨードーは俺達の方を向いて、両手を前に組み、やってはならない禁断の笑みを浮かべてしまった。
「おかえりなさいませご主人様〜」
「「「「「「ただいま〜!!!!」」」」」
間髪入れず即答の主人様達。その比率実に野郎共の97%。人類皆兄弟。人はついに月への一歩を踏み出した。あまりの反応の大きさに驚いたのか、ヨードーは砂糖菓子をかじったリスみたいな顔をした。それに
「も〜完璧じゃないのヨ〜ド〜ちゃん!」
と抱きついて頬ずりする先輩。あ〜羨ましい! どっちも! これを皮ギリに完璧にネジの外れたアヤ先輩は演劇という名のコスプレショーを始めた。白衣の天使に扮したヨードーが
”次のお客様どうぞ”
とやれば腹痛を訴える野郎共が続出し、黄色のキャミソールを着て妹キャラに扮し、
”ね〜お兄ぃちゃん、私お小遣い欲しいな”
とモジモジと小指の爪をかじれば野郎共はすかさず財布から万券を抜刀。その速さたるや剣豪宮本武蔵もかわせまい。結局アヤ先輩がおなか一杯になるころには7割以上の男子生徒が鼻にティッシュを詰め込んでいた。実に楽しい楽しい演劇部の部活紹介はそうして幕を閉じ、
「それじゃぁ、皆さん、今日は見学ありがとうございました。またいつでも遊びに来てね」
とお辞儀するアヤ先輩には惜しみない拍手が送られた。ともかくこの先輩の人柄なのか、それとも袖を通した衣装なのか、あるいはやはり演劇そのものなのか、決め手になる材料は俺は分からないが、ヨードーはその日のうちに演劇部に入部することとなった。