第2話:俺はツインテール
1年2組の教室。見知らぬ生徒同士互いに友になろうと一世一代の勇気を出して声をかけたり、あるいはそんな勇気を出さず身内同士輪を作って未知の環境にソワソワしながら話をしたり、はたまたあるいは身内も勇気も持たず緊張してただ座して教師を待つ生徒などが入学初日の教室で見られる一般的な光景であると思う俺であるが、どこのクラスもあの妙な担任達のせいで皆互いの隔たりをブチ破ってワイワイと打ち解けていた。かく言う俺もヒロシと”初めまして”な男子生徒二人、計4人と輪を作って話しているわけである。一人は山之内陽動。通称ヨードーだ。もしブレザーを着ていなければ全員が彼を女子生徒だと思っただろう。切れ長の目に弓なりの眉、目のしたに小さなホクロがあって髪は肩で切りそろえられている。さらに真っ白な肌に加えてスレンダーな体型だ。色っぽさでいうならむしろ美月ちゃんより上のどえらい美人だ。ブレザーも別な意味で似合ってる。いや、俺はそっち方面に趣味は無いぞ。ヒロシもそうだと信じたい。
「しかしまぁ紅枝教官がヒロシの父とは、ちと驚いたの」
ついでこの多少時代掛かった口調も特徴の一つだ。
「僕はむしろ担当されている教科が意外ですね」
そう言って微笑む眼鏡の少年は加納志気。自分から”シキと呼んでください”と自己紹介して来たのでそう呼ぶことにした。
「英語だもんな。それは息子の俺が一番ありえね〜と思ってる」
「100歩譲って【1時限目:暴走】って感じだろ?」
「否定しにくいボケやめれ」
ため息を吐きながらヒロシが突っ込む。ボケではないと君には言っておく。
「僕は体育だと思いましたよ。バット持ってましたし」
どれだけ親切な解釈なんだ。実際にシキは今日会ったのが初めてなのだが最初に交わした一言二言で裏の無い人間だと分かった。俺には人の本姓を見抜くような能力は備わっていないのだがさっきから”無防備””良い人”的なオーラを全身から発散させているこの少年は意図せずとも自らそう主張しているのだ。仏門に入れば3日と立たず後光が差すであろうし、振り込め詐欺から電話がかかれば要求額に消費税を加えて支払ってしまいそうなタイプだ。ほんと4組じゃなくて良かったね。チラっと美月ちゃんの方を見るとあっちはあっちで女の子同士コロニーを作って紅茶やらピアノやらハイソな話題に花を咲かせている。美月ちゃんもそうなのだがその周りの女の子達も目を引く美人ぞろいだ。類は友を呼ぶって本当なんだね。
入学式から紆余曲折あったもののホントここに来て良かっ……
「ホームルーム始めるぞクラァ!」
たのであろうか? ヒロシの親っさんが入り口の扉を蹴り開けて入ってきた。一瞬にしてクラスは凍りつく。釘の多数刺さった見てるだけでも痛々しいバットを置き、教卓の上にバンと両手をついて全員を一にらみ
「委員長。礼」
と低く言った。いやまだ委員長とか決まってないんだが。どうしようとザワつける雰囲気ではないし、このまま沈黙を続けるのも実によろしくない。重苦しい空気が流れる中、
「起立!」
静寂を破ったのはヒロシだ。皆がガタガタと席を立つ。
「気をつけ、礼!」
一同礼。続いて着席の号令に従って皆が座る。委員長が決まった。グッジョブ。カリカリと白チョークで親っさんが黒板にやたら角ばった字を書いていく。”自己紹介”だ。書き終えて振り返った。
「2組担当になった紅枝や。みんな宜しくな! 担当科目は英語や。俺が教えるからにはみんなバイリンガルにしたるからな」
と威勢よく切り出して、趣味はバイク、酒、旅行などなど思ったより当たり障りの無いことを話し、印象はチンピラから熱血教師方面にやや修正された。
「それじゃぁ今度は皆の番や」
というわけで生徒達がそれぞれ自己紹介を始めた。名前や趣味、出身校などなど無難な内容だ。中には勇気有る生徒が大すべりなギャグをかまして笑いを取り損ねて逆に笑いを取るというような場面もあった。そういうときちゃんと親っさんがフォローを入れて盛り立ててるあたり、確かに教師といえば教師らしい。俺の番が来たときも皆ど同様、ごく普通に名前、趣味、出身校あたりにまとめておいた。
「おう、キョウ坊は俺の息子の知り合いでなかなかキレのあるヤツや。みんなよろしくしたってな!」
親っさんから謎のエールももらった。キレってなんでしょう。そのまま特にトラブルもなく自己紹介は進み、美月ちゃんの番が来た。緊張しているのかホウっと溜息を一つ吐いて立ち上がる。
「え〜っと、園田美月と言います。皆さん宜しくお願いします」
「「「「よろしく〜!」」」」
「美月さん結婚して」
ペコリと頭を下げる美月ちゃんに大勢(主に男)から熱烈歓迎な挨拶が返ってきた。
「中学時代は大阪聖女学院で過ごしましたが……」
途中で遮ってザワめきが起きる。冗談ではない。大阪聖女学院と言えばエリート中のエリートに加えて親が衆議院議員とか市長とかでないと裏からも表からも入れない超のつくお嬢様ならぬお姫様学校だ。一瞬にして俺との距離が2光年は遠ざかってしまった。しかしそれ以前になんでそんな重箱入り娘がわざわざ平均よりちょい上くらいの私立高校に来たのか大いに謎である。確かあそこは中高大一貫していたはずなのに。いやまさか……。
「ここに入学した理由は自然があって本当に空気が澄んでいてそれから……」
それから?
「父が働いているからです」
やっぱりあのハゲか!
「マジか!? 誰だよいったい!?」
「もしかしてあの3組の先生の!」
「ウソ全然似てないし!」
「美月愛してるぜ」
事情を知らないギャラリーが再びどよめいた。美月ちゃんは反応が予想外に大きかったようで
あの、その、と少しパニックになっている。皆静粛に。裁判官が持ってるあの木槌が欲しい。
「はい静かに。今は美月さんの自己紹介だ」
パンパンと手を打って場を静めるヒロシ。くそポイントを稼いだなアナグマめ。後何気に下の名前で呼んでるし。
「え〜っとまず誤解を解きたいのですが、その、3組の園田先生は父とは関係ありません」
「「「「ですよね〜!」」」」
お前ら息ピッタリだな。すると、あれ? 俺の記憶違いだろうか。そのあたりのことを確認したくて自己紹介に耳を傾けていたのだが後は皆と同じように趣味について少々話すに止まった。ちなみに趣味は料理だ。いつか俺が手料理をゲットしてやる。
そうして自己紹介が進んで最後にヒロシの番になった。よっこらせと冬眠から目覚めたエトルリアグマ(絶滅)のように立ち上がる。
「おお・・・でかい」
「シロクマ?」
「ツキノワグマ?」
「グリズリー?」
「園田さんラブ」
反応はめいめい(の熊)にせよみんなその身長に驚いていた。
「ついさっき委員長になった紅枝博です。さっき朝礼であった通りそこの教卓の前でバット持ってる怖いおじさんが親父です」
みんな二人を改めて見比べている。
「え〜っとまぁ朝礼ではあんなことあったけど普段は人並みにいい親父なんで宜しくしてやって下さい」
と何故か自分ではなく自分の親父を紹介しているヒロシ。親っさんは椅子に座って教卓の上に足を投げ出してバットに釘をコンコン打っている。OK、信憑性0だ。
「では皆さん、これから宜しく!」
ヒロシが頭を下げる。パチパチと拍手が鳴って全員の自己紹介は終了した。
1時限目終了のチャイムがなった。今日の行事はこれで終わりだ。自己紹介が済んでからは親っさんが前期予定表を配り、向こう2日までの簡単な予定を話すだけだった。他のクラスももうホームルームを終えており、ゾロゾロと帰宅していくのが窓から見えた。やたら丸坊主が目立つのは3組で、怪しげな十字架のペンダントをつけているのは4組だろう。1組からは耳障りなギター音と奇声が聞こえてきた。ああ、ある意味でこの組で正解だったかもしれない。
特に用事も無いので早々に帰ることにした。ヒロシを誘って見たが
”委員長はいったん職員室に集合しないとダメなんだと”
っとのことだ。お役目ご苦労。1組から響いてくる教師のソロライブを聞いていても仕方ないので、待つにしても校舎の外のほうが良さそうだ。小一時間に渡って俺の脳を刺激しているこの視覚化すれば黄緑色っぽそうな怪音波は徐々に俺の精神を蝕んできている。これ以上教室にいたら1組に飛び込んでヘドバンしてしまいそうだ。即時撤退。あ、それならいっそ美月ちゃんと一緒に……。
「いよっ!」
ドンといきなり背中を強く叩かれて咳き込む。振り返る間もなくガシっと後ろから首に腕を回してきた。無礼な上にこの慣れ慣れしい野郎はいったい、と見れば、え、女の子!? 気の強そうな一重の大きな目。瞳はやや青みがかっていて鼻は生意気そうにツンとしている。髪はやや赤毛で左右を結んだ長いツインテールだ。ぶっちゃけ美月ちゃんとはベクトルの違う美人だ。しかし覚えが無い。
「え〜っと、どなたでしょ……げふ」
みぞおちに鋭いボディーブローが入った。1ラウンドKO負け。勝者ツインテール。脳内にこだますアナウンスに身をゆだねて膝から崩れる。
「なにそれ今の本気で言ってるの?」
はい本気です。まじで誰ですか。息が詰まって俯いてるとツインテールがかがんで覗き込んできた。いやマジでこんな可愛い子知りません。
「自己紹介の時にトボけてたと思ったら、実は本当に俺を忘れてましたって言うのがオチ?」
ん? 俺? ツインテールに加えて一人称が俺っていうこんな希少種知っていたら忘れるわけも無い。加えて強気っ子ときてる。しかもこんなに可愛くて目が青くて……って。
「もしかしてマリサ?」
「遅いわボケ」
制定カバンの角が側頭部直撃。ああ瞳にサソリ座の一等星アンタレスが瞬いた。間違いない。この容赦のなさは八雲魔理沙。説明すると保育園と幼稚園が一緒の幼馴染で平日は2日に一回は泣かされてた恐怖のツインテール。父がアメリカ人で母が日本人のハーフだ。もちろん毛色や瞳の色が俺や他の子とも違い、言語の発達も母国語が二つのせいか周りに比べて少し遅かった。それとその攻撃的な性格もあいまって友達も少なく、幼稚園の先生も少し手を焼いていたと思う。当時の俺は好奇心の塊で無謀にもそげな子に近づいて”その髪すっごく綺麗だね”とか言ったのが運の尽きだろうか。以来俺は幼稚園生活を調教一歩手前というとこまでこのツインテールのオモチャにされてしまった。そんなマリサと離れたのは小学校に入る前だ。父親の仕事の都合でマリサはテキサス州に行くことになったのだ。それを知らされた時だろう、マリサはものすごい勢いで俺の首根っこを捕まえて
”これをもって行く!”
とか親にビービー言ってたのを思い出す。もはや俺は”これ”だったようだ。とにかくその時何かの約束をさせられてマリサに離して貰ったのだ。
”絶対だよ? 破ったらクリスマスのお祝いターキーの刑だからね?”
とか念を押されたのだが、今となっては思い出せない。ただなかなかに恐ろしい約束だったようで思い出そうとすると背筋をゾワっと何かが撫でていく。まぁともかくそんなエピソードから俺がどんな素敵な幼少時代を過ごして来たか推測していただけると有難い。しかしここに来てこのトラウマとの再開ですか。神よ恨みますぞ。あなたがイエスというなら俺はユダになります。ブッダであるならダイバダッタに……。
「ほら、いつまでも寝てないで、さっさと帰るわよ?」
グイと襟首を掴んで起こされる。薄れ掛けた意識を頭を振って覚醒させる。涙でにじむ視界がクリアになってくる。目の前にはすごく機嫌が良さそうに微笑むマリサが立っていた。昔はマリサの方が背が大きかったのだが、腰に手を当てて伸びをしていても、今では俺のほうがずっと大きい。ちょっと優越感。しかしこれがあのお転婆マリサだろうか。こうしてニコニコしてる分には相当な美人だ。スタイルも細身だがすごく良い。これで性格が良ければもう恋愛フラグ立ちまくりなんだが。
「どうしたの? 俺の顔なんかついてる?」
小首を傾げるマリサ。
「ん? あのマリサかと思うと小さいなと思ってな」
「そりゃ、キョウは男だから身長なんて抜かれて当然じゃない」
「いや胸がね。平均よりこうペタンコって言うかさ」
ピキっと聞こえないはずの音が聞こえた。なんか気温が下がってないか? マイナス25℃くらいまで。
「いや大事なのは大きさだけじゃなくて形もっていうかさ、最近は貧乳もコアな層から需要があるしね? そんな気にしないでさ?」
マリサ、満面の笑み。死亡フラグは回避不可能のようです。諸君。先人の人は良いことを言った。口は災いの門。鮮やかな脚線美だと思ったら後ろ回しが顔面直撃。そういえばマリサのパパはマーシャルアーツのマスターだとか言ってたっけ? そんなことを考える最中視界は暗転した。
「お〜い生きてるか?」
ヒロシが俺の頬をパシパシと叩いていた。ムクリと起き上がると頬に鈍痛。
「いや〜しかし見事に押印されたものよのう」
ヨードーが笑いながら手鏡を差し出している。おもむろに覗き込むと頬にSサイズの上履の跡がクッキリ。
「達人クラスですね。角度といい、速度といい武道の嗜みがある人でも昏倒は免れないと思いますよ」
冷静なコメントありがとうシキ。
「それにしてもこんなヒドイことをなさったのは誰かしら?」
お前だマリサ! つ〜か何だその口調は!? と突っ込む元気も無かった。窓からはオレンジ色の西日が差し込んでいて教室にいるみんなの影を長く伸ばしている。くそ、午前中にホームルーム終わって今夕暮れとかどんだけ寝てたんだよ俺。こんな地ベタに転んでたら頭が痛くって……って痛くない。思い返せばKOされた後にしては目覚めが悪く無い。むしろスッキリしている。
「どうしたんだ腕組みして?」
「いや、なんか夢見は悪くなかったとか思って。まるで安眠枕で8時間睡眠とったような」
ああそれなら、とシキがニコニコ笑いながら、
「キョウさんが目覚めるまでずっと八雲さんが膝」
「そうですわ」
マリサが突然遮った。何のスイッチ入ったんだ。
「確か私、今日は京太郎さんのお母様から、京太郎さんを市民病院へお送りするようお願いされてましたわ」
「「「「えええ!?」」」」
俺含めた4人の奇声。
「キョウに何事かあったのじゃ?」
「はいそれがつい一昨日なのですが、お魚咥えたドラ猫を追っかけて裸足で駈けていく陽気な京太郎さんが時速80kmでダンプに跳ねられたんです」
死んでる!それ俺死んでるから! 突っ込もうとしたがマリサの視線がそれを許さない。
「よく助かったよなキョウ」
真に受けるな馬鹿ヒロシ!
「はい。それが奇跡的にエアバッグがクッションになって事なきを得たのですが……」
みんな気付け! それで無事なのはドライバーだけだ!
「ご覧の通りさきほどのように顔にアザが出現して意識を失うという後遺症が残ってしまって……」
どんな奇病だそれ! いやさっきシキが的確に蹴りの解説してたじゃないか! つかお前も誰かに襲われて俺が気絶したの認めてただろ! というツッコミをまたマリサが眼力で封じ込める。リヴァイアサンに睨まれたカエルとはこのことだ。腕組みして納得してるヒロシ。真性馬鹿だコイツは。ヨードーお前気付け!っていうか気付いてるだろ!
「それではそういうことですので。京太郎さん行きましょうか」
マリサはツインテールを揺らしながら実に優雅におじぎをして教室の扉を開けた。
クソこいつどんなけ猫被ってんだよ。
「どうなさったのかしら京太郎さん」
眩しい笑顔で振り返るマリサ。そんな麗しい瞳から発せられたメッセージは。
”余計なことホザいたら殺す”
「はいすぐ参ります」
俺はすぐマリサの後を追った。背後でそれを見送る三人。
「いや〜しかしキョウにあんな美人のお嬢さんの知り合いがいたとわね。世の中何が起こるか分かんねーよな」
「ですね。それも聞けば幼馴染でしかも……う〜ん聞いてるだけでも恥ずかしかったですね」
「しかしじゃな、何となくこう殺気めいたものが多少」
三人は三様、閉められた扉を眺めているのだった。