第13話:巫女さんはお好き?
「駅前徒歩20分って感じかな。すごく自然が綺麗なところよ」
と案内されて改札を抜ければ、美月ちゃんを除いた4名がストーンヘンジを超える硬度で石化。もう屋久島なんか目じゃないライバルはアマゾンですと言わんばかりの緑と青が織り成す世界。おかしいな確かケッペンの気候区分によればここは温帯湿潤気候あたりのはずなのに熱帯雨林気候全開ではないか。高温多湿。沼地に川。背の高い木に巻きついた太い弦。カラフルな野鳥。ギャギャーとかウホホホホとか日本では絶対聞くはずの無い動物の声。国土地理院は何をしているのだ。
「気をつけてね? 駅前付近はモウドクフキヤガエルが繁殖してるから」
新し過ぎるよそのシチュエーション。
「アルカロイドの神経毒を皮膚から分泌してるから触っただけでも死ぬかもしれないわ」
そんなサバイバルな通学してたの美月ちゃん!? とにかく美月ちゃんに続いておっかなびっくり一行は神社を目指すこととなった。
木陰で息を潜めて肉食獣をやり過ごし、信号はないけど軍隊アリの通過を待ち、時にはパックンフラワーみたいな巨大な食虫植物に飲み込まれそうになりつつも
「お疲れ様。ここが私の家です」
と命がけで辿り着いた場所はそれはもう立派な立派な大阪城みたいな豪邸でした。
立地条件悪すぎだろ!
開かれた大きな門の先には太い注連縄の下がった朱色の鳥居。さらに奥には石畳が敷き詰められた広大な土地が広がっていて中央には立派な拝殿、本殿が建っている。門を潜ればすぐ左手に受付があって、その窓口ではやることなさげに頭にオレンジのカチューシャスカーフ巻いた可愛い可愛い巫女さんが、両手で頬肘ついてボーっとお空を眺めているのだった。そういえば生徒会役員の会議初日で会った様な。俺達と美月ちゃんに気付くとこの可愛い巫女さんは立ち上がって
「いらっしゃいませなのです! それからお帰りお姉ちゃん!」
ペコリと頭を下げた。ヒラヒラしてるスカーフが愛らしい。俺達も
「「「「お邪魔します」」」
とペコリ。美月ちゃんは
「ただいまミカ」
とニッコリ。そうだミカちゃんだった思い出した。すると
「わ〜いお父さ〜ん! 姉様〜! お客さん来たのです〜!!」
受付の裏口からタッタッタッタと軽快に本殿の方へ走って行った。参拝客が嬉しいなんてよっぽど久しぶりなんだろうな。その小さな背中を見送っていると。
「5年ぶりなのです〜!」
過疎りすぎだろ!
”ピピピピピ”
と電子音。シキが携帯を取り出した。こんなアマゾネスな場所にも電波着てるんだな。アンテナ1本くらいか? と俺も携帯を開けば電波強度を示すところに柱は立っていないが代わりに
”もうビンビン(はぁと)”
パチンと携帯を閉じて見なかったことにした。きっと俺も疲れているんだろう。
「ねぇ美月ちゃん。ここって何か不思議な出来事起きたりする?」
とさりげなく振って見ると
「そうねぇ。お父さんが昔”かつてこの神社では毎年1人が消えて毎年1人が殺されるというオヤ(ピー)ロ様の祟りがあるとかないとか”って言ってたの聞いたことがあるわ」
そういう怪談話はおじさん、ひぐらしの鳴く頃に聞いてみたいね〜。
「うん。ヨードーさんは姉さんの言った通り……だと思うけど。あんまり無茶させたらダメだよ?」
どうやらシキの電話の相手はアヤ先輩のようだ。
「え? うん確かに可愛いよ。衣装? 巫女さんかな。うん、園田さんの妹さんの美花ちゃんだよ」
”プー!”という鼻血噴出音が漏れて来た。
「え? 今から? 難しいんじゃないかな、だってここほんとジャングルみたいで……姉さん?」
どうやら携帯は切れたようだ。
「良くここまで来たなお前達」
見れば紅白の巫女衣装に身を包んだミユキ先輩が竹箒を持っていた。な、なんだこのクオリティの高さは!
(100点!)
「100点!」
ゴス! ビシ! 脳内とリアルどっちもダメでした。てか美月ちゃんのビンタたまにマリサ超えするのよね最近。そこへタッタッタッタと走って戻ってきたのは両手で三毛猫を抱いているミカちゃんである。
「お父さん連れてきたのです!」
子猫ちゃんが猫を抱くという可愛いことこの上ない絵だ。
「こんにちわ皆さん。このような辺鄙な場所にようこそお参りくださいましたね」
子猫ちゃんの細い腕の中で肉球をピっとあげながら三毛猫はニッコリ。眼前では保健室でのあのショッキングな出来事が再現されて俺は凍りついてるというのに
「まぁ、ミカちゃんのお父様は猫なんですの?」
としゃがみ込んで興味深々に雪月花三姉妹のパパを覗き込むマリサ。こういう超常現象をすんなり受け入れることが出来る猫かぶりツインテールはやはり妖怪に違いない。この環境適応能力の秘訣はやはりこの有りとも知れぬ貧乳に……ゴス! 絶対考え読まれてる俺。
「その通りですお嬢さん。あなたが八雲さんですね、お話は美月から伺っております。いつも仲良くしてもらってるそうで」
「滅相もありませんわ。私こそ美月さんには日頃からお世話になってます」
ホホホと猫かぶりと三毛猫がハイソな会話をするというこの世にも奇妙な物語に終止符を打ったのは
「父さん。もう口寄せを冗談で使うのはやめないか?」
というミユキ先輩の溜息だった。
「少々遊び過ぎましたかね」
声のする方を見れば本殿へと続く木製階段に一人の細っそりとした神主が腰掛けていた。真っ白な衣に袴、頭には先のツンと尖った烏帽子を被っており、長い袖を揺らしながらこちらに手を振っている。目は細く扇のように弧を描いた曲線で口は”ω”のように閉じている。なんだか飄々(ヒョウヒョウ)としていて掴みどころがなさそうだ。まるでキツネが化けているような気さえする。
「まるで”ブーン”じゃなぁ」
と俺には分からないことをヨードーちゃんが腕組みしながら呟いた。
「立ったままでは何ですので、ささ、こちらへどうぞあがって下さい。本当は神酒でも振舞いたいのですがお茶で我慢して下さいね」
ニコニコと手招きしてる神主様。そういえば、とミカちゃんの抱く猫を見ると腕の中でスヤスヤと寝ていた。さっきから怪現象ばかりじゃないか。
「お父さん、久しぶりのお客さんだから嬉しいみたい」
手を後ろで組んで俺の顔をニッコリ覗き込む美月ちゃん。本当に花のような笑顔だった。さっきミユキ先輩につけた点数を恐縮ながら94点に下方修正させて頂こう。普段の美月ちゃんももちろんキュートなのだがしかし、今日のこのお嬢様スタイルもまた格別ではないか。問答無用の100点満点献上。
「あら私はいったい何点頂けるのでしょうか?」
「100点と申し上げたいがその胸では出席点入れても86……」
ゴス! ドゴ! ベキ! ドガ!
「125点ですマリサ様(吐血)」
俺達は美月ちゃんパパに案内されていくのだった。そう言えばハゲリンコの方の園田先生どうなったのかな。
一行は備えつきの水舎の冷たい水でキチンと手と口を清め、それから拝殿前の大きな鈴をガラガラと仲良く5人で鳴らして2礼2拍手1礼。ミカちゃんから
「よく出来ましたのです!」
と拍手をもらった。うちは割と験担ぎなので神社の作法は親父お袋にシッカリと教わっているのだ。
拝殿、本殿を過ぎてさらにその奥。石畳が途切れて柔らかな土の感触が靴の下に伝われば見事な日本庭園が現れる。無造作に置かれたようでしかしバランス良く配置された庭石とそれらを覆う苔、植え込まれた背の低い庭木や松は互いに交差しており、それらを縫うような形で池には水が張ってある。済んだ水底には錦鯉や亀が伸び伸びと泳いでおり、ときおりチャポンと音を立てては水面に浮かぶ蓮の葉をつついていた。ここを一歩出ればジャングルジャングルしているとはとても思えないほど日本然としている。で、その隅にあるこじんまりとした茶室。俺達が通されたのはそこである。
あまり大きくは無いが俺達一行と神主様、ミカちゃん、ミユキ先輩、さらには三毛猫一匹などが加わってもまぁまだ少し余裕があった。神主さんの神社に纏わるトークを茶菓にしながら美味しい抹茶をズズズと啜る。いやぁ良かった。ここでクッキー出たらどうしようかと思ったもん。
「お父さん。お客様なのです〜」
と茶室の扉をオープンしたのは先ほど抹茶の碗を回収していったミカちゃんである。
「おお、今日は本当に吉日ですね。一日に2度もお客様がお参りになるなんて」
とニコニコな神主様。これだけ立派な神社なのにもったいな。しかし一歩間違えたら三途リバーに辿り着くようなジャングルのど真ん中にあるんじゃ仕方ないか。
「後でうちの神様以外にもブッダ様、イエス様、それからアラー様、アメン神様、アテン神様にお礼申し上げておきましょう」
こういうのは信心深くないといえば良いのか、人が良いと言えばいいのか、ていうか後半の神様みんなエジプト産? そんなささやかな疑問に腕組みしてると茶室に現れたのは三毛猫を抱いたミカちゃんを抱いたまま目をハート型にして気絶してるアヤ先輩をお姫様抱っこしてるツキノワグマの
「ヒロシじゃないか!」
解説が長くなるものをよっこらせと畳の上に寝かせたクマは額の汗をブレザーの裾で拭って
「いや〜危なかったぜ。途中で体長15mくらいの電柱みたいなヘビ出てきたからな。マジ死ぬかと思ったわ」
「アフリカでもなかなかいないぞそんなクリチャー。良く助かったな」
「ああ、それがな”グフフフ、ウスロ宮京太郎知らない?”とか言いながらドシンドシンと走ってきた頭弱そうな学ラン着たスキンヘッドをパックリ咥えて洞穴の中に……」
もう何に突っ込んでいいか分からないよ大山君!
「ふぁ」
と口に手を当てて可愛くアクビしたのはセーラー服のアヤ先輩。お目覚めのようで。
「あれ? ミカちゃんは?」
と茶室の中を見渡して見渡して……ヨードーちゃんに首が固定。固まって俺にしがみ付いてカタカタしてるヨードーちゃんを足元からゆっくりと頭の天辺までジーっと視線をスライドさせて
「もう! ちゃんとお姉ちゃんの言いつけ守ってるなんて本当にいい子ねヨードーちゃん!」
とギューっと抱きしめて頬ずり。俺は隣でモミクチャにされてるヨードーちゃんを横目にしながらシキに
「なぁ、アヤ先輩ってヨードーちゃんが女の子じゃないってまだ知らないのか?」
と耳打ちすれば
「いえ。僕がかなりしつこく話したんですが、”そんなの関係ないわ! ヨードーちゃんはヨードーちゃんであってヨードーちゃん以外なにものでもないんだから!”って言うだけで」
とにかく可愛ければ性別とかそういうものは関係ないようだなアヤ先輩。しかし今このシチュエーション絶対執筆できないな。さっきからピンク色のボイスをあげつつアヤ先輩に好き放題されてるヨードーちゃんを事細かに表現などしたらカテゴリーがラブコメじゃなくて成人向け小説になってしまう。そんなことをしたら”小説家になろう”に次話投稿できないではないか。
「あまり異次元なことを考えるんじゃありませんわ」
とか仰る妖怪猫かぶりツインテール(今日はストレートだが)も他人の思考読むとか4次元的能力ではないだろうか。特殊能力の秘訣は当初ツインに内蔵されているに違いない思っていた俺であるが、スーパーロングである今現在でも使用されている事実からしてやはりそのギミックが隠されているのはこの有りとも知れぬ貧……ドゴ! ベキ! ドグシャ! 主人公が他界したらそれこそ連載できなくなるので自重しておこうか。扱いひどいぞ最近の俺。こうしてある意味学園のオールスターがそろった茶室は大賑わいとなった。
「はい、私が責任持ってキョウタロウさんをお預かりします。はい、はい、いえいえそれは卒業後に美味しく頂きますので。失礼致します」
と言って隣でピっと携帯を切ったのはマリサであり通話の相手は俺のお袋である。何故この妖怪が俺の外泊許可を取っているのだろうか、いつの間に俺の自宅の電話番号を入手したのだろうか、などという疑問は、同じく
「あ、山之内さんですね? うちのヨードーちゃんがお世話になってます。今日はこっちで外泊させて女の子としての自覚を持つようみっちり調教して帰しますのでふふふでわ」
と突っ込みどころ満載にアヤ先輩に外泊連絡されて、ドヨンと額に青線入れてるヨードーちゃんに比べればきわめて些細なことなのだろうと納得している俺がいるのだ。いやそれどころかこの夕暮れ時に池の前でパンパンと手を叩いて鯉を集めているテディベアのヒロシなどは
「ボケクラ俺が紅枝じゃ! ヒロシ帰ってくんなボケ! ツーツー」
と外泊許可下りたのか勘当されたのかよく分からん返事を頂いており、それに比べればむしろ幸せなのかも知れないなと重ねて思うのだった。
そもそも俺達が
「ささこの部屋で今晩はゆっくり休んでくださいね」
と神主様こと美月ちゃんパパに広い和室に通された理由はちょうど今から30分程前、腹筋がビリーズブートキャンプ達成後のように割れるほど笑って過ごしていた時に起きたガサガサという物音が発端である。ミカちゃんの抱いていたあのメタボな三毛猫がこの広い庭を気ままに散歩でもしているのだろうと思っていたのだが
「やれやれまた神社に迷い込んで来たのかアナコンダめ」
と日本で聞いてたまるかというようなセリフを口にしながら左手に掴んでいた一振り”月下美人”の鍔をミユキ先輩が”キン”と起こした時である。
「お前たちはここにいろ」
と言い残して飛び出たミユキ先輩の背中を、茶室の丸い小窓から”何ぞや?”と首を出して追えば黄昏に染まった庭園には、もし道の真ん中でエンカウントしたらその場で
”とりあえず夢から目覚めるといいぞ俺、一刻も早く”
とブッダであれば宇宙の真理を悟れるほど清い心で瞑想を始めてしまうくらい大きなヘビが
「キシャー」
毒々しい緑のウロコがビッシリと全身を多い、大木のような鎌首には感情を感じさせない黄色い目、亀裂の入ったような縦長の瞳。大人一人くらい軽く飲み込んでしまいそうな口には学ランを着て円の面積を当てはめたくなるような太ましい……
「大山君!?」
が頭をパックリ挟まれて痙攣しながらもステキな笑顔で
「グフフフ、俺の名前は大山ふ」
「知ってるから!! 今は自己主張するより全力で生き延びて!」
「何だ後宮、友達か?」
「いや友達かって言われたら微妙なラインですか一応知り合い……」
ゴックン。ああああ〜! 大山君がヘビにちょっと嫌そうな顔されながらも飲み込まれた! 捕獲してから今の今まで食むの迷ってたなら吐けばいいのに! とか思っていたらミユキ先輩が凄まじい速度で突撃。
「お願い先輩! 消化とか始まる前に助けてあげて!」
と声援を送る。ミカちゃんも
「ファイトー、オー」
ニパーっとした笑みで声援を送る。
「淡き光の下鮮やかに咲き乱れよ」
と呟いたかと思えばミユキ先輩はあっという間にアナコンダの元まで駆け寄って
「月下美人!」
の一喝とともに鞘を払って脳天に一閃! 大蛇を一刀両断! ではなくミネ打ちだったようでドグシャ! っというむしろ斬られたほうが良かったんじゃないのか? と突っ込みたくなるほど鈍い音の極みを発した。その脳内に走ったあまりに凄まじい衝撃が原因か
「サッダム!」
とイラク共和国の大統領めいた断末魔とともに大山君を口から射出、
「ぐふふふ俺は大山フトシ」
彼は三度目の自己紹介をしながら園田神社の外へと消えていった。まるで冴えない芸人がたまに地上波に乗せてもらって売名行為してるようではないか。一方ではクルクルと目を回して倒れている大蛇もといアナコンダの傍でカチンと白刃を鞘に治める巫女姿のお姉様。やっぱり髪はツヤツヤのお手入れ万全。しかしその相変わらずフリーザ様のスカウターを破損させてしまいそうな戦闘能力には仁徳天皇陵に治められたハニワのごとく口を開けて硬直するしかなかった。ポンと肩に手が置かれて振り返るとそこにはニッコリ笑顔の神主様。
「あれだけではないんですよアナコンダ。特に夜なんかはワラワラ出てきてもう。はっはっは」
何がそんなに誇らしげなんでしょうか。後ろで”よっこらせ”とミカちゃんと一緒にアナコンダを担いでるお姉様の発した
「今夜の付け合わせが一品増えたなフフフ」
「なのですよ〜」
とか笑いながらズリズリと運搬してるのが気になって仕方ない俺なぞお構い無しにこの神主様は
「え〜っとまずですよ」
と指を折りながら
「クリントン、ブッシュ、オバマ、としえ……」
随分政治能力高そうだなアナコンダって。ついでに最後一つすっごい違和感。
「ちなみに”としえ”は布団が部屋干しか天日干しかを見分けることが出来るんですよ」
新妻に嫌がらせする姑あたりが備えてそうな能力だな。
「すごいでしょ?」
「ええまぁ確かにすごいですね」
「うちの妻なんですけどね」
嫁かよ! てかなんでヘビと並列に名前出してるの!? 自慢するポイントがさっきからおかしいだろ!?
「照れますね」
照れんな! てか嫁に土下座して来い!
「例えば今のどんなアナコンダなんですか? フセインとかですか?」
サラリと会話に入って来たのは猫かぶり娘マリサ。しかし相変わらず精神的にタフだよな。
「彼は”ゲテモノ食いの将軍様”ですね。人工衛星モドキとか壊れたブラウン管テレビとか良く食べてます。あと頑張ったらキッチョウとかミートホープとかもいけます」
頑張っても得るものがないと思う。ていうかそういうものと同系列に見られた大山君が気の毒でならない。
「あ〜、なるほど」
真顔で納得するなよマリサ!
「とにかくま、早い話が今晩はこちらでお休みになった方が良さそうです。生きて帰りたければ」
そういう選択の余地がなさげな提案が既に早い話ではない。こうして俺達はここでお泊りするのであった。