夢の見始めは12歳の誕生日からでした。②
普段はストレートの髪が今はゆるりとカーブを描いている。ハーフアップに一部編み込みされた金の髪に程よいバランスでピンクと白の生花が刺されている。もちろん綺麗に水切り処理済みである。
姉2人の腕前はメキメキと上達しており、今では侍女よりも上手である。…どこを目指しているのだろうか?
父からのプレゼントであるピンクのドレスに身を包み、パーティーの扉を開ける。
「アマリリス!」
「ゲフッ」
誰!?
身体に凄まじい勢いでタックルをされた。…いや、違う。抱きしめられている。私の数歩後ろを歩くアレクから、痛い視線が私の背中に突き刺さっている。
いや、こんな勢いあるタックル受けたんだから、こんな時まで淑女の嗜みなんてできないわよ!!仕方ないんじゃない!?
「可愛いなぁ」
「は、離してください!ヴァンス兄様!」
姉2人も私を猫可愛がりしているが、上には上がいるわけでして、特に次男のヴァンス兄様は私を目に入れても痛くないぐらいに可愛がってくれている。特におめかしした日には、とりあえず舐め回すように観察される。やめてください。
「ヴァンスったらアマリリスを独り占めしないでくださる?せっかく綺麗に結った髪が台無しになってしまうわ」
「いやいや、リリア姉様達は先ほどまでアマリリスを占領していたじゃないか。僕にもアマリリスを可愛がる時間をくれてもいいだろう?」
「いいえお兄様。アマリリスは女の子ですよ。いいお年のお兄様がアマリリスを羽交い締めするなんてみっともないですわ」
あぁ、お姉様達対ヴァンス兄様の戦いに発展しそうだ。目に見えない火花がチリチリとしている。だけれど止める手立てもない。戦いに巻き込まれないよう遠くから見ておこう。
というかリリア姉様、婚約者どこに置いてきたの…?エスコートされてないけれど。
「アマリリス、挨拶回りに行こう。
非公式のパーティーだし、主役と言えども皆さまをお呼び立てした身だから、礼節は弁えておこう。…あの3人は放っておこうね」
渦中の私を迎えにきたクロード兄様にエスコートをされてその場を出る。3人は気付いていないまま、未だに刺々しいセリフを笑顔で交わしている。流石に大きい声で言い争いはしない。周りから見たら普通の会話だが、普段を知っている身内にとってはただの言い争いとなる微妙なさじ加減を選ぶ。
クロード兄様は物静かであまりガミガミと言わない。仕事の鬼でも私にとっては大好きなお兄様である。
順番に挨拶とお礼伺いに参る。クロード兄様は仕事ができる評価を持つ為、私のフォローも完璧にこなす。
「クロード、アマリリスこちらへ」
あらかた挨拶も完了した中、父に呼び止められる。兄と2人父の元へ向かう。
「こちら、レイモンド公爵とそのご子息だ。アマリリスは初めてお会いするだろう。」
レイモンド公爵と呼ばれた方は父と年回りは変わらなさそうだ。ダンディーなカッコ良いおじ様という感じだ。紺色の髪がまた落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「初めてアマリリスでございます。以後お見知り置きください」
「こちらこそ宜しく。私には子供は息子しかいないからね、君みたいな可愛らしい子が娘なんて、オリヴァーが羨ましい限りだ」
「ローランドに私の娘は渡さないから、羨ましがるのはやめてくれ」
レイモンド公爵様とお父様はとても仲が良いらしい。ファーストネームで呼び合っているのがその証拠だ。先程の紹介はあくまでも体裁的な部分を帯びているのだろう。
「そうそう、アマリリス嬢は12歳になったんだね。うちの息子と同じ歳だから仲良くしてくれると嬉しいんだけれど良いかい?息子のアーノルドだ」
「…っ!」
その姿を見た瞬間、曖昧だった今朝の夢が頭の中でリフレインされた。より明確にはっきりと、夢の中の風景が思い出される。
聞き取れなかった名前の部分や、彼が最後に言った聞き取れなかった台詞の部分。そして、ぼやけていた彼の表情が明確に現れた。
紺色の髪は綺麗な天使の輪を描いており、髪と同じ色の瞳がこちらを見つめる。とても整った顔立ちだと思う反面、夢の中の人物と同人物であることに動揺する。
紺色の瞳なのに、メラメラと炎のような熱い意思を持った強い瞳に、少し体がこわばる。
「…どうした?アマリリス」
隣にいたクロード兄様に声をかけられ、私が呆けていたのに気づく。
「私はアマリリス・グレース・キャンベルです。宜しくお願いしますわ」
夢の台詞と近しい台詞が私の口から溢れる。
このまま行けば、最後に言われる台詞も同じかもしれないという一抹の不安を感じながら頭を下げる。
「僕はアーノルド・クラーク・レイモンドです。よろしく」
アーノルド様はそういって、甘い笑みを浮かべた。周りに花が咲いているようなそんな素敵な笑みの中、瞳だけがそれに似合わず熱を帯びている。
「アマリリス、可愛い名前だね。とても…「アーノルド様からそのようなお言葉を頂けて光栄ですわ」
まさかの夢の時と同じような台詞。このまま今朝の夢が正夢になったらどうしようという気持ちが先立ち、台詞を言わさないという暴挙に出る。本来なら失礼に当たるが今回はなり振り構っていられない。夢が正夢になるのを避ける為に行動あるのみ。
アーノルド様は驚いた顔を一瞬したが、すぐさま切り替え微笑む。だけれど、その微笑みには温かみが一切感じられない。ぞくりと背筋がひやりとする。
「…キャンベル公爵様、クロード様、お父様少しアマリリス様をお借りいたします」
お父様と公爵様の目が点になった表情とクロード兄様の鋭い視線。…クロード兄様、怒ってるわ。クロード兄様はきっと私が殿方と2人になるのを良しとしない。本当の父親よりも保護者という気持ちが強いらしい。若い娘が見も知らぬ男といきなり2人きりの状況に怒っているのだろう。
だけれど私も不可抗力。まさかの強制連行。手を引かれている為、逃げる術が分からない。いや、無理矢理解いても良いのだがお父様のご友人のご子息であるアーノルド様を無下には出来ない。
「ア、アーノルド様?どちらまで行かれるのですか?」
自宅なのでどこにいるのかは分かるが、どこで止まるのかが分からない。強く握られた手が少し痛む。
「ねぇアマリリス」
アーノルド様が止まったのは中庭の広場。中庭は私のお気に入りだ。パーティー会場からもすぐに行ける目と鼻の先だ。
握られていた手を離され、くるりと彼は振り返った。私と同じ年の同じ背丈の男の子。紺色の瞳とエメラルドグリーンの瞳が交差する。
まるで獲物を捕らえたというような、ギラギラと熱を帯びた瞳に逃げたくなって数は下がるも、それ以上に間隔を詰めて寄ってくる。
あぁ、逃げられない。
本能的に感じた。
「僕のお嫁さんになって欲しい」
私が本日、謎のプロポーズを受けるということからは逃げられない。