昔と今と
懐かしさが胸を包む。
暖かい陽だまりと、土と、芝生の匂い。
「アマリリス、ここに石があるから気をつけてね」
「はーいっ…わぁ!?」
「え!?」
手を繋いで私を引っ張ってくれる。だから私はとても安心して身を委ねていられる。一回り大きなその手がいつも側にあるから。差し出してくれると分かっているから。
「注意したのに…大丈夫?痛くない?」
「あれ?血…」
「え!?早く診てもらおう」
私よりも少し大きな背中に背負われ、私はその温もりにとても安心する。
転けた時の膝の痛みなんて、それで忘れられるぐらいに。
「痛い?痛いのは僕のところにくるからね、大丈夫だよ」
「兄様痛くなるの?」
「うん、痛いの痛いの僕のところに来て!…あいたたた、痛いよ!」
「ふふふー!私も痛いの。一緒!」
「…効いてないなぁ」
兄様の真似をして、後ろをついて回ってた。
兄様もそれを嬉しそうにして、私を見てた。
木登りも兄様について行って出来るようになった。侍女たちは慌てていて、それを見て2人で笑ってたんだ。
中庭はいつでも私たちの毎日の遊び場だった。
金糸の髪が日に透けてキラキラと輝くのが眩しくて、同じ髪を持つ私も誇らしげだった。
***
ぼんやりと目が覚める。いつもの朝とは違って、周りがやけに明るい。身体をゆっくりと起こすと少し重たい。
視界に入って見えるのはサイドテーブルだ。そこに置かれたままになっている兄様に借りた昨日のハンカチ。屋敷に戻った後に気付いたのは、これが昔兄様にあげたものだと言うことだった。
今以上に不器用で歪な、兄様の名前を刺繍したハンカチ。プレゼントしたこともすっかりと忘れていた。だからあんな夢でも見たのだろう。
懐かしい夢であり、事実だ。
私、昔は兄様と仲が良かった。
まだ私が5歳ぐらいの時、ずっと兄と一緒に遊んでいた。
どうして忘れてたんだろう?
兄様はいつも私の前を歩いて、指針を示してくれていた。私を優しく見守ってくれる瞳や、差し出された手の温もりを忘れていた。
久しぶりに、未来ではない過去の夢を見た。あれは確かに、私とローレンス兄様だった。
私はいつから兄様に手を引かれずに、兄様の後ろを追わずに歩いていけるようになったのだろう。どうして兄様は私を邪険に扱うようになったのだろう。やっぱり、私が何か気付かないところで迷惑をかけてしまったのだろうか。
「…用意しなきゃ」
今日も学園に行かねばならない。珍しくアレクが起こしに来る前に起きたので、アレクに嫌味を言われることがない清々しい朝だなと思いつつ、身体は少し重たい。
チリンとベルを鳴らすとアレクが来る。
「アマリリス様、目が覚められましたか?」「…あれ?アレクは?」
アレクではなく侍女が部屋にやって来た。しかも侍女長自ら。何故かしら。
「アレクは別件で離れておりますが、夕方には戻る予定ですよ。」
「あら、そうなの?じゃあ制服ってどこにあるかしら?昨日濡れたから…」
「アマリリス様、今日はお屋敷でゆっくりとお過ごしくださいませ。熱がありますから」
「…熱?」
だから体が重いのかしら。
「朝方、屋敷内を徘徊されていました。昔からアマリリス様は熱を出すと徘徊する癖がありますからね。もちろん、記憶は?」
「…ありません」
「やっぱり、そんなことだろうと思いました。そんな訳で、もう少しお休み下さいませ。きっと慣れない学園生活でお疲れが出たのでしょう。食べやすそうな果物と薬湯をお持ちします」
薬湯とは禍々しい苦虫を潰したような深い深い緑色の、この世のものとは思えない青草いものだ。逃げるが勝ちか、と逃走を図ろうと考えるがすぐさまに"逃げないでくださいね"と深い釘を刺された。
さすが侍女長。
アレクも長いが侍女長も私たち家族に仕えて長い。行動までもがお見通しだ。アレクではこうは行かない。
逃走心が淘汰されて残るは重たい身体と考える能力が弱まった意思のみ。大人しくベッドに再び身を預けると天井が見えた。
ぼんやりと思い浮かぶのは兄様のこと。
邪険に扱うが最終的には助けてくれる今の兄と昔の全てが優しい兄。結局の事、兄は根本的に優しいのだと思う。
「アマリリス様、ご用意ができました」
「ありがとう。…ねぇ、兄様は?」
「クロード様は旦那様と登城されてます。ヴァンス様はご友人とお出かけに、ローレンス様は学園にいかれています」
「…どうしてかしら、その、ごめんなさい」
侍女も執事も、その他使用人も基本的には私達兄妹を名前で呼ぶ。でないと誰を指しているか分からない為だ。
「わかっていますよ。ローレンス様のこと、ですね。ローレンス様はアマリリス様のお世話をする様に指示して行かれました。もちろん、薬湯も含め」
「……」
薬湯の犯人だなんて。優しいようでやっぱり全然優しくない。
「まぁ、ローレンス様に言われなくともご用意する予定でしたからね」
結局、薬湯を飲んでフルーツを口にした後はぐっすりと寝ることとなった。夢なんて一切見る隙が無いほどに寝てしまい、起きた時には熱なんて無かったかのように元気になった。
「1日で終わるなんて、知恵熱ですね」
なんてことを言うアレクにはつま先を思いっきり踏んでおいた。




