第14話:ジャーナリスト宣言
桜花学園の誇る美女軍団と一つ屋根の下。中学時代を男子校で過ごした俺とヒロシがこの事実を現実として受け止めるには、一子相伝の暗殺拳の使い手であり住所不定無職の革ジャン男が現れる時代までカウンセリングを受ける必要があるのだがしかし、そんな悠長なことをしていたらこの千載一遇の2乗くらいの確率でしか起きない奇跡を逃してしまうぞ、という事実のほうが圧倒的に大きく、やはり俺とヒロシはこの事実をコンマ2秒で受け入れるのだった。かといってそれが特に俺たちに恩恵をもたらすということはなく、
「それじゃぁ先にお湯頂くわ。で、あんた達もし覗き見なんてしたらタダじゃすまないから」
と園田家の誇る天然温泉への道中、浴衣姿で振り返るマリサ嬢とその他美女軍団にただ
「分かってるよ。俺も命が惜しいからな」
と溜息と共に手を挙げて応えるしかなかった。命あっての青春、命あっての恋愛、読者諸君には誠に申し訳ないのだがいくら絶世の美女とはいえ破壊神マリサと武神ミユキ先輩のいる浴槽へ潜入するとか命がいくつあっても足りるものではない。
”で、でも一目くらいは”
などという馬鹿な考えなぞ捨てて俺もヒロシも
「トランプでもすっかな〜」
命がけの取材は読売さんに任せようそうしようと広い広い居間に戻っていくのだった。
それでも捨てられない夢がある。
”ピピピピ、こちらスネーク、目的地に潜入した。コードネームシロクマ、聞こえるか?”
”こちらシロクマ、感度良好、敵影もなし。予定通りミッションを開始してくれ”
”了解、当初の作戦通り安全地帯の確保を最優先とする。通信終わり、ピ”
すっかりと日が暮れた園田神社、一晩の宿へと案内された園田家の別邸を正面に見て左手側へ50m、そこには硫黄の香りを微かに含んだ湯気を山頂から立ち上らせる富士山のミニチュアのような岩山がある。勘の良い君達のことだから100戦練磨のクローン傭兵に扮した俺のミッションがいかに崇高かつ命を懸けるに値するものかは分かって頂けると思う。この偉業を達成するには眼前に立ちはだかる巨大な岩壁を登るしかないのだがしかし、ミニチュアとは言え高さは15m少々ある。おおよそ4階建ての屋根上といったところか。バランスを崩して外に落ちれば大怪我、中に落ちれば一瞬天国次に撲殺という具合だ。
”ピピピピ、定時連絡、こちらシロクマ、敵影はなし。スネーク、状況を報告せよ”
”こちらスネーク、出入り口は正面扉か山頂の噴火口しかない。岩壁の傾斜はおおよそ70度。足場、手掛かりとなる突起を多数確認。フリーハンドでの登攀は可能と思われる”
”こちらシロクマ了解した。それでは内部状況を確認してくれ”
”こちらスネーク了解、状況確認後、再度報告する、それまで待機せよ。通信終わり、ピ”
俺は携帯を切り、夜気を含んで冷やりとした岩肌に耳を当ててそこに伝わるくぐもった音に全神経を集中させる。実況開始。
ジャーナリスト宣言、後宮京太郎。
「ねぇちょっと美月また大きくなったんじゃない?」
「そうかなってキャ! ちょっとマリリン何するの!?」
いきなりの花園にキョウタロウ君大喜びだよ何をされているのですかお二人様!? 詳細激しく希望!
「あ〜もう俺も分けて欲しいわこの胸〜」
「こらマリリン! あ、あんまり調子乗ると怒るわよ!?」
ワッフルワッフル!
「うるさいわね! こんな良いもの二つもつけてるからそんな薄情なこといえるのよホラホラ」
「ちょ! やめ……なさいって! それに大きさなら加納先輩が一番大きいじゃない!」
バシャバシャという湿った音は孤高の天才レオナルドダビンチと化した俺の想像を強く激しくかき立てる。ダビンチ君よ、この壁一枚越えた先には目もくらむような理想郷が広がっている。モナリザみたいな年増に秘密コードをコソコソ埋め込んでる場合ではないぞ。そういうのは今の時代自演乙とかムッツリスケベと言われるのだ。例えば
”どっかに風穴ないかな”
とガラスケース内にあるバナナ獲得方法を必死こいて探してるサルのような俺がその最たる例である。巡り巡って自己批判。しかし事ここにいたってはドスケベと化した俺のイメージの回復を女々しく図るよりむしろ覗き魔に徹しきるというのが男らしさというものではないか。地球の皆! オラにもっと想像力を分けてくれ!
「あはは、アタシは皆より1年上だからっていうだけだよ。美月ちゃんもマリサちゃんもまだまだ成長期だから、来年あたりに大変身するかもね」
「ううう有難うございます先輩!」
パシャリっというこの湿った音をオーバークロックを施した脳内物理エンジン”DAVINCH”で解析、結果はマリサがアヤ先輩に抱きついていると思われる。
”ピピピピ、定時連絡、こちらシロ……”
”黙れヒグマ今いいとこだ次電話したら殺す、ピ”
「よしよし。マリサちゃんだってすごく綺麗だし、スタイルだって良いんだから自信持たないと」
「そ、それでは私の立場はどうなるんだアヤ」
「ユキたんは体全体のバランスを考えたら今がベストだと思うけど……チェック」
チェック入ります!
「……っあ」
今の”あ”には小宇宙が込められていると思わないかね。
「そうか。そう言ってくれると助かる……ってだからアヤ、その呼び方考え直してくれないか?」
”ピピピピ、ぐふふ俺の名前は大山ふ”
”ピ”
電波が1時的に冥界に通じたようだな、なに神社では良くあることだ。
「どうして今更? 昔からずっとそう呼んでるのに」
「いや、実は以前にそれをネタに後輩にからかわれてな、以来少し抵抗があるんだ」
俺のことですね、分かります。
「スンスンスン」
ダビンチというIntel入ってる俺の耳はもはや鼻息だろうと聞き逃さない。
”ピピピピ、緊急連絡、こちらシロ”
”ピ”
「なんだ八雲?」
「いえ、ミユキ先輩ってどんなシャンプー使ってるんですか?」
確かにいつもびっくりするくらい艶々サラサラしてるよなお姉様の髪。アヤ先輩曰くはマジでCMのオファーもあったらしい。
「そういえば私も姉さんの知らないなぁ。浴槽にも見当たらないし……」
美月ちゃんも知らないということは誰も知らないはずだ。さて気になる真相は?
「いや、私は湯洗いだけだ」
「「「「え〜!!」」」」
「ん? 今セリフの数が一人多くなかったか?」
「ん〜私は気付きませんでしたわ」
「そうか? なんだ錯覚か」
危なかったぜ。
「姉様〜」
この声はミカちゃんだ。中学2年生という年齢は俺的に余裕でボールゾーンなのだが審判によってはストライクコールを叫ぶかも知れない。バッターじゃなくて審判アウト。
「どうしたんだミカ? お前も部屋にこもってインターネットなんかせず一緒に入ればいいじゃないか」
ネット回線来てるんだな、いったい誰がこんな秘境までわざわざケーブル引いてるんだ……って
……はい?
「あのね姉様。さっきから温泉の周囲に生体反応があるのですカタカタカタ」
……はい?
「それ本当ミカ?」
「本当なのです。今隠しカメラをオンラインにして浴槽内モニターに表示するのですカタカタカタ、ポチ」
柔らかなの土の地面からモソモソと”幻の生物ツチノコです”言わんばかりのでかいファイバーカメラが出現。その目玉焼きの如く大きなレンズがスパイダーマソのように岩壁にへばりつく俺の雄姿をしっかり捉えました。開き直ってカメラ目線で
「アニョハセオ」
さて選択肢だ。
1:お姉様達に土下座して許してもらう、でも殺される。
2:お姉様達の笑いをとって誤魔化す、でも殺される。
3:お姉様に漢検が暴利を貪ってると真顔で説いて気を逸らす、でも殺される。
う〜むどれもなかなか捨てがたいというか救いがたいぞ。しかし同じ死ぬにしても笑って死ぬ方がいいな。向こう側でどっから生えてるのか分からないロボットアームに頭をガッチリ挟まれてUFOキャッチャーのごとくウィーンと回収されてプランとなっているヒロシ君のように笑われて死ぬのはゴメンだ。よしここは選択肢2だな。秘蔵のショートストーリーでいこう。若本ボイスで行こう。
「時は〜戦国! 八雲城に住まう、げ〜にも恐ろしきは妖怪猫被りツインテー」
「キョウあんたやっぱり死ぬしかないわ」
出オチすぎたようです。
「ヒ、ヒロシ。後何回だ?」
「たぶん1500は切ったぞ!」
三日月の美しい夜中の神社、ツキノワグマのヒロシ君と楽しく兎跳び。階段一緒にピョンピョコピョン。いやぁ風穴とか無くて良かったよホント、あったら死んでたわ。それから美月ちゃんパパとアヤ先輩にも一生頭あがらないね。彼らが必死で
”ミ、ミユキその刀を父さんに貸しなさい! それからミヅキ落ち着くんだ! ロケットランチャーなんかどこから持って来たんだ!”
”まぁまぁ年頃の男の子だから許してあげようよ、それにマリサちゃんも美月ちゃんもキョウ君がモガ”
って擁護してくれなかったら俺もヒロシも
”淡き光の下白刃を鮮血色に染め上げよ”
っていう新しいフレーズを最後まで聞いてたもんね。流浪人あたりの持ってる特殊な刀でない限りあの構えは助からない。
「しかし11148回っていう中途な数字はいったい何なのだ」
「ああ。この小説の累計アクセス数らしいな」
「異次元的な回数だな。色んな意味で」
しかし新体育教師となった俺の親父こと後宮先生から兎跳びでグランド
「1500周やっとけや」
とか基地外染みた鍛錬を受けているせいでこのくらい余裕も良いとこなのだ。はっはっは、ぜぇぜぇぜぇ。
「そこでボートの舳先に立った男の子は振り返ってこう言ったのです。”ママ、今度は落とさないでね?”」
真っ暗闇の中、懐中電灯の明かり一つでシキの怪談話を聞いている俺達。
「け、結構クるわね」
と大腿筋の筋肉痛に今なお悶絶格闘しながら布団に倒れている俺の浴衣の左裾を握っているのは再びツインテールになったマリサ。右裾を握っているのはシャンプーの香りがたまらない美月ちゃん。ポニー解除していてまるでお姫様。
「そ、そういう都市伝説ってだいたい元ネタがあるんだよな? 例えばカシマさんとかさ」
と俺の襟首を掴んでいるのはアナグマのヒロシ。”何でお前が震えてんだ”と突っ込む元気すらない。本当ならこの美少女たちの浴衣姿を目に焼き付けておきたいのだがうつ伏せのまま動けない俺の眼前には枕カバー。一方のヨードーちゃんは俺の真横で女の子全開な香りを放ちながらも我関せずと隣のアヤ先輩と一緒にPSPをカチカチ。
「先輩そろそろ捕獲できますよ。麻酔玉お願いします」
「このまま討伐無理かな〜? せっかく尻尾切断したし」
「既に2死してるんで手堅く行きましょう。ティガを舐めちゃダメです」
やっぱり俺には分からない。
「さ〜お前たちそろそろ寝ないのか?」
とくぐもった声を上げているのは布団を頭まで被ったミユキ先輩。お姉様は早寝早起き。これも美容の秘訣なんだろうな。
「ま、全く! そ、そんな子供騙しの話いつまで続けるつもりなんだ。こ、怖くも何ともないからな!」
と仰るユキたんの掛け布団は震度3。あ〜可愛い。しかしそんな胡散臭い話よりもこの厚かましくも俺の背中の上でスヤスヤと寝息を立てているメタボな三毛猫のほうがよっぽど怪談じみてるじゃないか。”ゴロニャン”と寝返りをうったかと思えば
「天ぷらには天汁が一番合うというのは誰もが認めるところなのですがソースという少数派の意見も聞き入れるという姿勢が真の民主主義であると拙僧は考えておりますムニャムニャ」
っていうグルメ話か政治答弁かよく分からん寝言を仰るあたりに
”パパはまだ憑依してるのかな〜”
と思ったりするのだ。てか早く降りろ。一方でシキの怪談話はまだ続いてるようで
「とっさにブレーキを踏んだから良かったものの、もし気づくのが後一瞬でも遅ければ二人の乗った車は崖下に転落していたことでしょう」
と静かに区切ってから
「”き、きっとさっきの女の子の幽霊が私たちを助けてくれたのよ”と助手席の女性が言ったとき、背後でこんな声がしました」
シキが自分の顔を真下からライトで照らして
「”落ちちゃえば良かったのに!”」
「「「キャー!!!」」」
「せ、制裁〜!!」
ドゴ! ぶは! 幽霊の女の子とは何の関係もない俺に放たれたユキたんの一撃は俺の意識を遥か彼方三途リバーへ飛ばすのであった。
常日頃無一文です^^
お陰さまで11000アクセス突破致しました。
拙作をお読み下さって誠に誠に有難うございます!
次話更新ですが、基本的に金曜日の夕暮れから夜にさせて頂こうと考えておりますので
宜しくお願い致します^^