登城という名の連行
またも嫌な夢を見た。嫌と言っても、以前のアレクや姉様が傷つく夢ではなく、面倒で気が重くとても嫌な夢だ。今日は部屋に鍵でもかけて、誰も入れないようにしようかしら?
私は自室の部屋の鍵など持っていない。ドアに鍵穴はあるものの、鍵は待たされておらず、鍵がなければ閉められない。ひとまず、鍵穴に細いピンを差し込む。ガチャリと音が鳴る。試しにドアを動かすが開かない。
「さて、後は…」
鍵を閉めたのはあくまでも時間稼ぎに過ぎない。
鍵があれば容易に扉は開けられる。…ピンなどでこじ開けない限りは。
内開きの扉の前に家具を引き摺り鎮座させる。これで開くことはあるまい。なかなかの力仕事だったが、これも必要なこと、と自分を言い聞かせる。
『コンコン』
戸を叩く音がする。
アレクだろう、返事はしない。
私は今日、ここから出るわけには行かない。
「アマリリス」
「!?」
この声は、お父様!?
普段、直接部屋に来ることがないお父様が直接来るなんて…やっぱりあの夢は現実なのね!?
「…アレク、アマリリスは部屋にいないのか?」
「いえ、まだモーニングコールはしてません。多分部屋にいるのかと。…少々お待ちを」
廊下からの声が聞こえるが、暫くすると無音になる。嵐の前の静かさ、とでも言うのか、妙に嫌な感覚を覚える。
「お嬢様、こんな事だろうと思いましたよ」
「…!?」
声がした方に顔を向けると、アレクが居る。
屋敷の庭が見える、窓際に。
「どうしてここに居るの!?」
「お嬢様の事だろうと思い、籠城を破る手はいくつか在ります」
「ここは二階よ?どうやって…」
「それは企業秘密で」
ニッコリと笑うアレクに、これ以上口を割らせることはできないだろう。
「では、お嬢様、行きますよ」
「い…いやよ。私は今日は家でのんびり、休暇を満喫したいの」
「帰ってからなさってください。さぁ、旦那様がお待ちです。支度は侍女を呼んでおります」
四面楚歌、逃げ道はなし。
「さぁ、行ってらっしゃいませ。」
微笑むアレクが悪魔のように見えた。
***
あれよあれよと、着せ替え人形となり、普段よりも多少華美な正装で引っ張られて来たのは、豪華絢爛を絵に描いたような王城。まだ成人も迎えていない私は来る機会など殆どなく、登城したのは片手で数えられるほどだ。
同じく馬車で城に向かうお父様は、宰相、つまり仕事場が王城なので慣れたものである。
他、家族は来ていない。家督を継ぐ予定のある兄様たちが呼ばれるのは理解できるが、なぜ私なのか。しかも休学日に。
お父様に行く理由を聞いたが『好奇心には勝てない人なんだ…』と遠い目をして乾いた笑い声を出すだけ。とてもじゃないが、聞き出せそうもない。
城について目についたのは、公爵家よりも広い整備された庭とその先に見える王城。王城の奥には王族が住まう宮が見える。
馬車は王城には止まらず、奥にある王宮へと進む。
王宮、即ち王族のプライベート空間である。
王城には片手で数えるほどではあるが、行ったことが無いわけではない。だが王宮となれば話は別だ。
「…帰りたい…」
「私もだよ」
意見が一致したのなら帰りましょうよ、お父様。
公爵家の馬車は、乗っている自分が言うのも難だがとても豪華だ。内装も外装も凝った作りで、それこそ公爵家の威厳をアピールしている。…が、乗っている2人の空気はまるで売られる悲劇の羊のようだ。
***
「ほう、其方がキャンベル公の末娘か」
「そうです。アマリリスと申します。」
そして今、王と妃、その一人息子である皇太子と対面している。気楽にしてくれと王様は言うが、王国で一番の権力者を前に気楽にできるほど、私の神経は図太くはない。
「アーノルドが婚約したと聞いてな。本当はもっと早くに顔を見たいと言ったのだが…キャンベル公がなかなか会わせてくれなくてね。ようやく折れてくれたわ」
「私は会わせたくなかったんですがね」
お父様は王様になかなか強気の態度だ。流石、この国の宰相をしてるだけはある。だが、押しに弱い。このまま私を会わせたくないで通せば良かったのに、と心の中で毒づく。
「本当にレティにそっくりね。」
王妃様が感慨深そうに、瞳を少し潤ませた。
「レティ…?」
「アマリリスは知らないだろう。…レティシア様は、メイズの姉で、アマリリスが生まれる前に事故で帰らぬ人になったが…。まぁ、レティシア様はメイズとそっくりだったからな」
メイズ、私の母親であり、その姉。つまり叔母様にあたる人。
母にそっくりな私は、必然的にレティシア様にもそっくりらしい。
「レティは私の親友だったのよ。若い頃のあの子にそっくりで、懐かしい気持ちになったわ」
私の知らない会ったことのない叔母。王妃様の親友。
私が呼ばれたのは、そこが理由なのだろう。
王様の意見のみなら、父はきっと会わせなかっただろう。しかし、自らの愛する妻にそっくりだった亡き義姉の親友に頼まれては断りずらい。
「まぁ、アーノルドが溺愛する人物を見てみたいというのもあったけれど」
そう言うと王妃様はニンマリと笑い、目を輝かした。
「キャンベル公にもアマリリス嬢を皇太子妃にと打診してたんだがなぁ。アーノルドが掻っ攫って行ったわ。手際の良さは流石だな」
王様も先程までの畏まった装いを解き、豪快に笑う。
私の婚約者は国王夫妻と仲が良いらしい。
話の展開に追いつけない私に、父が耳打ちをした。
「アーノルド殿は陛下の甥なのだよ」
「!?」
情報過多だ。頭の処理が追いつかない。
「僕としても、美しいアマリリス嬢がアーノルドの婚約者になってしまったのは残念だと思いますよ。父上」
「やはり、ギゼルもそう思うか」
「でもアーノルドは一度決めたらやり遂げる芯のある男です。これを覆すのは難しいでしょう。僕もアーノルドの怒りは買いたくないですから、冗談は程々に」
先程まで壁の花を決め込んでいた皇太子殿下は上手に父親である国王を嗜める。ギゼル皇太子…次期国王の彼の婚約者なんて、アーノルドの婚約者よりも考えたくない未来だ。
彼が嫌とか、そんな次元ではなく、ただ荷が重い。
そう今では婚約者がいる身なのだから、断りやすいし気楽だ。…アーノルドせいで今日はここに呼ばれた気もするのだが。
あぁ、早く帰りたい。




