季節は巡って、春
「…ねぇ、まだかかるのかしら?」
「仕方ないので我慢してください」
先ほどと同じ台詞を再度繰り返され、口元がへの字に曲がる。身体を動かさない事に疲れてきた。普通身体を動かさなければ疲れることは無いのだけれど。
「アマリリス様を被写体に出来るなんて、感激の極みでございます」
そう思うなら早く手を動かして欲しい。たまに惚けるように明後日を見るのはやめてくれないかな。
この国では貴族は13歳になる年に貴族のための学校、オリエント学園に通う必要がある。それまでは自宅で家庭教師をそれぞれ雇い、文字の読み書きから令嬢なら裁縫、子息なら剣などを学ぶ。15歳には社交界デビューとなるのが通例であり、学校はそれに向けての小さな社交界としての場でもある。
13歳から15歳までの3年間は貴族の義務で通う必要のある初等部であり、それ以降の高等部はより高度な知識を求めるエリートが通う場所になる。初等部は貴族しかいないらしいが高等部は庶民も通える。
初等部になど興味は一切ないし、義務でなければ断っていた。高等部には興味があるのだけれど。
そんな興味のない初等部へ入学するための準備として、自分をモデルとした絵を描いてもらっている。何でも学生証に使う為だとのことらしい。貴族の中には画家に自画像を書かせて屋敷に飾るのを趣味としている人もいるみたいだが、私はその人の気持ちが一切わからない。
「お嬢様、口角を上げてください。今のままでは不機嫌な顔の絵が出来上がりますよ」
「…アレク、貴方はいいわね。優雅にお茶を飲めて」
「お嬢様の代わりに飲んでいるのです。」
「代わりになるならこっちでしょ!」
これが終われば学生服製作のためだけにパタンナーが呼ばれているし、学校に通うのだけで大変だと痛感する。別に姉様の制服のお下がりで十分なのだけど、それを言えば怒られた。
数十分後完成した絵を見たら、何故か口元に弧を描き微笑んだ私の姿がいた。こんな令嬢感満載の雰囲気を出していた記憶は一切ない。こんなに表情を変えれるのなら本人は要らないのでは?
その後も制服を作成するために採寸をされた。ここ一年で体型もまた変わったようで背も伸びた。…一番欲しいところはまだ変わっていないが。いやいやまだまだ成長期。未知なる自身の未来に向けて期待を込める。
休憩のティータイムは珍しくローレンス兄様とシンディ姉様の3人。姉様はともかく、兄様と囲む事は珍しく驚く。
「アマリリスももう初等部なのね。学校では無茶なことはしないように。貴女はいつも予想外なことばかりするんですもの。」
「僕に迷惑かけたら許さないからね」
ため息つきながら心配そうにするシンディ姉様と、これでもかというぐらい肯定するローレンス兄様。
シンディ姉様は去年に初等部を卒業し、高等部へ進学はしなかった。あまり勉強は得意ではないらしい。ただ、裁縫や令嬢としての教養はピカイチでもある。
…ローレンス兄様は私の先輩になる訳でとても不機嫌なようですが。
「兄様の手を煩わせるような事はしません」
「…そうして」
いや、何故さらに不機嫌になるのか。兄様は気難しい人だとは思っていたけど、最近は更に顕著に現れてきた。
「ローレンス、女の子には優しく甘く接しないと行けないのよ。特に好きな子にはね」
「別に好きじゃないからね。皆がアマリリスを甘やかすから自由奔放に育っちゃったんだ。僕1人ぐらいが厳しくても良いんです」
「とか言いつつ、甘えてくれなくても不満なんでしょう?難しいわね殿方って」
「違います」
シンディ姉様とローレンス兄様は仲が良い。というかローレンス兄様の機嫌が悪くなる事がない。私にしか不機嫌な態度を見せないと言うところを見ると、やっぱり嫌われているらしい。…記憶にないところで嫌われる事でもしたのかな、やっぱり。
「兄様、ごめんなさい」
「…なんで謝るの」
「なんとなく?」
あ、更に機嫌が悪くなった。
もう触れないでおこう。
もう2週間後には初等部への入学が決まっている。朝から夕まで今まではある程度自由が効いたが学校となればそうも行かない。もちろん休校日もあるため毎日という訳ではないが、慣れないだろうなと心の中でため息をつく。
…何より、友達がいないんですが。
いるのは同級となる婚約者のアーノルドのみ。アレクは私の執事だが、屋敷で留守番だ。使用人は連れて行けないのが決まりとなっている。
…不安でしかないんですけれど。




