公爵令嬢vs公爵令嬢?
入学式初日が終わり数日経った。他の女生徒からの視線は減らないままも、実害はない生活を過ごしている。あの時に見た夢は今も見続けている為、いつ夢が正夢になるのかは謎だけれど…どちらかというと入学式から帰った後の兄様の蔑んだ目が怖かったです。
まぁ、良いことといえばアーノルドとはクラスは分かれたので万々歳としよう。友人は出来ないのはもう仕方ない。ただ、授業はとてもつまらない。家庭教師に学んでいた方が難しかったし、何のために通ってるんだか。裁縫は…うん、よしとしよう。
昼食は学食となっていて好きなもの購入し頂ける。貴族ばかりのこの学園なので、腕のあるシェフが採用されているらしい。おかげで美味しいご飯が学園生活での唯一の楽しみなのだけれど。
本日はコーンポタージュとパンだけで十分だ。…本日どころか毎日これですが、小言を言う従者も居なければ友人なんて皆無。シェフの腕の無駄遣いなんて、そんなことはないわ。さぁ、今日もパンを手に取りスープに浸そうと手を伸ばしたところに待ったがかかる。
「貴女がアマリリス様ですわね。アーノルド様の婚約者と伺いましたが…」
「…はぁ、そうですが」
綺麗な燃えるような赤い髪を縦ロールに巻き、髪と同じ切長の目。美しい顔が私の前に現れ、席についた。沢山席はあるのに、何故ここに?何というか、すごくオーラのある令嬢である。薔薇の花がとてもよく似合いそう。
…で、この人誰?
私も相手も貴族には違いなく、社交場であるこの学園内にいる人たちの顔と名前は知っていないといけない。入学するまでの暗黙のルールでもあるのだけれど、やっぱり覚えられていなかったらしい。…社交場に積極的に行っていれば、話は違ったのかもしれないけれど。
「ご一緒してもよろしくて?」
「もちろんですわ」
あ、思い出した。
毎日のように夢に出てきた令嬢に似ているのね。顔がはっきり出てこなかったから髪型とかで判断をするしかないため、合っているかは不安だけど。ということは、私はこの方に責め立てられるのね…。わかってはいても気分の良いものではない。というか、昼食時に?
「…あら、公爵家の方なのにそんな質素なお料理ですの?」
「私が好きで食べているので。コーンポタージュには愛が詰まっているもの」
「そうなの…?変な人ね。」
あれ?責め立てられない?普通に会話が行われている?頭の中で夢との相違に疑問符が浮かぶが、責め立てられないなら良い事なのでもう気にしないことにしよう。
「…アーノルド様との婚約、どんな手を使われたの?」
そう思った矢先に投げかけられた爆弾。切れ長の目がすっと私を見る。美人が睨むとより怖い。
「アマリリス様がアーノルド様に言い寄ったのでしょう?公爵家の権威でもお使いになられたのかしら?…でなければ、貴女と婚約なんてすると思えないわ」
「……」
私の方から言い寄った事になっているのは何故。強く弁解したい。アーノルドめ、変な噂でも流してるのかしら。
私が何も言わないことを良いことに、目の前の令嬢はさらに続ける。
「家同士の結びつきも貴族社会にはありますが、そんな事既に古い風習にもなりつつありますわ。…もちろん、未だに続く悪しき風習ですが、私の家も公爵家ですし何の問題もありません」
「…つまり?」
「何故、家柄以外何の取り柄もない貴女がアーノルド様の婚約者の席に座っているの?」
オブラートに包まない直接な言葉は私に対しての宣戦布告であるというサイン。見くびられているのが分かるが、特になにも言うまい。
…それよりも、目の前の公爵家の令嬢の正体が未だに分からない。
これ程までに赤い髪と瞳の令嬢なんて、あまりいない。…それに口元に黒子がある。
…あぁ、やっと思い出した。
「…ディスティラー公爵家のナスター様の方が私よりもアーノルドにふさわしい、と仰りたいのですね」
ディスティラー家は王家に何人も嫁いでいる由緒正しい家柄であり、国の軍部を司る軍師様を代々輩出する家柄でもある。現当主も軍師として王に仕えており、赤い髪と瞳が特徴だ。別名、緋獅子とも言われる。
父がたまに家に連れて来ることもある。宰相と軍師で仕事の話もあるのだろう。…直接その娘を見たことはないが。
名前を呼ばれるとは思っていなかったのか切れ長の目が僅かに歪むが、それでも動揺を見せまいとする彼女は確かに令嬢そのものである。
「えぇ、そうね。貴女と私は同じ立場、公爵家ですもの。」
「公爵家、ですか」
「同等の地位であるのなら、社交界の影に潜んで話題にすら今まで上がらなかった貴女よりも私の方が良いに決まっているわ」
ナスター様は胸を張る。私には無い胸をこれでもか、と。そこも貴女の方が私よりも上手です。
この誤解、私の婚約の果てを伝えて立場を変わって頂けるのであれば、逆にありがたい。互いに利益があるのではないか?と考えるが、あのアーノルドが靡けば良いのだけれど。
まぁ、私よりは好物件なのは確かだし、可能性が無いとは限らない。そう口を開こうとした矢先、何も話さない私に痺れを切らした彼女がさらに続ける。
「私だってお父様に頼めば婚約者になるのは簡単だわ。…貴女みたいな姑息な手を使ったりしないわ」
…いつ、私が姑息な手を使ったのだろう。
むしろ、アーノルドの被害者とも言える立場では無かろうか?婚約なんて自身が望んだものではない。
「…ナスター様の仰るとおり、私がアーノルドの婚約者の席にいるなんて私自身が疑問です。良き妻になれるとも思えません。…ただ誤解はなさらないで下さい。」
あぁ、もう嫌だ。
こういう時こそ、笑みが出る。
「私は私のために父の権威を振りかざすつもりは毛頭ありませんわ」
婚約に至ってしまったのも、元はと言えば私自身の考えなしの行動のせいでもある。だからと言って権力を振りかざすのは好きではない。ナスター様の瞳がカッと見開き、私を睨みつける。
「何が言いたいの?」
「貴女がなさろうとしてることは、まさに権力を使って婚約者になるということ、でしょう?私と"同じ"ですわね。」
自分を棚に上げるなと言うことである。
アマリリスはこう言う時こそ妖美な笑みを浮かべる。如何にも公爵令嬢というオーラと気品を身につけて。
「…なによ!」
「!」
グラスに入った水をかけられた。ポタポタと頬を伝う水滴。制服も少し濡れている。昼食時にざわつく食堂がピンと糸を張ったように静まり返る。
濡れてしまった、と色が変わった制服を見下ろす。髪からもポタポタと水が垂れる。たかがコップの水なので量はたいした事ではないのだが、顔面で受け止めてしまった。
何より食堂にいる者の視線を浴びる事がとても辛い。こんなに人に注目される事が無いため、どこに目線をやれば良いのだろうか。
とりあえず気にしてないアピールのためナスター様に笑いかけると、彼女はさらに怒りを表した。
「貴女ねっ…!」
「アマリリス」
ナスター様を制し、ハンカチを差し出す手。
「…お兄様」
まさか、兄様にこの場面を見られているとは思っていなかった。ハンカチまで差し出してくれるとは。驚いて惚ける。
「お前の婚約者殿はどうした?…こういう時に身を挺して守るものだろう」
「クラスも違うから知らないです」
「…さっさと受け取れ。僕に恥をかかせないでくれよ」
「ありがとうございます」
ハンカチを受け取り慣れた箇所を拭く。幸い入っていた水の量は少なく、ハンカチでもなんとかなりそうだ。
ちらりともう1人の当事者を見ると、青ざめた顔で今にも倒れそうだ。ナスター様は先程の気の強い表情とは打って変わっていて、見てられないほどだ。弁解しようにもお兄様は取り付く島もないように一瞥し、そのまま視界に入れない。
相当頭にきているのかしら、私に対しては兎も角、愛想は良いお兄様が他人に笑みを見せないのは。…ナスター様が気の毒になってきたわ。
「ナスター様」
「…なんでしょうか?」
「これは事故ですわ。誤ってコップを倒しただけのことです。」
「…っ!?失礼しますわ!」
更に怒らせてしまったみたいだ。
踵を返して食堂を出て行く。
「…いいのか、あれで」
「いいも何も事故ですから。兄様は心配なさらないで」
「心配などしていない。…ただ、濡れたままでは午後の授業は無理だろう。教師に伝えおくから今日は帰ろう」
兄様は私の手を取り食堂を後にする。え、帰るの?私のポタージュは?もう冷めきっているでしょうけど、楽しみだったのに!
でも、兄に逆らう気は起きない。
口では心配していないと言いながら、きっと心配しているのだろう。
「…兄様まで帰らなくても良かったのに」
「別に、次の授業が子守唄のようにつまらないだけだ。アマリリスの為じゃない。」
「…今日のこと、お父様たちには」
「言わないさ。お前が事故だと言うんだったら、それは事故だよ。」
兄様はもう怒っているようではなかった。
私がくしゃみをしたら"風邪をひくなよ、僕に移すな、早く風呂でも入って寝ろ"とぞんざいな扱いを受けたけれども。




