お迎えにあがりましたって望んでない。
「…はぁ」
口からため息が溢れる。それもそうだ。本日から学園生活が始まる。それに加えて、憂鬱な夢を見た。夢を見ると眠りが浅くなり、より疲れが溜まりやすいのもである。
「どうされたのですか?」
「何でもないわよ」
アレクはモーニングティーを注ぎながら未だに疑り深い目で見てくる。こればかしは相談しても意味がない気がするような夢だったので、黙っておく方が賢明だと思う。
2人の沈黙を引き裂くように部屋の扉がノックされる。入ってきた侍女はアレクへ耳打ちをしているが、アレクの表情からすると余り良い知らせとは言えなさそうだ。
「…お嬢様には酷かもしれませんが、アーノルド様が来られてます。すぐに制服へお着替え下さい」
「え?今何と?」
「だからアーノルド様が…」
…!?
夢と違うんですけれど…???
***
「…アーノルド、今日は何故こちらに来たの?今日は入学式よ。私の家じゃなくて学園に向かうべきでは?」
「ご機嫌よう。流石だね、アマリリスはその制服もよく似合っているよ。入学式だからこそ迎えに来たんだよ。僕と一緒に学園まで行こう」
優雅に紅茶を飲みながら寛ぐアーノルド。まるで我が家のようにしているのが不思議でならない。
「何故貴方と一緒に行くのよ。」
「君が僕の婚約者だから」
アーノルドも初めて会った時よりも背が伸びて、幼さが抜けてきた。元々整った顔立ちだったがそれは変わらずにいる。
「…貴方と一緒にいたら女の子たちから蜂の巣にされそうよ」
「僕のそばにいれば守ってあげるよ」
「そりゃ、アーノルドの側にずっといれたらでしょう?クラスも分からないし、何より授業内容は男女別の物もあるの。だいたい、学園生活中に貴方と四六時中共にいるなんて嫌よ」
夢の出来事もアーノルドが関係していた。何故だか分からないが、アーノルドを慕う令嬢は沢山いるらしい。顔は整っても中身に問題ありと令嬢に言って回りたい。
そんな令嬢に目の敵にされる夢を見た。アーノルドと登校するのは夢になかったが、どっちにしろ火に油を注ぐような物で、出来ればというか是非避けたい。
「大丈夫。僕は君が好きだから。必ず守るよ」
「…答えになってないわ」
「そろそろお二方、屋敷を出られないと間に合わなくなりますよ」
押し問答になる中、アーノルドの従者が顔を出した。登下校は馬車になるので、私も用意をしてもらっていた。ローレンス兄様と一緒に行くつもりで、兄様も早くしろと目で訴えてくる。
「わかった。行こうアマリリス」
「え、ちょっと!?」
ローレンス兄様が待つ馬車ではなく、アーノルドに腕を掴まれて連れて行かれる先はアーノルドの馬車。兄様は驚いた顔をしたあと直ぐに、どす黒い笑みを浮かべていたのが見えた。
「…私、明日には死んでるわ」
「何を大袈裟な。怖がってるのは可愛いけれど」
怖いとかそういう物ではない。
学園の令嬢より何より、ローレンス兄様は恐ろしい。あのどす黒い笑みは本当にいけない。後で何を言われるか分かったものではない。
青ざめた私を他所にアーノルドと私を乗せた馬車は走り出す。気づいたときにはもう遅く、学園前まで一走り。
「着いたよ」
馬車が止まる。馬車から見える目の前に広がる学園にただ呆然とするしかなかった。馬車から降りるのも躊躇うほどのこちらを見る鋭い視線。馬車にはレイモンド家の紋章が掲げられているから、中に誰がいるのかわかるのだ。
「どうしたの?降りるよ?」
「…分かってるわよ」
アーノルドはその見目もあり、注目される事にも慣れているんだろう。社交的だとも聞くし。…私は屋敷に引きこもりの友達なき子だから人目に慣れている訳ではない。ましてや、この馬車に乗っているはずのない人間が乗っているのだ。
…あぁ、帰りたい。
「さぁ、手を」
「…わかってるっ…わっ…!?」
「これはまたベタな事をするね。大丈夫?」
馬車を降りる足が震える。アーノルドに差し出された手は不覚にも私を支えてくれ、間抜けに転がらずに済んだ。しかし、アーノルドの胸に飛び込む形になってしまったのも事実。
「っ…ごめんなさい」
「謝ることはないさ。僕にとっては逆にラッキーだからね」
いや、何も良くはない。
私に刺さる視線が一段と強くなった気がするのだ。そしてこれは気のせいではない。
「やっと始まるよ、アマリリスとの学園生活」
そしてさようなら、私の平穏無事な学園生活。




