プロローグ2
王国と帝国。
この大陸には、その二つの国しかない。過去には七ヶ国ほど存在したみたいだが、何度も誕生する魔王。そして魔族との争いで徐々に小国は衰退していき、大国へと飲み込まれた。その結果が現在の二ヶ国。
魔族――幼かった俺は、食いもんにも金にもなりはしないと興味がなかったが、今ではそう言っていられない。なんせ今の俺にとって魔族討伐は、おいしい稼ぎの一つだからだ。とは言っても魔王の誕生は勘弁してほしいが。
英雄サマ――「ケン・フォン・クロダ」のおやっさんに弟子入りして、冒険者になってから既に、八年の月日が過ぎた。今の俺は十八歳で、がりがりの子供時代からは想像もつかないほどに、がっしりとした体格へと成長した。食い過ぎとも言われるが。
命を賭けた博打を打ったあの日、母に大金を軽く放り投げたおやっさんはとてもかっこよく、その金にしがみつく母はとても愚かしく見えた。どうせあの大金もとっくに浪費しきっているだろう。
「おい、タイガ。まだ食ってんのか?」
「……ローナくぁ」
「姉御だ、弟分。あと口の中のモン飲み込んでから喋りな」
ローナ――おやっさんの一番弟子で、俺の年下の姉弟子になる。たしか三つほど年下だったはずだ。いつもこんな風に、姉弟子風を吹かせる十五歳の少女。正直、見ていて微笑ましい。
「師匠が話があるから、タイガ呼んでこいって」
「おやっさんが……? 珍しい。いつも勝手に決めるクセに」
「この間もそれで、奥さんに怒られたんだってさ」
なるほど……。
おやっさんの外見は、かなり厳つい。英雄と呼ばれていなければ、完全に裏組織の用心棒にしか見えない。そして、そんなおやっさんにはとても美人の奥さんがいる。一見、優しそうな女性だがその実態は、おやっさんすら頭の上がらない強い女性だ。まぁ、おやっさんの場合は惚れた弱みってのもあるが。
「ローナ……。わしはタイガを呼んで来いって言ったんじゃ。余計な話をしろとは、言ってないんじゃがのぉ……」
「はひっ! 師匠、いつの間に……」
ローナとまったく同じで、俺もいつの間に師匠が近くにいたのか気づかなかった。修行不足だな。情けない……。
「もういい。ここで話すから、よーく聞け。……タイガは箸を止めんか」
「ふぁい……」
「飲み込んでから喋らんか……」
口に詰め込みすぎて、中々飲み込めないので黙って頷いた。そんな俺を呆れた顔で見ているおやっさんとローナ。まぁ、いつも通りだ。
「どうやら先日、新しい大陸が発見されたらしいんじゃ」
「え⁉ それ、本当ですか師匠!」
新しい大陸……。この大陸以外にも、まだ違う大陸があったんだな。
数年前から王国と帝国は、競い合うように海へ船を出した。この大陸では、もう目新しい資源は発見できず、未開の土地など皆無。それならば、別の大陸を発見すればいいじゃないと考えたわけだ。そんなもの見つかるわけがないと思っていたが……。
「それでじゃ。今、多くの人間が新大陸へ向かっておる。だから、わしらも新大陸へ向かう」
「それは別に良いですけど……おやっさんの奥さん含めた、この四人でってのは無理があるかと」
新しい大陸ということは、未知の怪物や魔境が待ち受けているということになる。いくらおやっさんが英雄と呼ばれる実力者でも、さすがに無理があるだろう。
「分かっとるわい。そこでわしは……クランを作ることにした」
「……タイガ、師匠は今、なんて言った?」
「たしか、くらメシと……」
「クランじゃ、あほ。なんじゃ、くらメシって」
クラン――多数の冒険者たちが、一人のリーダーとなる人物の下に集まり、そのリーダーに従って行動する団体組織。俺が知っている有名どころだけで五つはある。最近では、このクランに所属することが冒険者の間では当たり前らしい。ちなみに俺は、おやっさんの冒険者パーティ所属となっている。
だがなにより問題なのは、おやっさんがまったく集団の組織に向かない人間だということだ。自由奔放をそのまま人間にしたような人で、なにをするか、どこへ行くかをその場のノリで決める。まぁ、そこは俺もそういう節があるのだが……。
「わしみたいな男にでも、着いてきたいと言うアホンダラがいての。おまえらみたいに……」
「そりゃそうでしょう。おやっさんは英雄ですし、誰よりも冒険者らしい人間ですから」
実際に、おやっさんに憧れて冒険者になった者は多い。強く、自由で、男気に溢れる。自分で言うのもなんだが、最高の師匠の弟子にさせてもらった。
「ふん……。とにかくじゃ、わしはクランを作る。そして、新大陸へ乗り出す」
「分かりました、師匠!」
「ふぁい……」
「だからタイガは箸を止めんか……」
だってこのソバ、すごく美味しい……。
☆
とても広大な陸。青く晴れ渡る空。白い雲が流れるのと同時に、赤い生き物も流れていく。
広大な陸には巨大な怪物が走り回り、青く晴れ渡る空には数多の怪物が飛んでいる。ここは怪物の楽園。そして人類の新たな資源の宝庫。なんて言われていたのは、もう数年前であり、今では怪物の楽園というだけ。
新大陸。俺がここに来てから、十年の月日が流れた。
現在の俺は二十八歳。この大陸に来る前よりも身長が高くなり、体格は更にがっしりとしたものになった。最近ではちょっと、ふっくらしてきたかもという疑惑があるが……。
しかし、自分の異名に恥じない威厳のある外見になったと、自分自身では思っている。ここに来てから、右頬についた一線の傷跡を撫でる。これは自分の油断から受けた、戒めのような傷跡だ。これも相まって、更に異名通りの容姿に見えるのではないだろうか。
英雄の右腕。
それがここ数年で俺についた異名。おやっさんと共に、この新大陸で怪物だらけの戦場を生き抜くうちに、そう呼ばれるようになった。ちなみにローナは拗ねていた。前線を突っ切る俺とおやっさんの代わりに、クランの指揮をローナがとっていたので仕方ない。
あの厳ついおやっさんの右腕なんだ、俺もある程度は厳つくなければ、その異名に見劣りしてしまう。
「タイガさん、考え事してる最中に悪いんですが」
しまった。歩く時間が長すぎて、つい考え事に熱中してしまった。
俺に話しかけてきたクランの後輩を見る。頭の毛はなく、ツルツルして日光を反射している。ちなみにこの後輩は別にハゲなわけではなく、自らこんな髪型にしている。理由は謎だ……。
「すまん、ついな」
「いえ。タイガさんが俺たちの速度に合わせてくれているのは、分かってます。……見てください、あれが今回の標的のロックワイバーンです」
後輩の指差した方に視線を向ける。そこには、灰色のゴツゴツとした岩のようなものを身にまとう、亜竜と呼ばれる怪物が空中を飛んでいた。数はざっと、十匹ほど。楽に終わりそうだ。
「それじゃあ、俺が落とすから。その後は」
「分かってますって、いつも通りでしょう?」
うん、既に数十回もこの後輩とは仕事をしているから、段取りを分かってくれている。さっさと面倒な仕事を終わらせようと、右腕に魔力を集中させていく。
「魔力の腕」
魔法名を告げると同時に、俺の右腕を紫色の魔力が覆っていく。最終的には鎧のような、籠手のような形状へと変化する。
スラムの少年時代にはコレがなんなのか、俺には分からなかった。しかし、おやっさんによりコレが俺の魔法であることを教えられた。最初は安定せず、白色の弱い魔力しか発生しなかった。それを鍛えるうちに、魔力は紫色へと変化し、徐々に強くなっていった。
魔法――生物は必ず、その体内に魔力というエネルギーを持つ。ちなみにエネルギーという単語が広まるまでは、気力などと呼ばれていた。そしてそれは、空中にも存在している。その魔力というエネルギーを用いて、火をつけたり、水を操ったりする技術を魔術と言う。魔法はいわば、それに該当しない個人ごとにそれぞれの効果を発揮する魔術らしい。つまり、よく分かっていない。
なんならば、血統魔法という血筋で受け継がれる魔法もある。更には、変血統魔法という血統魔法が、少し変化して受け継がれるモノもあり、本当によく分かっていない。一つだけ確かなことは、血筋以外で魔法を持って生まれる確率はそう高くはなく、持たない人間との力の差は絶対的だということだ。
「まとめて落とすぞー。「魔力振動」」
魔力の右手で、空中の魔力を掴み、ロックワイバーンの群れへ向けて投げつける。
空中で強制的に魔力が動くと、連動してその動いた方向に魔力の波を起こす。生物は必ず、体内に魔力を持っているので、その波に当たってしまうと体内の魔力が強制的に揺れ動く。そうなると、脳と魔力の動きの不一致を引き起こして、脳が揺れたような感覚の後に気絶する。
ちなみに、実験台になってもらった人には謝った。すごく謝っておいた。最終的には少し気持ちいいかも、と言っていた。
魔力の波に揺られて、落ちてくるロックワイバーンたち。その好機を逃さず、止めを刺しにいくクランのメンバー。いつも通りの日常だ。この新大陸に来てから、最近はほぼ毎日こんな感じだ。
この新大陸も、完全制覇とは言わないが、ほとんど開拓され尽くしている。未開の地も後わずか。新しい資源も三年ほど前から見つかってない。
「そりゃ、おやっさんも引退とか言い出すよなぁ……」
「タイガさん。おやっさんの引退って、やっぱ本当なんですか?」
どうやら俺のボヤキを拾っていたらしい後輩が、そう聞いてくる。ちなみにツルツルの後輩のことだ。
「本当だよ……。最近は、妻と隠居するんじゃー、としか言わない」
「そうですか……。でもそうなったら、二代目のリーダーはタイガさんで決まりでしょう?」
「それ、おやっさんに言われたよ……」
おやっさんも結構な歳になって、最近では畑弄りに精を出しているぐらいだ。ここ数日は奥さんと一緒に隠居するから、お前がクランリーダーをやれと言われ続けている。しかし、それはごめんだ。
俺は人の上に立つ器じゃない。なにより、おやっさんの下だからここまで着いてきたんだ。それにクランリーダーには俺なんかより、ローナの方がよっぽど向いている。
なんだかんだ言っても、俺はおやっさんの背中を見て育った。おやっさんのようになりたいと思って生きてきた。俺にできることは、戦うことしかない。この力しかないんだ……。
「まったく、おやっさんももう少し考えて、モノ言ってほしいなぁ」
「それ、タイガさんが言います?」
確かに……。というか後輩、俺と話してないで、はやくロックワイバーンの解体を手伝いなさいよ。俺?
俺は……仕事したから……。
☆
「というわけで、タイガの二代目クランリーダー、就任おめでとー!」
ローナのその宣言で、会場は一気に盛り上がった。
ロックワイバーンの解体が終わり、街に戻った俺はローナに連れられてこの会場へときた。入ってすぐに思ったことは、嵌められた……。
まさか俺に内緒で、ここまで大掛かりな会場を用意した挙句、二代目クランリーダーに勝手にされてしまうとは。横を見れば、おやっさんがニヤニヤとしている。このクソ爺。
「さーて、今回の主役。タイガに一言いただきます! 今のご感想は?」
「最悪です」
「最高だそうです。さぁ、お前ら! 飲めよ、騒げよ!」
二度目のローナの宣言で、更に盛り上がる会場。それとは真逆で、更に盛り下がる俺。横を見れば、おやっさんが酒をラッパ飲みしている。
「ほら、タイガも飲みな」
「俺が酒嫌いなの知ってて言ってるだろ? 俺の目を見ろ、ローナ」
ローナは目を合わせようとはせず、代わりにおやっさんと一緒に酒をラッパ飲みしている。
煌びやかな会場。各テーブルには豪華な食事と高そうな酒。盛り上がっているのは、厳つい男の冒険者。やけに露出が多い女の冒険者。反対に俺の気分は、底知らずで盛り下がっていく。
分かった。そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
「えー、みんな! 聞いてくれ!」
どうしてもクランリーダーなどやりたくない俺は、会場中に聞こえるように大きな声で話し出す。
「二代目クランリーダーを任された、タイガだ。俺がクランリーダーになったからには……お前ら! しっかりと俺の言うことを聞け!」
俺のその宣言に、会場が一斉に雄叫びを上げる。あれ、今までそんな感じしなかったけども、意外とクランメンバーに慕われてるのかな、俺。
まさかここまでの雄叫びが返ってくるとは思っておらず、少し動揺してしまった。それでも俺は、クランリーダーなどやりたくない。
「だから、今日で二代目の俺は引退する! 今からは、三代目としてローナを新しいクランリーダーに任命する! 以上!」
……。
沈黙。今の状況を一言で表すならば、それが最も相応しい言葉。会場のみんなが俺の言ったことを理解できずにいる。そりゃ、クランリーダーになりました。じゃ、クランリーダー譲りますねと言ったのだ。言葉も出ないであろう。
寒々しい沈黙の中、こうやって俺はこのクランから旅立つことを決めたのだった。言っておくが、決して居づらかったわけではない……。