第8話:授業開始
チャイムがなって我にかえる。2限目が終了したようだ。もう先輩もあの猫もいない。あれはやっぱり幻聴だったのだろうか? いや考えても仕方ない。俺は教室へ戻ることにした。
「うぃーっす」
と扉を開けると何故か大惨事。皆机でグッタリしてるわ窓や壁に亀裂が入ってるわ天井の蛍光灯は割れているわで、もうどうしたのだこの事態。自分の席まで行き、椅子に座ったまま目を渦のようにクルクルと回して伸びているヒロシの頬をパシパシと叩いて覚醒させ
「いったい何があったんだ?」
と聞けば
「1限目現代国語、2限目現代国語」
とうめいた。いやいや現代国語が2連続あったらポルターガイストが発生するとか世の中そんな面白く出来てはいないぞ。再び気絶しかけるヒロシにヘッドバッドをかます。痛ててて。ヒロシは再び息を吹き返して
「担当、河野……ゲリラライブ」
OK。把握した。黒板を見ればやたらカラフルな色使いで
”奥の細道ヒハー!!”
とか
”芭蕉デスペラード!”
とか地下鉄の落書きみたいな斬新な書体でデンパなフレーズが書いてあった。あかん。この学園あかん。ガラガラと扉が開いて振り向くとそこにはマリサと美月ちゃん。
「あ、いたいた。もう戻って来たんだ」
と二人が歩いてきた。どうやら俺を迎えに行ってくれた二人と入れ違いになったらしい。美月ちゃんは大事そうに抱いていたノートを
「ハイ、これ」
と言って両手で差し出した。受け取って開いて見ると現代国語の板書だ。黒板の内容を書いているのだが、随所に散りばめられているカタカナ表記の河野アレンジは綺麗にデリートされ、ちゃんとした内容になっているから驚きだ。さすが大阪聖女学院出身は伊達じゃない。字も綺麗な上、角がやや丸くなっているのが何とも女の子らしい。ふふふ家宝にしようじゃないか。俺は美月ちゃんに
「ありがとう!」
と頭を下げた。すると美月ちゃんは
「わわわ」
とあたふたとしながら
「そんな頭なんか下げないで」
と困ったように言う。いちいち可愛いな。
「それよりごめんなさいね、姉さんがあんなことしちゃって。たぶんあれでもかなり手加減したはずなんだけど」
もちろん分かってます。たぶんミユキ先輩が本気出してたら誇張表現抜きで召されてましたから。
「それよりお礼ならマリリンに言ってあげて」
とニッコリ笑う美月ちゃん。
「へ?」
と俺が間抜けな声を出すと
「キョウ君が気絶してから1時限目の間、保健室でずっと声かけながら手を握ってたのよ?」
と微笑む美月ちゃんを
「美月それ言わないってさっき約束したじゃない!」
とマリサが赤面しながらポカポカと叩いた。こういう仕草は本当に女の子らしいんだけどね。しかし一回目覚めて今度はマリサに昏倒させられたという鮮明な記憶があるのだがきっと気のせいだろうな。うん。と頷いてそこで俺はあの気絶していたとき、つまり脱衣ババか
”あなたのブレザーは私が毎日アイロンかけたげるんだから〜”
とマジ勘弁な求愛されつつ疾走しているとき、俺を現世へと導いてくれたのがマリサの声だったことを思い出した。あの美月ちゃんクッキーの件と合わせると俺は二度もマリサに救われたことになる。妄想癖と明後日の方向に想像力が豊かなあのババァのことを考えれば民宿”三途リバーとババアの巣(俺命名)”を2度も訪問するわけにはいかない。そんな日には
”まぁこのイケメン、私にゾッコンなのね。いいわダーリン(赤木先輩)と一緒に面倒みてあげる”
とか言われかねない。あの時の恐怖が去来して
「うう、ありがとうマリサ」
とついつい涙ぐんでしまう。すると
「や、やだ、そんなことくらいで泣かないでよキョウ」
とマリサは火照った頬を冷やすように手を当てて
「でも、そんな嬉しいならもっと繋いであげても……」
と何故か右手をソワソワさせているマリサ。
「しかしキョウには妬けたものよのう」
フワ〜っとアクビをしながら机から起き上がったのはヨードーだ。ナチュラルに会話に入ってくるなこの少女。いや少年か。
「なんせ保健委員のワシがキョウを運ぼうとしたら、八雲嬢がまるで我が子を取られたように奪い返すんじゃからな」
と笑顔だ。いや、頼むからそんな天真爛漫に笑わないでヨードー。普通に可愛いから困る。
「まぁそれはそれとして八雲嬢、やっぱりキョウにあの処置は必要なかったと思うんじゃが」
とヨードーが首を傾げるとマリサがピクっと反応して
「まぁヨードーさん何の事でしょうか?」
と返答。猫被るの早いなこのツインテール。しかし匂うぞこの型にハマった答え方は。何の処置をされたのだ俺は? ヨードーはまだ眠そうにムニャムニャと目を擦りながら
「ホラあれじゃ、人工呼ぐは!」
「あ〜らごめんあそばせついネリチャギが後頭部にクリーンヒットしてしまって」
ねーよ!!! 美月ちゃんは頭からプスプスと煙をあげて伸びる美少女というシュールな構図を作った少年に
「山之内君しっかり!」
と肩を揺すり、俺はこのあからさまに怪しい緊急回避手段を講じたツインテールに疑惑の目を向けるとそれはもう1億ドルの笑顔で
「何でもないのよ」
と鼻の先を人差指でツンと押された。だめだ。くそ、可愛いってある意味最強武器だろ。と思わずニヤけてしまった。俺キモイぞ。まぁそんな愚痴は飲み込みつつ、ヨードーを負ぶって保健室へ向かおうとすると
「こらこらキョウタロウ君。ヨードーちゃんを運ぶならこっちだろ?」
と意識が回復したツキノワグマは
「まず首に手を回してだな……それから足をすくうように」
とヨードーをお姫様抱っこをさせた。何でや! しかし俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立てているヨードーは色っぽいことこの上ない。いやいかん。いかんですよ俺はノーマルだ。ま、ここで議論してても仕方ない。頑張れよヨードー。厚化粧のババァがいたら一目散だぜ?
「よっ」
とヨードーを抱えたまま足で扉を開けようとすると
「ん〜? いやワシは男じゃが? そうか現世はこっちじゃな、恩に着る……」
と呻いたかと思えばヨードーはすぐに目覚めた。何故だ。
「あれ?……ワシは何をしているんじゃ」
とキョロキョロと教室内を見回すヨードー。目が合う。そしてこのシチュエーション(お姫様抱っこ)。二人は見詰め合ったまま沈黙。腕の中のヨードーが微かに震えている。何故か知らんがまずい。極めて真っ直ぐにまずい。
「あ、あのキョウ……これは……」
いや誤解を受ける前に弁明しよう。と口を開ける前に
「ヨードー。実はキョウはお前のことが好きなんだ!」
とシロクマ発言。殺すコイツはめやがったな!
「なっ」
と声にならない声をあげるヨードーは頬を染めてうわ可愛い……って
「お前赤くなるな!」
「ヨードー。察してやってくれ、キョウは本気だ!」
「本気で殺してくれるわアナグマ!」
「キ、キョウ。気持ちは嬉しいが、その……二人にはいろいろと障害があると思うんじゃ。まずは親に納得を……」
真に受けるなヨードー! 親よりもっと大前提な問題があるだろ!
「いや、親なんか関係ないぞ! お前の気持ち次第だヨードー!」
「このバカグマめ! 猟師に狩られてタペストリーにでもされてこいや!」
「そんな……、でもそこまで本気なら、ワシそれなら……」
「OKフラグ微妙に立てるなヨードー! それから色っぽくはにかむんじゃねー!」
「俺の授業が始まるぞクラァ!!!」
突然教室の扉を蹴り開けて入ってくる親っさん。今日もバットにビッシリ生えた釘が痛々しい。しまった、3時限目のチャイムに気付かなかった。しかしさっきの河野ライブで扉に入った亀裂が今の蹴りでまた一段と深くなってしまった。あと2,3回もやれば壊れるぞこの扉。全く教室の備品を生徒じゃなく教師がそれも故意に壊すとはこの学園、いかがなものか。と現実逃避を試みている俺、そろそろリアルに戻ろうか。でさ。どうしようかこの事態? シンと静まり返った教室。親っさんの怒声にびっくりして俺の首にしがみついてるヨードー。いまだお姫様抱っこしてる俺。そしてそれをガッツリと見てる親っさん。静寂。もうあかん。親っさんは何かを察してくれてウンウンと頷いて
「キョウ坊ももう大人やからな! 誰と一緒になろうと個人の自由や。俺は応援したるで!」
「違うんですって親っさん!!!」
クラスから生温かな視線が送られる中、誤解を解くまで授業の半分を費やした俺であった。
3時限目は親っさんによる英語であったが、講義ではなく簡単な授業の進め方と実力確認のための10分程度の試験がなされた。内容は英作文5題であり内容は俺基準で中の上くらいだ。中学時代にグレてもいない限りみっともない点数にはならないだろう。自己採点による結果は7割とまぁ平凡。ヨードーもそのくらいで、ヒロシは5割で、シキ、美月ちゃん、マリサは満点であった。見た目通りの結果過ぎてあまり面白くないな。
4時限目は数学で担当は白内という教師。さてどんな珍教師かと思えばでかい。あのヒロシがアライグマかと思うくらいでかいのだ。身長はおおよそ3m。体型そのものは細身なので昆虫で例えるならナナフシ、筆記用具で例えるならHB鉛筆だ。服装は黒のスーツ、黒のカッター、そしてアクセントに赤のネクタイ。口にはチョビヒゲを置いていてもうダンディズム全開で、背の高い足長おじさんと言いたいのだが、かなり長すぎた。もう妖怪
”手長足長の足担当です”
とか言われたら何の躊躇もなくキタ○ウを呼ぶだろう。強い妖気を感じますお父さん! そんな白内先生は教科書に書いてあることをそのまま書いて、教科書に書いてあることをそのまま読んで授業を終えた。なんだインパクトあったのは教室の出入りだけじゃないかこのピン芸人。
そうして昼休みを迎えた俺は、やっぱり美月ちゃんとマリサと一緒の花のランチタイム。ということで席をドッキング。クラスに残った男子諸君のドス黒い怨念と怨嗟の声を背中に浴びつつ実にときめいたお昼を過ごすのであった。
「御馳走様」
と感涙に咽びながら手を合わせると
「お粗末様でした」
と二人はニッコリ。神様俺はもう死んでもいいかもしれません。
「そうだキョウ君。前に約束してたデザート」
と美月ちゃんはラメ入りのリボンに包まれたピンクの袋をカバンから取り出した。期待に胸躍らせながらスルっとリボンを開けると中にはクッキーが! やったー手作りクッキー! 神様俺はまだ死にたくありません。信心深い俺は神の声に従い、先ほどから目をギラつかせているクラスの皆におすそ分けすることにした。
「さすがにすっかりお弁当もらった上に、デザートまで独り占めしたら皆に祟り殺されちゃいそうだよ。いいかな園田さん?」
と聞いてみると
「ハイ。でもキョウ君って優しいんですね」
とまたニコリ。ああ、でも何だろうこのチクリとする罪悪感。チラっとマリサを見ると
”こればっかりはね”
と苦笑している。というわけで募集をかけてみるとやっぱり瞬く間に完売。そりゃそうだ。何と言ったって美月ちゃんの手作りクッキーなのだから。ふむ”三途リバーとババァの巣”今日は大繁盛だな。
5時限目は体育ということで女子高生達は更衣室へ移動。教室には野郎どもが残された。ヨードーは生物学上は男子であるもののカテゴリーは女子であるため、俺達はヨードーを教室に残して廊下で着替えることになった。この学園の体操服は男は青のジャージなのだが、何と女子は既に絶滅したと思われていた赤のブルマなのである。付け根まで露わになった美脚の数々に
「ナイスブルマ!」
とヒロシとハイタッチ。やはりここの校長只者ではない。
グランドに集合ということで来てみたのだが、原因不明の体調不良を訴えるものが相次いだため、本日予定されていた体力測定は実に早く終わってしまった。皆、体調管理はしっかりな。心当たり? ないね(断言)。担当教員は桑田という出席簿よりバナナが似合いそうな感じのイカツイ男だった。集合も笛吹くより胸を叩いてもらった方がしっくりくる。さて少人数で始まった体力測定であるが記録が次々と更新されたのでいくつかピックアップしてみようと思う。
男子100m走:9.98秒 紅枝博
女子100m走:7.02秒 八雲魔理沙
男子握力:118kg 紅枝博
女子握力:測定不能(計器破損) 八雲魔理沙
男子ハンドボール投げ:87.5m 紅枝博
女子ハンドボール投げ:場外 八雲魔理沙
男子立ち幅飛び: 320cm 紅枝博
女子立ち幅跳び: 684cm 八雲魔理沙
マリサはその日のうちにレギュラーを確約されて陸上部に入部した。
ヒロシは記録更新にも関わらずグランドの隅で首を吊ろうとしていた。