第10話:俺が私に
神の証明。それは古の賢人達が情熱を燃やし、生涯を捧げてきた崇高にして未だ答えの見えない大いなる謎。永きに渡って人類に立ちはだかってきたその謎に、俺はついに終止符を打ったのだ。ここに高らかに宣言しよう、神は存在すると。さぁ、その証を己が眼で見るがいい。この額に巻かれた神からの贈り物を! と有頂天になっている俺は今、立山駅のすぐ近くにある小さな公園のベンチで美月ちゃんと座っているのだ。おそらく俺が格好良く悪党をバッタバッタと倒している時に足でも引っ掛けてコケたのだろうか、美月ちゃんに
「あ〜、大変! お団子になってるわ」
と指摘されて気付いたのが後頭部にできたコブ。それから美月ちゃんは綺麗なポニーテールを解き、オレンジ色のリボンを手にしてそれを水飲み場でたっぷりと冷やしてから俺の額に優しく巻いてくれた。水に流されたはずなのにそのリボンからは桜色の香りがした。熱でぼやけていた頭が冷やされて徐々に感覚を取り戻していく。今になってようやく額はズキズキと痛みを訴えているのだが、俺は
”内出血してないかなぁ?”
などとは毛ほども心配せず、
”ポニーじゃない美月ちゃんも良いなぁ”
とか思っていた。ちなみに長さはセミロングで美しさはお姉様譲りだ。さて俺が気を失ったときの状況、失った後の事について美月ちゃんが話してくれた。ダイジェストで申し上げると、かけつけたシロクマは俺の頭に鉄パイプを振り下ろしたモヒカンに飛び蹴り。そして既に男としても息絶えて股間を抑えたまま失神している二人にも念のためトドメ×2+αなことをして満足すると、倒れている俺と美月ちゃんに駆け寄って
”大丈夫か二人とも!?”
と声をかけた……のではなく二人を見るや否やイースター島に屹立するモアイ像のように一時石化した後
”キョウの裏切り者〜! 春は一緒に迎えるって言ったじゃね〜か〜!”
と泣きながら走り去っていったらしい。いや裏切った覚えなどサラサラないのだが。と、そこまでを腕組んでウンウンと聞いて
「そのとき俺達いったいどんな格好してたの?」
チラっと横目で見れば美月ちゃん、俯いて顔を真っ赤にして首をフリフリ……おぉ可愛い。いまの仕草は最強だ美月ちゃん。しかし今のリアクション、どんな感じで二人倒れていたのかますます気になりますね、ハァハァ。しかし紳士な俺はあまり深追いしないことにした。さてここで俺の恥ずかしい勘違いを暴露。最後に俺が姫君を救うために身を呈して鉄パイプの一撃を受けてロイヤルナイトになったわけであるが、あれは美月ちゃんではなく何と俺を殴ろうとしていたものらしい。シロクマ君がモヒカンをシッペ地獄にかけて自白させた証言は以下のとおり。
”俺があんな可愛くて美人で純粋で綺麗でスタイルのいい子殴るわけながっぺ!?
俺が狙ったのは自分から飛び込んできていきなりこの子(美月ちゃん)を押し倒したアホの変態だがや!”
証言の前半部は激しく同意するが後半部には激しく遺憾の意を表明する。つまり彼にしてみたら鉄パイプを構えて標的である俺に
”ちえすと”
と突っ込もうとしたら勝手に自分から飛び込んで来て”お食べ”とばかりに後頭部を差し出したというのだ。何とも救いのない話だな、ロイヤルナイトから”アホの変態”に格下げ。くじけるな俺。
公園で美月ちゃんと談笑という逆シンデレラな時間を過ごし、神からのアガペーをふんだんに受け取っていると、場違いにも程があるモヒカンが公園の入り口、車止めの立っているところに現れて、俺達を指差しながら
「いましたぜ大山さん! こいつらです!」
と発言。”大山さんって誰”とかいう前に”義務教育受けたのか”と小一時間問い詰めたくなった。人に向かって指差しちゃいけませんって君はママから習わなかったのか……ってデケー。モヒカンに呼ばれて現れたのは名前のまんまな大山さん。第一印象は学ラン着た大関。太ましい。縦が2m横も2m弱くらいありそうで円の面積の公式を当てハメたくなるような体型だ。あと何となくオツム弱そうな笑顔がステキでスキンヘッドが特徴。
「ぐふふふ。俺の名前は大山ふとし」
聞いてない! ちっとも聞いてない!
「お前かケイちゃん殴ったのは!?」
知らない! すっごい知らない! モヒカンは
「ギャハハハハ! 大山さん怒らせたな〜!」
って、怒ってるの!? すっごい笑ってるよ!?
「許さ〜ん!」
怒ってた! ドシンドシンとどこかの巨大メカロボットみたいな足音を立てて俺と美月ちゃんの方に走ってきた大山君。意外にスピーディーだ!
「ギャハハハハ! 大山さんはこう見えてな〜!」
こう見えてどうなんだ!
「頭悪いんだぞ〜!」
そうにしか見えないから! っていうかそんな無意味な情報暴露しなくていい! ていうか怒れ大山君! 今ものすごいバカにされたぞ!
「許さんウスロ宮京太郎!」
惜しい! すごい惜しい! ていうか何で俺の名前フルネーム一歩手前まで知ってるの!? あと怒る相手間違ってるよ!
「ギャハハハハ! これでお前らもう終あぶろ!!」
急にモヒカンが吹き飛ばされたかと思いきや続けざまに今度は目の前まで迫ってきた大山君が
”ドゴン!”
とまるでマッハで紙芝居を入れ替えるように消えて代わりにバイクに跨った親っさんが
「ようキョウ坊!」
とシュタっと手を挙げて現れた。条件反射で二人して
「ど〜も」
とおじぎ。ワンテンポ遅れて何が起きたんだ!? 何が起きたんだ!? と脳内にパニック発生。そんな俺をおいて親っさんは俺達を見比べながらニタ〜と笑って
「なんや公園で園田と二人きりって、えらい雰囲気ええのう?」
と中年親父全開なコメント。
「いえ、そのこれは、その」
と頬を染めてアタフタしてる美月ちゃん。いや、その否定しない反応すごく嬉しいんだけど5m先のコンクリートの壁に頭突っ込んだまま動かないでいる大山君のことも気にかけてあげて。
「キョウ坊もえらい色気ついてきたやんけ〜。山之内に手出したと思ったら今度は園田か〜?」
オイオイオイ〜っと俺を肘でつついて冷やかす親っさん……って
「ヨードーは違います! あいつは親友ですがそんな危ない関係では」
と必死に否定すればするほど
「そんな照れんでもええやんけ! しかもガッツリ呼び捨てやん」
とタチの悪い方向へ解釈していった。やっぱり後でヒロシ殺す。脱衣ババと添い遂げさせてくれるわ。
「紅枝先生! キョ……後宮君は男の子に興味なんて持ちません!」
なんと美月ちゃんはギュっと俺の腕を抱きながら親っさんに言い放ったのだ! ああ右腕が今天国! しかし
「お〜恋する乙女は強いな〜!」
とニヤーと意味深に笑われると美月ちゃんはさっきの威勢はどこへやら、カーっと頬を染めて
「いえ、私はその……」
と俯いてしまった。そこで突然
「おう、そうや」
ポンと親っさんは手を打った。
「そういえばな、八雲がな〜……」
サっと血の気が引くのを感じた。しまったすっかり忘れていたよツインテール。
「キョウ坊を探しとったで、血眼でな」
親っさん倒置法で言うのやめて怖すぎる。
「確か食堂で待ってるらしいから早く行ったれよ。ほな」
と親指を立てると
「今日も安全運転じゃ〜!」
とバイクをふかして砂煙をあげながらターンして急発進。”乗用車乗入禁止”の看板をなぎ倒していった。どの口で言う? と俺が心の中で突っ込むとそのまま公園入り口でヨロヨロと起き上がるモヒカンに
「ボケコラ俺が紅枝じゃ!」
と自己紹介しながら釘バットでぶっ飛ばして走り去っていった。
もう日はトップリと沈んでいてあたりは真っ暗。この学園で最もハードだと言われている野球部も既に練習を終えていて、学園は冷たい夜気と静けさに包まれていた。その中で唯一明かりが灯っているのが校門をくぐって少し坂を登ったところ、その右手にある学生食堂だ。俺は息を切らしながらそこへ全力で走っていった。
食堂に続く階段に足をかける頃には酸欠で頭がどうにかなりそうだった。運動不足がもろ露呈したな。両手を膝について呼吸を整え、扉に手をかける前にそっと窓から中の様子を伺った。いつも学生でにぎわっている食堂は当りまえだがガランとしていて、しかしまるで異世界のようだ。マリサは食堂の隅に置かれた自販機の明かりの前でテーブルにちょこんと腰掛けていた。そしてリスがドングリを持っているみたいに湯気の上がる紙コップを両手に持ってズズズと飲んでいた。俺はすぐにでも入ろうと思っていたのだが、あんな顔をされては入れない。
あいつあんなに眼赤くして、まぁ、あいつも女の子ということか。しかし全く馬鹿なヤツだ。30分も待って来なければとっと帰れっていう話だ。溜息。罪悪感。血眼か。親っさん、意味取り違えてたよ。俺は扉に手をかけてつとめて明るく
「麗しの姫君。あなたの王子様がお迎えにあがりましたよ」
と扉をオープンすると同時にひざまずいて白馬の王子様の如きフェイスで顔をあげるとポカンとまずコーヒーの香りが残った紙コップが命中して次はヒュンヒュンヒュンという風切り音とともに制定カバンが……ストラーイク! KO! やっぱりあのモヒカンなぞとは格が違うぞこの衝撃! あの投擲距離でこの精度ならプロ入り出来るぞこのツインテール。ぬおお、痛い! 痛い意外に表現見つかんない! 立ち上がって顔からベリっと制定カバンをはがすとマリサは目の前にいて、それはもう恐ろしくて、でもすっごく可愛いっていう禁断のハーモニーを再現した涙目で……
「…キョウのくせに、わたしに心配させるって何様のつもり?」
ヒドイ言われようじゃないかって……え? 今マリサ自分のことわたしって言わなかった? とキョトンとしているとガシっとチョークスリーパー!? ではなく抱きついてきた。や、柔らかい……。あとすげー良い匂いがする。ってマリサ!? びっくりして引き離そうとしたけど……溜息。ここはそういうことしたらダメなんだよな。分かってるって。こういう場面は確かこれであってるはずだよな? 恐る恐る、俺は肩を細かく震わせているマリサをギュっと抱いてやった。それから
「いやいや悪かったな。ちょっとどうしても外せない用事があってさ」
ポンポンと背中を摩ってやる。全くこの華奢な体のどこにあんな力があるんだよ。一人苦笑。
「聞いたわ紅枝君から。どうして連絡してくれなかったの?」
途切れ途切れの声にはクスンと鼻をすする音。やれやれ余計なことを言いやがってあのシロクマ。ウソをつかないのはあいつの数少ない美点なんだが、こういう時はほんと逆効果だよな。
「そんなの決まってるじゃないか、じ……」
と、思わず本音を言いそうになったがギリセーフだ。危ない危ない。うっかり言ってたらせっかく会えたこいつとの関係を変えてしまうかもしれなかった。それはゴメンだ。今のこの距離で充分なんだ、俺にとっては一番居心地が良いんだ。だからまぁ俺が吐くに最もらしい言い訳をして、一発キツイのもらっておくか。それでマリサにも気合を入れてもらおう。いつまでもメソメソしてるのはらしくない。そうと決まったら良いな? 一撃に備えよだ。
(大魔神マリサなんぞ援護に呼んだら、あいつら三途の川を遥か飛び越えて閻魔さんのとこに直行しちまうだろ)
「いくら強くてもさ、自分の大好きなヒトをケンカに加勢しろって呼ぶ野郎なんて最低じゃないか」
「え……」
というマリサの予想外の声。やっちまった。は〜い脳内セリフとリアルセリフの逆転っていう俺の18番がまさかまさかのこの場面で発動でございます参っちまったねハハハ。どうしようかこの事態。マリサの動きがピタって止まっているんだけど。運命の番人から渡されたライフカード三枚は全てジョーカー。どれを切ってもゲームオーバー。切らなくてもゲームオーバー。ラスボスのいるダンジョンへ突入。LVは1で装備はヒノキの棒。こんばんわ後宮京太郎です。俺この戦いが終わったら彼女と結婚するんだ。はっはっはーここがキサマの墓場だ! な〜んだおどかすなよただのネコか。どこまで行っても死亡フラグが続く俺の妄想。あっちにも逃げ場のない俺はようやく仮想世界からリアルへ帰還。こんにちわモーフィアス。で、現実という重たい二字を受け止めた瞬間、この静寂の中俺の心拍が外に漏れているんじゃないかっていうくらい高鳴りだした。そして俺は自分のホザいてしまった本音を頭で反芻という絶対開けてはならないパンドラボックスを馬鹿な勇者のごとくオープンした。キョウタロウは薬草を手に入れた! ついでに”大好きなヒト”を手に入れた! 顔全体にマグマのような熱が広がった。やばい! このツラ見られたらもうあかん! 俺死ぬ! その時、そっと俺を離そうとするマリサをあろうことかつかの間の死亡回避のためとはいえギュっと抱き締めてしまった。”あっ”というマリサ嬢の声でマグマがフレアへ変化。あかん! これもっとあかん! そ、それから柔らかい! い、良い匂い!ダメ、意識が……トリップして脱力してしまったのが運の尽き、今度こそマリサが離れるのを俺は止められず、顔を見られて完全に思考が停止した。うそだろ……。マリサってこんなにも女の子らしかったっけ? 頬を染めて、涙目で、まるで罪を知らないような純情な表情で
「キョウ……それってもしかして」
と掠れた声。あ、えっとその……冷静になれ俺!っとそこでヨロめいた俺は慌てて地面を踏みしめた。しかしこの予想に反するクシャっていう中途に衝撃を吸収する紙コップの感触は、今の俺の脚を払うのに充分だったようで。前につんのめって
「キャ!」
そんな可愛い声をあげたマリサと一緒に転倒してしまった。やれやれホント、今日は実によくこける一日ですな。なんですけど……。一難去ってまた一難。咄嗟にマリサの後頭部に差し入れた右手、ついうっかりマリサと組んでしまった左手。そして俺の右太ももが今えらい位置にあります。いえません。スカートからのぞく白いモモの間にあるなんて口が避けても言えません。ここで一発ビンタくれたら俺はスゲー救われるんだけどね。でもマリサ、さっきの一言まだショックなのか動きません。そこへ
「あ〜疲れた、キョウ君ほんと足早いのね」
と息を切らした美月ちゃんの声が俺の背後に聞こえてきた。そして次にハァハァと息を整えていた音すらも掻き消えた沈黙。状況説明を俺のイングリシュて試みようと思う。俺、オン・ザ・マリサ。マリサ・イズ・涙目アンド赤面。美月ちゃん・イズ・絶句。アンド、ネクスト? 良い教訓を教えてあげよう。一難去ったらまた一難。その次は終末がやってくるらしいよ。以下自主規制により音声のみでお楽しみ下さい。
「キャー! キョウ君のケダモノ! 浮気者!」
「え、ちょっと美月いるの!? って浮気ってどういう意味よキョウ!」
バシ! ぶは!
「ち、違うんだこれは事故で」
「私にもそれさっき言ったじゃない!」
ビシ! あぶ!
「な、何ですって! キョウ美月にも手出したの!?」
「待て落ち着けマリサ! それも事故で……」
「美月にもこんなことしたのね!」
バシン! グハ!
「こ、こんなことって……いったいマリリンに何したのよ!」
ドゴ! げふ!
「な、ナイスキック美月ちゃん……あ、白色」
「キャー! キョウ君のエッチ!」
パシ! ゴハ!
「キョウやっぱあんたってヤツは!」
ゴス! ぐは!
「ち、違うんです。聞いて下さいマリサ様美月様。これには不幸な要素がいくつも重なっ……」
「自分から手出して被害者ぶるなんてキョウ君最低!」
パシ! げは!
「そ、それに……」
「それに何でしょうかマリサ様。うぐうう」
「いつまでわたしの上乗ってるのよこのドスケベ!!」
ドゴン! ああああああああああああああ!!!
30分後。
「ご、ごめんなさいねキョウ君。私早とちりしちゃって……」
「でも、キョウも悪いんだからね! いくら私たちが誤解してたからって、あんな……」
「マリリン。ここは素直に謝らないと」
「う、うん。ごめん…ね。キョウ」
「いやいや二人とも、気にすること無いさ」
食堂の冷たい床で虫の息になりながら俺は二人の謝罪に手をあげて答えた。いや誤解が解けてよかったよホント。死ぬ前に。代償としていろんなとこにモミジみたいな痕と靴型ついたけどね。
「あれ? 誰かいるのかのう?」
とガラリと扉を開けて入って来たのはヨードーちゃんだった。途端に3人とも硬直。何でかって? いやここは俺が言うより先に美月ちゃんが言ってくれると思うよ。はい傾注。
「山之内君、そのセーラーどうしたの?」
ということだ。あまりに違和感なくて突っ込み損ねたがそこにいるのはセーラー服を着ているヨードーちゃんである。美月ちゃんとマリサという学園の至宝が二人もいる俺のクラスにあってなお美少女の名を冠するこの少女、失敬少年がついにセーラーに袖を通したのだ。これは願えど叶わずとクラスで囁かれていた野郎共の悲願である。これだけ似合ってるならこの際理由はどうでもいい。いやいかんいかん。ここは親友として問いただすべきだ。
(何があったんだヨードー?)
「85点!」
ゴス! いかん虫の息だというのにマリサにトドメをさされるとこだった。まだお前の元には行かんぞ脱衣ババ。隣で美月ちゃんが
「あ、私の方が15点高かったんだ」
となんか嬉しそうに手を頬に当ててる。え、もしかして入学式のあのこと!? いやヨードーお願いだからそんな残念そうに俯かないで! 大健闘だよ!
とにもかくにも名実ともに女子高生になってしまったヨードーちゃんに俺は説明を求めた。ちゃん付けには突っ込まないように。
「実はのう。加納先輩に……」
”役になりきるには私生活からよ! もちろん外面だけじゃなくて言葉遣いも重要ね! ひとまずあたしのことは当分”ねぇね”か”お姉様”のどっちかで呼ぶのよ!? いいわねヨードーちゃん!? フフフどっちも良いじゃない”
というような演劇に対する情熱+αなことをおおよそ2時間肩をガッシリと掴まれたまま聞かされたそうだ。最後には勢いそのままに今回の演目である”私は姉に恋をする”のヒロインに大抜擢。何だか危険な香りのするタイトルだな、ハァハァ。鉄は熱いうちに打てかネジは外れてるうちに暴走というか知らないが、さっそく本日からヨードーちゃんは自分の配役である”シスコン&セクシー女子高生(妹)"の役作りのためセーラーで登下校することになったというのである。既に校長から許可を取っているあたりアヤ先輩恐るべし。校長恐るべし。
「ところでじゃな、どうしたんじゃキョウ? えらくこう……満身創痍に見えるんじゃが」
首を傾げるヨードー。
「いや、まぁ色々あってな」
あり過ぎて言えません。マジマジと俺を見ながら
「入学式の時にあった奇病かの?」
ある意味大正解です。でもある意味大間違いです。
「ボケクラァ! 俺が紅枝じゃ!」
扉を蹴り開けて入って来たのはマサカリならぬ釘バットかついだ親っさん、心臓止まるかと思ったわ。続いてミユキ先輩。今日も長い髪はツヤツヤお手入れ万全。そんなお姉様は肩の前にまわった髪をサラサラと手で背中に流して……おお、スーパーリッチ。
「お前達。もうとっくに最終下校時刻は過ぎているぞ」
と食堂の掛け時計の方をクイクイと手に持った刀の柄で指した。7時前、そういえば腹の虫もさっきから抗議してるな。
「先輩と紅枝先生はお仕事でしょうか?」
笑顔のツインテールは既に猫被り。こいつも陸上より演劇部の方が向いてると思う。
「ああ、これも生活指導委員の仕事の一つだ。私一人でも問題ないと思うのだが、紅枝先生の厚意で一緒に回ってもらってる」
チラっと見れば親っさんは痛々しいバットをマジマジと見ながら
「明日こそはブチまわす」
厚意なのだろうか。確かに防犯効果は抜群だろうな。ちょっとした出来心で侵入してその代償が轢き逃げでしたとか割りにあわんにも程がある。ちょっと想像。
”ここが職員室か、金目のものでも転がって……”
と校舎に侵入した黒服の男住所不定無職。
”何しとんじゃ!”
とか怒声に飛びあがって振り向けば金髪総立ちで特攻服着たオッサンが釘バット持って
”俺が紅枝じゃボケぶちまわずぞクラァ!”
どっちが不審者か分かったもんじゃない。とにかくしょーもない理由で遭遇するにはリスキー過ぎる二人ということだ。そこでようやくミユキ先輩は床に寝転んでる俺に気付いて
「どうした後宮? まるでボロ雑巾みたいじゃないか?」
言い返せない! すっごくその通りで言い返せない!
「おやおやおやおや〜?」
親っさんが突如、中年モードに突入したかと思いきやそのニヤけた視線の先には可愛く変身したヨードーちゃん。
「そうかそうか。そういうことか」
続いて俺の顔を見てニタ〜と笑いながらアゴを摩って何かを悟ったようだ。親っさん、たぶんそれスッゲー誤解。あと場合によったら俺死ぬかもしれないから自重して。
「キョウ坊えらいエエ男になったようやな〜! 付き合ってるお前のために山之内がこんなめかしこんでもて!」
ピシっと亀裂の入る音が美月ちゃんとマリサから聞こえてきた。マジで死ぬかもしんない! あとヨードーちゃんそんな照れないで! 俯いて
「頑張りました」
とか言わないで! ここで役作りやめて! え? 役作りじゃない? ミユキ先輩が
「ん?」
と首を傾げた。先輩気付いてくれたんだね! 早く誤解を解いて!
「お前八雲だけじゃなくて山之内とも付き合ってたのか?」
ナイス勘違い! 凍てついていく俺の周囲の空気をものともせず、
「やれやれ呆れたヤツだな。いいか、いくら恋愛が個人の自由と言ってもだな……」
と、このお姉様は俺が浮気しているかつホモであるという誤った認識に基づいて、同性愛者に対する理解を示しつつも学園生としての節操やマナー、男女のあり方などを説き、さらにはえらく脱線して生徒と教師、食堂でのマナー、生活のリズムなどなどを一通り語った後
「それから念のため、最後に言っておくが、今度あんな馴れ馴れしい呼び方したらただじゃおかないからな?」
と釘を刺すのであった。ありがたくて涙が出る……ってこの場面で今の発言クリティカルじゃないのか! ビキビキっと美月ちゃんとマリサから温暖化で溶ける北極の氷みたいな音がした。
「姉さんキョウ君に何て呼ばれたんですか?」
美月ちゃん落ち着つくといい。目がすわってる。
「そ、それはだな」
ミユキ先輩ダメ! 俯いて赤面とかダメ!
「言ってください姉さん!」
ミユキ先輩無理しちゃダメ! 深呼吸してまで言わなくていい! 涙目になってまで言わなくていい!
「ユ、ユキたんだ」
なんかが決壊した! そこに来て親っさんトドメの一言。
「すごいなキョウ坊! 今日の放課後かて公園でえらいエエ雰囲気で園田とおったしなぁ!」
さよなら人類。キョウタロウは長い旅に出ます。探さないで下さい。