夢を現実にしないようにするには。④
いい匂いがする。私の大好きなご飯の匂い。
私の大好物の匂いだ。嬉しくてスプーンに手を伸ばすが、そのスプーンが何故か掴めない。まるで虚像のように、掴んでも掴んでも手に取れない。でもスプーンの姿は目の前にある。
お腹が空いて来た。私の好物が食べたい。なのに食べれない。
これ、夢?
「わ、私のコーンポタージュ!」
「!?」
大好物のコーンポタージュは目の前には無く、代わりに広がる景色はよく見る景色だ。自室のベッドの天蓋に伸ばした手。いつもの日常には代わりないが陽の照りがいつもとは違って明るすぎる。
「アマリリス!目が覚めた??」
「シンディ姉様?どうしっ…うぅ。」
むくりと身体を起こそうとするが、ピリッと痛みが身体を走り呻き声が出る。痛みが起こった事を思い出させる。
「起きないで、ゆっくり寝てなさい。貴女、フレーゲルに刺されたのよ。迂闊だったわ、暗器を仕込んでいたなんて。お医者様に見て頂いて命に関わる事はないらしいわ。コルセットが固くて奥まで刺さらなかったの」
「コルセットって命を守るもの為のものなのね」
「…違うわ、女性らしさを出す為のものよ」
ゆっくりベッドに身体を倒すと痛みが和らいでいく。お腹に力を入れると痛むらしい。少しは血も出たのだろう。服の隙間からお腹の包帯が見えたが、少し血が滲んでいる。
「そんなに私寝てた?」
「少しよ。治療後すぐに目が覚めた形だから数分ってところね。私、お医者様をもう一度呼んでくるわ。」
「シンディ姉様…アレクは?」
「くすくす…貴女は本当にアレクにべったりね。アレクは廊下で待っているから、私の代わりにアマリリスのお世話を任せるわ」
私は別にアレクにべったりなんて訳ではない。姉様は勘違いしている。
シンディ姉様と交代でアレクが部屋に入ってくる。アレクは申し訳なさそうに私を見て、いきなり土下座をした。勢い余って頭を強く打って、ゴンと鈍い音がする。カーペットが敷かれているのに、何故そんな音が鳴るんだ。
「へ!?あ、え、アレク!?頭打ったんじゃない!?大丈夫っ…うう、痛いぃ…」
興奮してお腹に力が入る。また痛みがお腹から全身に響く。額に脂汗が滲み出る。
「…この度はお嬢様を守れず、申し訳ありませんでした」
絞り出すようなアレクの声。感情を押し殺しているのが伝わってくる。この感情は怒りだ。私に対してでは無く自身に対しての怒りが、声に滲み出ている。
「私は執事失格でございます。罰なら幾らでも受ける覚悟です」
「罰なんてしないわよ」
「ですが…」
土下座の姿のまま顔を上げるアレクの表情は酷く傷ついたようで、多分きっと彼は罰が欲しいのだろう。罰を受けて許されたがっている。
「…わかった!傷が治るまで私と毎日ティータイムをして頂戴。ベッド生活なんて退屈で退屈で嫌になることが簡単に想像できちゃうわ」
「そんなの罰ではないでしょう」
「私が罰だって言えば罰なの!美味しい茶葉とお菓子を持って来て。そうしないと退屈すぎてベッドから逃げ出しちゃうから!」
だいたい、これはアレクの責任な訳がない。私が勝手にアレクの前に出て庇ってしまった訳だし、そもそも恨みを買っていたのは私だ。アレクは私の側にいた被害者という立場でしかない。
「アレクに怪我が無くて良かったわ」
「お嬢様、それは違います。私にとってはお嬢様が怪我をされるのが一番の問題なのです。」
「良いじゃない。私は基本予定が毎日のように空白だもの。アレクが怪我をしたら私のお世話は誰がしてくれるの?空白の予定をどこで過ごすかがベッドの上に変わっただけなんだから、気にしなくていいのに」
公爵家の令嬢なんて、そんなもの。
毎日家にいてお稽古があったりするだけの毎日なのだから、何も変わらない。…寧ろ、お稽古が無くなったので、私的には結果オーライなのだ。
「それでも、お嬢様…」
「くどいわよ!それに、主人の役目は下の者を守る為にあるものなんだから、その権利を行使しただけだもの」
アレクは納得いかない表情をしているが、私にとっては本当に些細な事なのだ。
会話が途切れたタイミングでコンコンコンと扉がノックされる音が聞こえた。はいと答えればシンディ姉様とローレンス兄様、そしてお医者様が立っていた。
「傷は痛む?」
「ごめんなさい、兄様。兄様にも心配かけました。痛くないと言えば嘘ですが、こんなのすぐに治ります」
普段、私のことを甘やかさないローレンス兄様。だけれど流石に今回は私のことを気に掛けて、気の毒そうな顔をしている。
「殿方は出ていらして下さい。アマリリス様、傷口を見ていきますから、安静にして下さい。」
お医者様の計らいで殿方であるローレンス兄様とアレクは部屋を退出する。
「あぁ、そうだ。…アマリリス」
「どうかしたの?」
兄様がニヤリと嫌な笑みを浮かべる。これは何かを企んでいる嫌な顔だ。兄様とは年が一番近いからこそ分かる通ずる部分でもある。
「可愛そうなアマリリスの為に、アマリリスの分まで僕が味わって来るとするよ」
主語を言わない部分が兄様の意地悪な部分である。しかも、僕がという部分を強調する辺りが如何にも悪い。
それでも私は流石に察してしまった。
「わ、私のコーンポタージュ!!兄様の意地悪!」
またもや正夢になってしまった。
だけれど、どうしてアレクの夢は回避されたのだろう。ふと考えるがお医者様の治療の痛みにより、その考えは何処かに消えていった。