第12話:土曜日の過ごし方
常日頃無一文です^^
これより第3章がスタート致します。第2章までお付き合い下さいました読者様には感謝してもし切れません。本当に有難うございます。
執筆に伴って私の雀の涙ほどの技量もチビチビ上昇して参りました。ですので必ず、1,2章を超えた3章であることをお約束致します。
それではどうか今後も「桜咲くここは桜花学園」を
宜しくお願い致します<(_ _)>
土曜日午前11時。普段ならまだベッドの上でムニャムニャと至福の時を過ごしている俺であるが、今は桜花学園のある立山駅から2駅下った本山駅、そこの改札を出たところで待ち人来たらずとカチカチ携帯を打っている。
”送信先:ツインテール。件名:なし。本文:そろそろ帰ってもいいか?”
本山駅には2車線幅くらいの通りが隣接しており、ブティックや喫茶店、可愛いデコレーションが女の子に人気なケーキショップ、そして男子禁制の香りがする下着専門店などなかなか洒落た、つまり俺にはやや入りにくいようなお店が軒を連ねている。雰囲気は、商店街というよりは垢抜けているし、繁華街というよりは規模も小さく落ち着いた印象だ。よく分からんがストリートという響きがしっくりくる。建物の色調はだいたい白とミントグリーンで統一されており、通りの中央に一定感覚で植え込まれている瑞々しい葉の茂った木とよくマッチしている。通りをブラブラしている客層もキャピキャピ、ケバケバとした感じは無くカジュアルで、この通りの背景によく馴染んでいるように見える。店に入るのはともかく、そこいらにあるベンチに腰掛けてホットコーヒー紅茶でも啜りながら過ごす分には申し分が無い。
”科学〜の〜限界を♪ 超えて♪ 私〜は……”
この着メロはあのツインテールだ。もう待ち合わせ時刻から30分は過ぎているというのに、今どこだ。
”送信者:ツインテール。件名:なし。本文:今起きたわ。後30分ぐらいで行ってあげるから適当に時間潰してて(はぁと)”
今起きたって何だよ。行ってあげるって何だよ。とか小一時間問い詰めようとしていたら目を引く超美人を発見。色白で髪はやや赤みのあるストレートのスーパーロングで目には大きくフチの赤いサングラス。上は白のタイトなカッターに赤のネクタイ、下は同じく赤のチェックのミニスカートでスラっと伸びた脚には黒のレザーのブーツ。多少パンク要素が入ったポップスタイルというべきか。やれやれ俺には縁の無い可愛い子だよなしかし。と、見惚れながらさっき買ったモカブレンドをすすっていると着信が。ツインテールだ。ピっと繋いで耳に当てる。
「もしもし? どこよキョウ?」
ブー!! 盛大に吹いた。だってあのポップガールがマリサの声で携帯にしゃべっているんだからな。俺のモカを返せ!
「あ、何だそこにいるんじゃない」
とサングラスを取り、ミユキ先輩にも対抗しうる程の長さと艶を誇る髪をなびかせて俺の方に小走りできたポップガールマリサ。
「お、お前今起きたんじゃなかったのか?」
ゲホゲホとムセながら聞くと
「そんなのアメリカンジョークに決まってるでしょ。真に受けないでよ」
「お前ならやりかねないじゃないか」
「俺はいつも時間厳守してるわ。むしろ朝礼の日に短距離走しなくて済んでるの誰のお陰だと思ってるの?」
と言って腕を組んでるマリサ。しかしなんだこの変貌振りは。上から下までジーっと見てると
「なになに? もしかして惚れ直した?」
と笑顔で顔を近づけてきた。やばい。可愛い。
「それより髪解いたんだな」
とっさの言い逃れ。なるほど、幼稚園時代とはいえ俺に”綺麗な髪”と言わせしめただけのことはあるじゃないか。すると
「あ、やっぱしツインの方がいいかな? 一応髪留めあるけど……?」
と聞いてくるマリサ。いや、口では言わないがどっちも似合っている。
「た、たまにはそれも悪くないんじゃないか?」
視線を逸らす。マリサは
「も〜素直じゃないんだから」
と微笑み
「そろそろ行きましょうか。たぶん美月も待ってると思うしさ」
と歩き出した。俺は心拍を抑えるよう一呼吸してから後に続いた。
ここで何ゆえ俺とマリサがこのような通りを二人で歩いているのかを説明しておこう。俺、ヒロシ、マリサ、美月ちゃん、ヨードー、シキというメンバーは入学から一ヶ月半ほどしか経過していないにも関わらずその打ち解け具合はまるで10年来の友という感じなのだ。この中でヒロシだけ異常なほど付き合いは長いのだが、その他のメンツとも全くと言って良い程分け隔てや区別なく接している。こういうのを相性というのかは知らないが、もしそうなら抜群と自分でも言えるだろう。ともかくその6人のメンバーで休日をエンジョイしてみないかと提案したのは隣でしきりに男たちの注目を浴びているマリサであり、本日がその当日というわけである。特にあれをしようこれをしようという案は出ていないが、まぁともかく学園の近くにあるそれなりに雰囲気の良い場所で集まってみないかという運びになったのだ。こういうときにどこまでも運が無いのがシロクマのヒロシであり、2年生でないと補欠要員にすらなれないといわれているバスケ部でもその卓越した運動能力と身体能力は光り、入部すぐに
”お前のベアナックルが必要だ!”
とレギュラーメンバーに抜擢された。というわけで本日は夏の大会に向けた強化練習により欠席。今頃は汗と血涙を流しながら青春してる頃だろう。良かったな。
「だから〜、あたしはお兄ちゃん待ってるんですって」
と一発で武装高校と分かるほどこの場にミスマッチなモヒカン学ランのチンピラ数人に囲まれているのは白いキャミソールを着た黒髪ロングの女の子。
「そ〜げなこと聞いてね〜べ! 俺と一緒に来たらいい夢が見れっぺ!」
と丈のすごく短いデニムパンツから見える白い脚をやらしそう〜な目で見ながらチンピラは執拗に絡んでいる。俺? 見ていないぞ?
「彼氏とかより俺の方がエエ男に決まってるっぺや!」
いや、そんな気の毒な男いるわけがない。しかしこれまたやたら可愛いな。体型もこうボンキュボンだ。この表現ちょっと親父くさいか? マリサは”ハーっ”と溜息を吐いたかと思いきやツカツカと歩み寄って
「あんた達ってほんと頭悪いわね。そのナリで誰か惚れてくれるとか思ってるの? 鏡見たことないんじゃない?」
おお今日は猫被ってないなあのツインテール。いや今日はツインでもないか。
「やっべー。すっげー上玉じゃねーか」
「ど、どうしよう? 俺、こっちの姉ちゃんでもよかっぺ?」
おおやっぱり頭悪いぞコイツラ。しかしこれは面倒になるのも時間の問題だ。俺は仲裁のためマリサの方に歩いていくと
「あ、お兄ちゃん遅いじゃない〜」
と黒髪の女の子が囲みを抜けてトテトテと俺の方に走って来てそのまま左腕にギューっ!と抱きついておお……胸の感触が至福って…ええ〜!?!?!?
ドゴ! ぶは! 違うマリサ! 絶対殴る相手間違ってるから! 鼻血を拭いて俺の腕にしがみついている初対面な子を見ればそれはもう……
(どなたでしょうか?)
「98点!」
ズビ。 あああああ〜目が! チョキで顔殴るなんてヒドイよマリサ!
「ちょっとキョウこの子何なのよ!」
知らない! すっごい俺が聞きたい!
「あ、あなたこそ何なんですか! あたしのお兄ちゃんに触らないで」
「な、キョウに妹!? キョウどういうことよ! 妹いるなんて今まで一言も聞いてないわよ!」
俺も聞いてない! すっごい聞いてない! 視力が回復して目をやれば可愛い上に色っぽいときた。切れ長の目には黒曜石のような瞳を潤ませてじっと上目遣い。
「とぼけるのいい加減にしてお兄ちゃん! 昨日あたしをナンパしといて遊ぶだけ遊んだら終わりなの!」
と涙目になってる。まてまてこれは死亡フラグどころの話じゃないぞ。
「それに昨晩だって愛し合いながら”君とは血は繋がってないけどこうしてホラ、二人は今一つに繋がっているだろ? ハァハァ”って言ってくれたじゃない」
瞳を潤ませてポっと頬を染め、目を逸らすこの見知らぬ妹の吐いた爆弾発言にマリサが明らかにリミットブレイクしている。それがどのくらいかって? はっはっは。いやもうあのチンピラが逃げ出すほどさ。いいか落ち着けキョウタロウ。ここでセリフを間違えたらホントおまえの命はないからな? 気の利いたことを言えよ? ニッコリとマリサの方を向いて……。
「イツ アン アメリカンジョーク! HAHAHAHA」
洒落にすらなりませんでした。
ドゴ! ガス! ベキ! ビシ! ドガ! ゴス!……。
「ま、待って下さい! いや、待つんじゃ! ワシじゃ八雲嬢! 山之内陽動じゃ!」
「え?」
俺に馬乗りになってるマリサが血濡れの拳を止めた。グッジョブヨードー。もう少し遅かったら見えない階段上ってたぜ?
通りの中央にある噴水。その周囲を囲うように配置されたベンチが美月ちゃんとシキとの待ち合わせ場所だ。その一脚に並んで腰掛けた三人。左から清楚&キュート系美少女ヨードー、ついでポップ&クールガールマリサ、そしてズタボロ雑巾キョウタロウ。
「すまんことをしたのう。実は演劇部の練習を休むかわりに加納先輩が出した条件がこれなのじゃ」
とポリポリと頭を掻いているヨードーちゃん。今度の演目でもやっぱり妹系役に抜擢されたこの美少女少年は役作りということでこのような格好、言動を振舞っているのだそうだ。あくまで
「これはワシの趣味ではないんじゃが」
と言うのであるがそれは俺にも分かる。なぜかって? これはアヤ先輩の趣味全開だからだ。ヨードーちゃんも好き好んで女装をしているわけではないとうことだ、しかしそれはそれで残念な話だ。
「妹よりゴスロリ系メイドの方が好みなんじゃが」
今ちょっと嬉しかった君とは友達になれるかもしれない。とにかく彼の演劇魂に火がつくと止まらないと気付き始めたのは、食堂で俺がマリサと美月ちゃんにフルボッコにされたあの時ぐらいからだ。2週間後の放課後に上演されたヨードー初舞台の”私は姉に恋をする”は初演で満席。それ以降の2回はヨードーちゃんのあまりにクオリティの高い演技力とヴィジュアルが評判になって、桜花ホールは全て超満員で立ち見席という具合だ。舞台が終わって万雷の拍手のうちにカーテンが降りると、毎回、主演(姉役)であるアヤ先輩はその場で鼻血を噴出して倒れるという珍事件まで起きたそうだ。しかしながら舞台を終えるまではしっかりと自らの役を演じ、耐え切る辺り、先輩の役者魂を感じるな。
「そっかぁ、でもヨードーこれどうしたの?」
ムニムニとあるはずのないヨードーの胸を触っているマリサ。俺も気になっているのだがしかし、この構図は少し危険じゃないか。
「ああ、これはシリコンで出来たヌーブラじゃ。サイズはCになるようにしてある。後、尻にも似たようなものを入れておるが慣れなくてな」
「へ〜……。よく出来てるわね?」
もみもみもみ。なんとなく視線が集まってきていないか。主に男共から。それに気付いたのかキョロキョロと回りを見るヨードーちゃん。
「……っあ。ダメです姉さん。今は我慢してください」
「!!」
俯いてカーっとなるヨードーちゃんを見てバっと手をひくマリサ。”パシ!っ”っと見とれていたのか通りのカップルの彼氏が彼女にビンタ食らっている。ヨードーちゃん、君の役者魂で一つの愛が終わったよ。
それから10分程そのままダベっていると
「ごめんごめん。お待たせ」
とニッコリと現れたのは美月ちゃん。白のカジュアルドレスに薄いピンク色のショールを羽織って胸の前で大きな結び目。髪はいつよりやや右サイドにずらしたポニーテールだが今日はリボンではなく白い蝶形の飾りのついたバレッタ。足はリボン形の留め金が可愛い白のミュール。やっぱりというべきかさすがというべきか美月ちゃんの足、小指の先まで綺麗だ。さりげなく手にしたバッグもミュールの色に合わせている。と冷静に分析をしているのだが頭は真っ白。もうね、どこのお嬢様ですかって感じ。見惚れている間、マリサと美月ちゃんはお互いのファッションについて話に花を咲かせていた。しかし二人ともレベル高すぎだろ。話に区切りがつくと俺の方を見て
「どうかな? 似合うかなキョウ君」
と微笑むお嬢様。似合うどころの話ではない。俺は頷くしかできなかったのだが……さっきから美月ちゃんはチラチラとヨードーを気にしている。マリサも気付いたのかちょっと意地悪そうに笑って
「ほらキョウ、ボヤっとしてないで妹さん紹介してあげなさいよ」
と耳打ちしながら肘で小突いてきた。俺にはそんな悪ノリする趣味は
「はじめまして園田さん。お話は兄から伺ってます」
ヨードーちゃんが持っていました。
「え!?」
と口に手を当ててる美月ちゃん。面倒になる前に誤解を解いておくか。
「あの、初めまして後宮さん。いつも京太郎さんにお世話になってます。不束者ですが宜しくお願いします」
とペコリって……何をお願いするの!? 何をお願いするの美月ちゃん!?
「いえ、そういうことでしたらご遠慮願います。私と兄は将来を誓い合った仲ですので」
なにをご遠慮したの!? っていうか何の誓いだ!? 桃園の誓いとかですか!?
「キョウ君それどういうこと?」
分からない! たぶん俺が一番分かってない! 美月ちゃん落ち着いて! 目すわってるから!
さらに10分後。
「いや〜皆さんすいません。紅白の特攻服を着てバイクに乗った暴走族が線路の上ですごい喧嘩をしてて電車が1時間も遅延……ってキョウさん?」
とシキが現れたとき、俺は見えぬ触れえぬはずの階段を2段ほど上っていた。
さてメンツの揃ったところで一行はまず腹ごしらえ、ということで最寄の喫茶店に入った。カランカランと鈴の鳴る木製の扉を開けばシンプルな白のエプロンドレスを着た可愛いウェイトレスさんがニッコリとお出迎えして
「お帰りなさいませご主人様。呼び方は他にお兄ちゃん、にぃに、〜君など各種取り揃えております」
「勝手に喫茶デビューさせんな!」
と俺が突っ込んでる相手はこの店に誘導した本人であり今現在向かいに座って髪にエクステをつけ直しているヨードーちゃんである。
「まぁまぁ味は保障するからのう」
とニコニコとしているこの妹は実は先週ぐらいからバイト先を探しており、求人誌を眺めているとここの”キッチンスタッフ急募。時給1000円!”と書かれた広告に惹かれて扉を叩き、店長に話を伺っているうちに
”ホールスタッフとして働いてみないか!? 時給1500円で!”
と熱烈な説得を受けたそうだ。
「接客なんぞやったことないワシをそんな高時給で雇っても店が傾くだけじゃろうに」
とチビチビ水を飲んでいるヨードーちゃん。理由が分かってないのはたぶん本人だけだろうな。左隣のマリサも斜め向かいの美月ちゃんも、いやそれどころか右隣にいるシキですらメニューで顔を隠して笑っているのだ。
しかし桜花学園では親や親戚の経営する店以外でのバイトは原則として認められていない。このやたらフリフリとしたメイドさんの闊歩するお店のように縁も縁もない場所で働くには生徒手帳に記されている”止むを得ない事情”を全クリアしなければならないのだ。その辺りの事を
「大丈夫なの?」
とマリサが聞けば
「それなんじゃが、まずは部長の加納先輩に話したらすぐに校長(ニシカド教官)の説得に行ってくれてな」
そしてその日のうちに許可が出たというから驚きだ。シキはそれに関して思い当たる節があるようで
「姉さん貧血で倒れないといいけどね。ヨードーさんが入部してからティッシュ箱の消費量が尋常じゃないんだ」
と真顔で心配していた。世にもまれな心配事だなと、まぁここで時間つぶしていても仕方がないので、俺はシキの手からメニューを取って覗き込んだ。大雑把なラインナップは普通だ。値段が異常だ。あと”姉の手作りカレー”と”妹の手作りカレー”って何がどう違うんだよ。味付けもツンデレ、ヤンデレ、クーデレとか意味分からん。
「姉の手作りオムライスをデレデレでお願いします」
何そのチョイス!? メイドさんにナチュラルにオーダー通してるヨードーちゃんに俺が突っ込むと
「ああ、これは加納先輩の命令じゃからな」
調教が始まってることに気付いたほうがいいぞ。結局俺たちはオーダーをオムライスで統一し、意味が分からないながらも姉やら妹やら義母やら幼馴染やらの手作りをチョイスした。
しばらくしてメニューが到着。シキ、ヨードー、マリサ、美月ちゃんの順に皿が並べられていく。マリサの”義母の手作り”が一番美味そうで、ヨードーの”姉の手作り”はボリューム満点。そして美月ちゃんの”幼馴染の手作り”はケチャップで描かれたハートが可愛らしい。最後に俺のが到着。
「こちら妹手作りオムライスで仕上げはツンデレになります」
卵はスクランブルエッグと化し、はみ出たライスは炭水化物ではなくもはや炭化物。ケチャップはまるで犯行現場に残された血痕のごとく飛び散っていた。赤黒黄という食欲を微塵もそそらないカラーリングのディッシュを前にしてルーブル美術館所蔵「瀕死の奴隷」のごとく石化した俺をよそに
「それではツンデレオプションになります。べ、別に兄くんのために作ったんじゃないんだからね!」
と明らかに俺より5歳は年上のメイド(妹)さんがぞんざいにスプーンとフォークを手元に転がした。こんなことさらす妹はタコ殴りにしてくれるわ。
「それではごゆっくりお過ごしくださいませ〜」
腹ごしらえが済むと一行は通りを適当にブラついた。やっぱり美月ちゃんもマリサも年頃の女の子で、美味しそうなアイスクリームショップを見れば3段重ねになったアイスを買い、洒落た香水ショップを見つければサンプルのムエット(試香紙)を手にとって吟味していた。
「キョウ君って香水の好みあるかな?」
と美月ちゃんに振り返られ
(俺はフルーツ系が好みかな)
「美月ちゃんの匂いにまさる香水など存在し……」
ゴス! マリサの反応速度が最近上昇してるのは陸上部のおかげなのだろうか? と青くなった右瞼をさするのだった。
まぁそんな感じで女の子に振り回されどつき回される男の子というありがちな展開で通り散策したのだが、一行は
「美月の家に行ってみない?」
というマリサの気まぐれな提案を受理し、こうして今現在電車にカタンコトンと揺られているのである。座ってるならせめて自分の荷物ぐらい持てマリサ! とか、何で俺はヨードーちゃんの荷物まで持たねばならんのか! とかいう突っ込みは目の前で並んで座っている2人の美少女と1人の可愛い妹にニコニコとお願いされると吐けるはずもなかった。シキはというと左手に吊革、右手には学園が発行しているペテン宗教本であるルエビザ教典5巻を持って額に青筋入れながらも健気に読み進めており、とても
”荷物半分お願いしていいか?”
と言えなかった。実は本の著者である裏山先生と校長のニシカド先生の間には黒い確執があってそれが日に日に露呈して来ており、例えば前回の朝礼では校長が、校内美化の活動を呼びかけようと朝礼台にのぼる裏山先生に
”それでは裏山先生よりお知らせです。辞表だと嬉しい”
とマイクを渡せば
”ヅラのニシカド校長に代わりまして校舎ワックスがけのお知らせです”
と校長を朝礼台から蹴落とすのだった。最初こそ皆凍てついたのだが、もう徐々にお約束になりつつあるその光景はそろそろ学園の名物に格上げされるのではなかろうか。そんなことを考えながらチラリとシキの読んでいるページに目をやれば
”イエスは弟子の一人であるペトロに葡萄酒を浸したパンを差し出し、「セーラーよりブレザーがいいとはいかがなものか」と穏やかな目で言った”
「お、おかしいなぁ。確か”鶏が鳴く前にわたしを三度知らないと言うでしょう”だったような」
首を傾げている純粋無垢なシキ君、もっと自分の知識に自信を持つといい。
「未開地〜未開地〜。園田神社前です」
とアナウンスが流れてきた。なんていうかすごい駅名だな未開地って、と思いつつ、左右に開かれた扉から駅のホームに降り立った。