夢を現実にしないようにするには。①
謎のプロポーズを受けてから、一週間が経った。プロポーズについては返答は今すぐ要らないと言われたが、私自身はお断りする気しかない。初めてお会いして直後にこのプロポーズと言うのは信じられないと言うのが本音だ。
2人の父は困った顔を浮かべ、クロード兄様は少し怒った雰囲気を醸し出していてとても恐ろしかった。
無論、怒っていたのはアーノルド様に対してだろうけれど、それでも私は無関係ではない。クロード兄様は怒らせたら怖いのだ。私はそれをよく知っている。
「お嬢様は夢で予知していた、と言うことでしょうか?」
「予知…なのかしらね?また今日も夢を見たのよ。今日の夢にはアレクが出てきたわ。」
そして、あの誕生日パーティーの日から私はよく夢を見ることが増えた。それでいて、その夢が現実世界とよくリンクするので不思議なのだ。
内容としては、その日の1日の食事メニューを当てることなどの些細なことから、誰かが怪我をするといった少し怖い夢まで当たっている。所々ボヤけて分からない所も多いが、現実世界とリンクする。
もちろん、私の夢の中なので私自身の行動は夢と変える事が出来る。ただし、相手までその効力が発揮できるかと言うと、私が上手く誘導出来ない為か最終的には夢通りで事が進む。
何故、夢と現実が合致しているのかは未だにわからない。今まで夢を見ることの少ない方だったので、いきなり夢を見る機会が増えて戸惑っているのが現状。
「私が出てきたのですか?お嬢様の夢に?
それはどんな内容だったのでしょう?」
「…アレク、今日は一日外に出ないでゆっくりして頂戴。休んで一日部屋で過ごして」
今日の夢の主役はアレクだ。私の唯一の専属執事。2歳しか年が変わらないがとてもしっかりした私の第二の兄のような人。
この人は今日、大怪我を負うかもしれないのだ。しかも、私を庇う形で負う。
そんな未来、あってはならない。
「そんなこと出来る訳ないでしょう?お嬢様の側にいるのが私の仕事なんですから」
「主人の命令なの!言うこと聞いてよ!」
「お嬢様が私に命令する事なんて殆ど無いじゃないですか。何の風の吹き回しですか?」
アレクは優秀である。私が頼み事をする前にしてしまうとても優秀な執事。確かに私は命令とか基本的はしないけれど、それはアレクが優秀過ぎるからだ。
「たまにの命令ぐらい受け入れなさいよ!せっかく休暇を手に入れられるチャンスを逃すの!?」
「ちゃんと休暇は頂いてますから大丈夫です。寧ろ、有り余る体力を消費しないといけませんから」
アレクが微笑む。アレクはとても優秀で尚且つ素晴らしい見目を兼ね備えたスーパーマン。何なんだその笑顔は!私がそんなのに押されて…うん。
「お嬢様の態度で何となく察します。私の事でしょう?お嬢様の夢に出た私はどうなったのですか?」
「そんなこと一言も言ってないわ!」
「目が泳いでますよ。嘘ってバレバレです。いいですかお嬢様、正夢って言うのは話せば正夢にならないという迷信があるんです。話した方が本当にならないかもしれない」
本当にアレクは私を良く見ている。
何でもお見通しなのだ。
「…嘘じゃないって信じてくれる?」
「もちろん」
いつもと変わらない微笑みを私に向けるアレクに安堵し、ふと息を吐く。今から話すことは夢の話であり、現実とリンクする不思議な夢。予知かもしれないその夢を話すのはとても緊張する。
「実は…」
アレクは今日大きな怪我をする。原因は私だ。私は中庭を一人で散歩していた。今日はお父様と長男次男は宮廷に仕事に出かけ、母と長女はお茶会に出かけていた。この屋敷にいる人間は三男と次女と私と使用人のみ。
そんな中、私は見知らぬ人に襲われた。口を大きな手で覆われて、布から薬品の匂いを感じて意識を失いかけた時に異変に気付いたアレクが私を助けようとして相手に飛びかかって来た。その際に相手から刃物で腹を刺されて血を流して倒れた。
犯人は騒ぎになって逃げた。私はアレクが身を呈して守ってくれた為、薬品の匂いに当てられクラクラとする程度で無傷だったが、アレクは重症だった。血がドクドクと中庭の草花を染めていく光景が、頭の中に焼き付けられて剥がれない。
倒れたアレクと、それを助けようとアレクに触れた私の手が真っ赤に染まって、鉄の匂いに包まれていた。
「…だから、アレクは外に出たらだめよ」
「いや、いやいやいや?お嬢様?おかしくないですか?というかおかしい!」
「アレクは身を守ってるべきってことよ。何もおかしくはないから」
「お嬢様!?ちょっとよく考えて!俺っ…いや、私が刺される前に大きな事件があるんですけど、お嬢様の執事としてそれは見逃せないですから!」
せっかく思い出したくもない長い夢の話をして、一言目に否定されるとなるとどうも釈然としないのだけれど。アレクの素の一人称が出るぐらいには驚いているらしい。
「なんでお嬢様が見ず知らずの人に襲われなきゃいけないかって聞いてるんです!ここはキャンベル家の敷地内だからこそ、そんなに警備に力を抜いているわけではない。賊の侵入なんて以ての外です。仮にお嬢様が狙われてるのに、私が呑気に自室で休むなんて出来るわけないでしょう!?」
「…私も襲われてたんだったわ…。忘れてたわ。アレクの姿がインパクト強すぎたせいよ。」
「お嬢様、今日については私のことよりもお嬢様が自室に籠るべきでございます。だから、くれぐれも大人しくしていて下さい。もちろん、私も同席するか部屋の外で待機しておりますから」
「わ、わかったわよ。アレクも無理しないで、部屋の外で待機よりも中にいて私とお茶してくれる?」
「かしこまりました」
不安な心が少しずつ溶けていくように感じる。人に話すというのはこうも安心できる材料なのだ。
「では本日の紅茶は何にされますか?」
「ダージリンでお願いするわ」
アレクの淹れる紅茶はとても美味しいんだから!